2011-10-19

風景(4)

床の上に残飯が散らばり、ゴミが散乱し、その隙間を虫が這い回る小さな部屋で、Aは苛立っていた。

ゴミ捨て場から無断でもってきた机の上に置かれたPCは、その部屋でゆいいつ光を放っている。Aは悪態をつきながら壁を蹴り、手許にあったペットボトルを床へ投げつける。ネットの有名人を殺したい、そうAが掲示板へ書き込んだのに、それが誰からも無視されたからだった。なぜ誰もかまってくれないのか、なぜ自分は無視されるのか、なぜ自分は無なのか、腹立たしくて仕方がなかった。机に拳を叩き付けると、薄い壁がぶるぶると震える。あちら側にいるらしき両親は、静かだった。怒ることもなく、声を上げることもない。まるでAが存在しないかのように、はじめからいなかったかのように振るまっていた。それも、たまらなく不愉快だった。

外は、奇妙なまでに静かだった。夜になれば、誰しもが寝静まる。週末になると走り回るバイクは、Aの嫌悪の対象だった。一度、窓から瓶をを投げつけたことがある。もちろん、空き瓶は彼らには届かず、家の真下にある物置の天井に砕け散った。近所に住む身寄りの無い老人が警察へと通報し、家にも警官がやってきたが、Aは無視した。親が何とかしてくれる、と思った。そして実際にその通りになった。Aは、自分の部屋では王様だった。ネットのあちら側には、Aが望むものすべてが揃っていた。某有名大学に通っているSという男が、Aの架空のペルソナだった。

Mixiで、Twitterで、G+で、Aはその架空の人格を用いて、ひとびとと楽しい交流を行っていた。空気を読まずに、くだらないコメントをしてくる連中は、サブアカウントを使って荒らしてやった。慌てて日記を非公開にしたり、コメントを削除して逃亡する人間をみて、Aはディスプレイの前で笑い声をあげ、彼らを嘲笑して溜飲を下げた。実際に会える友達は、すでにいなくなっていた。携帯はあったが、バッテリを外し、ベッドの下に放り投げてあった。誰かから連絡があったのかもしれない。しかしそれに出ることには耐えられなかった。一番不愉快だったのは、心配顔をして電話をかけてくる自称友人だったからだ。

ゴミ箱の中で、先日食べたバナナが腐っていた。ネットは快適だった。どんなにきれい事を書いても、自分のいるこの小さく汚い部屋を明かす必要はなかった。どんな惨めな服をきて、どんな汚い格好をして、どんな髪型をしていても、一度うつくしく輝くディスプレイとキーボードを通せば、それはすべて浄化され、まるで自分がなにがしかの人間になれたかのような幻想を味わうことができた。快適だった。格好のいい自分、学歴のある自分、お金をもっていて、週末はどこかに女の子と遊びにいく自分、そのどれもがあめ玉のように甘いつくりごとだった。ほんとうは、無職なんだろ、という匿名のコメントに耐えられなかったのは、それを嘘だと見抜かれたような気がしたからだった。

サブアカウントで荒らすだけでは怒りを抑えることができず、XXは死ね、俺が殺す、と掲示板へ書き込んだ。ネット・リテラシーが高いと自認する、ネットの王であるAにとって、それが自暴自棄で無謀な行為であることはわかっていた。だが、耐えられなかった。何かにこの苛立ちを、誰かにこのいかりを、どこかにいる無関係な第三者を、めちゃくちゃに傷つけてやらなければ、どうしてもおさまらなかった。なんで、自分には何もないんだ、なんで、自分はここにいるんだ、俺のそばには誰もいない、俺のことを誰もわかってくれない、どうしてだ、なんでだ、なぜ俺はここにいなけりゃならないんだ。Aはうめいた。死ね、みんな死ね、とAはつぶやいた。俺を見ないお前達は、みんな死ねばいい、そう思った。Aが部屋でひとりで笑うと、部屋が一緒に笑ったような気がした。