2011-11-02

おもしろきことのない世

皿を洗うと手許が狂い、シンクに落として砕いてしまう。破片で指から血が流れ、コンロではカレーが焦げている。

ベランダに出て空を眺めると、いつものように晴れている。この夏から秋にかけて、このベランダは私の指定席だった。反対側の団地の住民の目には、さぞかし奇異に映っていることだろう、と思いながら煙を宙へ吐き出す。空を、鳥が舞っている。おもしろきことのない世、と思う。家の中で付けっぱなしになっている、誰も見ないテレビ画面からは、福島原発が再臨界した、というニュースが流れてきている。それはきわめてどうでもよいニュースのように思えた。

財布の中の小銭をかき集めると、ちょうど410円だった。空っぽになった財布を手の中でもてあそびながら、夜道をひとりで歩いて自宅へと戻る。節電はいつまでも続いている。女子供にとっては、出歩きにくい街になった。男の私でも、夜の闇には恐怖をおぼえることがある。もちろん、一番こわいのは、そこに住む暴力をふるうひとびとであることは間違いなかった。道を、ゆっくりと警察署の車が走っていく。座席に、顔見知りの警官が座っている。私が会釈すると、かれも目で返した。

先日の某雑誌主催のパーティであったひとびとに手紙を書いた。ワードの原稿を印刷し、編集長宛の手紙を同封して、切手を貼る。友人から届いていた手紙を、十日間も読まずに放置していた。そのお詫びの手紙を書かなければならない。万年筆の調子はいい。そういえば、先日、子供に会ってから、元妻からの連絡はない。おそらく、二度と会わせるつもりはないのだろう。それは予想済みだった。子供に買ったプログラムの本は、活用されているだろうか。そのことを思い、唇の端を笑みのかたちに歪める。

窓から見える外の夜空に、多くの星がまたたいている。携帯で女へメールを書いた。送信せずに削除して、TwitterやG+の画面を眺める。ネットは相変わらず乾いている。誰とでもつながるネットの茫漠とした孤独に、いつか誰もが耐えられなくなる日がくるだろう。その延命のために、ありとあらゆるWebサービスが退屈しのぎとして製作されている。私の仕事は、その日をやがては迎えるひとびとのためのものだ。窓際で振り返ると、暗闇のなかでMacのディスプレイが輝いている。おもしろくないもの、目を背けたくなるもの。ことばを与えなければならない。そこで待つ私自身へ。