2011-10-15

平凡な秋の一日

気がつけば朝がきていた。六時に起きて、まずすることは決まって洗い物だった。淀んだ水に浸かった食器を洗い、沈んでいる生ゴミを手で掴んで捨てる。汚れを拭き取り、それから朝食の準備をするのだった。一息ついてベランダに出ると、そこには巨大な木が立ちつくし、その梢には色が変わり始めた木の葉が生い茂っていた。もう、秋を通り越して冬だった。少し前、私はこのベランダで汗と泥にまみれ、セミの叫び声を聞きながら床を磨いていた。戦いは、一時的に終わったのだ、と思う。「平和とは、戦争と戦争の間の、短い期間のことである」と、言ったある軍人のことばが頭をよぎる。

健康福祉祭、という、市が開催している催しものに足を運んだ。認知症、身体障害者、児童虐待、それぞれの対処法、自助への方策、虐待の予防法を記したパンフレットをもらい、それを読む。外では、雨がぱらぱらと降り続けていた。会館裏の広場では、障害者の家族たちが集まり、フリーマーケットを開いていた。ダウン症のこどもたちが売り子をしている店に行き、そこでヒーターを見つけて買った。子供たちは、笑顔だった。母親も笑顔だった。空を見上げると、灰色の雲が広がっていた。なぜか、腹立たしかった。こどもを守る母親が、まさにその思いが故に暴力を振るう、その構図が耐えがたかった。

郊外の空は、いつでも澄み渡っていた。車を走らせると、そこにはヤコブのはしごと呼ばれる、雲の切れ目から落ちる光の柱が地面に斜めに突き刺さっていた。どこにも行くことができないまま、ひとに暴力をふるい、自分の身体を傷つけ、窃盗を繰り返す子供たちの姿を目の当たりにして、車の中で動けなくなるとき、窓の外に見えるものは、どこまでも静謐で、まるで何もかもが赦されているような気がした。警察への電話も、出頭も、任意の聞き取りも、叱責も、いつかそのはしごを昇るという事実の前では、些細なことのように思えた。かなしみといかりの大きさは、愛の大きさに比例すると思いたかった。しかしそれが嘘であることを、私はよく知っている。

夜、窓の外から、大きな爆発の音が響いてきて、部屋の壁を揺らした。窓に向かうと、街の彼方に、巨大な光の輪がみえた。かすかに雨が降る天候の中、季節外れの花火大会が決行されたのだ、と思う。窓の側に立ったまま、娘の住む近くの家に電話をする。誰も出なかった。もちろん、誰もいないことはわかっていた。電話を十回鳴らして、携帯を切る。花火は、繰り返しあがっていった。空が火を噴くように燃え上がり、雲を炎が切り裂いていた。それは花火というよりも、航空機によって爆撃され、燃え上がる街の上に広がる、戦いの狼煙のようにもみえた。ちいさな家族のなかでも、戦いは続いていた。火は燃え続けていた。ひとが焼かれていた。棟の住民が上げる歓声が聞こえる。思わず、耳をふさいだ。