2017-09-24

海東セラ「屋根雪」(『Rurikarakusa』 6号所収)

詩誌「Rurikarakusa」を頂いた。詩人三名(花潜幸、草野理恵子、青木由弥子)による合同誌だが、今回はゲストとして「屋根雪」という詩が収められていた。屋根に雪が積もる環境に住んだ経験はないが、家屋のすぐ外にさまざまな感情が堆積し雪と混ざりあって氷となり、それぞれの凍り付いた声が窓からひそかに入り込んでくる風景はきわめてグロテスクで、2017年の社会を想像力で捉えた姿としても読める。

「あの時覗いていたじゃないか」「耳を動かす手品はおじさんの方がうまいよ」「袋だけで跡形もないなんてねえ」「鼠を殺した犯人は別にいるさ」——。いびつな氷塊たちの声の質はさまざま。その時々の家族の感情、家の汚辱などを、屋根や窓越しに吸いとっていたのかもしれませんが、どれも心あたりがあるようでない言葉です。 
「屋根雪」 海東セラ

家屋の窓は外の異界と家の中の現実をつないでいる。わたしたちが日常的に使っている携帯電話にも小さな窓がついている。窓は現実と「あちら側」の存在しない現実をつないでいる。その経路から様々な負の感情が声としてあふれ出てくる。「家」の中にいれば安全かといえばそうではない。なぜなら、安全な家を守るために家から廃棄され、追い出され、埋葬されずに放置されたものたちが外にはあつまり、凝固し、家の住民を脅かしている。自らが産みだした悪意の集積場たる現実から安全な場所などない。

2017-09-23

週一育休

題名のための本日の更新はお休みとなります。

2017-09-22

無題(承前5)

風が少し冷たい。影もすこし柔らかくなり、枯れた葉がこすれる音がさらさらと頭上から聞こえる。世の中は大きく動いているが、自分の周りについていえばいつもと何も変わっていない。自分以外のものだけが変化してゆき、どこかに取り残されている。そういう感覚がどこかにあるが、おそらくそれを多くのひとが共有しているだろうということは肌感覚で理解できる。これを克服するために「怒り」を用いるひとびとがいる。わたしはそれを批判する気にはなれないが、真似をしたり推奨したりすることはできそうにない。なぜなら、怒りは、それを向けるべきではない弱いものを、踏みつぶして、殺してしまうからだ。怒りは、敵ではなく、自分の身近にいる人間を、まず最初に傷つけてしまうからだ。

2017-09-21

無題(承前4)

机に向かっている。それ以外にすることはない。

2017-09-20

無題(承前3)

秋が深まる。知己がアップロードしていた彼岸花の写真を見た。もうそんな季節なのだ。うちの近所にも咲いているはずだがまだ見る機会がない。毎日机などに向かっているからだろう。少し外に足を運ばねばならない。

2017-09-19

無題(承前2)

激しい頭痛に襲われている。三連休があけて天気は晴れ、少し暑さが戻ってきた。一日ずっと机に向かっていた以外に、とくに何も書くことはない。

2017-09-18

台風のすぎた島々

台風が去っていった。空はおそろしく青く、雲は吹き飛ばされた。

2017-09-17

深夜の離乳食

子供を寝かせて、深夜にひとりで離乳食をつくっている。かぼちゃの皮を分厚くそぎ落としたものを角切りにし、たっぷりのお湯で茹でる。ゆで汁を別にしておき、消毒したざるで裏ごしする。裏ごししたものを清潔なスプーンで密閉できる小分け容器に移す。移したものを少し冷ましてから冷凍庫へ保管する、といった工程。なにも考えない。ただ手を動かす。この世のすべてのものがそうであるべきではないか。だが、思い出すことは止められない。思い出したくないことを思い出すことは、この世のだれにも止められない。

2017-09-16

週一育休

皆様もよい三連休をお過ごしください。

2017-09-15

悪意のバーゲンセール

風邪を引いた。