2017-10-23

境界線

台風が去っていって、わたしはどこかから入り込んだ枯葉の破片が散らばったベランダを掃除している。ベランダからは地方都市の町並みが見える。静かで、生気がないようにみえるが、近所にはかなり子供の数は多い。都心部に職をもち、このあたりに家を買っている家族が多いのだろう。家賃は下落し、不動産は値下がりしていて、たまにびっくりするぐらい格安の家が売りに出されている。と思っているといつの間にか外国人が入居していたりする。つい先日も用があって入国管理局にいったが、永住権の申請がとてつもなく増えているそうだ。これからは、地方であっても外国人たちと暮らす生活が待っているのかもしれない。たまにスーパーで見かける外国人グループが、いつも同じ言語を解するものだけで集まって、日本人の知りあいがまったくいないらしきことが気になっている。いや、ほんとうはわかっている。実際に実現する「多文化共生」社会とは、お互いに無関心なまま徒党をくんで、お互いいっさいやりとりをせず、お互いを不可侵のものとして節度をもって距離を保ったままかかわることなく生活する、というものなのだった。

アジアに住んでいた頃、アメリカ人はアメリカ人と、英国人は英国人と、その他国籍の人間はその他国籍のグループで徒党を組んでいたことを思い出す。別に意図してやっているわけではなく、会話が通じやすいものを身の回りに置くと、どうしてもそうなってしまう。その区分を越えるためには、かなり意識して境界線を踏み越えるしかない。つまり「わからない」ものに接することを楽しもうとするしかない。だが、そんなことをしたがる人間がいるだろうか。わたしはそれは怪しいと思う。

不可侵で無関心のまま、相手を尊重した距離を保って互いに生きることができるか。そういうことが問われていると思う。別の言い方をすれば、わかろうとしないこと。きれい事まみれのこの社会で、わたしたちにそれができるだろうか?

2017-10-22

Between the Storms

嵐は必ずやってくるが、嵐と嵐の間にある平穏な時期にいる時、やがてくる嵐のことを想像することは難しい。嵐が来たときにはじめて平穏の価値がわかる。だが、それを事前に知ることはだれにもできない。事後的にしか見いだされないもの、その遅れの宿命をひきうけるほかないのだ。

2017-10-21

週一休業

本日は出張のためお休みとなります。

2017-10-20

無題(承前12)

書評委員としての今年最後の書評原稿を編集部に送り、ようやく一息ついている。
本日は一日冷たい雨が降っていた。今週はとにかく忙しく、書評以外にも悩ましい案件が山積みで、頭を悩ませている。
机の前から離れていないので、外でなにがあったかほとんどわからないが、ツイッターを見ているとある程度世の中の雰囲気がわかって便利だ。
いよいよ選挙が近いが、この騒がしさも週末までかと思うととりあえず安心ではある。
わたしは期日前投票を初日に済ませて、明日は東京で打ち合わせ後、立憲民主党の演説を聞いて帰宅する予定だ。

それでは明日の打ち合わせの準備のため本日はこれにて失礼する。
別に飲むためではないので、誤解なきようお願いしたい。

2017-10-19

無題(承前11)

わたしのブログの書評を読んで本を購入したという話を聞いた。率直にうれしいと思う。いまここにある現代日本社会のなかにいきるひとにとっておもしろいとわたしが信じる作品を、著者の許可をいっさい取ることなく(そして公的な著作について許可などそもそも必要なく)、きわめて勝手に、これからも紹介してゆきたいと思っている。

一応いま考えている方針としては、(1)対象は原則、自腹購入した詩集または詩誌。献本の場合はその旨を明記、(2)2011年4月以降に執筆または刊行されたもの、(3)(ほとんどないが)ベストセラーやすでに評価の定まった過去の著作は取り扱わない、といったところだろうか。

もう次の書評にとりかかっているが、そちらの公開については、大型案件が立て続けにあるのと、別件の〆切があるのでやや忙しく、来週後半になる予定。
そして本日も例によって飲み過ぎたので本エントリも唐突に終わる。

2017-10-18

無題(承前10)

またどこかの世界で不倫が行われて話題になっているらしい。不倫は過去、現在、未来にわたって繰り返され、浮気も過去、現在、未来にわたって繰り返される(ところで、「浮気」と「不倫」は同じようで用法が異なる。未婚のカップルは不倫できない)。とある女流小説家が不倫して炎上した著名人に対して「作家ならすべてゆるされるよ」とアドバイスしているところを以前見かけたが、その通りとはいえそれは不倫の体験を消化した上でちゃんとおもしろい価値ある作品を書いてくれた場合に限るのであって、生煮えのセンチメンタリズムや自己陶酔を並べ立てられても浮気された親族には怒りしかないだろうし、全国に数百万人から一千万人はいると思われる不倫予備軍も失望しか感じないことだろう。どんなに馬鹿なことをしていてもかまわないし、間違ったことをしていてもかまわない、その渦中から一般社会に戻ってきた上で、愚かさとは何か、間違いとは何か、そうした問いそのものを全身で提示することによって世の中にまなびをあたえる、それが作家の仕事ではないのだろうか。

そしてそうした世の中の物事とはいっさい関係ないわたしは離乳食を仕込むのに忙しく、書評の〆切が二日後であることにいま気がついたのだった。

2017-10-17

あたらしい読書の形

ネットのタコツボ化"フィルターバブル"を破る方法とは? http://bit.ly/2xN2Jqn
ネットの「タコツボ化」についての記事を読んだ。少し視点をずらして考えるに、わたしのブログにはいくつか十万PV規模の記事があるが、おもしろいことに、他の記事はほとんど、いやまったく読まれておらず、ほとんどゼロPVだといえる。ネットの読者は自分に興味があるところだけ読んで、他はいっさい読まない、という傾向は肌感覚で感じる。タコツボ化を別の言い方でいうと、読むという行為は断片化され、フラグメンテーションが起きている印象がある。

2017-10-16

雨もよう

ブログを書く時にはいつも雨が降っているような気がする。もちろん気のせいに違いないが、あの記事を書いた時も、あの記事を書いた時も、やはり雨が降っていた気がする。気のせいに違いないが。

2017-10-15

無題(承前9)

日曜日は書類をつくっているだけの一日だった。意味のある一日と意味のない一日を分ける線など存在しないのだが、なんとなく損をしたような気持ちになる。そしてそんな気持ちだけで一喜一憂するのはじつにばかばかしいと思う。ばかばかしいと思うが、結局気持ちがすべてなのだ、ということも思う。ひとはきわめてばかばかしいものに駆り立てられている。

そんなことを思いながらようやく書類を終える。だが月曜日の早朝から、大型案件が目白押しときている。忙しさに負けず、意味のない線を引きたがる自分に負けず、ただし勝つことはいっさいできないまま、気持ちを大事してやってゆくしかない。さようなら、10月15日。

2017-10-14

週一育休

題名のため、本日の更新はお休みとなります。