2011-12-20

深夜の旅立ち前

お前なんて、死んでしまえばいいんだ、どうしてはやく死んで、親を楽にさせてくれないんだ、葬式は立派なものを出してやるよ、どうして親に迷惑ばっかりかけるんだい、どうして親を裏切ることができるんだい、なぜまだ生きているんだい?

道は空いていた。後部座席で、いたいよお、いたいよお、と娘がうめいている。私は震える手に力を入れて、ハンドルをまっすぐ保つ。深夜のドライブは危険だった。体調も万全とは言えず、夜は冷たく残酷に感じられた。ヘッドライトに切り裂かれる路面には霧が薄くかかり、視界は最悪だった。だいじょうぶだ、と私は言った。根拠などなかった。だいじょうぶだ、と私はもう一度つぶやいた。それは声にならなかった。

アメリカ人の若者は、中国を四ヶ月旅してきたんだ、と嬉しそうに私に語った。かれは私が吸っている煙草に顔をしかめ、アメリカでは下層階級だけが煙草を吸うんだよ、と私にしたり顔で説教をはじめた。私は苦笑して、吸わないと死んでしまうんだ、と手を震わせてみせる。そして握手をして名乗りあった。かれはミネソタの出身で、両親はアリゾナにいるのだという。私は、シンガポール育ちの日本人だ、と自己紹介する。きみと同じ、ガイジンだよ。

飲ませて、と娘は布団に横になったまま口を開けた。私はその口に粉薬を流し込み、上半身を起こさせ、水を手渡した。娘は軽く咳き込みながら、薬を飲み下していく。少しすると、娘は眠りに落ちた。ベランダに出ると、三日月が光っていた。星が瞬いていた。部屋は静かだった。あなたと一緒に居たい、と女は言ったはずだった。私も一緒に居たい、と信じたはずだった。くるしいよお、と娘がつぶやいたような気がした。お父さん、と息子が言ったような気がした。私はどこにいるのか、と思った。

若者は眠そうに、マクドナルドの椅子の上でうつらうつらしている。私はメールを書き終えて、肩を叩いて起こす。空港への始発までは、あと二時間だ。がんばって起きてろよ、家族に会うんだろ? 若者は笑顔で、ああ、と答える。ホーム。ホームへ、帰るんだ、ほんとうに楽しみなんだ。私はかれの肩を叩き、握手をして別れる。外へ出ると、凍り付くような大気に、全身が覆われる。どこに家族がいるのか、と思う。何かを犠牲にしなければ成り立たない幸せの果て、誰かを踏みつけにしなければ実現できない関係。なんで死なないんだよ、とつぶやく。答はなかった。