2012-12-12

喪失の時代(5)

カネは、あった。社会の上っ面しか知らないスーツ連中を騙せばカネは手に入った。この手の連中はみな一様に頭が悪かったが、カネという生き物はこうした馬鹿な連中のまわりに集まるようになっていることを痛感する。私は馬鹿にはなれない、と思う。残念だがカネとは無縁の人生である。前の日に稼いだカネが次の日にはなくなっている。債権者どもの前でせせら笑いながらカネを湯水のように使うことに罪悪感はない。そもそも罪も罰もあまりに文学的すぎる。いいかえれば自意識は常にくだらないのだ。行為だけがある。行為だけが信じるに足る何かだ。

おまんこもまた容易だったが女はいつも困難だった。誰とでもセックスができるがしたいセックスはできないと言い換えてもよかった。自分の女房と子供を捨ててまるでなかったように振るまうことに何の感情も抱かなかったが、痛みがないことそのものが痛みのようにも思えた。そもそももう子供の顔や誕生日を忘れかけていた。将来にわたって子供に唾を吐きつけられる人生、元女房から嘲笑されるだけの人生こそが私が望んだものである。許されてはならない、というシンプルなことだけを決めた。それ以上のものは必要なかった。

私たちは虫けらかもしれないが、自分が小さな虫けらであることを知ることはできる。その謙虚さだけが必要とされていた。何かをなすために生まれてきたと信じるには、この世はあまりに無意味な生と死であふれている。ほんとうに残酷でひどいことばかりが起きているように感じられるが、恐ろしいことにそれが現実なのだ。そんな死亡率100%の人生において、どうしても生きる理由を必要としていしまうこころの動きがある。それを否定するわけにはいかないが、生きる理由という虚構を信じてしまえば、いつか信じた自分そものに裏切られる。理由などどこにもないのだ。カネとおまんこと食い物のために生きるほかないのだ。

偽善とおためごかしと嘘八百ばかりが流通する時代は長くは続かない。それは陰惨な現実から眼を背け続けることでしか成立しないし、そのようなことを許容できた社会こそが幸せだったのだ。国が疲弊し、社会が崩壊し、山川が汚れ腐っていく。それはもう誰にも止められない。スーツを着た阿呆な連中が改革を叫んでいるが、手前の女房すらろくに可愛がれない屑の自覚がない連中ばかりだ。かれらにないのは悪人の自覚であり、この偽善と自慰と喪失の時代にふさわしい為政者だというほかない。こういった連中の下で、私たちは生きていく。没落の時代の証人として。良かったもの、大切だったものは失われ、滅びて消えていく。だが、悲しむことはできない。なぜなら、すでに滅んだものが、ふたたび滅ぶことはけしてできないからだ。

2012-12-07

エゴ・バース

数年前には、自分たちの生活の貧しさや辛さについて語ることが、何がしかの理解や共感を得られる空気があった。たとえその反応が目に見えないものであったとしても、読まれている実感はあったし、実際に読まれていた。当時は、たとえば叙情的な散文さえ理解され、読まれうる可能性を信じることができた。いまはもう何もない。ネットで書かれる文章には何も期待できないし、読まれるべきものは何もないといっていい。

あるのは、2ちゃんねる(ニコニコ動画)とTwitterだけだ。驚くべきことは、大多数の人間が匿名であるにもかかわらず、なお自主規制の力がとてつもなく強大だということだ。ネットの日本語は恐ろしいまでに標準化され、誤字脱字まで同じように類型化されている。このことに戦慄せざるを得ない。そこにはいくら「自由」があっても、読むべきものは何もない。そもそも自らがはまりこんでいる類型に自覚的ではない書き手の文章に読むべきものがあるはずもない。

ネットには、もう何もない。そして問題は、その中にとどまる限りにおいて、私たちには、大きな満足と充足感と全能感が与えられるということだ。ひとこといえば、日本や先進国のネットはどんどん閉じていっている。グローバルにつながっていくネットと反比例するように、そこに生きる人々の精神がどんどん閉じていく。そこには外部が存在しない。

内輪でだけ通用するテンプレート的な言説が流通している。ネタやトピックは類型化され、「どこかで見たことがある」言語その他表現によって構築される世界が広がっていく。コピーのコピーが流通していく中で、誰もかれもが同じだという麻薬的な快楽に酔うようになっていく。そこに作られるのは、肥大した自意識によって作られる巨大なエゴの宇宙、エゴ・バースだ。

それが存続しうる条件は、「外部」が存在しないこと、あるいはないものとみなされていることだ。日本のネットの、中国や韓国に対する強烈なアレルギー反応、徹底的な侮蔑は何によってもたらされるか。それは、中国と韓国は「外部」を日本にもたらす因子だからだ。パラダイスたる鎖国日本の体制が外的要因によって脅かされる時、その中にいて快楽を貪っているひとびとが、それを脅かすものに対して強烈に反発しているのである。しかし、それはアジアのひとびとがいうような「右傾化」とは違う。単なる、だだをこねて泣き喚く幼児と似ている。知性があるわけではなく情動だけしかないからだ。

原発事故は、この閉鎖性を加速した。しかしそれはもう何年も前から始まっていた。振り返ってそう思う。いつか、この閉鎖的な自慰社会が、外からの力によって無残に踏みにじられる日がくる。幼児でいられた国民は、残酷な歴史の歯車によって、粉々に轢き潰されるだろう。日本語がはたしてその時になっても存在しているのかどうか、それはわからない。国が存在しなくともことばが生き残るかもしれないという希望を語る気にもなれない。なぜなら、国があっても、ことばが先に滅ぶことがあるという現実を、私たちはまさにいま目撃している。国はことばから死ぬのだ。

(2012年12月7日 Google+投稿)

2012-12-05

喪失の時代(4)

激しく性交した後、擦り切れた女の性器に薬を塗っている。いつでも<おまんこ>にひざまずいていた。いつでも女は崇高であり偉大だった。そのことを忘れた思い上がった猿に過ぎない男どもが、女を軽侮し侮って馬鹿にしていた。まったくどうしようもない連中だった。昆虫ですら雌を敬うことを知っている。おまんこの前に頭を垂れる謙虚さなしに、猿が人間に近づける方法などないのである。

ネットでは、相変わらず誰しもが有名になりたがっていた。知識人になりたがっていた。わずかな優越感がなければ、とても生きていけぬほど苦しいからである。自分だけは他の人間とは違うという、小さく凡庸なせせこましい自己満足ですら、こうしたひとびとにとっては贅沢品だったのである。ひとを馬鹿にせずにはいられず、弱者を叩かずにはいられなかった。かれらに必要なのは内省という鏡だったが、むろん便利なGoogleで百万回検索したところでそれが見つかるはずもないのである。

そもそもなぜ生きることは苦しいのだろう、そう問いたくもなる。私たちが抱える喪失感は、とてつもなく巨大だ。あなたたちと同じものを私もまた背負わされている。そしてそれが特定の世代に共通する外的要因によるものだということも知っている。だがそれを嘆くことはやめよう。私たちは生きており人生はあまりにも短い。その外的要因を誰が作ったのか、その根本的原因について考えることにも意義はあるだろう。しかし私たちにとって喫緊の課題とは、おそらく極めてシンプルな問いなのだ。どうすれば生きられるのか。

私たちは死んでいる。漫画とアニメとゲームで自慰をする人生。外に行かずネットで優越感を抱く人生。ニコニコ動画に「国民総クリエーター時代」うんぬんと煽られつい大喜びしてしまう人生。これをひとことで表すことができる。セックスを忘れた人生である。セックスのない人生である。すべてが性交を巡っているのに、それを無視してなかったことにする人生。おまんこだけが価値なのにそのことが忘れられている。あるいは見ないようにしている、あるいはしたいこころの動きがある。これが私たちを死人にしている。

原発事故の衝撃が、遠雷のように私たちの存在を揺るがせている。細かく指摘するまでもなく、社会全体を覆っている言語化されない陰鬱な空気は、私たちからもっともシンプルな力、つまり元気を奪っている。そしてすでに困難だった異性への道筋は、内向化する精神によってさらに閉ざされていく。他者がいない自慰的空間では何が起こるか、それは日本社会を見ていれば自明だった。幼児化だ。小学生の空想のような未熟な創作表現が、文字通りあらゆるところで蔓延している。死人はいつまでも死人でいることを強いられる。

このような環境で、私たちはいかに生きることができるのだろう。肉のよろこびという根源的な衝動を殺してしまえば、人間はもう人間ではない。ただの自慰する機械にすぎない。そしてもうそうなりつつある。いかにひとりだけで快楽を得るか。それだけが現代を生きるために必要なノウハウだ。漫画もアニメもゲームも、すべてさみしい自慰を豊かにするためだけのテクノロジーとして活用されている。むろんそれを作っている連中は、よかれと思ってやっているのだ。自慰グッズが何よりも必要とされる現代のニーズに、この手のひとびとが真剣に応えている結果生み出されたものが、この茫漠とした自慰社会なのである。

このような空気が、何年も何年も続くだろう。幼児化と愚劣化はさらに進むだろう。それにともない日本語はぼろぼろと崩壊していくだろう。かつて理解され得た知識と見識はついに読まれなくなるだろう。そして男と女はさらに憎しみ合い、さらに孤独に、ひとりぼっちになっていくだろう。やがて、日本人同士で通訳が必要になる、断絶と喪失の時代がやってくる。それはもう避けがたく構造的な没落であると結論づけざるを得ない。死人として生きることが日本人の避けられぬ宿命であるならば、自分だけを愛せよと、そう叫びたい気もした。しかしおまんこは今日もうつくしかった。

2012-12-04

喪失の時代(3)

ピンサロのソファで、<女>と会話をしていた。いや、相手が女かどうかすら、暗がりでは定かではなかった。時折、女が性器を舌でねぶる感触が下半身から伝わってくる。生暖かいその感触だけが、私と世界をつなぐ唯一のつながりであるように感じられた。ふと、あのドイツ人の言葉が頭をよぎる。人間が自分を神様だと思い上がらずにいられるのは、その下半身のゆえである、と。

男にとって買春は極めて安易な娯楽であるはずなのに、ネットには自慰用の道具が溢れかえっている。自慰用のTwitter、自慰用のTogetter、自慰用の評論家どもで溢れかえっている。むせ返るような精液の臭いにうんざりした女たちは、男の真似をして部屋に閉じこもり、男のいない清潔な世界でフィクションに逃避している。そして夜にはベッドで毎晩自慰をするのである。

この二十年、私たちが失ってきたものは、カネだけではなかったらしい。私たちのこころを作る<ネット>の現在の様子を見れば、ひたすら黙って性器をしごいている男たちと、それを憐れむ女たちとの間の距離は絶望的なまでに大きくなってしまっていることは自明だった。砂のように乾いた、焦げた肉のように苦々しい関係。

なぜここまで、私たちはひとりぼっちになってしまったのか。なぜここまで、ばらばらに引き裂かれてしまったのか。この世には男と女しかいないのに、お互いに石を投げつけ合っていた。男女ともに、裏切られることを何よりも恐れ、相手を罵倒して嘲笑しようとしていた。それによって、かれらはもっとも恐ろしいことからこころを守っていた。

たとえば、女が馬鹿だと思えば、女が屑だと思えば、男は自分の小さな性器のことを忘れていられた。男は自分に勇気がないことを忘れていられた。毎日引きこもってアニメと漫画とネットを楽しむ孤独な人生のことを忘れていられた。なぜなら女はどうせ馬鹿で屑だからである。単純な論理だった。そしてこれはもうどこかの誰かの特殊な事例ではなかった。私たちの現実だった。

いくら買春を繰り返しても、女は恐ろしかった。いや、違った。女が怖いからこそ買春を繰り返したのである。女を知ることができればその恐怖から逃れられると思った。しかし何もわからなかった。そのへんの女とも何度も何度もセックスをした。それでも何もわからなかった。わかったこともあるがそれは女は男を許すことができる生き物だということである。女は男の孤独を許してしまう。こんなに恐ろしい生き物は他にいない。

Twitterでわめいている学者や言論人どもの語彙を用いてはならなかった。かれらがよく体現している、頭がいいと思われたい欲望は、教養がなく、貧しく、惨めな生活を送っている現代人にとっては、ほとんど唯一のあまい飴玉であるからだ。この誘惑とたたかわなければならなかった。あなたたちにはっきり言っておくが、一回四千五百円のピンサロで精液を売女の口に放出することは、その戦略のひとつに過ぎないのである。

2012-11-30

喪失の時代(2)

ドブネズミが路上にこぼれた残飯を漁っている。そのすぐ脇にその店はあった。けばけばしいネオンに、「一回四千五百円」の看板。雨が降っていて、くぼんだアスファルトのあちこちに水たまりができていた。淀んだ水に灰色の空が映っている。少し離れた角に、私は立っている。店の入り口を覆う薄汚れたカーテンが、かすかな風に揺れていた。下半身は冷えていて、性欲はすっかりどこかへ消え失せていた。

店の中に入ると、奇妙な香水の匂いが鼻をついた。売春の現場には必ずといっていいほどあるBOSEのスピーカーが、陳腐なクラシック音楽を流し続けている。カビ臭いカウンターでカネを払い、私は受付に促されるまま奥へと足を運んだ。女は誰でもよかった。当時、私の手元にあった数百万円は、銀行と義父をだまくらかして手に入れたもので、すべて買春に使うつもりだった。ピンサロは、その最初の一歩に過ぎなかったのである。

男は、性欲を制御できない。男の下半身はいまだ動物であり、その姿は奇形のサテュロスに類似している。東京のあらゆる場所に存在するピンサロはその証左のひとつだった。ピンサロとは何か。それは下半身だけを露出した男が、ソファで性器を射精するまで女にしゃぶらせるサービスである。売春婦もまた下着を脱ぎ、自らの性器を露出させる。射精までの短い間、男はそのおまんこに触れることを許されるのである。

誤解してはならない。男にはセックスは必要ない。射精ができれば相手はなんでもよいのである。人形でも木のうろでも羊の性器でもなんでもよいのである。男がまるで女を必要としているように誤解することから、すべての人間的痛苦が生ずる。ピンサロの女は道具である。射精のための道具である。いい匂いがする柔らかい口性器、それがピンサロが提供するサービスにほかならない。女の頭が下半身で上下している。なぜひとはネットですら、自由に語れなくなったのか。

職場の帰りに買春。出張のたびに買春。飲み会の帰りに買春。男なら誰でもしていることが語られない。おためごかしと偽善ばかりである。ネットでは、ひとは匿名になることが許される。ネットでひとは、顔のない誰かになることができる。しかしそのような場においてさえ、なお<セックス>だけが語られないのはいったいどういうことか。なぜそれが無視され、なかったことになってしまうのか。私たちから人間らしさを奪っているもの、それは<汚穢>を奪う何かであり、それこそが真の略奪者である。

女は口から精液をほんの少しあふれさせると、私に向かって微笑んでみせる。それもまたサービスのうちである。女たちがこの店で口にする性器の数だけ、世の中から強姦が、性虐待が、家庭内暴力が減っていると考えたとき、その作り物の笑顔がとつぜん神々しく、慈愛に満ちたものに見えてくる。ズボンのチャックをあげながら、女がティッシュで口を拭う様を眺める。女は誰かに似ているが思い出せない。売春婦は皆そうだ。誰かを思わせるがそれはけして思い出せないのだ。

2012-11-29

喪失の時代(1)

何もかも失い続けてきた。喪失した、そのことすら忘れてきた。しかし痛みは残った。取り戻したいという思いだけは残った。しかし何をなくしたのか、そのことだけはけして思い出せなかった。いくら考えても、思い出すことはかなわなかった。

いま、語らねばならないことはなんだろうか。いま、考えなければならないことはなんだろうか。そう小さく問うことから、はじめなければならなかった。なぜ、私たち自身が考えなければならなくなったのか。なぜ、金髪や、毒まんじゅうや、としなおや、元アルファブロガーといった連中だけに任せておけなくなったのか。

あなたたち読者は、こう言うかもしれない。雑誌でセンセイ呼ばわりされていい気になっている<作家>や<評論家>に、任せておけばいいではないか? テレビで脂ぎった笑顔とスーツを見せびらかしている<言論人>に、やらせておけばいいではないか?

できれば、任せておきたかった。この手のエゴまみれの連中に任せておきたかった。かれら頭の良いひとびとに丸投げして、この衰退する国の片隅で、カネとセックスだけをよるべとしたつつましくもしあわせな人生を送っていたかった。黙っていたかった。そして、目立たずに余生を送りたかった。

だが、もう時間はない。この国の大いなる<衰退>は、すでに始まっている。いま、この瞬間にもぼろぼろと崩れ去り、失われていくものについて語らなければ、それを明日へと伝えることは永遠にかなわぬ夢になってしまう。だから語ろう。静かに、小さな声で。だがその前に、あなたたちにはっきり言っておく。この世界を描きうるゆいいつのことば、それは、血と肉と痛みを伴った、きわめて個人的な出来事によってしか得られないのだ。

何から語るべきか。そう、それは買春でなければならなかった。女が貨幣と交換可能な世界において、そこに露出しているものは何か。誰しもが眉をひそめ、誰しもが見てみぬふりをする。良識ある世間のひとびとがけして見ようとしない、もっともきたない場所の、もっとも崇高な何か。それについて、語り始めねばならなかった。きれいはきたない、きたないはきれい、というあの魔女のことばとともに、あの場所へと還ろう。そう、それはピンサロ、女が男性器をしゃぶる場である。

2012-11-22

近況(3)

韓国・仁川市はソウルの西、山を挟んだ海側に面している。立ち並ぶモーテルを抜けると、私の仮住まいとなったマンションにたどり着く。近くの空き家に住む犬のシロに手を振って、エレベーターへ向かう。泥まみれの道路のあちこちに、売春婦のチラシが散乱している。ああいうチラシは世界どこにいっても同じだ。カラフルで、派手で、必ず電話番号が書かれているが誰につながるかわからない。電話しようか、と思う。風は冷たく、骨に染みこむ寒さだ。走るようにしてエレベーターに乗り込んで、一息ついた。石造りの建物は、中に入れば別世界のようにあたたかい。部屋では、女が待っているはずだった。

初めて会った時、女はすでに結婚していた。そして別の男と浮気を繰り返していた。とんだ売女だった。学歴だけは高いが、股のゆるい馬鹿な女の見本のような女だった。話しているうちに、なにかが、少しずつずれていった。すでに元妻、元愛人、元ペンパル、元読者といった女どもに囲まれ、さらに親戚の女どもに苦しめられ、女というものにこころの底からうんざりしていた。そのはずだった。女とのチャットは続いていた。まるで秘密の手紙のように続いていた。女の性癖を聞き出しながら、女が実際のところ、性について何一つ知らないことにひそかな喜びを感じた。俺はなにが嬉しいのだ、と思った。どうせこの女も、これまでと同じように捨てることになるに決まっているじゃないか。

ある日、女は離婚すると言った。女は愛人とは別れると言った。あなたのことを信じると言った。いったい、こいつはなにを言っているのだろう、と思った。そもそもお前が話している相手は、お前のような女を腐るほど見てきたのだ。お前のような馬鹿な女はたくさん見てきた。どうしようもない生活の中で苦しみ、その逃避先として浮気し、セックスをし、病気をもらって旦那に離婚されるような、そういう人生しか歩めない女を、何人も何人も見てきたのだ。お前などそのうちの一人にすぎない、そう思っていたはずだった。だがいつの間にか、韓国で会うことになっていた。会ったのは三月だ。私は体調を壊しており、入院寸前だった。女と会った。会って、ホテルのベッドからほとんど離れずに三日間過ごした。

女の決意はうつくしかった。それはひとりではけして続けられないし、ひとりでは実行すらできない決意であるにせよ、それでもなお、自分の学歴も、生活も、金持ちの夫の経済的支援も、すべて捨てて私を選ぶと言った女のことばに、私はこころを打たれた。このような決心があるのだ、ということを思い出さざるを得なかった。ある種の決心は、その人間そのものよりも大きく、重いことがある。それはある種の作品が、それを書いた作家よりもはるかに偉大なことがありうるという事実にも似ていた。私はその女に、女がなしうる偉大さが包含されているのを見た。なぜなら、私も、矮小な精神にはふさわしくない大きな決意をもって、<書く>という行為にたどり着いた人間だったからである。

女が昔の男たちとやりとりした自慰動画、ヌード写真、セックス動画などはほとんど目を通した。そのどれもが最低の動画だった。FacebookやTwitterで当時の女の浮気相手を見てみると、なんと大学でセンセイをやっていた。まったく学者というのは糞だった。こういう連中を一匹ずつ社会的に抹殺していくことのおもしろさについて考えながら、そのセンセイの自慰動画に映しだされた灰色の精液の色にうんざりした。こいつも、と私は思う、またひとりの馬鹿な<男>にすぎない。私と同じ、馬鹿な一人の男だ。そう思うと、男が哀れだった。下半身でしかものを考えることができない男には、セックスがいつでもできる女は無価値なゴミでしかない。男にとって、女はセックスフレンドにしかすぎなかった。まったくもって、身に覚えがある話だった。女に私はこう言った。このセンセイはゴミだが、男はみんなゴミだ。男は動物の下半身をけして制御できない。男は<人間>になれない哀れな生き物だ。お前はそれでも俺がいいのか?

マンションの近所に、巨大なカトリックの教会を見つけた。ラブホテルに囲まれているが、あたりは静かだった。敷地には桜の木が植えられ、隅にマリア像が佇んでいる。掃除婦に声をかけ、建物の中へと入れてもらう。木製の重々しい扉を開くと、中から静けさがあふれだした。そこは暗く、巨大なホールだった。三列にかぞれ切れないほどの長椅子が並べられていた。西側のステンドグラスから、午後の光が斜めに射し込んでいる。椅子の一つに、女が一人で座って、祈りを捧げている。奥には、巨大な磔のイエス像。イエスが、私と女を見下ろしていた。腹立たしかった。子供が生まれた日もそうだった。なにもできない偶像のぶんざいで、いつも人生の節目節目でひょいと顔を出してきて、私をじっと見つめている、その優しいまなざしがきわめて不愉快なんだよと、そう唾を吐きたい気がした。いつのまにか、女がいなくなっている。私はホールで一人だった。売女こそ、もっともうつくしい。そういうことばが、頭をよぎった。ふいに目を開くと、女は隣で眠っていて、時刻は、午後三時だった。シロが吠えていた。

2012-11-10

近況(2)

仁川のラブホテル街のどまんなかに新居を借りた。三ヶ月間とはいえ我が家だ。それなりに愛着が湧いてきていた。夜になると、どこかから怒鳴り声が聞こえてくる。アジアではよくある光景だった。日本にはそれがない。実は、それは異常なことで、人間がたくさんいれば、怒鳴り声を上げ、泣き声をあげる頭のおかしい人間が必ずあたりにいるのが普通なのだ。日本はよくよく異様な国だと思う。日本にいると、そのことをすぐに忘れる。

夜、電気を消して寝所に横になると、向かい側に立つホテルの紫のネオンライトが窓ごしに差し込んでくる。部屋はまるで海の底のように見える。睡眠薬を常用していると、たまに酔っ払ったような状態になることがあるが、紫の光をじっと見つめていると、壁や布団の模様がうねうねと動く幻覚が必ず見えるようになった。面白いのでしばらく見つめてみるが、気持ちが悪くなりそうなのですぐに目を閉じる。

食事はまだほとんど外食だ。生活で必要なもの、たとえば洗濯機や冷蔵庫がすべて揃っている「フルオプション」と呼ばれる賃貸形式にしたので、キッチンも使えるのだがまだ鍋や包丁がない。不動産契約は外国人でもできる。私は見学にいったその日のうちに現金で家賃を支払い、すぐに契約した。しかし契約書には家賃を滞納したら追い出されて荷物を捨てられても一切文句を言わない、と書いてあるらしい。韓国の賃貸システムは合理的だ。

食事は非常に安い。大衆食堂だとだいたい500円ぐらいから。韓国料理は見かけこそ雑に見えがちだが、特にスープはどこでもうまい。あっさりとして薄味、何を煮込んでも美味。キムチは、日本で食べていたのは偽物だということがよくわかる味。唐辛子が違い、辛くて「甘い」。あまりのうまさに胃袋が活性化され生きる力が湧いてくる。市場で見る野菜はどれも形が悪く泥で汚れているが、持って帰ってきて切ってみると甘くて芳醇な味。生水は飲めないので煮沸してから飲む。

温水を使った床暖房は、実のところ非常に快適。布団の下の床から熱が立ち上ってくる。風邪とは無縁の生活を送れる。窓は二重になっており、あいだに空気の層が入っていて、断熱効果は非常に高い。一時間ぐらい暖房をつけておくと、一度スイッチを切っても朝まであたたかい。暑いぐらいだ。これから真冬に突入するが、ほとんど問題ないのではないかと思っている。雪が降るとどうなるのかいまから楽しみにしている。

マンションの前に、シベリアンハスキーがいる家がある。飼い主が誰かわからない。空き家になっていて、誰も住んでいない庭に、ぽつんといつもその犬が座っている。毎朝声をかけていたら、少しなつかれた。名前をシロとつけて、かわいがっている。飼い主は姿を見せないが、餌やトイレの世話はちゃんとしているようだ。たぶん近くのラブホテルの部屋にいるのではないかと思えるのだが、一度も姿を見たことがない。シロの毛並みはいつもつやつやだ。

日本のネットを見ている。みな幸せそうだ。コンビニで好きなものがいつでも手に入る生活。ショッピングモールで一言も発しないままなんでも買えてしまう生活がそこにはある。画一的なマスプロダクション製品にあふれる生活の「豊かさ」がまがい物にすぎないことが、アジアにくると胸が痛いほど理解できる。文字通り胸が苦しい程の喪失感だ。日本が不必要と判断して捨て去ってきたものこそが、人間らしさそのものだったのだと思う。

窓から外を見ている。道には誰もいない。犬小屋で、シロが眠っているのが見える。向かいのラブホテルの窓は、すべて板が打ち付けられ、開かないようになっている。それは外界とのやりとりを自ら遮断し、自分たちの異様でちっぽけな世界を守るためだけに汲々とする日本の姿そのもののように見えた。窓は閉ざされていて、おそらく、もう開くことはないのだろう。どこかで、誰かが泣いている声がする。すべてお前たちのせいだ、と声がした。傍観者としてしか生きられなかった、お前たちの責任なのだ。泣き声が、強くなった。

2012-11-03

近況(1)

しばらく韓国に滞在している。ソウルの南西の山を超えた湾岸部の仁川に部屋を借りた。仁川の町並みは、文字通り昭和50年代の日本を思わせる。これから成長していく国だけが持つエネルギーと活気がそこにはあった。懐かしかった。それは日本からは永遠に失われた若さに他ならなかった。この国もまた、急成長による公害と、高齢化と、家庭内暴力と、個の孤独という先進国特有の問題に直面していくのだろう。しかし人間にとって<課題>とは、二度と帰らぬ青春のようなものである。幸せな国だと思う。

最初に泊まったホテルの裏側にはモーテルが並び、その近くの店には予想通り売春婦たちが飯を食べていた。道は汚く、あちこちに汚水がたまり、歩道のあちこちにゴミが堆積したままになっている。道を挟んで反対側には巨大な高層ビルがそびえ、ネオンを受けてきらきらと光っていたりする。また、少し街を歩くと、市場があり、そこには小さな飲食店、八百屋、魚屋、唐辛子や牛の内蔵を売る小売店が並んでいる。思わず足を止めて色々物色する。すぐに店員が話しかけてくる。人懐っこいのは、かれらがアジア人だからだ。

日本人はまったくアジア人らしくない。冷たく、何を考えているかわからず、頭だけはいい。日本人は嘘つきだと、韓国の人間は思ってしまう。直情的で朴訥な韓国人から見ると、日本人は裏で何をしているかわからない、笑顔で嘘をつける冷血漢にほかならない。そういう根本的な不信感を無視して、未来志向だの日韓友好だのいうたわごとがまかり通る。それがもう何十年も続いている。韓国料理を食べていると、大衆食堂の料理の豊かさに驚く。安い食事といえばコンビニとすき家とマクドナルドしかない郊外の日本とは対照的だ。豊かさとはなんだろうか、と思う。むろん日本人が目指した豊かさはコンビニに過ぎなかったのだ。

ホテルの部屋に戻って、おまんこの後に日本のネットを眺めている。Twitterや2chでは、今日も差別主義者どもが喚いている。こうした連中は、社会に出ればふつうの会社員であったりする。つまり私たちの隣人が、朝鮮人は死ねだの在日は国へ帰れだの、口汚なく罵っている。現実社会では文句も言わず、社会のルールを守って生きている、こうしたふつうの人間が、ネットではなぜ差別主義者の豚に変身してしまうのか。ネットがなければ、かれらは<ふつう>だろうか。ネットで<自由にひとを罵倒できる権利>をかくとくしたかれらは、はたして幸せなのだろうか。

嘘とごまかしばかりを強いる日本社会において、<ほんとうのこと>だけがゆいいつ価値あるものである。たとえそれについて語ることがけして語り手に利益をもたらさぬとしても、やはり、それだけがゆいいつ語る価値をもっている。私たちは際限なく愚かになることができるし、それは歴史が証明している。ネットが私たちの言語を形成している以上、ネットが私たちのこころを作っていることは自明である。私たちは圧倒的多数の豚どもに囲まれながら、四足のいびつな人間として生きていかなければならない。おそらくそれは簡単なことではなく、これから、人間らしさというものは、ますます入手困難な、貴重なものになっていくだろう。それはことばを軽視したことの当然の帰結である。

窓から、モーテルが見える。セックスはまだ残されている。しかし、<人間>は可能だろうか?

2012-10-25

プロフェシー

夏から秋にかけて、部屋の窓からは、燃え上がる夕日が西に見えた。透明な天蓋の下で、草原と森が燃え上がるように光り、はるかな高みを飛行機が航跡を残しながら飛び去っていった。身体を壊して入院し退院した後、寝所からよくそんな空を見ていた。人間は死ねばモノになるが、モノであっても人間を取り囲む世界はうつくしかった。

女とはいつものようにネットで知り合った。そもそもネット以外に女を見つける方法などこの世に存在しなかった。ネットだけが<女>への経路だった。MixiもTwitterも、ありとあらゆるSNSがしょせん女を得るための道具にすぎなかった。いいかえればすべてはおまんこを巡っていた。したり顔をしたスーツ連中ばかりが幅をきかせるこれらSNSでは、薄っぺらい理念や夢を語る詐欺師によくよく注意せねばならなかったが、それを除けばおまんこはどこにでもあった。まったくセックスは誰とでもできるしいつでもできる貧者の娯楽だった。人間の矮小さは今世紀に入っても何一つ変わることなく続き、今後もずっとそうだろうと思われた。それは良いことであり、嘘を捨て去ることさえできれば、人間には豊かな人生が待っているような気がしてならなかった。つまり、カネとおまんこだけが人生の真実である、と公言しなければならないのである。

読者から、女はどうなのですか、という質問をたまに受ける。おまんこを<セックス>と読みかえればよい。私がいつでも、きわめて真剣に、まじめに、わかりやすく語っているというのに、このような質問が出てくるのはまったくもって遺憾というほかなかった。女はどうか。男と何が違うか。何も変わらなかった。売女呼ばわりされないよう注意深い行動が求められていた。だがそれだけだった。結婚相手をさがすための道具としてネットを活用すればよいのである。共感や理解を得るためのツールとして活用すればよいのである。しかし率直に語らせてもらえば、女のことは女に考えてもらいたいのである。

それはともあれ、男も女も逃避するばかりの人生である。アニメや漫画やゲームに逃避すればよい。逃避のための道具もすべて揃っていた。逃避の理由は簡単だった。男が嘘つきだからである。女もまた嘘つきだからである。そしてお互い不信と猜疑心にまみれ、一歩も動けないからである。どこにも希望はなかった。そして絶望すらも不在だった。それが現代の男女の姿なのに、カネがほしいエゴまみれのライターや<著名人>たちがこぞってネットを褒めていた。まったくうんざりする光景だったが、この手のひとびとを鼻で笑うだけではもはやすまなくなっていた。状況は悪化する一方であり、この手の人々を文字通りの意味で完全に埋葬せねばならなくなっていた。誰も、悲惨な現実を直視しなかった。誰も、陰惨な事実に耳を傾けようとしなかった。日本人はまさに<幼児>だった。そしてそれは先進国すべてに広がる病気の一種だった。ジャパナイゼーションこそが、人類の敵だった。

話を戻す。女はぎりぎり20代だと言ったが、肌のたるみ具合から考えるにおそらく30代半ばだった。ハートマークを多用するメールが好きな女だった。おまんこは緩かったが声と演技はよかった。そもそも女におまんこ以外のことを求めることが間違いだった。そもそも男はおまんこしか見ていない動物の一種にすぎないのに、まるで人間みたいな顔をして道路を闊歩していることこそが問題なのである。セックスができれば、人生はしあわせだろうか。むろんそのとおりだった。ついでに言えば<自分>さえよければそれでよいはずだった。そう言い切れれば人生ははるかに楽だった。たとえば日本人として生きることは楽で楽でたまらないはずだった。しかしダメだった。ネットに寄生して飯を食べるライターたちが撒き散らす害毒と公害にまみれて生きていかなければならないこの世界において、私たちはまず自分の身を、自分の精神の正気を守らねばならなかったからである。

ネットさえ滅びれば、たとえばTwitterとTogetterが明日にも滅びれば、この手の連中も一緒に滅びるだろうか? それはなかなか魅力的な空想だったが、おまんこが手に入りづらくなる人生は、また寂しいものであるかもしれなかった。Skypeが、Google Chatが、Yahoo Chatが、FacetimeにiMessageが、その他ありとあらゆるテクノロジーがなければ、遠くにいる女に足を開かせて女性器の画像を送信させる、そうした趣味もまた潰えてしまうかもしれなかった。つまりネットを捨てるわけにはいかなかった、つまりネットがどうしても必要だった、だからネットを離れて生きていけなかった、ここだけが私たちが生きられる場所だった。現実から爪弾きにされ、友人を失い、会社を首になり、共同体から無視され、自分より弱いものを叩くしか趣味を持ち得ていない人々、<ネットにしか居場所のない日本人>、すなわち<家畜>の生きられる場所、呼吸することが許される場所は、ここにしか、いまこのネットにしかないのである。

<ほんとうのこと>が語られるのはネットだけだった。新聞が、テレビが、週刊誌が、いつほんとうのことを語ったか。おためごかしと、嘘と、偽善だらけのスーツ連中が、「メディアの未来」だの「メディアの明日」だのいうざれ言を今日も報道していた。お前たちに未来や明日などない、そう断じてしまっていっこうに問題なかった。どこを見ても嘘にまみれ、どこを見てもごまかしだらけだった。しかし、ネットは違った。なぜなら、疫病のように薄っぺらなことばが蔓延するこのネットにおいても、まだ<セックス>が残されていたからである。いや、こう言わなければならない。まだ<おまんこ>が残されていた。これだけが人間のゆいいつの希望だった。何年にもわたって、同じことを書き続けてきた。これからも何度でも、燃え上がることばをもってそれを書き記すだろう。私がドブで野垂れ死にしたら、墓石には「カネとおまんこだけが価値だった」と刻んでほしかった。あなたたちの理解を永遠に得ることのないことばをもって生きなければならなかった。快活に笑いながら、無理解と嘲笑と誤解のただ中でまっとうに生きることが求められていた。そう思いながら、女に飲ませるピルを注文している。子供は、ほしくなかった。

2012-10-22

「マージナル・ソルジャー」刊行遅延のお知らせ

2012年内に販売予定だった、「マージナル・ソルジャー」は、諸般の事情により刊行が遅れ、来年度の刊行になる見込みです。
お待たせしてしまい、申し訳ありません。作者の見通しと計画が甘かったこと、これが遅延のゆいいつの理由です。

スケジュールを一度仕切りなおした上で、2013年夏を目処に制作を継続します。
続報に関してはこことG+にて告知していきますので、もうしばらくお待ちください。

<追記>
2013年6月1日より発売となりました。こちら(Amazon Kindleストア)です。

2012-10-12

聖娼婦インターネット

なぜ、私たちはネットに戻ってきてしまうのか。ネットより大切なものはいくらでもあった。ネットより必要なものはいくらでもあった。しかしそれでも戻ってきてしまった。それでも帰ってきてしまっていた。なぜだろうか。ネットは、私たちの<こころ>をつくっている。それが、ネットの持つゆいいつの力だった。


カネを稼ぐこと以上に、大切なことがあっただろうか。あるいは<おまんこ>よりも、必要なものがあっただろうか。札束をはたいて遊興費に使う、朝と夜に別のおまんこと遊ぶ。それ以上になにかがあったのだろうか。あったのだ。確かにあった。ネットには、それに勝るなにかがあった。それには抗えなかった。仕事をしていても、買春をしていても、妻と家族ゲームに興じていても、愛人と恋愛ごっこをしても、遠距離メル友女子中学生と仮想結婚しても、子供の担任と学校で大げんかをしても、それでも、それでも、ネットが必要で、ネットがかけがえのない相手で、ネットを愛していた。

しかし、ネットのどこを見ても、魅力のひとかけらも見つけられなかった。それは明らかだった。それは認めなければならなかった。狭苦しい田舎の村のような閉鎖的で陰惨なコミュニティばかりが眼についた。どこも似たような感じだった。こうした村では、となりの家の献立がどうとか、給料がどうとか、仕事がどうとか、奥さんとのセックス回数がどうとか、そうしたくだらぬことばかりが話題になるのだった。なぜならそれ以外の<世界>は、かれらの言語空間に存在しえないからである。だからこそ、ネットはそれぞれ小さな<村>に分断され、ばらばらにさせられたまま、お互いのやりとりをすることもできない状態で、孤独な王国としてあちこちにひっそりと存続せざるを得ないのである。こうした田舎者の娯楽は、もちろん<悪口>だった。それはとても大切なエンターテイメントだった。都会の人間が洗練されたほのめかしや悪意を用いてイヤミったらしく悪口を言うことと比較すると、これら田舎者の人々の使う悪口は子供のそれであり未熟かつ幼稚で、性器が小さいとか顔が曲がっているとか髪の毛が薄いとかいう「眼に見える」「わかりやすい」特徴ばかりをあげつらうという特徴があった。しかしこの悪口こそが<村>をまとめる秘密であった。そして同時に最高の時間つぶしだった。ひとの悪口ほど楽しいものはない、そのような真理をもう一度口にしないわけにはいかなかった。ネットに魅力はないのだろうか、ないように感じられた、まったくもって、ひとかけらの魅力もないように感じられた。

まったく、ネットで何を読んでも、うんざりするような事例ばかりだった。たとえば原発をめぐる社会運動・活動、その人々の周りにわらわらと群がって「正義」を語る、けして自分では行動をしない人々がいた。こうした人々の「正義」は偽善とおためごかしの悪臭を放っていた。そしてネットはこの手の人々であふれていた。集合としてのかれらは、ほとんど人間には見えなかった。それはまるで自然災害の様相を帯び、巨大な無意識によって形成される<潮流>のように見えた。顔のない無数の匿名の人々によって形成される「正義」は、中心を欠いたアメーバのような不定形なものであり、あちこちに分散、連結、切断を繰り返すことでユビキタスに存在する、きわめて不気味で、威圧的なものになっていた。この<潮流>に囚われた日本国においては、かれらが「オープンなコミュニケーションの場」と呼んでいる、極めて陰湿ないじめ空間であるネットに、恣意的な基準にて選び出された不幸な「わるもの」を連行してきた上で、言葉狩りをし、嘲笑し、罵倒し、晒し者にすることは、すでに多くのひとにとって、良質なエンターテイメントのようなものとして考えられていた。この手の人々は、自分たちが踏みつけている靴の下に何があるのか、生まれてから一度も考えたことがなかった。むろん踏みにじられているのは、かれら自身の尊厳と人間らしさに他ならなかった。端的に言えば、それは<傷>に対する無理解だった。あるいは、傷の認識の不在だった。このような環境下において、ネットにうんざりしないわけがなかった、うんざりしない人間が果たしているだろうか、一人もいないように思われてならなかった。

それにしても、ネットでどんな話を聞いても、耳を覆いたくなるような事件ばかりだった。誰もかれもが、慈善家になりたがる時代だった。誰もかれもが、ボランティアになりたがる時代だった。まったくお話にならなかった。どこかの誰かの不幸のために、活動をする。それは悪いことでも良いことでもなくじゅんすいに各個人の心の満足と平穏の問題でしかなかった。しかし、そのことによって有名になろう、何がしかの利益を得ようとする人々、しかもそうした自己顕示欲を隠そうともしない恥知らずな人々、「善意」にまみれた卑しい行動をする人々ばかりが眼についてならなかった。そもそもこの世に善意なるものがほんとうにあるとするならば、それはもっとも小さな声で語られるのであり、誰にも顧みられないような場所で行われる、小さな行動に他ならないのである。ネットで公然と、大声で、厚顔無恥かつ下品に慈善や寄付について語る人間を信用できうるはずもなく、こうした人々を鼻で笑ってすぐに忘れてしまいたいところなのに、次から次へと、どこからともなく、腐った果実にわいてくる虫けらのように、「善意」の甘い汁を吸うために昨日も今日も明後日もネットにこうした連中が群がっているのである。そもそもカネとおまんこにしか興味がない少し進歩した猿にすぎない私たちが、慈善で<人間>に近づこうなど、思い上がりも甚だしく言語道断である。まったく耳を覆わんばかりの、うるさく下品な声ばかりがネットに溢れていて、いったいどうやったらこんなネットを好きになることができるだろうか、それはほとんど不可能を愛せよということに等しいのではないかと思われた。

ネットのいったい何が魅力なのだろう。そう、不思議に思ってしまうのも無理はなかった。TwitterやTogetterが振りかざす大文字の「公共性」の無意味さ、無価値さ、そうしたものに心のそこからうんざりし、吐き気をもよおしながらも、たしかに、それもまた人生の一部であると認めないわけにはいかなかった。世界のど田舎たる日本に住まい、日本語によって構成されるネット言語圏、ネットスフィアに閉じ込められて生きる私たちにとって、そうした愚かさ、くだらなさ、醜さ、みっともなさ、矮小さといった、ちっぽけな人間性を、それもまた自分たちの一部であると、認めないわけにはいかなかったのである。思わず(笑)をつけて語りたくなってしまう、このどうしようもない2012年のネットの現実を、認めないわけにはいかなかった。

ネットは、偉大な<売春婦>だった。そのおまんこは、ありとあらゆるものをその中へ導き入れていた。男がどんなに馬鹿であっても、どんなに人間として品性下劣であっても、ネットという売女はそれを喜んで受け入れた。ネットはまるで、汚ならしく品性下劣な田舎者たちが集まる町に、突然舞い降りてきた聖娼婦マリアのようだった。売女はカネを持った男を財布として扱うという。それだけのために売女は股を開いているという。そのようなことは、一度でも買春したことがある男や、結婚したことがある男は誰でも知っているという。しかし、違うのだ。そうではないのだ。誰とでも寝る<売春婦>こそが可能性である。

売女がいない街は不気味だった。売女が見えないことになっている街は気持ちが悪かった。それは不浄なるものを覆い隠す<社会>の圧力の結果だった。ネットはどうだったか。ネットは売女だらけだった。ネットはポン引きだらけだった。ネットは馬鹿と阿呆と暇人と金髪と東浩紀だらけだった。そしてこれこそがネットのゆいいつの可能性だった。これだけがネットの楽しさだった。これだけがネットが存在しそのために存在し続けねばならぬ理由だった。だからあなたたち愚か者にもここに住まうことが許されていた。だからあなたたち<追放された者>にもここに住まうことが許されていた。これを是としなければならなかった。それがいかなる苦痛と頭痛と嫌気をもたらしたとしても、なお、この現状を理解し、認め、受け入れねばならなかった。いや、ここで注釈を入れねばならない。ネットで一般的に言われる「理解」は、同じことばを使っていたとしても、まったく違う姿勢を指しているのである。知ることは傷つくことである。見ることは血を流すことである。そして、それだけが考えるという行為に値するなにかだった。

あなたたちの考える「理解」は、Googleで検索してどこかの誰かが善意で無償でフラットな世界のために書いてくださったテキストを読むことにすぎないのである。あるいはどこかのブログにSNSにTwitterに「考えさせられる」とハンドルネームでコメントして数秒後に全て忘れるその行為にすぎないのである。あるいは毎日ソーシャルサービスに記事を転載またはブックマークして「あとで読む」とタグを振って一度も読まないその退屈な行為にすぎないのである。それが「理解」の正体にほかならずそれ何一つ意味していない。それは毎日同じ時間に食事を取るのと何も変わらず、あるいは排泄行為と何も変わらない。そのような行為を考えると呼ぶわけにはいかなかった。そのような行動になにか積極的な意味を認めるわけにはいかなかった。そもそも<考える>とは生きること。その方法がネットにないことだけは明白だった。その方法に至る経路がネットに存在しえないことだけはわかっていた。ネットの中にいて、かつ生きることができないことだけはわかっていた、と、そう言いたい気がした。

しかしそうではなかった。奴隷であっても、家畜であっても、なお私たちは自由を獲得することができるのである。つまり、愚劣さ、狂気、嫉妬、ありとあらゆる負の感情が渦巻くネットにおいて、なお<人間らしく>生きることは可能であった。そして人間らしくあるとは、おそらく、半分は、沈黙したままでいることを意味していた。あなたたちがよく知っている通り、最良の部類に属する人間というものは、ネットには存在しえないものである。それは、かれらに知恵があるからである。付け加えるならば、かれらは恵まれていて、ネットを経てしか得られない利便性がなくとも生きていけるからである。つまり不便さを誰かほかの人間に押し付けて、自分はそうした汚いことをしなくとも生きていける、そうした恵まれた環境にある人間だからである。こうした人々の階層に生まれつかなかった私たち一般市民におかれましては、このネットの泥沼の中に留まるしかない、否、留まるべきなのである。

そこから抜けだして、どこかにある楽園を目指してはならない。どこかにある<カネ>と<名声>が手に入る場所を目指してはならない。この愚かさのただ中に留まること、それだけが、誠実さと呼べるなにかに相違なかった。たとえば、日本人の愚かさを、アメリカやヨーロッパに行ってかれらのマネをすれば超えられると信じた、かつての「先進的」な連中のみっともない姿を想起すればよい。それは島国の田舎者が陥りやすい最大の誤りのひとつである。日本人の愚かさは、日本の中から超えるべきものであり、かつ、超えられるものである。すなわち、そのためにネットが必要で、ネットを愛していて、ネットがかけがえのないものなのである。この愚かで、貧しく、どうしようもなく薄っぺらなことばばかりが流通する、哀れで、偉大な売女であるネット。この女を抜きにして、もはや私たちは生きられぬ。なぜなら、かの女こそが、私たちの<こころ>をつくっているからである。この社会が、いかにかの女を馬鹿にし、石を投げ、軽蔑し、まるで社会の害虫のように取り扱おうとも、この売春婦だけが、私たちがとうの昔に捨て去ったはずの気持ち、私たちが忘れなければならなかった<傷>、私たちが愛してやまなかったが成長のために切り捨てなければならなかった理念を、いまもなお、大切に保管して守ってくれているからである。ネットは、私たち日本人が得たゆいいつの<希望>である。かの女を生かしめよ、私たちが、今度こそ真に生きるために。

2012-09-23

病院にて


救急隊の狭いストレッチャーは、人間をモノにするための道具だった。その上に縛り付けられ、反吐を撒き散らしながら、混濁する意識の中、カネは下ろしておけ、意識が戻らなかったらX氏に連絡しろ後はうまくやってくれる、などと家人に怒鳴りつけていた。

いや、正確には怒鳴ってはいなかった。きわめて普通に話しているつもりだった。自分の声帯がまるで壊れたスピーカーのように感じられた。ろれつの回らない口調に、救急隊員のひとりが家人に「外国籍の方ですか?」と訊ねていた。笑いたかったが、吐瀉物で喉がつまり、笑うどころの騒ぎではなかった。

救急車のサイレンを、車内で聞いたのははじめてだった。五感が少しずつ遠ざかる中、ひとは<モノ>にすぎないと理解した。それをごまかすためにだけ様々な文化が存在するのだった。そう考えた後、一瞬意識を失って、気がつくと病院のベッドに横になっていた。

遠くで、誰かが泣いていた。私が横になっているベッドは、どこかの部屋の隅にあった。腕にはわけのわからない点滴が何本か刺さっている。頭を動かそうとするが、一ミリも動かせず、動かそうとしただけで強烈なめまいに襲われた。脳の障害かもしれませんね、と、そばに立っている誰かが言っている。

その場合は死ぬかもしれないな、と考えた。眼を動かすことすらできなかった。気持ちが悪かったのだ。天井だけが、私の眼の前に広がっていた。身体の感覚があちこちなくなっていた。指は動かなかった。足は小刻みに震えていた。目玉を動かそうとすると頭痛とめまいが激しくなった。

どのぐらいそうしていたのか、よくわからない。医者がやってきて、CTスキャンしましょう、と言っていたような気がした。同意したかったのだが、声が出なかった。何時間か経過したはずだったが、記憶と意識が混濁していた。めまいが少し軽くなり、手だけは動かせるようになったので、ボタンを押してナースと家人を呼んだ。

CTスキャンのベッドに移動するだけでさらに二回嘔吐した。それでもなんとか検査を終えると、ふたたび病室に戻って横になった。家人が赤い眼をして私の手を握っている。私は少し笑ってから、眼を閉じた。五感がすべて狂っていたが、死なずにすんだようだった。次の日、結局、三半規管の異常で、脳腫瘍や脳梗塞ではない、と診断された。少しは安心したが、めまいは今後また再発する可能性はあると言われた。

退院してからも、何度か同じようなめまいに襲われるようになった。慣れてくると、世界がぐにゃりと歪む様子をおもしろいと感じられるようになった。医者からは車の運転はダメですと言われたが、身体そのものは健康なようだった。単にセンサーの異常なのだ。それが狂うだけで、身体が健康であったとしても、世界の認識が変わってしまう。まっすぐなものが曲がって見えるようになる。それは確かに異常な病気だった。

いま、机の前に座ってその時のことを思い出す。二回ほど、死を覚悟した。一度目は突然めまいがして倒れ、激しい嘔吐と痙攣に襲われたとき。二度目は、病院のベッドの上で意識を失いそうになったときである。身体にあるスイッチが、ひとつひとつオフにされていくような感覚だった。そうして何も感じられなくなり、それが死ぬということなのだろう、と思った。そしてそれは、どことなく、安心できる故郷のような気がした。

おそらく人生は、私たちが思っているほど長くはないのだと思う。そして世の中には、ほんとうに無意味きわまりない死であふれている。そんなことで死んでしまったのか、と思うような死ばかりである。だから私たちもまた、突然、無意味に死ぬのだろう。すべてが中途半端なまま、何一つ成し遂げず、自分の人生だけは無意味ではなかったという、間違った確信だけを胸に抱いて。そんなことを考えながら、おまんこを舐めている。生きていた。

2012-09-21

読者からの質問にお答えします(1)

女どもがむかつきます。セックスに興味がすごくあります。でも女どもに口論では勝てません。それからあの声と匂いを嗅ぐとむずむずします。でも好きなアニメを馬鹿にされてほんとうに腹がたちました。あいつらも腐女子のヘンタイ漫画を読んでるくせに、ひとのことを馬鹿にする資格があるんでしょうか。どうにかしろ(16歳・東京都男性)

お答えします。まず異性というのはむかつくものです。私は男ですが、女というのは、もう男の気持ちを逆撫ですることに関しては、天才的な才能を発揮します。男なんかナイフの前のじゃがいもみたいなものです。つまりさんざん料理されて食べられてしまう哀れないきもの、それが男なのです。だからむかつくのは仕方ありません。ことばでやりあってもけして勝てません。女とは争わず逃げること。

さてそれとは別に、女の身体には至近距離からしか感じられない匂い、というものがあります。具体的には女が好きな男にだけ許す匂いのことです。香水などではないですよ。とりあえず相談者のひとは、だれか好きな人がいるのでしょうから、デートに誘うなり、強引に手をつなぐなりしてください。そしてその手の柔らかさにまず驚愕しなさい。そこで拒否されたら諦めなさい。脈がありません。女がむかつく生き物なのかどうかは、もうちょっと女の身体のことを知ってからでも遅くありません。変な偏見を持たないことです。

さてアニメ。誰もが趣味を持っています。私も変な趣味を一つ持っています。具体的には料理が趣味です。下手なんですがひとに食わせるのが好きです。迷惑ですね。そう、趣味とは基本自己満足ですから、迷惑に決まっているのです。どんどん迷惑をかけましょう。好きなだけアニメを見たらよろしい。そして同じように腐女子的なアニメを見ている女の子には、「お前の好きなアニメ俺も見たけど、よくわかんなかった」と正直に申し出るといいでしょう。声優の固有名詞などを覚えておくとなおいいかもしれません。食いついてきたら「釣れた! はじめてなのに釣れちゃった!」とこころの中で叫んでください。

あ、わたくしの自己紹介を忘れておりました。私は<おまんこ>のことがなによりも好きなごくつぶしです。みなさんがけしてこのような人間にならないように、人生における巨大な失敗の見本として生きる決意を固めました。あざなは根本正午、元ブロガーでございます。以後よろしくお願い致します。相談はメールにてどうぞ→ noon75 at gmail.com

2012-09-19

日本人は衰退しました

すべてが<仮面>をめぐっていた。その下にいかなる顔があるか、それがいつも問題だった。それがいつでも喫緊の課題だった。

なぜ日本はダメになったのか。なぜここまで落ちぶれたのか。誰しもがそう思っていた。豊かなはずだった。ネットがすべてを繋げたはずだった。言論の自由があるはずだった。しかしあらゆるものが貧しかった。なぜかすべての人間が孤独だった。発言はすべて監視され息苦しかった。日本は衰退していた。

どうして自分はひとりぼっちなのだろう、どうして自分は満たされないのだろう、どうして毎日がただこれほどまでに苦しいのだろう、そう思わずにはいられなかった。そう感じずにはいられなかった。表層的には誰しもがしあわせに見えた。誰しもが満ち足りて見えた。<自分>以外のひとびとだけは、ネットというユートピアに安住しているように見えた。

子供たちが「在日は朝鮮へ帰れよwww」と書き込みをしていた。「民度の低い中国人ワロスwww」と書き込みをしていた。生まれてから一度も韓国人と話したことはなかった。人生で一度も中国人と対話したことがなかった。そもそも外に国があることを知らなかった。無知なのにそれでよかった。何も知らないのに誰もそれを責めなかった。子供は終わっていた。それは教育の敗北だった。

男はどうか。さらに悪かった。マスターべーションしかなかった。自慰のためのグッズばかりが進化していた。自慰のためだけの商売だけが繁盛していた。もはや女性器は必要なかった。PCのディスプレイの前に座り、三回ほどクリックすればそこにはあらゆる女性器が陳列されていた。まったく自慰の世紀だった。その暴力性は、強姦、暴行、性虐待を描いた漫画とゲームによってうまく飼いならされていた。男は終わっていた。それは勇気の喪失だった。

女はどうだったか。これもひどい有様だった。しかし女はまだましだった。女にはまだ男に失望するという贅沢が許されていた。男が自慰をする脇で、このなさけない生き物をいかに利用するか考える余裕があった。女は自分が女性器どころか自慰道具であることをよく知っていた。だから夫をそのように扱った。夫は単なるATMだった。女もまた孤独だった。女も終わっていた。諦念が女たちを腐らせていた。

衰退した国は、自らの衰退に気がつかない。この悲惨な現実を直視する、そのためには力が必要だった。眼を開くためには大きな勇気が必要だった。それだけを<想像力>と呼びたい気がした。

この現状を憂えるポーズを取る「言論人」たちの言うことはいつでも同じだった。かれらの職業は一様にカタカナだった。いわく日本人は危機感を持たねばならぬ、いわく日本の危機はこのように解決されうる、そんな当たり前のことを書いてカネを稼いでいた。空っぽの危機感を煽ることこそがかれらの商売の秘訣だった。自分が目立つためなら何を利用してもよかった。もちろん利用されたのはどこかの誰かの不幸だった。弱者はいつでもかれらを肥え太らせるために利用されるのである。

日本人の危機感! まったく愉快な冗談だった。口先だけの危機がまかり通っていた。ことば遊びにすぎない危機感が蔓延していた。いわく、原発問題、高齢者社会、格差社会、安全保障問題、言論統制。そのすべてがお遊びにすぎなかった。いや、こう言い換えよう。これらの諸問題は、もっとも重大で、もっともおそるべき問題から眼を背けるための、単なるごまかしにすぎないのである。

この国の真の問題とはなにか。ほんとうの危機とはなにか。それは<距離>である。

話はきわめて単純だった。私たち、ひとりひとりの距離が問われていた。それはかつてないほどに遠ざかっていた。何もかもを繋げたとされるネットが、あらゆる人間を騙していた。ネットを称揚するIT屋たちが、けして口にしない真実があった。ネットを利用してカネを稼ぐライターたちが、けして語らない事実があった。それから語り始めねばならなかった。

ネットによって日々殺されるのは<ことば>を奪われたひとびとである。かれらについて語ることからはじめなければならなかった。なぜなら、それは私たちのことなのである。どこかのだれかの不幸などではない。どこかの国の他人事ではない。これは、私たちの不幸なのである。これは、私たちの災いなのである。よってここが、私たちのよって立つ倫理の在処なのである。

語り口を変えねばならない。男は買春をする生き物である。男は浮気をする生き物である。男は<暴力>をふるう生き物である。しかし男は変化していた。しかし男は終わりつつあった。男の定義が変わりつつあったのである。

現代の男を定義するならば、それは「自慰をする生き物」にほかならなかった。

女が怖かった。他者が怖かった。拒絶が怖かった。女から「嫌い」と言われることを恐れて、自分から憎悪を女に投げつけていた。それによってもっとも恐るべき軽蔑からこころを守っているのである。引きこもって何をしていたか。自慰をしていた。毎日自慰をしていた。朝も昼も夜も自慰をしていた。

アニメが、漫画が、ゲームが、Twitterが、Togetterが、ありとあらゆる自慰のためのグッズが揃っていた。毎日シャセイして毎日ひとりぼっちだった。どこにも逃げ場はなかった。どこにも行き場はなかった。しかしネットがそこにあった。ネットがあればだれかと繋がっていると思えた。そう信じられた。しかしそれは嘘だった。それは詐術だった。ディスプレイの前でひとりで笑うだけの人生が残されていた。いや笑う顔を作る人生が残っていた。

「笑」と書くだけで、まるで自分が楽しいことをしているような、そんな気になれた。「w」と書くだけで、まるで自分がだれかよりえらいような、そんな気になれた。まったく楽しかった。まったくしあわせだった。まったく仲間だらけだった。現実は友達だらけだった。現実は<仲間>だらけだった。しかしそのどれもが腐っていた。しかしそのどれもが虚しかった。そこには超えることのできない距離があった。

生きるか死ぬかという問いの前に、はじめて危機感が生まれるはずだった。しかしそのような問いが生まれるはずもなかった。そもそも生も死も現実離れしていた。ネットでだれかが死ねばそれはエンターテイメントだった。ネットでだれかが事故ればそれは嬉しかった。ネットでだれかが「悪いこと」をすればそれは祭りだった。そもそも<想像力>は完全に損ねられていた。

もはやネット回線を切断するだけではこの問題を乗り越えることはできなかった。もはやIT屋のニヤニヤ顔を殴打するだけではこの現実を乗り越えることはできなかった。すなわちTwitterやGoogle本社を燃やしても何も手に入らないのである。何も取り戻せないのである。どうしたらよいか。何からはじめればよいか。それこそが問うべき価値のある課題だった。

孤独だった。それが最大の問題だった。ひとりぼっちであることが問題だった。孤独は死に至る病だった。そんなことすら忘れられていた。衣食住が足りているだけではひとは生きることはできなかった。真に生きることだけがいつでも困難だった。努力によって貧困をようやく乗り越えた私たちに示された新しい課題とは、いまだかつてだれも直面したことがないアポリアに相違なかった。

ネットがもたらした孤独という毒こそが、この国を衰退させる最大の<公害>である。

むろん、この無限の距離をめぐる問題は日本だけのものではなかった。だからこそ世界で日本のアニメが称揚されていた。ひとりで部屋にこもって、ネットをして、だれかと繋がっていると考えて癒される、そんな寂しい自慰的生活に、日本の箱庭的アニメ作品はぴったりだった。そこに存在しなかったのは他者だった。そこになかったのはつながりだった。孤独だったがそれは認識されなかった。ひとりぼっちなのに友達がいるかのように思えた。公害は国境を超えて広がっていた。そしてさらに拡大の一途をたどっていた。

しかし誰かのせいにしてはならなかった。愛人とセックスすることしか考えない政治家、自己正当化ばかりが得意で謝罪ができない団塊の世代、名声と名誉と女遊びのことしか頭にない言論人、セックスによるセックスのためのセックスの人生しか送れない芸能人、ありもしない大義を求めて右往左往するネット右翼にネット左翼、国のために働いた対価として得られたカネで女を買う官僚、この陰惨な現実から眼を背けて「料理」や「ゲーム」や「趣味」や「写真」の話に逃げ続けてきたかつてのアルファブロガーたち、カネのことしか頭にないくせに公益について語るIT屋とシステム屋と携帯屋、かれらのせいではもちろんなかった。ネットが、私たちがこうなったのを、無能なこれらのひとびとのせいにすることなどできなかった。

それは韓国人のせいでも、中国人のせいでも、北朝鮮のせいでも、アメリカのせいでも、石原慎太郎のせいでも、猪瀬直樹のせいでも、野田佳彦のせいでも、自民党政権のせいでも、共産党のせいでも、民主党のせいでも、女のせいでも、男のせいでも、むろん売春婦のせいでもなかった。

私たち自身の責任だった。私たち自身のだした答だった。成熟することから眼を背けた。汚い事実から眼を逸らした。成長を選ばなかった。他人を恐れ、つながりを拒否した。ひとりで自慰をすることを選んだ。日本人の<総意>の責任だった。

自慰とはなにか。それは性器をこすることではない。ユートピアを夢想し、テレビの前に座って人生を過ごすこと、架空の愛人と生活すること、愛国的行為にふけること、ファンタジーに埋没すること、他者とのかかわりを拒否してナルシズムに浸ること、それらすべてが自慰的行為だった。そして自慰的行為だけがどんどん容易になっていった。それを私たちみなが知っていた。全員が気づいていた。なぜならネットが可能にした自慰は麻薬的快楽をもって、私たち全員を中毒にしていたからである。

話を戻そう。私は、<カネ>と<おまんこ>がなによりも好きである。このふたつのためなら死んでもよいと思っている。このふたつのためなら生きてもよいと思っている。このふたつのために短い人生を賭する価値があると思っている。

仮面とはなにか。あなたたちはそれをよく知っているはずである。仮面はどこにあるか。あなたたちは毎日それを見ているはずである。しかしそれを外すことはできぬ。しかしそれなしにはもはや生きられぬ。嘘をつかねば、大切なことを隠さねば、表情を殺さねば、この社会の巨大な圧力にひき潰される。私もまたそのひとりである。私もまた平凡な一市民である。しかし小さな声をあげることだけは許されている。語ることと考えることだけは許されている。すべての自由が奪われて家畜として生きることを強いられていても、なお<人間>として生きることだけは可能である。

そのためにまず問わねばならない。何を欲しているのか問わねばならない。薄っぺらな理念を投げ捨て、ネット回線をハサミで裁ち切り、私たちを閉じ込めるこの巨大な<部屋>の壁をぶち壊すことからはじめなければならない。自らがもっとも欲望するものはなにか、答は<カネ>と<おまんこ>である。これこそが世界の真実である。ゆえに私は語らねばならない。口にすれば肉が燃え上がるようなことばをもってそれを語らねばならない。つまり買春と性交だけが真実へといたる道である。あなたたちは何を見出すか、あなたたちはどこへ向かうか、あなたたちは何のために生きるか、いま、ここに。

2012-09-10

セックスなんてくそくらえ

ネットで、「意見」を言うことは誰にでもできた。ネットで「議論」をすることは誰にでもできた。誰しもが自由なネットを謳歌していた。誰しもが平等なネットを称揚していた。まったく、お話にならなかった。まったく、冗談ばかりだった。

ネットを介した意見や議論こそ無意味である、もはやそう言わなければ何もはじまらなかった。あらゆる知力を用いて、これをすべて無価値と断じなければならなかった。

ネットによって、私たちのつながりはますます希薄に拡散していった。そこで見られる正直さは、ほんとうのことを隠して形式的な率直さを褒め合うだけのゲームになった。ネットの平等な関係性は、嫉妬由来の悪意をいくらでも、誰に対しても投げつけてよいのだという手前勝手な卑怯さをもたらしただけだった。ネットがもたらした利点はことごとくが裏目に出ていた。そして馬鹿な若年層と中高年と女たちはどんどんつけあがっていった。

ネットはあらゆるものを可視化したが、可視化されたのはひとの愚かさだけだった。

たとえば中途半端な知性は、少し前には「集合知」などという冗談で褒めそやされていた。まったく笑い話だった。この世で一番まずい料理は何か。それは中途半端なシェフ気取りの人間が作った料理である。そのような料理を、私たちは毎日食べさせられているようなものだった。

家にひきこもることはできなかった。なぜならネットはすでに社会だったからだった。家にいても、学校にいても、会社にいても、どこにいても私たちは、ネットがもたらした言語空間に閉じ込められていた。そこから出ることはできなかった。いや、もはや日本の外にも外部がないことは明白だった。

<外>は消失し、ネットの内部だけが残っていた。

そして、誰しもが<だれか>になりたがっていた。そもそもそのような願望こそが凡庸だった。しかし諦められなかった。

スタジオで一回千円で撮影してもらった写真をPhotoshopで加工してプロフィール写真を作り、プロフィールには「作家」、あるいは「詩人」と書く。これがたとえばネットにしか居場所のない私たちのさみしい営みだった。一行も作品を書かずにそのようなことが可能だった。毎日ブログで日記を書いて<創作>の神秘について語ることも容易だった。あるいは存在しない女たちとの性交について書くことすら容易だった。

誰しもが<だれか>になりたがっているのに、それがなんなのかわからなかった。何になりたいのかわからなかった。いや、違った。みなが<しあわせ>になりたかった。しかし、誰もなれなかった。誰一人として、なれなかった。しかしネットの中にいる限りにおいて、その寂しさ、虚しさ、どうしようもなさを知ることはできなかった。その事実を巧妙に隠蔽する装置としてネットが機能していたからだった。

2012年、男も女も、ほんとうに孤独だった。

男は「妻が浮気した」話を2chやTwitterに書き込み、妻に精神的制裁を与える方法を、ネットのあちら側のひとびとの<善意>に基づく協力を得ながら探していた。あるいは、自分が孕ませた女をどう処理するか、その相談をしていた。

女は女で、なさけない男たちに失望した後、すべてをあきらめて適当な人間と結婚するだけのために婚活をするか、性差の存在しないファンタジーに逃避するぐらいの道しか許されてはいなかった。

この男女関係に欠けているのは男と女そのものだった。男は女を見ておらず、女は男を見ていなかった。眼はあるのに盲目だった。

誰もが、毎日のようにTwitterで、Google+で、Facebookで、話して、Favして、いいね!して、RTして、shareして、ありとあらゆるシステムによって準備されたツールを用いてコミュニケーションを取っていた。しかしそれにもかかわらず、男も女もお互いのことをまったく見ていなかった。そこにあったのは<つながり>の不在に他ならなかった。

かつて男は女を単なる女性器とみなしていた。いまは違う。さらに悪くなっていた。女はすでに女性器ですらなかった。女はすでにセックスの対象ですらなかった。女は単にマスターベーションのための<モノ>でしかなかった。ネットに、町に蔓延するマスターベーションのための道具、マスターベーションのための作品、マスターベーションのための広告、ありとあらゆるものが、女を道具以上のものにすることを拒んでいた。つまり女はすでに、男が自分を投影するための道具でしかなかったのだった。

女もまた同じだった。男も女もお互いを道具扱いして、さらに孤独になっていた。

そして、誰もそれをおかしいと思っていなかった。誰も、ネットをおそろしいと思っていなかった。私たちの敵こそがこのネットだった。私たちの非人間性を助長しているものこそがネットだった。私たちを限りなく愚かにしているのもまたネットだった。これに抗わねばならなかった。これとたたかわねばならなかった。

書き手が試されるように、読者もまた試されていた。この巨大な敵といかにたたかうかが問われていた。誰しもがわかりやすい<建設的>な回答を求めていた。それは当然のことだった。社会のひとびとは、政治家が、学者が、評論家がそれを提示すべきだと要請していた。だが、それは不可能だった。残念ながらかれらは、自分たちの小ささを理解する機会を得なかった。自分たちの醜さを直視する機会を得なかった。なぜなら、かれらは<恵まれていた>からだった。生まれてから一度も、カネがない状態を経験したことがなかった。生まれてから一度も、弱者に暴力を振るったこともなかった。生まれてから一度も、罵倒され、つばを吐かれ、塩をまかれた経験がなかったからだった。恵まれていた。まったくご立派だった。まったくご立派でお話にならなかった。不幸が必要なのではなかった。必要なのは想像力、かれらに欠けているのは、ことばにすればたった三文字で表現できる力に他ならなかった。

想像力とは何か。想像するとはどういうことか。ネットにそれがないことだけは明白だった。

ネットには、弱者への誹謗中傷と、名誉と名声がほしい市民活動家と、カネがほしい評論家と、部屋にこもって出てこない小説家と、票がほしい政治家と、単著を売りたいライターと、ガス抜きを必要とする詩人と、女をマスターベーションの道具にしたい男と、男を財布としか見ない女と、あいうえおがまだ書けない小学生、中学生、高校生、大学生、大学院生と、貧乏人からカネをむしることだけを考える携帯屋と、Twitterの書き込みでメニューが割引なレストランと、誹謗中傷しあうひとびとをまとめて読み物にして晒しあげあまつさえそれで広告費を稼ぐTogetterと、スーツと食事の自慢ダイアリーのFacebookと、猫画像のGoogle+がすでに存在しているが、しかし、想像力だけは、どこにも見つからないのだった。

私、元ブロガーnoon75こと根本正午は、日本社会に、公器に、死んだブロゴスフィアに、共同体等に対し、ひとつの処方箋も、対策も提示しない。そのようなものは等しく無意味に違いない。しかし、取り戻さねばならないものは知っている。それは<つながり>である。だれもかれもが即座に繋がるネット社会で、このようなことを言うのは狂人の所業に相違なかった。しかし、ネットがもっとも損ねているもの、それは<つながり>に他ならなかった。それは言わねばならなかった。

毎日ハローこんにちはと投稿しても、それは無意味な記号に過ぎない。毎日+1して毎日Favして毎日いいね!しても、それはつながりでも何でもなくただのボタンに過ぎなかった。そんなものを百万回押したところであなたの人生は少しも変化せず少しも豊かにならず今日も庭を眺めながらひとりぼっちでマスターべションをするだけの人生しかやってこないのである。

いや、もっとはっきり書かなければいけないだろうか。もっと個別具体的に書かねばいけないだろうか。そうだ、ここはネットだった。何の権威付けもなく、何の制度もなく、いかなる組織のバックアップも受けない、孤独な兵士たちの戦場だった。世界は小さかった。世界は限りなく腹立たしいまでに狭くなった。書かねばならない。たたかわねばならない。人間を非人間にするシステムとたたかわねばならない。そのために何が必要か。セックスが必要だった。セックスがなによりも必要だった。セックスだけがゆいいつの解だった。

男女はお互いに幻想を押し付けあっている。ネットを離れても、ネットが流布している思い込みと、幻想と、偏見になお縛り付けられ、支配されている。それはあまりにも苦しい人生だった。そのようなものを捨て去ることからはじめなければならない。相手の身体を、こころを使ったマスターベーションだけはやめなければならない。<この世界>に触れるために避妊具を捨て、生身の身体で排卵し、シャセイしなければならない。それは痛みを伴う認識に他ならず、麻薬と鎮痛剤しか流通しないネットには永遠に存在し得ないものである。

ネットに閉じ込められて、そこから一歩も外へ出られないとしても、私たちには、生きる自由が与えられているはずだった。いつくたばるかわからぬ、この惨めでしみったれた人生。ひとは生きていても死ぬことができる。それはあなたたちのまわりの大人たちをみれば一目瞭然である。会社、学校、家庭に、どれだけの死んだ眼をした<日本人>がいるか、あなたたちはみなよく知っているはずである。病気だからではない。カネがないからではない。戦争に負けたからではない。かれらが最初に見失ったのは、人間らしく生きる自由である。それは与えられていながらも、やはり勝ち取らなければならぬものなのである。

状況は最悪でありネットは狂っている。しかしどんなに悲惨な状況においても、なお、<自由>は勝ち取ることができるものである。生きることをすべてに優先させよ、行動によってではなく、ただひとつ、考えるという挑戦をもって。

2012-09-04

ふつうのグロテスク

きわめてグロテスクな光景を<ふつう>とみなしていた。ネットは陰惨だった。弱い者いじめと、集団による暴行が横行していた。ネットを少し閲覧するだけで、そこには驚くべき光景が広がっていた。在日朝鮮人、精神・知的障害者、犯罪被害者などに対して、毎日のように投げつけられる言葉の暴力には戦慄するほかなかった。なによりも恐ろしいのは、この手のグロテスクさが、まさに一般人によって作られていることである。

匿名性だけが問題なのではなかった。そもそも暴力は快楽なのだった。たとえば馬鹿な女を叩くことはいつでも楽しかった。いい気になっているスーツを着た権力者に、普段けして行うことができないような罵声や中傷を投げつけることは悦楽に他ならなかった。自分さえよければ、見つからなければ、<暴力>はきわめて手軽なレジャーでありエンターテイメントだった。

この現実において、誰しもが無力感に囚われていた。そして誰しもが我慢しながら生きていた。それが2012年、日本のネットの姿に他ならなかった。かれら/私たちには、貧者のゆいいつの娯楽たる性交すらも許されなかった。経済力がなかったからではない。考えること、生きることそのものが損ねられていたからだった。性交がおそろくてたまらなかった。<つながり>こそ最大の恐怖だった。だから<誰か>になることに熱中しなければならなかった。

米国発のシステムたるFacebook、Google+、Twitterは、それぞれ実名化への圧力をもたらしていた。しかしそれに屈することはできなかった。日本に生きている限り、それは不可能だった。なぜか。公の場で自由な意見を言うことがけして許されなかったからだった。何が好きか、何が嫌いか、そのようなことすら、一呼吸も口にできなかった。言論の自由があるはずのこの国は、あの北朝鮮すら思わず賞賛してしまうような<自主規制>のエキスパートである。

<意見>こそがこの国の敵だった。<ほんとうのこと>こそ、この国でもっとも憎まれる相手だった。すべての場で、学校で、会社で、社会で、ありとあらゆる公の場で、個別の意見は常になかったことにされ、押し殺された。そこに残るのは<総意>だった。総意だけがうつくしく、その綺麗事だけが必要とされていた。だから、顔を出すわけにはいかなかった。いかになさけないハンドルネームを用いても、実名は出せなかった。匿名を選ぶほか、いかなる道も残されてはいなかった。

匿名でなければ、何も発言できなかった。匿名でなければ、何一つ語れなかった。怖かった。つまはじきにされ、<非国民>扱いされるのは恐怖だった。匿名でなければ、学校から追放され、職場を首になり、実名入りで写真が晒され、家族の勤務先まで暴かれた上、社会的に抹殺される恐れがあった。もっとも恐ろしいことは、この冗談のような光景がすでに現実のものであることである。この世界のどんな国も成し遂げなかった、洗練された相互監視社会。実にみごとな冗談が完成していた。

まったく、グロテスクだった。ネットはそういうもの、と思ってしまいたかった。ネットを離れれば、<日本人>はまともさ、そううそぶいて、後進国を嘲笑できる人生に戻りたかった。まったく残念なことに、それは、許されなかった。何もかも放置し、何もかも無視して、経済大国たる日本のネット社会を謳歌する、ああ、なんと魅力的な選択肢だろうか! ああ、なんという、潰えた夢だろうか! 

問わねばならなかった。いや、それはもう遅すぎた。すでに問いはとどかなかった。私たちにできること。それは記録することでしかなかった。かつて、このような国があった。このような困難があった。そしてそれに抗ったひとびとがいた。かれらは、何一つ成し遂げられずに滅んだ。海へと沈んだ。これこそ、私たちが得られる唯一の名誉にちがいない。意味のない、価値もない、<生産的>でもない解がここにあった。さあ、ヒューモアを探そう。明日の刑執行を待つ、死刑囚のように。

2012-08-28

韓国女との性交または竹島問題

毎日のように韓国女とセックスをしていた。ソファのあちら側には、テレビが置かれていた。昨日も今日も明後日も、ニュースが竹島問題を報道していた。しかし報道されないこともあった。しかし語られないこともあった。いつでもテレビは同じだった。あるいはネットも同じだった。<ほんとうのこと>だけは常に語られないのだった。何もかも空疎だった。まったくお話にならなかった。

いつもセックスだけがリアルだった。いや、こう言わなければならない。<性交>だけがリアルだった。それだけが実体を伴った現実把握をもたらしてくれた。韓国が女であるとすれば日本は強姦者だった。竹島は日本が残した精液の残滓の一部だった。そのようなことだけが忘れ去られた。いつでも日本は<被害者>だった。

冗談ばかりだった。毎年のようにこの時期に行われる戦没者追悼式典があらわす綺麗事から忘れ去られるもの、それは拳についた血と精液のシミでしかなかった。暴力だけが忘れ去られた。当事者の名誉ある死よりも語るべきことがあった。当事者の美しい自決よりも語られるべきことがあった。それは暴力をふるう喜びだった。

弱者を踏みつけにして、快哉を叫ぶことができる人間の有り様だった。それは固有民族の持つ暴力性などではないことだけは明白だった。それが固有の民族だけにあらわれる醜さや汚さと思うことだけが間違いだった。毎日のように行われる強姦と暴行と虐待こそ、私たちが見なければならぬ私たちの隠された貌だった。

いつでも仮面をかぶっていた。いつでも美しい貌をしていた。何もかも汚らしいと言いたいような気がした。いや、違った。一番醜いものは、その醜さを受け入れることができず、それを<だれか>に転嫁するこころの動きそのものだった。または、そもそも<なかったこと>にしようとするこころの動きそのものだった。男は女に暴力を振るう。男は女を強姦できる。それだけが男の定義だった。

男はいつでも人間ではなかった。しかしだからこそ男には人間になる契機が女よりも与えられていた。自らが下半身に駆動される虫けらでしかないこと、そのことを知る契機が、女よりも与えられていた。日本はどうか。日本人はどうなのか。あらゆる契機を与えられながら、それを無視してきた。あらゆる機会を与えられながら、自分がやったことをだけを見ないことにしてきた。

押し付けられた平和という理念を自ら選びとるとは、自ら去勢を受け入れるということ。それは良かった。そこまでは良かった。しかしその後はどうか。去勢をして自らが強姦者であったときの快楽を忘れること、これだけは許されなかった。強姦は楽しかった。暴行も楽しかった。侵略も快楽だった。何もかもが快楽で、<世界一>という美酒に酔った。ほんの二十年前にもそのようなことがあった。そしてそれは惨めに滅んだ。

歴史はフィクションである。メディアもフィクションである。戦争責任なるものは文学に過ぎなかった。しかし、リアルなものはあった。しかし、痛みを伴う認識はあった。それを取り戻すために生きなければならなかった。強姦しなければならなかった。性交をしなければならなかった。この現実とあちら側の現実を架橋するために、いまひとたび加害者にならなければならなかった。

<暴力>こそが男の本質である。虫けらの下半身を持つ男はいかに人間になれるのか。奇形児たる男がどのように人間になれるのか、その手法を問わねばならなかった。その姿勢こそ考えねばならなかった。竹島問題は男女問題である。すなわちそれはセックスの問題だった。誰にとっても身近な、誰にとっても切実な契機であるところの<性交>こそが、この恐るべき現実に立ち向かうためのゆいいつの道しるべである。

2012-08-27

五十人の女たち(11)

公園の敷地には白砂が敷き詰められ、その端にあるベンチのそばに立って眺めると、それはまるで海のようにも見えた。潮騒は聞こえなかった。かわりに、狂ったように鳴きわめく蝉の声が、夜の湿った空気を震わせていた。団地のどこかで、性交しているらしき女の声がかすかに聞こえた。そして赤子の声が聞こえていた。私はタバコに火をつけていた。誰もが、性交を望んでいるようだった。

渋谷駅前は閑散としていた。日曜日の午後だった。風は冷たく、まわりのビルの壁には、クリスマスの飾りがまだ残されていた。毎年この時期の東京には、ほとんどひとがいなかった。そしてひとのほとんどいない都内を歩きまわるのが、年に一度の趣味でもあった。女は、約束の時間を10分ほど過ぎてやってきた。

女は韓国語の通訳だった。韓国のどこかの地方都市に三年ほど留学し、日本で字幕の仕事をしていた。某放送局の録音ブースで、女とは初めてあった。英語ってかっこいいですよね、と女は言った。最先端って感じ。私は曖昧に笑ってごまかし、女を食事に誘う口実を考えた。一番簡単だったのは仕事を一緒にしようという、いつもの誘い方だった。

女には父親はおらず、母親と二人で暮らしていた。写真を一度だけ見せてもらった。ラブホテルのピンク色の照明の下で見せてもらったその写真の母娘は、どことなく馬鹿げて見えた。お父さん、お母さんを裏切ったんだ、と女は言った。そうか、と私は言った。男はいつだって女を裏切るものだ、と言いかけて口をつぐんだ。閉ざされた窓の外から、酔っ払いが怒鳴り声を上げる声が聞こえてきていた。

バレンタインに、女から郵送でチョコをもらった。一行だけメッセージが書かれた紙が入っていて、私はそれを読まずに捨て、当時共同で事務所を借りていたひとびとにチョコの中身を分配した。誰からもらったの、と聞かれたので、妻が送ってくれました、と答えた。女とは三回寝たが、そのどれもがそのチョコのようにまずかった。

後になって、女が字幕を作っている韓流ドラマを見た。浮気をした男が、女からなじられていた。あんたはいつだって自分のことばかり、ぜんぜんあたしのことを見てくれない、あんたみたいな男はずっとひとりぼっちで生きていればいい、奥さんに捨てられて、子供も失って、死ぬまでひとりで苦しめばいいんだ。テレビを消すと、妻が私を見ていた。どうした? と私がいうと、なんでもない、と妻は言って、寝室へと消えていった。息子が私を見ていた。

2012-08-26

ネットにしか居場所のない日本人

ネットでは、誰しもが知識人だった。ネットでは誰しもが<だれか>になることができた。

何者にもなれないのに、そう信じることだけが許されていた。いや、そう信じたかった。それがすべてのはじまりだった。

いつわりの「同情」や「共感」が横行していた。いじめによる自殺が、原発事故による避難が、どこかで毎日のように行われる性犯罪が、わかりやすい「悪者」と「加害者」だけが、かれらの善意なるものの攻撃対象だった。

被害者に同情したくてたまらないひとびとが、Twitterに、Togetterに群れていた。かれらが勝手に決めつけた「加害者」たちは、すぐに職場や電話番号や住所をさらされ、それが「まとめサイト」に掲載され、さらなる攻撃を煽っていた。

ひとしきり退屈を紛らわせた後、その活動はすべて忘れられた。すべてが一過性の祭りでしかなかった。怒りもすぐに忘れられた。ブラウザを閉じ、ネットから離れれば、その問題ははじめからなかったことにされた。

私たちが真に怒るべき対象は、かのような忘却を可能にせしめる、このシステムそのものなのかもしれなかった。

私たちは、ネットに閉じ込められている。


何者かになることを許されるネットは、巧妙につくられた劇場だった。誰しもがステージに登ることができた。誰しもが拍手喝采を浴びることができた。しかし客席には誰もいなかった。そこにいるのは張り子の人形だった。そして誰しもがその虚しさを知りながら、誰もネットから離れることができないのだった。ネットの貧しさとは詐術の豊かさであり、言い換えれば人工甘味料の甘さに他ならなかった。

食べても食べても、空腹は少しも満たされなかった。いつまでも飢えているほかなかった。口の中に広がるやさしさをほんものと信じなければ、もはや一秒たりとも、この過酷で茫漠とした<現実>を生きていくことなどできなかった。誰もかれもが綺麗事ばかりを押し付けるこの社会において、ほんとうの気持ち、いいかえれば<こころ>は完全に忘れれられ、そしてそのことによって誰しもが深く傷ついていた。

ネットは、自殺一歩手前の苦しさから、ひとびとを救っていた。しかしそれは一日でも摂ることをやめれば痛みで死んでしまう鎮静剤のようなものだった。日本の「世間」や「社会」がその居住者に強制している恐るべき圧力は、そこからはからずも逸脱してしまったひとびとに、大きな苦痛をもたらしていた。

かれらにはどこにも居場所がなかった。家にも、社会にも、職場にも、学校にも、この地上のいついかなる場所にも、どこにも居場所がないと思わざるを得なかった。ネットで弱者を叩くのは、自分の苦しさ、つらさ、悲しさ、閉塞感をなんとかしたいという、もがきのあらわれでしかなかった。弱者こそがかれらの敵だった。なぜならそれは、まさにかれら自身の逃れがたき自画像であったからだった。

かれらが叩く相手はさまざまだった。かれらの頭の中では、強者である広告代理店が、マスメディアが、自分たちのいわれのない痛みと苦しみの原因を作っているかのように思えてならなかった。たとえば民主党が、自民党が、公明党が、かれらの憎しみの対象だった。憎んでも憎んでも、何も手に入らなかった。叩いても叩いても、いつまでも虚しかった。かれらの敵はいつまでもフィクションを超えられなかった。そんなものは存在しなかったからだった。

またかれらの敵は、弱者たるところの韓国人であり在日朝鮮人だった。いつまでもバカにすることができたはずの韓国人が、いつの間にか対等の立場でものをいいはじめていた。いつまでも劣っているはずの「三国人」の中国が、いつの間にか大国になっていた。弱者は弱者をいつも必要としていた。自分より劣っている人間を必要としていた。攻撃せねば、中傷せねば、生きていけなかった。苦しかった。苦しくてたまらなかった。なぜなら、なぜなら、自分たちこそが弱者であると、ほんとうはこころのどこかで知っているからだった。

ネットがすべてだった。ネットこそが私たちの無意識にほかならなかった。ネットこそが日本がいま持つ可能性と不可能性をすべて包含していた。ネットを離れても、スーツを着た連中がやることはいつも同じだった。ネットを離れても、口ばかりうまい連中が「うまくやっている」ことも同じだった。現実はすでにネットに取り込まれていた。「リア充」などという単語が蔓延する中で、リアルな物事そのものの輪郭が崩れつつあった。

2012年、日本のネットは汚物だった。2012年、日本のネットは狂気だった。駄々をこねる子供と、成長できない大人と、カネとセックスという本能によって駆動される男女が、毎日のようにお互いに石を投げつけあっていた。

記しておかねばならない。状況は、絶望的だった。何もかもが腐臭を放っていた。誰しもが、目を背けていること、誰しもが気づきながらも見ないふりをしていることがあった。それを記さねばならなかった。それは誰の仕事か。それは誰の役割か。もしこの世に日本的な知性なるものがまだ生き残っているとするならば、それはどのような手段と姿勢によって可能なのか、そう問わねばならなかった。

ネットをめぐって行われる言論、そしてネットから生活の糧を得ている<言論人>たちがもっとも隠したいこと、それは、自分たちがカネを稼いでいる飯の種であるところのネットの醜悪さに他ならなかった。厚化粧の下、または、きらびやかなスーツやドレスの下に隠されたもの。それは何か。私たちは、どこまで愚かになれるのか。

底なしの泥沼だった。いや、しかしまだ終わってはいなかった。いや、しかしまだたたかわねばならなかった。いかに絶望的な状況であっても、やはり、たたかわねばならなかった。どこまでも砂漠が続いていた。私たちは、またしても敗れるだろう。そんなことはわかっていた。しかし、考えることはできた。それだけが生きるということと同義だった。

2012-07-10

人間にいたる道

答はつねに自明だった。もっとも簡単なことだけが、いつも忘れ去られていた。

銀座のバー「T」のカウンター、一番奥の席が気に入っていた。光沢のある分厚いテーブルの上に肘をつき、凝縮されたカネの味がするコーラを飲みながら、テレビを眺めた。相変わらず、放射能と原発のニュースばかりだった。東京に来るのは二ヶ月ぶりだった。去年と何も変わっていなかった。客先のひとびとは、一様に明るい顔をしていた。「不景気ですね」と笑っていた。そうですね、と私も答えた。無関心であることこそが作法だった。

たとえば、被災者たち、とテレビは報道していた。かれらが、放射能汚染によって故郷を追われたひとびとである、という事実の側面は報道されなかった。まるで、地震と津波だけが避難の理由であるかのように見えた。しかし、むろんそうではなかった。暴走した原発がまき散らした放射性物質が、かれらにいつ帰れるかわからない避難を強いているのである。このような隠微な歪曲はなぜ行われるのか。

それはもちろん「日常」たる曖昧模糊とした怪物を守るために行われるのである。原子力発電所がなければ、電気を好きなだけ使い、モーターで回転するベッドの上で朝までセックスする生活は帰ってこないのである。アジアで大きな顔をして先進国ぶっていた時代も帰ってこないのである。SNSを駆使して援助交際する生活も、安定した電気供給がなければけして戻ってこないからである。そのために原子力発電所がなければならず、そのために事実の隠蔽が行われるのである。

そしてこれがメディアの陰謀などと思ってはらない。そしてこれが誰か「第三者」のからくりなどと思ってはならない。私たちである。日常を望んでいるのはほかならぬ私たちである。嘘だらけの、ごまかしだらけの、偽善とおためごかしだらけの生活に復帰してほしいと希い、そしてこの糞まみれのテレビを、ネットを、出版を許容しているのは、他ならぬ私たちなのである。彼らは需要に応えているだけで、その意味で私たちの奴隷にすぎないのである。私たち自身が、誰よりも、かつての日常に戻ってきてほしいと思っている。だからこそ、腐った政治家たちによる腐った談合政治が、いまもなお図々しい顔をして存続できているのである。

学者たちが言うように、放射能によって直接的な死者は出ていない。汚染によって、土地を追い出され、生活を、思い出を、関係性を奪われた数万人がいた「だけ」である。この「だけ」の重さが、数字に出てくるはずもない。それは踏みにじられたこころの重さである。それは傷ついた魂の重さである。誰も、それを補償できない。誰も、それに同情してくれない。日常という装置を取り戻すためには、その理解が邪魔なのである。知ってはならない。わかってはならない。そして今日も、うつくしい嘘ばかりが生産されるのである。

こころの重さ、を感情論と切り捨ててはならない。自分だけが知性があると勘違いしてはならない。平凡さとは、自分が非凡だと考える、あるいは考えたいこころの動きのことである。そのような平凡さを、私たちはTwitterで、Facebookで、G+で、毎日のように目撃している。この愚かさを、どのように超えられるだろうか。愚かさばかりが可視化されるネットで、もう私たちの断絶はとどめようがないように見える。文系や理系などといった、口にするのも馬鹿馬鹿しい対立に、男と女、右翼と左翼、原発推進に反原発。そもそも、私たちは、集団に所属する前にひとりの自立した個人である。愚かさばかりが大声を上げるネット、いや、この社会においては、そんなことすら見えなくなりつつある。目を背けて、すべてを投げ捨てたくなるのも道理だった。

女から、少し遅れます、とメールがあった。私はスツールに座ったまま、いつもの席で待っています、と返事を書いた。そして財布の中のカネを数える。一晩ここで過ごせるぐらいのカネはあった。テレビでは、反原発デモの様子が映されている。電力がなくとも、性交はできる。ただし避妊具がなければ、それは趣味たりえない。そう思って、ひとりで笑う。もはやセックスだけが、ゆいいつ、人間にいたる道なのかもしれない、そう思った。

2012-07-09

プロメテウスの火

何のために生きているのか、と思うことは誰にでもある。そして答などないのだった。

風が吹いていた。東京を一歩離れると、日本はどこまでも後進国のように見えた。透明な水をたたえた水田が地平線にかけて広がり、その上の空を、西から東へと雲が流れていた。私の革靴の先が、草にめり込んでいる。後ろに停車した車から、女が呼ぶ声がした。足をどけると、虫けらがそこで死んでいた。虫けらが、私たちそのものに見えた。

そもそも意味などないのに、意味が押し付けられていた。虫けらが自分が虫であることを忘れる。それだけのために、意味が必要とされていた。誰しもが、無意味な人生を仮託する先を必要としていた。その不毛さに、誰も耐えられなかった。その無価値さに我慢がならなかった。たとえばFacebookでは、笑顔のスーツたちが、「ひととは違う意味ある生き方」をしろとすすめていた。彼らはこの現実の不毛さについて、一度も考えたことがないしあわせなひとびとだった。

現実の不毛さを覆い隠すためだけに、理念があり愛があった。たとえば、反原発運動とはそのような理念に基づいていた。Twitterでは、仲間が必要とされていた。ひとりぼっちでは活動はできなかった。RTされねば、お気に入りに入れられなければ、そしてiPhoneでデモの様子を録画して報告せねば、その「活動」は誰にも褒められなかった。「行動」は誰にも称揚されなかった。ひとしく無価値な人生に、嘘と偽善とごまかしを導入すること。これが、Twitterが持たされたひそかな課題だった。

日本だけがこのまずしさ、この悲惨さに閉じ込められているわけではなかった。たとえば第三世界では、「言論の自由」がネットによってもたらされた、というフィクションが、主に権力者の手によって流布され続けていた。あらゆる情報がオープンになったすばらしい現代社会において、言論弾圧はついに不可能になった、と権力者たち、そして彼らにおもねることしかしない言論人らが主張していた。まったくもって大嘘だった。まったく何もかもデタラメだった。むしろ自由はさらに損ねられ、奪われていた。

ホテルの35階から、郊外の町を見ていた。地平線には、暗い太平洋が見えた。ホテルのまわりは林に囲まれ、暗いままの街灯が並ぶ道の脇に、誰も座っていないベンチが雨風にさらされ、放置されていた。女は性交に疲れ、ベッドで眠っていた。テレビをつけて、音声を消したまま、ソファに座って画面を眺めた。また原発のニュースだった。ニュースでは、Twitterでのツイートが引用されていた。ネットはすでに社会であるはずなのに、テレビに映ることができるのは一部の編集された綺麗事ばかりだった。

まさに同じ場で、罵倒と嘲笑しかできないひとびと、いや、ひとを罵倒し嘲笑することが作法でありマナーであり「ネットとはそういうもの」だと思い込んでしまった子供たちが、まずしいことばを用いることを強いられていた。それは「w」や「(笑)」をつけなければ、コミュニケーションが成り立たない、恐るべきまずしさであり、それが今日も昨日も明後日も続いていた。目を覆わんばかりの、悲惨な光景だった。そしてもう、それをおかしいと思うものは、誰もいなくなっていた。

窓のそばに立ち、夜の空を眺める。それは灰色の雲で覆われ、星は見えなかった。どこをみても狂人だらけだった。まるで自分だけが狂っていないかのように思われた。誰もかれもが狂っていて、自分だけが正気を保っているかのように思えてならなかった。そして恐ろしいことに、それは事実なのだった。ポケットに、ライターが入っていた。煙草はやめたばかりなのに、つい持ち歩いているのだった。ライターを取り出して、火をつけようとしたが、つかなかった。女がベッドで、身じろぎする気配がする。

女を置いて、売春婦のところに行きたかった。顔も知らない、名前も知らない、匿名の売春婦たちのところに行きたかった。おそらく売春がなければ、貨幣はつくられなかったのだ、そう、うそぶきながら、私はそっと着替えて、出かける準備を始めた。より幸せな人生、より満足に足る人生を、誰しもが求めていた。反原発デモが、そのような目的で開かれていればずっとましだった。「行動」が、社会のためなどではなく、自分の幸せのためだけに行われること、これだけは是とせねば、何もすすまぬことだけは自明だった。ホテルを出て、タクシーを拾った。お客さん、どちらまで? どこへ行きたいのか、自分でも、よくわからなかった。

2012-07-08

美術館の午前

セミの声がガラス越しに聞こえるような気がした。都心にある美術館の中で、ベンチに座って女を待っている。強い日差しが、天窓からまっすぐ足元に落ちてきていた。壁に取り付けられたLG製の巨大な液晶テレビに、鉄骨をさらした福島原発の様子が映っている。赤いスーツを着たNHKのキャスターが、口を動かして何かをしゃべっている。しかし音声はオフになっていた。おそらく聞こえたとしても、それはどこか別の国の言語のように聞こえたに違いなかった。

いまそこにある現実を映しているはずのテレビの奇妙な非現実感に、私たちは囚われ続けていた。食事をし、仕事をし、性交をし、子育てをする。そうした日常的な営為を続けることに、いつしか息苦しさが伴うようになっていた。何かをしなければならない。行動を起こさねばならない。と、たとえばTwitterのひとびとがいつものように怒鳴り散らしていた。しかしかれらが隠している横顔は、一様にさみしく、まずしかった。

誰もが世界で一番だと思っていた日本の技術の惨めな敗北が、かつての先進国であり経済大国であるこの国の誇りをずたずたに引き裂いていた。そして世界から嘲笑と哀れみのまなざしが浴びせられていた。しかし、この中にとどまる限りにおいて、そのことにはまったく無関心で、無自覚でいられた。いつまでも先進国の一員だと思っていられた。バブルの崩壊とその後の敗北主義だけでは不十分だったのだ。さらに負けねばならなかったのだった。

日差しが強さを増していた。ニュースは、パンダの赤ん坊を映している。隣にある大国からレンタルしてきたパンダのつがいが、性交をして子供を作ったのだ。明るいニュースです、と紹介されていた。まるで動物だけが自由に性交することを許されているようだった。時計をみると、正午に近かった。そして女はいつまでも帰ってこなかった。その時、建物がぐらりと揺れた。ニュースの女は、揺れるスタジオで笑顔をつくっていた。それはもはや取ることのできない、肉で作られた仮面のように見えた。

2012-05-25

埋葬者の午後

路上に、何かの動物の死骸があった。ぶちまけられた内蔵が、雨に流れていた。そしてどぶの臭いがあたりに満ちていた。頭上では、飛行機のエンジン音が響いていた。どこかで、誰かが死んだとしても、それを気にするものが誰もいないように、その動物もまた、あらゆるものに無視された死を謳歌していた。私は、交差点に立っている。ホテルでは女が待っているはずだった。風は冷たく、雨水が傘から落ちて肩を濡らしていた。

ネットでは、大人にカネをねだるガキの話でもちきりだった。女子供が、大人にカネをねだる仕組みを作って、それを吹聴していい気になっていた。まったくどうしようもなかった。ネットはもはや現実でしかなかった。大人の財布からカネを抜き取ることだけを考える女子供にあふれるこの現実と、ネットはもはや一ミリも変わらなかった。人間に価格を付けてラベリングをし、商品として棚に並べたくてたまらない連中がどこにでもいた。容姿が、学歴が、性別が、商品として活用されていた。

女と、森の中にある博物館へと向かった。去年と同じように、草木は生き生きとしていた。緑が、光が、みずみずしかった。福島で燃え続ける原発から漏洩した放射性降下物のせいなのか、誰もそれを知らなかった。しかし自然はやはり、事故前よりもずっとうつくしく感じられた。森に足を踏み入れると、小道に猫の死体が転がっていた。カラスが腐肉をついばんでいる。そしてそのすぐそばの地面に、青、赤、黄色の野草が咲き乱れていた。何もかもがうつくしく、そして腐っていた。

博物館は、とても静かだった。そもそも客が誰もいないのだった。女をひとり中に残して、外のベンチに座って空を眺めた。近くに公園が見えた。そこに妻と息子が遊んでいる姿を思い出した。私は同じベンチに座っていた。そしてその瞬間までそれを思いださなかったことを、奇妙な驚きを感じた。空を、巨大なジェット機が飛んでくるのが見えた。すぐ頭上を飛んでいくジェット機は、巨大な鋼鉄の棺桶のようだった。ベンチの足下に、何かが落ちている。それを拾おうとしたとき、女が戻ってきた。

女とはソウルで初めて会った。ソウルは、灰色の雲に包まれて見えた。飛行機で数時間、それはほとんど国内旅行と変わらない距離のように感じられた。私はウィルス性大腸炎を罹患したばかりの身体で、仁川国際空港のゲートをよろめきながら通過した。まったくひどい体調だった。ふりかえって考えてみれば、何もかもが中途半端で、体調のほうはといえば、自分が生きているのか、死んでいるのか、それすらも不明なような状態と言えた。ゲートを出ると、女が待っていた。ふたりとも、眼をそらしてしばし立ち尽くした。そして私のほうから抱きしめた。

女たちは、いつも携帯のあちら側にいた。ディスプレイの向こう側にいた、と言っても同じことだった。現実にあるものはどれも味気なく、つまらなく感じられた。興奮、や、熱狂、は、知り得ないもの、見えないもののあちら側にあるような気がした。だから知ってしまえば、それはタネ明かしされた手品と同じで、何の魅力も感じられないものだった。遠くで、妻が私を呼んでいるような気がした。振り返ると、それは妻ではなかった。女だった。女は、知らずと、妻が私を呼んでいたものと、まったく同じ愛称を作って、私を呼ぶようになっていた。

道で死んでいた動物の名前はわからなかった。次の日、性行のしすぎで痛む腰をさすりながら道に戻ると、死骸はいつの間にか消えてなくなっていた。もちろん、ものはどこかに消えてなくなったりはしない。ひとの気持ちは常にあいまいで、確かだと思った愛情はいつでも滅びる。だから確かなのはものだけだ。私は財布を手で探り、カネの重さを確かめる。カネは、モノだろうか。違った。おそらくそれもまたフィクションの一種だった。道には、車が走っていた。死んでいた場所に、手を合わせたいような気がした。どこを見ても作善と偽善だらけだった。

2012-05-14

五十人の女たち(10)

深夜に車を走らせている。道には白い霧がかかっていた。ヘッドライトが濃霧を切り裂こうとするが、視界は最悪だった。街はまるで白く濁った液体に浸されているようだった。助手席には誰も座っていなかったが、誰かがそこにいるような気がしていた。街には誰もいないように思えた。いや、実際にはそこにはたくさんのひとびとが住まい、それぞれの住居で食事をし、会話をし、性交をしているはずだった。しかし霧の中では何一つ見えないのだった。

女は妻の後輩だった。たまに家まで遊びに来ていた。妻の所持していたよくわからないゲーム機を使って、ふたりが居間の巨大なテレビの前に座って遊んでいるのを眺めていた。子供が、その後ろでミニカーを走らせていた。私はキッチンで煙草を吸っていた。時間はすでに深夜に近かった。女はどこかの大学に通っていた。夕食のときに彼氏の話などを聞いた。退屈な話でしかなかった。私は別の女へのメールを携帯で書きながら、妻と女の話に適当に相槌をうっていた。つまらなかった。

二階の書斎に戻ると、猫がやってきた。一階の居間から、妻と女が笑う声が聞こえてきていた。猫を膝の上に乗せながら、ぼんやりと外を眺めた。東京には珍しく、霧が出ていた。白濁した精液のような濃霧だった。窓のすぐ外にあるはずの公園も、そのあちら側にある住宅も、まったく見えなかった。そこにぼんやりと街灯の光が浮かび、まるで怪物の目のように光っていた。しばらく、そうしてうとうとしていただろうか。隣に、誰かがいる気配を感じて目を開いた。そこには妻のパジャマを借りた女が立って、私を見ていた。どんな部屋なのかと思って、と女は言った。起こしちゃいました、根本さん?

子供は苦手なんです、と女は言っていた。私もそうだ、と思いながら、珈琲をすすった。女とはたまに二人で会う仲になっていた。新宿の珈琲店を、いろいろ紹介していた。それはいつも女たちを連れ込む喫茶店だった。話しているうちに、女がまだ処女であることがわかった。それは妻と同じだった。それに気がついて、珈琲の表面を見た。そこにはもうすぐ三十歳になろうという、老い始めた中年の疲れた顔が映っていた。それがまるで自分のものとは思えず、女の横顔を見た。女は携帯ゲーム機の話をしていて、それは私には世界のあちら側の天候の話のように聞こえた。作り笑いをしようとして、それができない自分に気がついた。根本さん、だいじょうぶですか、と女は言った。なぜか、動悸が激しくなった。

女からメールがたまに来るのを、楽しみにしている自分に気がついたのは少したってからだった。ほかの女たちと、メールをあまりしなくなっていった。チャット、SNS、二つの携帯でのやりとり。女たちはどこにでもおり、いくらでも探すことができた。しかし一度作り笑いに気がついてしまえば、そこに残るのは単なる疲労だった。女は、彼氏とは別れたという話をそのうちに聞いた。そしてそんなことでどこかしら喜ぶ自分を、苦々しく思っていた。妻は、ようやく子供を受け入れてくれる幼稚園を見つけて、忙しくしていた。障害を持つ子供を、大人たちが協力しあって育てる、というきれいごとをうたう幼稚園だった。どうしても興味が持てなかった。近いうちに、女をきちんと誘おう、と思っていた。

霧が出た次の日の朝は、快晴だった。女は居間に布団をしいて眠っていた。珈琲を飲むためにキッチンまで行くと、女の白く、なめらかな肌があらわになっていた。床に、斜めに太陽が差し込み、女のむき出しになった腹にあたっていた。公園から、子供が遊ぶ声が聞こえてきていた。私は珈琲を持って二階に戻り、ベランダに出て、煙草に火をつけた。日の光が、あたたかかった。昨晩怪物のように見えた街灯が、錆びついたみじめな姿をさらしていた。煙を吐き出すと、足元に巨大な蜂が死んでいることに気がついた。スズメバチだった。近くにある森に住んでいる巨大な蜂だった。それをサンダルで蹴り飛ばすと、死体はからからに乾いていたのか、粉々に砕け散った。妻が、起きてきた気配がした。また、根本さん、と呼ばれたい、と思った。その日は妻にも笑顔で話しかけられそうな、そんな気がした。

2012-05-13

五十人の女たち(9)

男だけが汚れから自由だった。女だけがいつも汚れていた。女だけが過去の性行為を責められていた。女だけが過去に寝た男の数を問われていた。それは男が小さいからだろうか。それは男がおろかだからだろうか。「私は違う」という主張でその考えを超えることができるだろうか。どれも否だった。何もかも否だった。そのどうしようもない場所から始めるほかなかった。そのみじめな場から歩き出すしかなかった。

女が留守にしている間に、手洗いを借りていた。浴場の扉が開いており、そのなかには下着が山と積まれていた。およそ考えうる限り、ありとあらゆる下着が、浴場の青いタイルの上に積み重なっていた。黒ずんだ下着は月経か黒カビだった。膝ほどの高さまで積み上げられていた。何もかもが汚れきっていて、そして強烈な悪臭を放っていた。私は扉を閉め、見なかったことにして用を済ませた。部屋は、小奇麗にされていた。男に見られたくない何か、は、その浴場に似ているのかもしれなかった。

女とは大学の知己だった。偶然手にとった写真誌のヌード写真の一枚に、女の写真が掲載されていた。股を開き、頬を赤く染めた女が、写真には写っていた。入学式のすぐ後に開かれたオリエンテーションキャンプで、女とははじめて話した。長野から出てきたという女は、はにかみながら、自分の名前と出身地を私に語った。授業が始まって、女は突然変わった。何があったのか、それは本人しか知らなかった。しばらく休んだ後、突然派手な服装をし始めていた。あいつとやったという噂を、あちこちで聞くことができた。

当時私が所属していた大学のとある会で、女と再会した。女は西東京の小さなアパートに住んでいた。大きな森のそば、小さな二階建てのアパートだった。夜になると、梟の鳴く声が聞こえた。女は、はじめて見たときと同じように、白く、雪のようになめらかな肌をしていた。写真の話は聞かなかった。誰とでも寝る女と、寝てみたかっただけだった。机の脇に、写真立てがあった。母親と二人で写っている写真だった。女を抱きながら、その写真を眺めた。女はつまらなそうに目を閉じていて、私は壁にできたシミを数えていた。

ベッドに座って、妻からのメールを眺めていた。女は、私に背を向けて横たわっていた。女の背中は、いつもどこかしら似ていた。どんな男も、女の背中に見える拒絶が恐ろしいのだった。部屋には、かすかな臭いがただよっていた。部屋に来たときには気付かなかったが、それは、浴場に貯めこまれた洗濯物の臭いに違いなかった。女は汚れているだろうか、と思った。それでは男はどうか。男は汚れていないのか、そう思った。壁には、女のピンク色の服がかかっていた。妻の服に、似た服が一枚あったような気がした。しかしよく思い出せなかった。窓の外を見たかった。しかし窓は曇っていて、外にあるはずの夜空は、まったく見えなかった。きっと何もかもが灰色にくすんでいるに違いなかった。

2012-05-12

五十人の女たち(8)

お子さんは、うちの幼稚園ではお預かりしかねます、と入園を断られた話は、ジャカルタへの出張から戻った晩に聞いた。私はトランクを居間に置いて、畳の上にスーツを着たまま倒れこみ、天井を見ていた。成田空港からの長旅で、身も心も疲れきっていた。動けないまま、明日書かねばならぬ出張報告書のこと、ポケット中に入ったままになっている店の女の名刺のこと、そして手持ちのカネのことを考えていると、二階で子供を寝かしつけてきた妻がやってきて、私のとなりに座ったのだった。だめだった、と妻は言った。何が、と私は言った。もちろん、答はわかっていた。そして私は何もいうべきことばを持っていなかった。誰かに、何かに対する怒りだけがあった。スーツのポケットの中で、携帯のメール着信音がした。

女は大学の頃の知人で、一度だけ妻と三人で遊びに行ったことがあった。その内容はほとんど覚えていない。覚えているのは、ガラナが入った飲み物を飲んだとき、「それって精力剤だよね」と笑いながら女が言っていたことだった。女の身体はどこも柔らかかったが、その身体にはガラスの破片が混じった砂のように、うかつに触れると指を切りそうな危うい印象があった。なぜそう思ったのかは、よくわからない。女とは二三度寝たが、すぐに飽きた。女もそう思っているようだった。一度寝た後にアドレスを携帯の連絡先から削除し、二回寝た後には電話番号を連絡先から削除した。しかしたまに連絡はしていた。発信者名がない、アルファベットと数字の羅列が女のすべてだった。

できたらおろせばいい、と女は言っていた。女は普段避妊しないと言っていた。何が女をそうさせたのか、よくわからなかった。純粋に経済的な理由で、男は避妊具を使うようになるものだった。女のそれはどういう意味だったのか、後になって薄々気がついた。女はまるで自傷をするように、男と寝ることがあるのだった。しかし詳しくは質問しなかった。女もまた、私の子供について、何も質問しなかった。そしてそれを心地良いように思っていた。お互いに無関心であることが、なによりも必要なことだと感じていた。聞いてはいけない、訊ねてはいけない、ほんとうのことを聞いてしまえば、関係はすべて終わってしまう。さらさらと崩れる砂の城のように、影も形もなくなってしまうのだった。

汚れた皿が、キッチンに積み上げられている。妻は病気で寝こんでいた。子供は居間でひとりクレヨンで絵を描いていた。ふつうの幼稚園には行けない、ということはもうわかっていた。親ができることなど何もない、と思った。窓の向こうにある公園で、子供らが遊ぶ声が聞こえた。息子が、私を見た。私は目をそらして、キッチンのテーブルに腰を下ろした。女からのメールが来ていた。いまなにしてる、と書かれていた。息子が、私を見ている気配がした。とくになにも、と女に返事を書いた。正午さんってさ、と女が書いている。何、と私は訊ねた。ほんとうは、ママのこと、愛しているの? と、息子が口にした気がした。そんなことはありえなかった。そもそも言葉がまだしゃべれないのだ。そんなはずはない、と怒鳴りたくなった。女からのメールはそれきり途絶えていた。視線に耐えられなくなって、家の外に出た。雨は、降っていなかった。庭に、園芸用の砂がこぼれていた。さらさらと、乾ききった砂を踏みしめた。踏みにじられる砂が、悲鳴のような音をたてた。

2012-05-10

夢と希望のインターネット

そんな事で自殺したら駄目だよ。就活がうまくいかなければ、起業でも何でもしてみよう。死ぬ気になれば何でも出来るはず。 :「就活失敗し自殺する若者急増…4年で2・5倍に」(読売オンライン) 

https://twitter.com/#!/matsudakouta/status/199756070531497984

ひとは他人の死を経てしか死を知ることができない。自分の死は常に不可視である。つまり「死ぬ気」とはしょせん喩でしかなかった。ひとの死について語ることはいつでも容易であり、だからこそ何かを死ぬ気でやることが称揚されていた。

自らの死について考えることは難しい。記憶の保存装置たる脳が死ねば意識は消失する。魂などというものはない。そう考えた漱石は、自分の遺体を検体として提供し、その脳は死後東大で保存されることになった。死と向き合うことは常に難しく、それはたとえば、死後自分の身体をばらばらに切り刻み、標本にすることを是とするような意識のことだった。

就職しなければ、この閉塞したいびつな社会からのけ者にされ、つまはじきにされ、行き場を失ってしまう、という誤謬を強いる現状があった。それを「やる気」や「努力」で超えることはできなかった。構造的な枠組みが個人に強いるものの大きさを考えたとき、それをひとりの小さな個人が超えることができないのは自明である。

起業すれば、自分は自由に生きられる。就職とは違う「新しい道」が開かれる。そういうのんきな夢物語、つまり妄想を嬉々として語るひとびとの鈍感さに耐えられないひとびとがいた。この手の鈍感なひとびとの口はいつも同じ臭いがした。その声は大きく、その顔はいつでも図々しかった。生まれてから一度も、弱さとは何かと考える必要がなかったひとびと。まったくしあわせなひとびとだった。

罵声も、怒声も、悲鳴も、無力感も、その中に閉じ込められそこからけして出られない閉塞感も、ひとつも経験せずとも生きてこられた鈍感なるひとびとの顔は、いつも同じだった。こういうひとびとがこの社会、いや、どの社会においても、たいていの場合カネと権力を持っているのだった。なぜなら、そうでなければ、この苛烈な競争のなかで生き延びていけないからである。つまり生きるとは鈍感さを自らに強いることであった。

死ぬことは誰にでもできた。同じように、自殺もまた容易だった。手首に残されたためらい傷の痕を見ることはありふれたことだった。問題は眼に見える傷だけではなかった。ひとは自殺をしようとするとき、いつも誰かに救ってほしいと思っていた。かれに足りないのは勇気ではなく、最後の一線を踏み越える前に、それを止めてくれる誰かであるはずだった。優しさ、という陳腐なものを、誰もが必要としていた。そしてそれは、ひとりではけして得られない何かだった。それがなければ、生きながら死んでいくしかない。そしてそのような生きる屍を、私たちは毎日のように目撃していた。

だから、誰でもそうなのだ、とあきらめて生きるほかなかった。下をむいて、背中を曲げて、泥にまみれた地面を見ながら、敗北の人生を歩むしかなかった。顔には常に作り笑いを貼りつけていた。皆そうしているから、と思っているひとびとの諦念が、この巨大な状況を生み出していた。あまりにも貧しかった。あまりにもさみしかった。むしろそれは死よりも悪いものであるのかもしれなかった。むしろ自殺したほうがましかもしれなかった。「そんな事で自殺したらだめだよ」などと阿呆なスーツに説教される人生なら、家に火をつけて我と我が身を焼き尽くしたほうが、よほど華やかで満足に足る人生なのかもしれなかった。

どこまでも理解されなかった。自らの理解のまったく及ばない場所に対して、どこか上だと自分が思っている場所から、あたりかまわず泥を投げつける連中が、この社会に群れていた。しかも本人はそれを善意のアドバイスだと思っていた。まったくお話にならなかった。偽善と自己保身とおためごかししかなかった。こういうひとびとがTwitterに、Facebookに、ありとあらゆるSNSで幅を効かせていた。あらゆる場所に、まがいものの夢と希望が転がっていた。

お前たちはこれでいいのか、と問うことからはじめなければいけなかった。就職と起業にしか「夢」や「希望」がないと主張する、無知で恥知らずな連中の戯言にまどわされる人生は、あまりにもむなしかった。むしろ必要なのは、この張りぼての城を叩き壊す何かでなければならなかった。それは銃だろうか。それはナイフだろうか。違った。そんな前近代的な暴力でこうした連中の愚昧さを叩き潰すことはできなかった。こうした連中の鈍感さを殺しつくすことなどできなかった。手に入れなければならなかった。書き記した瞬間紙が燃え上がる温度をもったことばを、お前たちは手に入れねばならなかった。それはどこにあるか。それはどこで手に入るか。いまさら言うまでもない。私が。

2012-04-25

売春婦の良人

いつでも「前の男」が気になっている。女が、どんな顔をして他の男と寝たのか。女が、どんな声で他の男の前で裸をさらしたのか。それが気になってたまらないのである。

女が言っている。前の男のことを思い出しながら性交をしていた。女が語っている。前の男の精液はうまかった。女がなじっている。前の男とは気持ちがよかった。女が嘲笑している。前の男よりあなたのものが小さい。新しい男たる私たちにとって、これに耐えることは難しい。

男は常に競争にさらされている。学校で、大学で、社会で。ありとあらゆる場所で<女>を奪い合っている。すべての時代で<力>を奪い合っている。それが滑稽なことは誰でも知っている。だが辞められない。だが止められない。それが理性で超えられると思うことこそ滑稽である。いや、こう言い換えよう。滑稽であることを知ることだけが人間らしい行為だった。たとえ、一秒たりともそれがやめられないとしても、それだけが人間に至る道であるはずだった。

女の身体は、いつも複数の男たちに開かれている。売春婦はカネで身体を売る。カネで身体を自由にさせる権利を売る。ほんの少しだけ身体を自由にさせているだけ、という免罪符を売春婦たちは胸にぶら下げている。どこかで見た光景だった。男は女に飯をおごり、その身体を自由にする。男は妻にカネを与え、身体を自由にする。しかり、売春はもっとも古い職業である。そして男女の交歓の中核にあるのは、与えそして与えられる構図に他ならなかった。

同じ光景を見ていた。ネットでは男たちが、うつくしい女に群がっていた。手に入らない女に群がって、自分の居場所を確保しようとしていた。彼らは女の処女性の有無について議論をしていた。詮索していた。ストーキングをしていた。行動履歴をチェックしていた。ブログを保存して調査をしていた。あさましかった。醜かった。しかし笑えなかった。それをあざ笑うことは誰にでもできなかった。女だけがそれを笑う権利を持っていた。男は自らの愚かしさを笑うことなど許されなかった。

男たちは女の性交履歴を知りたがった。どんな声でよがったか、どんな体位が好きだったか、男とどんな性交写真を撮ったか、一番気持ちよかった性交とは何か。女の過去を聞きたがらない男は、はたして人間らしいのか。はたして「男らしい」のか。間違っている。何もかもが間違っている。男は我慢ならない。男は女が他の男に抱かれたことが我慢ならない。あさましくも苦しいのである。醜くとも傷が痛むのである。どんなに女と性交をしたところで、その小ささは超えられない。

売春婦を娶らなければならない。誰にでも股を開いた女こそを娶らねばならない。なぜか。なぜそうか。女には過去がある。奪われた過去がある。取り戻せない関係性がある。他の男に抱かれたこと、そして、あるいはこれから抱かれてしまうこと、そのような関係性を、男は受け入れねばならない。誰しもがそうなのである。誰でもそうなのである。生きることにつきまとう痛苦を、なかったことにしてはならない。女を知るとはそういうことである。女を見るとはそういうことである。男は奪うのではない。男は与えねばならぬ。女は奪われるのではない。女もまた与えねばならぬ。

売春婦のごとき人生。娼婦のごとき生活。淫売のごとき毎日。男は嫉妬のあさましさを知るがいい。女は自らの弱さと愚かさを知るがいい。女も男もひとりぼっちである。相互不信と誤解でがんじがらめである。どこに道があるか。どこに人間に至る道があるか。女が雌犬であり男が性器のついた虫であるならば、どこに人間らしさがあるか。姦淫を止めることはできぬ。浮気を止めることもできぬ。たとえそれがどれほど苦しかろうと、お互いの姿を見て目を焼かれぬことなしに、愛などという戯言を成就することはできぬ。

見ることは傷つくこと。知ることは血を流すこと。盲いた両眼をもって、この世の売春婦どもに告げねばならない。お前の良人は、この私だ。

2012-04-24

五十人の女たち(7)

女が送ってきた動画を見ていた。服を脱いだ女は、服を着ている女と同じぐらいありふれていた。そもそも世界の半分は女のものだった。女も裸もどこにでもあるものだった。画面では女がいつまでも微笑んでいた。その表情もまたどこかで見たことがあるものだった。かけがえのないものとは何か問わなければならなかった。誰とでもいつでもどこでもセックスができる私たちにとって、取り返しのつかないものとは何か、いまいちど問わねばならなかった。

日本は不思議な国だった。東京という都市にすべてが集中していて、偶然という名前の何かに満ち溢れていた。しばしば古い知り合いと、ふとここでめぐり合った。女は海外の高校の頃のクラスメイトだった。地球を半周するぐらい離れた渋谷のスーパーマーケットの一角で、私たちは再会していた。私はケーキを注文していた。後ろから、別のケーキを注文する声がした。振り返るとそこには女がいた。目があって、一瞬でお互いを理解した。言葉をなくして、そして、どちらともなく笑った。

私はラブホテルの帰りで、妻と子供の機嫌を取るためにケーキを買っていた。女のケーキはふたり分だった。誰のために買ったのかは聞かなかった。駅前はとても混雑していた。近くにある喫茶店に入って、珈琲を二人で飲んだ。窓の外を高校生が歩いていくのが見えた。かつては私も女もああいう若者だった。そして女の疲れた横顔に欲情を覚えた。女は、自分の手の甲をじっと見ていた。指輪はついていなかったが、その予定だろう、と直感的に思った。

女のマンションは山手線の駅前、高級住宅地の一角だった。おそらく誰かが援助しているのだろうと思った。もう一人の誰かの気配が、家具や箪笥から放たれていた。あの頃は楽しかったね、と女は言った。そうだな、と私は答えた。すぐ外で、山手線が走っていく音が、ゆっくりと聞こえた。決められたレールの上しか走れない電車にも自由はあった。抗えない何かの中で生きる女にも自由があるのかもしれないと思った。女の太ももの内側には、いつか見た黒子がそのまま残っていた。

結婚するの、としばらくしてメールがあった。妻がハンバーグを作っていた。私は新聞を机の上に広げて、携帯のメールを眺めていた。もう昔みたいにはいかないね、と女は書いていた。何かが、腹立たしかった。椅子に座ったまま、天井を眺めた。そこには蜘蛛が干からびて死んでいた。女はいつまでも過去に囚われている。どうせ死ぬのに、と思う。どうせ死ぬのに、楽しまないでどうするのだ、と思った。つらくないの、と誰かが言っている。目をあげると、妻が私を見ていた。妻はハンバーグが乗った皿を、私の前においた。つまらない感傷ばかりだった。女には返事は書かなかった。

2012-04-17

五十人の女たち(6)

机の上には、通信ログを印刷した書類が山積みになっていた。ジャカルタの取引記録、まる二日分だった。最初から最後まで確認しなければ終わりそうになかった。打ち合わせ室を無理やり借りて、書類を持ち込んだ。邪魔されたくなかったのだ。窓の外には、夏の日差しが照りつける公園があった。公園で、同僚がハードディスクを地面に叩きつけている。上司に壊すように言われたのだろう。音がない世界でハードディスクを壊している同僚の姿は、どこかしら現実離れしていた。ひどい、ひどい! という女の声がした。

マニラには外人向けの売春施設が山ほどあった。支払いは基軸通貨であり世界言語である米ドルだった。私は財布に500ドルほど詰め込んで、支店長に誘われて店まで行ったのだった。奇妙な香が立ち込める店内の真ん中にはステージが設置され、そこで裸の女たちが踊っていた。ステージの前には、白人たちが群れをなして集まっていた。そして女の下着の隙間に、ドル紙幣を詰め込んでいた。顔に浮かんでいる笑いは醜悪だった。まるで鏡に映る自分のようだった。

奥の個室へと案内された。ベルベットのカーテンに、巨大で柔らかなソファ。スイカほどある巨大なクリスタルの灰皿が、テーブルの上できらきらと光っていた。支配人の老婆は、私に日本語で挨拶すると、カーテンの向こうに声をかけた。すると五人ほどの女たちが、順番に私たちの前に姿を見せた。店のように、下着だけではない、ごく普通の格好だった。しかしブラは付けていなかった。いい趣味だろ、と支店長が私に笑いかけた。いいですね、と私は答えた。支店長はきっと経営に関与しているに違いなかった。

妻に少し似た真面目そうな女を選んだ。支店長は巨大な胸のグラマラスな女を選んだ。そしてまた後で、と別室へと消えていった。私の女は、ソファの隣に座った。老婆と他の女は姿を消していた。煙草に火をつけると、すぐにライターで火をつけてきた。英語でいいか、というと、日本語もできるけど、と笑顔を作った。肩を抱き寄せると、少しだけ抵抗があった。それに興奮した。胸の携帯にメールが着信したような気がしたが、無視した。部屋の照明が、少し暗くなったような気がした。

女が案内した部屋には、大きなベッドが置かれていた。窓はなく、天井は高かった。女の身体は柔らかく、私が避妊具をだそうとすると、そのままでいい、と言った。中にだしていいのか、というと、外でお願い、と言った。終わった後、女の身体を拭いてやった。女は、少し驚いたような顔をして、私にされるがままになっていた。下着を着けてやって、私はベッドで煙草に火をつける。女は私を見ていた。お前は何をしているんだ、と私は興味本位で聞いた。大学のお金貯めてるの、と女は言った。

お前は何をしているんだ、と誰かが言っていた。目を開くと、壊れたハードディスクを持った同僚が眼の前に立っていた。根本くん、これ、壊れないんだ、君なら若いし、やってくれないかな、と言った。いま忙しいんです、と私は言って、同僚を外へと追いだして、椅子に座った。眠気があった。女にはドルを二倍手渡した。老婆にも渡しとけ、と言った。そしていい気になっていた自分の姿を思い出した。女は大学に行ったのか、そんなことはどうでもよかった。ただ興味本位で聞いただけだった。買う側にも買われる側にも生活があった、そんなことは当たり前のことだった。不愉快だった。何もかも、耐え難かった。公園で、同僚がまたハードディスクを地面に叩きつけている。ひどいよ、ひどいよ、うそつき、うそつき!

2012-04-15

五十人の女たち(5)――虫の棲む部屋

虫たちがソファに座っていた。ソファに座って生殖器を女にしゃぶらせていた。ピンクサロンにはなぜかいつもBOSEのスピーカーが取り付けられていた。大音量で流れる音楽によって、虫たちが発する呼吸音は隠されていた。店には複数のソファがあった。ソファは背丈ほどの衝立で区切られていた。他の虫たちの姿が見えた。虫の股間には女たちが顔を埋めていた。暗い店内は、どこかしら地獄のように見えた。女たちの身体は白く柔らかく、その空間でゆいいつ人間であるように思えた。

仕事の電話をしていたのだった。ポルトガル語の通訳が送ってきた原稿は最低のひとことだった。ファイルの最後に「すみません」と書かれていた。私は携帯の電源をオフにしてソファに座っていた。ズボンと下着が下ろされた下腹部を、女がウェットティッシュで掃除していた。ずいぶんと色白いのね、と女が言っている。日焼けが大嫌いなんだ、と私は答える。隣のソファでは、もう一匹の虫が、女の髪の毛を掴んで上下させていた。音楽は流れていたが、静かだった。どこもかしこも虫だらけだった。

ダメなの、と女は尋ねた。よくあることだよ、と私は答えて、ズボンをあげてベルトを締めた。ソファの背もたれに身体を預け、目を閉じる。時間は、まだあった。女が私のとなりに座る気配がした。見ると、膝の上で所在無げに手をさまよわせていた。胸の携帯を奇妙に重く感じた。甲虫が羽をきしらせるような音が、となりのソファから響いてきていた。すべてが、いまいましかった。無能な通訳も、虫けらも、女たちも。目を開けると、女と目があった。女はその細い指で膝を指し、ここに寝る? と私に言った。

膝枕をされたまま女の肌を嗅ぐと、イソジンの香りがした。下から顔に手を伸ばし、その頬に触れた。それはあたたかく、生きている体温があった。化粧の下に、ひとの顔があった。もうすぐ、時間のはずだった。女の腹に顔を埋めると、女が笑う気配がした。妻が妊娠したとき、よくこうしたんだ、と私は言った。それは聞こえていなかったはずだった。隣で、虫が出て行くのがわかった。別の女が客を送り出す声がした。やがてベルが鳴って、私は立ち上がる。女は、ありがとうございました、と笑顔を作った。また来るよ、と嘘を言った。嘘をつかねば、虫は人間にすらなれないのだった。

2012-04-13

五十人の女たち(4)

風呂で身体をどこから洗うか、という話を女としていた。いつも胸から洗った。いつも一番汚れているところから洗った。しかしいくら洗っても何も洗い落とせなかった。妻が息子と風呂に入っている。私はキッチンでぼんやりとしている。その日仕事はなかった。外から秋の虫の声が聞こえてきていた。息子が笑う声がした。女からメールがあったのはその時だった。女とはテレクラで知り合った。今後援助してほしい、と女は言っていた。次はいつ会える、一でいいよ、と女は書いていた。ホテル代は私が持つことになっていた。私は車の電子キーをポケットに突っ込み、玄関を開いて外に出た。雨が、降り始めたような気がした。

立川のラブホテル前で女と落ち合った。女は、ピンク色の携帯でひっきりなしにメールをしていた。蜘蛛のように細い手足に、青白い顔。女は、ピンクサロンで仕事をしていた。そして稼いだその金を、ホストクラブで散財していた。いらないのよ、お金なんて、と女は言っていた。好きなものに使って、いいじゃない、どうせほしいものなんてないんだから、楽しまなきゃ損じゃない? 部屋に入って、女はすぐ服を脱ぐと、全裸になった。チャックを下ろして、私のものを引っ張りだすと、すぐに口にくわえた。掃除機のようなその口に恐れをなして、女をベッドへと連れていった。

終わった後、女の携帯が鳴った。女は私から受け取った金を器用に片手で財布にしまいながら、電話に出た。あ、お母さん、と女は言った。女が下半身の処理をしながら、母親と朗らかに電話する様子を、私はぼんやりと眺めていた。女の細い身体に、肋骨が浮き出ていた。その身体は使い古された道具を思わせたが、その声だけは人間のように聞こえた。元気にしてるよ、うん、いま友達といるから切るね、と電話を切って、女は私を見た。私も女を見返した。何が、おかしいの、と女は言った。私はなにも、と答えて、煙草をくわえた。

車で女を駅まで送った。ラブホテルの駐車料金は無料だった。助手席に座った女はずっとメールを誰かに書いていた。私の携帯はずっと電源を切ったままだった。しかし誰かから電話がかかってきているような、そういう気がずっとしていた。風呂場で、女に尋ねた。お前は、どこから身体を洗うんだ。女は答えず、洗ってよ、と言った。まず上半身を洗った。そして下腹部を洗うためにしゃがみ込むと、出そう、と女が言った。私はその様子を眺めていた。金色の液体が放射状に床に落ちる様を眺めていた。それはどこか神々しくさえ思えた。妻からの電話が一本、留守電に入っていた。結局雨は降らなかった。降ってほしいときに限って、雨は降らないのだった。

2012-04-12

五十人の女たち(3)

セックスしかないのに綺麗事ばかり。セックスしかないのにおためごかしばかり。まったくつまらない世の中だった。下半身しかないのに理想を語るその口臭が耐えられなかった。テレクラの狭苦しいブースで、あんたの話はつまらないから別の男に替わってくれる、と女に言われていた。あんたの小さな性器はあんたのご高説そのものだよ。電話ごしに、女が笑う声がした。受話器を置いて、壁を眺める。そこにはめこまれたディスプレイに、冷たく笑う自分の顔が映っていた。その次に電話をかけてきた女と、新宿南口で待ち合わせをする約束を取り付けたのだった。

女は、かなり美人の部類だった。とてもテレクラにかけてくるような女には見えなかった。相手も同じようなことを思ったようだった。出会いからバーに行くまではまるで見合いのように話が進んだ。ご趣味は、と女は言った。読書です、と私は答えた。まったく茶番だった。そして茶番であることをふたりとも知っていた。女は某銀行に勤めていると私に言った。ほんとうかどうかはどうでもよかった。私は某外資系企業に勤めていました、と言った。そして偽名を伝えた。根本正午です、はじめまして、お前の名前を教えろ。

そのあたりで一番いいホテルに、女を連れ込んだ。カネの話は最初にしておくべきだった。財布を取り出すと、女は首を振って、服を脱ぎ始めた。みると、乳房が片方なかった。そこには大きな手術痕があった。それは花のような形をしていた。胸に花が咲いているように見えた。いつもはメールしてくる妻が、その晩に限って黙っていた。息子が風邪を引いているからだ、ということを私は思い出した。思い出しながら、女の傷を撫でた。女がため息をついて、私を見た。激しく欲情した。

女の中に入っている間に、電話が鳴った。女の唇に指を当てて、電話に出る。もちろん妻からだった。熱がでてるみたいなの、病院に連れていかなきゃいけないの、あなたはいまどこにいるの、どこで何をしているの、と妻は言っていた。その声はすべて下にいる女に筒抜けだった。私は女のひとつしかない乳房を握りしめて、妻にこう答えた。後ですぐに行ってやる、いま新宿で仕事をしている、大事な仕事だ、子供のことはお前に任せてある、俺に面倒をかけるな。そして電話を切ると、女が私をじっと見ていた。

奥さんとはうまく行ってないの、と終わった後女は言った。ああ、と私は答えて、ジャケットを羽織って、ネクタイを締める。仕事をしていたことになっていた。いつでも仕事だった。家を出ればいつでも公的な格好をしていた。そしてそれを疎ましく思っていた。ねえ、また連絡していい、と女は言った。ああ、と私は答えた。そして嘘のメールアドレスを教えた。新宿駅改札で女と別れた。やっと仕事が終わった、と私は妻にメールを書いている。いつも迷惑をかけてすまない、お前のおかげでいつも助かっている、ありがとう。

2012-04-11

五十人の女たち(2)

「知的」な職業に、誰しもが憧れている。「華やか」な職業に、誰しもがなりたがる。その汚さを知らないものだけが、ゴミだらけの楽園に行きたがる。つまり翻訳家とはそのような職業でもある。当時私がはまっていたのはヤフーチャットだった。子供に業界の説明をしたり顔でする自分にうんざりしていたが、妻と息子が一階で遊ぶ声を聞きながら、ひとり二階の書斎で自分が何がしかの人間であるようにふるまうことには快楽がないわけでもなかった。その女とはそこで知り合った。正午さんは、おもしろいひとだね、と女は言った。ほんとうは、何を考えてるの?

俺はバカとガキが嫌いなんだよ、と新橋で女に会ったときに言った。なぜ新橋にしたか、よく覚えていない。女の身体は細く、顔は平板だったが可愛らしさがあった。女は駆け出しの翻訳家で、大学の先生のどうしようもない英文の推敲をしたりして小金を稼いでいた。正午さんも駆け出しなんだ、と女は言って笑った。まあね、と私も答えた。当時私はまだ独立したばかりで、職場でのキャリアはあったがまだまだ仕事は少なかった。毎日営業の電話をし、あらゆるコネを使ってそれを拡大していた。

女とは三回会った。抱いたのは三回目。新宿のラブホテルだった。女の桜色の乳首には小さな穴の跡があった。その話は、女とのチャットで聞いていた。昔ね、と女は言っていた。結婚を誓い合ってた彼氏がいたんだけど、事故で死んじゃったんだ。私は、それ以上聞かなかった。誰でも、喪失を抱えている。誰でも、かなしみを抱いて生きている。それは俺も同じだ、と思った。女の性器は乾いていて、終わった後女は泣き出した。私はベッドの脇の椅子に座って、それを眺めていた。妻からメールが届いていて、それに返事を書いた。いまから帰ります、夕食はいりません。

女とはチャットで別れた。ほんとうは、結婚していたんだね。と、女は言った。そうだな、と私は答えた。指輪の跡に、女は最初から気づいていた。そしてそれを隠すつもりもなかった。ね、ほんとうは、何か別のことがしたいんでしょ、と女は言った。教えてよ、最後に。あんな立派な会社辞めてまで、何がしたかったのさ。一階から、妻が私を呼ぶ声がした。夕食の時間だったのだ。私は、さようなら、と書いて、画面を閉じる。窓の外に、月が見えた。何をしたかったのか、むろん、女の身体が欲しかっただけである。他に、何もあるものか。何があるものか。夕食は、きわめてまずかった。

2012-04-10

五十人の女たち(1)

記憶はいつでも曖昧だった。出張でホテルに泊まり、職場で得たカネで女を連れ込む。それは当然の嗜みだった。バンコクのある支店長が、私に言った、この国経由で、連中は、カンボジアに幼女を買いに行くんですよ。現地で一万円を換金すれば、財布は分厚くなった。その重さこそが価値だった。カネは女への片道切符だった。女はいくらでもいた。女はどこにでもいた。財布があれば何でも買えると思った。しかし買えないものは常にあった。カネではなぜか手に入らないものがあった。セックスを経なければその貧しさに気づけぬように、カネを経てはじめてカネの愚かさを知った。

朝から晩まで狭苦しいマシンルームで通信ログを解析し、その対価として得たカネで妻を養い、こどもを育て、そして妻が留守の間に家に女を連れ込んでいた。最初の女の名前は忘れてしまった。女とはなんと2chで知り合った。われながらうまくいったものだと思った。一度も使ったことがない場所で、出会った女にメールをした。すぐに返事があった。妻がいるキッチンで携帯メールを何度かやりとりした後、急な仕事が入った、と言って、外車を転がして女との待ち合わせ場所へと向かった。女とはファミリーレストランで待ち合わせをした。時間になると、小柄な女がテーブルにやってきた。どこにでもいる平凡な顔だった。

女の部屋は、狭く、暗く、湿っていた。どことなく不幸の匂いがした。女の生活は貧しかった。キッチンには食べかけのシチューが入った鍋があり、壁際には、洗濯物が吊るされていた。壁に芸能人のポスターが貼られていた。生理なんだ、と女は言った。でも、ピル飲んでるから、あなたさえよければ、生でいいよ、と言った。女の体は、部屋と同じように、どこもかしこも湿っていた。脇も、背中も、耳の裏も、どこもかしこも湿っていて、それはまるで涙のようだった。捨てられたの、と女は言った。捨てられて、寂しかったの、誰でもよかったの。俺もだ、と私は思った。女の身体は、どこもかしこも柔らかかった。妻の硬い体とはまったく違って、足は大きく開き、私を誘った。

女の部屋に、週一回ほど通うことになった。女は私の車の助手席を気に入った。私も女を連れ回して、首都高を走らせるのを楽しんだ。しかし女の話はどれも退屈で、どうしようもなくつまらなかった。女は運転免許がほしい、と言っていた。私は取ってみろ、と言ったが、女は結局何もしなかった。女との関係が鬱陶しくなってきた頃、妻が性病になった。カンジダだ。疲れるとこういう病気になるみたい、と妻は言った。私は妻の性器に薬を塗りながら、俺のせいだろうか、と思った。あの湿った女と性交したことが、当時すでに性交渉がなかった妻への罰として降りかかった、そういう気がした。女とは最後に新宿のバーであった。お前とは遊びだった、と言い、殴られた。顔を拭きながら、女の背中を見送る。財布にはまだカネが残っていた。

2012-04-09

静謐

街に夜がやってきていた。明るい駅前から少しだけ離れると、壊れかけた廃ビルが立ち並ぶ灰色の区画があった。ビルの一階部分にはゴミが山と積まれ、まともな人間は、それを見ないようにして通りすぎていった。その区画を挟んで、小奇麗な居酒屋のチェーン店が設置されていた。夜は、無視されていた。この社会のどこにおいてもそうであるように、存在せず、見えないものとされていた。

その二階に、店はあった。受付の男は、親しくなると自分は台湾出身だと教えてくれた。県警は、見てみぬふりをしている腰抜けですよ、と言っていた。実際にそうなのだろうと思った。恣意的な「自由」によって、この社会は成り立っていた。外国人は、それを一番よく知っていた。店の入口には、真っ赤なマットが置かれていた。ガラス扉をくぐると、生暖かい風が、そこから吹き出してきた。

女は、色々な国から来ていた。中国、台湾、そして韓国。その晩、私が選んだのは、どことなく、前の愛人を思わせる、韓国人の女だった。その手の店には珍しく、部屋はしっかりとした個室で、そのうちのひとつに案内された。隅に、ひとり入れるぐらいのシャワーがあった。服を脱いでそこに入ろうとすると、女が笑いながら私に抱きついた。サービスよ、と言って、萎えた性器を口に含んだ。ひさしぶりに勃起した。

女は、どことなく冷たく見え、それが愛人のことを思い出させた。笑えば可愛いのではないか、そう思えた。小さな身体に、大きな胸。股間に女がへばりつき、その姿を見ているうちに、突然萎えた。女の広い背中に、シャワーが雨のように降り注いでいた。背中に水着の日焼けの跡が残り、水流が小川のようにそこを流れ落ちていった。水音が大きくなる。女は、困ったように私を見上げた。女の顔は、誰にも似ていない。似ていると思ったことが間違いだったのだ。

やや広いベッドの上で、女は全裸で寝転がった。足を広げてみせた。女に、代わりなどいない。女は、ひとりしかいない。それを忘れるためにだけ、買春があった。どこにも出口のない射精があった。女の性器だけが、別の生き物のようにうごめいていた。それを見つめていた。萎えたまま見つめていた。興奮が潮のように引いていき、そこには一対の目が残った。愛している、とつぶやいた。おまえしかいないのだ、とつぶやいた。韓国女は、こないの、と笑って、性器をひらいてみせた。死にたいんだ、と言った。殺してくれ、と言った。韓国女は、時計を指さして、時間ないよ、と言った。

時間はどこにもなかった。私はバスタオルをはだけて、ベッドに乗った。ベッドがきしみ、沈む。それは船を思わせた。まわりは海に囲まれていた。塩水だらけで、水を飲むことができないのだった。他の男に抱かれた女のことを考えていた。他の男に飽きるほど抱かれて、そして捨てられた女のことを考えていた。胸が張り裂けそうだった。痛くてのたうちまわりたかった。汝らのうち、罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい、と誰かが言っていた。性器に、血が集まらなかった。苛立っていた。なぜ愛がなければいけないのか。なぜ愛さなければ勃起しないのか。萎えた性器に付けたコンドームはすぐに外れ、韓国女は煙草を吸い始めた。

店を出る。ほしい女は、この世にひとりしかいなかった。軽くなった財布を、ポケットに入れる。寒かった。しかし雨は降っていなかった。雪も降っていなかった。桜が咲いていた。夜桜は風に震えていた。身体が震えて、その前でかがみこんで吐いた。何も出てこなかった。胃液しか出てこなかった。女はいくらでも抱けた。女の代わりはいくらでもいた。そういう人生があった。そういう過去があった。だがしかし、ほんとうは何が欲しかったのか。ほんとうは何を求めていたのか。答はなかった。自明だった。月が、見ていた。

2012-04-07

捨てられた模型・再

旦那の趣味の件で、悲痛な結末に…至急お願いします (OKWaveより抜粋)

旦那の趣味はガンプラです。小学校から28歳までずっとやっていて、結構プロ的な器具も揃っていますし、サークルにも参加しています。
私はガンダムやロボット系が元々大嫌いで、いい気はしなかったのですが、交際を深める内にどんどん嫌になってきました。
(中略)
私は「私がいやがってもしたいって言い張るんでしょ?離婚したいってくらい嫌でもやり続けるんでしょ?」と言ったりもしました。結局彼は「もうしたいって言わないよ」と言いました。ですが私が風呂中に、彼が部屋でガタガタしてるので、もしやと思い、上ったあと彼の部屋を見てみると、がらりとしていました。
大きな箱数箱に、めちゃめちゃに器具やプラモが入っていて、プラモは壊れていました。パソコンや一眼レフカメラやプリンターまで入っていて、衝撃を受けました。ただ、しいていえば、綺麗な塗料なんかは、まだ引き出しに入ったままでした。

いつも同じ光景を見ていた。いつも変わらぬ、夫婦の断絶だった。
同じ風景を私たちはかつて目撃した。いや、同じ場所に生き続けていた。

趣味、とは、男と女の間に広がる奈落の別名だった。

男は、いつも趣味に生きている。言い換えれば架空の<子供>のためにしか生きられない。なぜなら、男には子供を産むことができないからである。

妻は勝手に孕み、それが自分の子であるかどうか判別する手段はない。それを、こころでも身体でも知っているのは妻だけである。科学技術の発達は、その確認を可能にしている。しかり、それは事実である。しかし夫の不安は消えてなくならない。これからも消えることはない。男は、自分の子に対する本質的な実感を得ることなどできぬ。

男にとって、趣味と仕事だけが自分の子供であり、それを通してのみ自分が生きる実感を得ることができる。それがスポーツであれ、コレクションであれ、女遊びであれ、同じことである。自分の子を産むことができる能力を奪われ、自分の肉から新しい人間を作りだすこともできず、ひとりぼっちで射精し、ひとりぼっちで趣味にいそしむ。これが男である。

そのような男にとって、自分が熱中できる何かは、何よりもかけがえのないものである。女は、それを永遠に理解できない。女は、いつでも男を軽蔑している。自分が持っている力の大きさに気がつかない女たちは、男がそもそも強いられた欠損を理解しないし、できない。だから、その間には、常に巨大な奈落が広がっている。それは、相手の個性を理解することでは超えられない。わかることでは超えられない。わからないこと、そのことによってのみ、困難な理解のはじまりが得られるのみである。

男はいつでも恐れている。男はいつでも怖がっている。獣と暴力をもたらす下半身に駆動され、子を産める女たちを恐れている。プラモデルが、同人誌が、アニメが、ライトノベルが、漫画が、Twitterが、Togetterが、2chが、まとめサイトが、G+が、Facebookが、なぜとくに男にとって必須なのか。なぜ女にはそれが必要ないのか。それを考えたことがある男は、慄然としてそこに立ちすくむしかない。その恐ろしさを知っているのは男だけだ。

夫は、趣味を否定されたから捨てたのではない。夫は、妻に対するあてつけで捨てたのではない。夫は、妻の傲慢さにうんざりしたのである。理解できる、そう思う妻の思い上がりにうんざりしたのである。そしてこれが特定の夫婦の話だろうか。誰でも知っている。誰でも経験している。そのような困難の中に、私たちは居住させられている。なぜか。なぜこのような物語が繰り返されるか。答はいつもあまりにも自明である。

2012-04-06

はじまりの風景

巨大な、水槽の底のような売春宿の待合室。私が入ったとき、そこにはすでに男たちが座っていた。小さな椅子に並んで座る男たちは、みな異様な顔をしていた。それは、昆虫の顔だった。感情が抜け落ちた、飢えと、乾きと、衝動だけに突き動かされる、人間ではないなにかの顔をしていた。私は、その時のことをよく覚えている。その時のことを、たまに夢に見る。なぜなら、私は男だからだ。つまり、私は人間ではないからだ。昆虫のように、性器からの衝動によって駆り立てられる、足と脳みそがついた男性器に過ぎないからだ。

夜明けの空が輝いていた。女との長い電話を終え、私はコンビニに珈琲を買いに来ている。桜の蕾が、すでに開きはじめていた。缶コーヒーを飲みながら、煌々と輝くコンビニの前に立って、ぼんやりと空を眺める。その待合室は、ガラスで半分に区切られていた。男たちの反対側には、売春婦たちがスツールに座っていた。肌をあらわにした、化粧をし、うつくしい女たちが笑顔で男たちを見ていた。女たちは、確かに買われる側だった。女たちは、確かに弱者であるのかもしれなかった。しかし、違った。女たちは、男を哀れんでいた。人間ではない男を蔑んでいた。

飛行機のジェットエンジンの音が、遠くの空からかすかに響いてくる。私は携帯を弄びながら、女とのやりとりを読み返している。コンビニの光が、朝の光で霞んでいく。もう、新しい朝が来たのだ。もう、次の一日がやってきたのだ。お前の身体は、いつみても最高だ、と私は書いていた。お前の身体は、足の指から髪の毛までうつくしい、と私は書いていた。どこかに嘘があるはずだった。どこかに演出があるはずだった。しかしそれは真実とまったく見分けがつかなかった。ほんとうの気持ちとまったく見分けがつかなかった。男は人間だろうか。男は人間と見分けがつくだろうか。わからなかった。何一つわからなかった。

缶コーヒーをゴミ箱に捨て、私は歩き出す。県警のパトロールが、朝まで起きてコンビニまで買い物に来た私を睨みつけて去っていく。近くに市長の家があるらしかった。若いカップルが、腕を組んで笑いあいながら歩いていった。その笑顔が作り物にみえた。性交しながらお互いを喰い合うカマキリのようにみえた。どこかに、軽い吐き気があった。男のジーンズの股間が膨らんでいた。勃起した性器をどうすることもできないのだった。男は孤独だった。男はどこにもいけなかった。男はひとりぼっちだった。子供を産めない男はいつも欠陥品だった。まがいものの人間だった。男は、どうしたら人間になれるのだろう。朝の光が、私を刺し貫いている。

2012-04-05

喪失前夜

桜が、咲きかけている。娘を空港で見送り、車を路肩に停めた。お前みたいな淫売を愛せるのは俺だけだ、という自分の出したメールを読み返しながら、木々の梢で膨らむつぼみを眺める。開花前の桜は、異様な雰囲気をたたえている。それはいまにも崩壊しそうな、溶鉱炉のように見える。あちこちから火と煙が吹出し、近寄ることも触れることもできないのだ。車を再び走らせると、遠くから正午の時報が聞こえてきていた。

群れなければ何もできないひとびとを眺めていた。誰かに同意してもらわねば意見ひとつ言えぬひとびとの姿を眺めていた。うん、や、わかる、と言われなければ、不安でたまらないひとびとの相貌。Favを、RTを、+1をされるためだけになにかを書き、そのためだけに食事をし、性交をし、仕事をし、時間つぶしをし、漫画を読む、そのとてつもない空しさのことを思う。それしかないのか、という言葉は、もちろん自分にも向いている。それしかあるはずもない。

ひとのエントリをコピーペーストし、自分が書いたように見せかけた<女>の投稿群を眺めている。うつろでうつくしい笑顔に、可愛らしい猫の写真。それはおなじみのG+の光景だった。かわいいもの、おもしろいもの、たのしいもの、そうしたものだけがG+では称揚されていた。そうしたものだけが、読むべきものとされていた。それ以外のものは、許可されていなかった。それ以外のものは、なかったものとされていた。

セルフのスタンドでガソリンをいれながら、ぼんやりと空を眺め、性行為のことを考えている。男と女を隔てるものはセックスであり、それをつなぐものもまたセックスだった。私たちは両刃のカミソリを与えられた、下半身に駆動されるみじめな生き物である。社会が求める綺麗事は、その傷を覆い隠すためにだけ機能している。包帯の下で流れる血も痛みも、どこにも存在していない。なぜならそれは見えないからである。ガソリンを入れ終わると、風が、吹き始めていた。


群れなければ何もできない。そういうひとびとが、ネットにはあふれていた。いや現実にもあふれていた。誰しもが同意を求めていた。誰しもが理解を求めていた。しかしそれはかなわなかった。しかしそれは不可能だった。なぜなら彼らが求めているのは同意などではなかった。なぜなら彼らが求めているのは理解などではなかった。彼らが求めているのは<つながり>であった。ほんものがないからネットにすがった。どこにも見当たらないからまがい物で満足した。それがTwitterでありG+でありFacebookであった。

つながることこそが不可能である。そしてつながることだけが可能である。この矛盾を超えるすべを私に与えよ。この相克を超える方法を私たちに示せ。私たちはこれからどんどん孤独になるだろう。これが底などと思ってはならない。私たちはますます貧しく、ひとりぼっちに、相手のことを見失っていくだろう。これが喪失の始まりである。桜は毎年咲くだろう。だが私たちはついに咲くことなど許されぬまま、群れなければ生きてゆけぬまま、ここでひとりで死んでいくだろう。それを記さねばならぬ、なぜなら。

2012-04-04

大人とはなにか

大人とは何か、そんなことを質問しなければならぬ精神がある。
大人とは何か、そんなことを尋ねなければならぬこころがある。
大人とは何か、そんなことを真顔で聞いてしまう魂がある。

全裸の女を撮影したビデオを見返していた。服を脱いだ女に興奮するのではない。そんなものはありふれており、どこでも手に入るものである。私たちを興奮させるもの、それは羞恥心を耐え忍ぶ姿である。

大人とは何か。むろんそれは性行為の多寡ではない。

街を見よ、ネットを見よ。大人のふりをした子供ばかりである。いわく大人とはカネである。いわく大人とは社会的地位である。いわく大人とは責任である。

そのすべてが虚しく、嘘だらけである。

子供と大人を隔てるものは何か。それは年齢ではない。それはカネの有無ではない。それは職業の違いでもない。それは年収の違いでもない。それは結婚経験でもない。それは処女でも童貞でもない。それは避妊具でもない。それは販売中止となったネオサンプーンでもない。

どんな子供でも性行為はできる。携帯を持てば援助交際は誰でも可能である。誰でも容易なのに見てみぬふりをしている。一晩七万円でスーツを着た中年に抱かれている。まったく簡単である。どんな子供でも、口と性器の値段が違うことぐらいはわかる。それはまったく自明のことである。裸で写真を撮らせればカネをむしれる。動画を撮らせればさらにカネをもらえる。笑顔で別れれば後腐れすらない。この子供は大人だろうか。

大人は我慢しているという。大人は耐え忍んでいるという。頭を叩かれながら屈従の中で仕事をしているという。こうした困難に立ち向かう大人たちの姿は私たちを少しも感動させない。そこには疲労と諦念しかない。彼らのセリフはいつも同じである。大人はたいへんだ。そう嘯きながら、ストレスという名前の糖衣錠を飲み下し、今日もモバゲーで、Greeで、Mixiで、何もかもが無料なネットで時間つぶしをするしかないのである。それが大人の嗜みであるとみなされる。

セックスは安価で、いつでも、誰とでもすることができる、最高の娯楽のひとつである。これ以外に楽しみがない人生こそが貧しく、私たちはみな貧しさの中で生きることを強いられている。頭だけは巨大なのに、下半身だけはどうにもならない。下半身だけは別の生き物である。男は誰とでも何とでも寝たがり、女は隙あらば子供をつくろうとする。異性の相手が見つからぬ代わりにマスターベーションの道具だけが進化していく。まがい物ばかりであり、どうにもならぬ夜だけが数を重ねる。

星の数ほどあるポルノ動画が、Tumblrの裸写真が、出会い系Twitterが、スーツ社交場のFacebookが、猫画像のG+が、強姦と暴行と陵辱だけが売りの漫画群が、ありとあらゆるものがまがいものであり、そこにあるのは幼稚な好奇心によって作られたもうひとつの世界の光景である。しかしそこにあるのは影だけである。そこにあるのは蜃気楼だけである。そこに触れても何もなく、現実は砂のように乾いている。そしてそれを作っている何かに恐怖したとしても、その機械仕掛けの歯車はあまりに巨大すぎて、個人はひき潰されるだけである。

その恐ろしさにふと慄然としながら、カメラの前で裸になった女の顔を見つめる。
大人とは何か、それはセックスである。

2012-04-02

ブリッジ

どうせ、誰にも愛されない、という不安を、誰しもが抱えている。

なぜあなたは愛されなかったか、なぜあなたはひとりぼっちだったか。
なぜどこにも行き場所がなかったか。
なぜTwitterやG+だけがあなたの息抜きと生活の愚痴のはけ口か。

なぜ男たちは自慰しかしなくなったか。ネットにあふれるまがいもので満足したのか。
なぜ女たちは男を軽蔑するようになったか。男にないがしろにされて絶望したか。

答はいつでも自明だった。答はつねにそこにあった。
しかしそれを見ることと知ることは違う。それをわかることと行うことは違う。
そこには絶望的な広さの奈落が広がっている。

それを超えることだけが求められていて、それだけが、生きるということに値する何かだった。
奈落には見えない橋が架けられているが、断崖に足を踏み出さねばそれを知ることはできないのである。

G+に猫画像を貼って癒される、それがあなたの寂しい人生。
Twitterにもっともらしいことを書いて褒められる、それがきみたちの貧しい人生。
Facebookに自分の写真を貼って自己満足を得る、それが、奈落の前で立ちすくむ私たちの人生。

ネットの利便性が高まれば高まるほど、私たちはさらにひとりぼっちになり。
ネットが世界中に蔓延し、私たちの距離が近くなればなるほど、ばらばらに切り離されて。
ネットにすべてがあると思えば思うほど、男も女もお互いを見失っていく。

そこにはまがい物しかないのに。そこには偽物しかないのに。そこには時間つぶしの道具しかないのに。
ほんとうのものから目を背け、作り笑いをして誰かに合わせるだけの生活を耐え忍ぶだけ。

しかし、誰しもがそうなのである。しかし、誰しもがそれを強いられているのである。
さらに不幸になり、さらにひとりぼっちになり、さらにどこにも行けなくなるのである。
この、どこにでも行けるネットの中に閉じ込められた私たちは、どこにも辿りつけないまま死ぬのである。

ネットという強大でグローバルな自己欺瞞装置の投影する楽園の外にでなければならぬ。
さらさらと崩れていく砂の王国の住民であるところの私たちに残された道はひとつ。
それは、愛するということを今一度取り戻すということでしかない。

どこにも存在しない、見えない橋をわたらなければならない。
男と女の間にある断絶を超えなければならない。
それは奈落への転落を覚悟して死ぬということと等しく見えるかもしれない。
しかし足を踏み出さねばならない、たとえそれが、自らの死と同義だとしても。

なぜなら、それ以外にこの恐るべき断絶を超える方法などもう許されていないからである。

2012-04-01

あなたたち男の貧しいセックス

男たちのセックスは貧しい。自分が射精して満足するだけのセックス。女を性の道具としてかみない精神。マスターベーションでいいのに女を買ってしまう愚かさ。女のことなど、何一つ見ていない。何一つ知らない。何一つわかろうとしない。女を騙して、処女を奪って、愛人にして、避妊具も付けずにセックスをして、子供ができたら堕胎させる。これが男である。これが男のセックスである。そんな分際で女に愛の説教をするのである。

街を見よ。電話ボックスに貼りつけられた極彩色のピンサロとテレクラのチラシ。これが男の作った世界である。きらびやかな高層ビルの背後にある、ドブネズミが住む歓楽街の姿を見よ。そこに立つ年老いた売春婦たちの横顔を無視して作られた都会。これが社会である。

ネットを見よ。股を開いた女の性器、乳房を誇らしげにさらした写真、精液まみれの全裸写真。あらゆるところに遍在する<セックス>の物語。一日に何億通も送信されるスパムメール。もはや出会い系以外の形容詞が見当たらぬSNS群。セックスがしたいだけの男たちが、自分の欲望をひそかに隠したまま創り上げたネットこそ、男たちのいびつな夢の結晶であり、ユートピアである。

スーツを着てもったいぶった連中の横顔に浮かぶ薄ら笑いを見よ。彼らは家で何をしているか。妻を抱かないで、留守に愛人を連れ込んでセックスしている。妻を抱くときは、別の女の性器のことを考えている。財布の中には愛人の写真とコンドームが収められ、メールボックスには相手からのメールがこっそり隠されている。まったく立派である。まったくご立派である。立派でないのは、動物と変わらぬ性器としてしか生きられぬ男である。

「表現の自由」によって守られる、暴行と、強姦と、買春と、性虐待の物語群を見よ。子供でも買える漫画が、コンビニで、本屋で、同人誌即売会で、携帯の電子書籍で、いつ、いかなる場所でも購入できる、この恐ろしさを見よ。誰もそれをおかしいと思っていない。しかし、おかしいのは、表現が許容されることではない。おかしいのは、男たちが自分のほんとうの顔を忘れたことである。自分が動物であるということを、忘れてしまったことである。

Twitterで、G+で、Facebookで繰り広げられる薄ら寒い綺麗事の数々を見よ。何が原発か。何がマーケティングか。何が表現の自由か。男たちが望んでいるのはセックスだけである。さもしいシステム屋がけして口にしないこと、それがセックスである。Googleが覆い隠しているもの、それがセックスである。

なぜそうか。怖いからである。恐ろしいからである。女のことがわからないから怖いのである。女が怖いからフィクションに逃避するのである。女が怖いから同人誌を買うのである。女が怖いから原発と戦うのである。女が怖いから権力と戦うふりをするのである。女が怖くて怖くてたまらないから、いつまでもひとりぼっちで自慰をし、放出した精液の虚しさを噛み締めて、今日もネットで会ったことのない女の悪口を書き連ねる人生しかないのである。

男は、セックスがしたいのである。いつでも、誰とでも、どんな場所でも、朝も、正午も、夜も、休憩時間も、深夜も、恋人と、娘と、妹と、姉と、母と、叔母と、従妹と、ヤクルト販売員と、レジ打ちの販売員と、銀行受付のスーツ女と、学校で、病院で、職場で、ラブホテルで、公園で、車の中で、妻がいない家の中で、ありとあらゆる時、相手、状況で、セックスがしたいのである。なぜそれを隠すか。なぜそれをなかったことにするか。すべての桎梏は、それがオリジンでありルーツである。

男はどうしたら人間になれるのか。街には身勝手なセックスであふれている。女を強姦し、女をよがらせ、それを女が受け入れると考える、無知で恥知らずな男たちの抱く妄想が、そうした幻想を女に押し付け、女たちはそんな男たちを軽蔑しきっている。ほんとうの女は、理解不能な何かである。理解できぬものをけして恐れるな。傷つき、血を流すことを恐れるな。女を見よ、そして忘れるな。

この、どうしようもなくくだらぬ、偽善だらけの世界。
女こそが、女だけが、男を動物から人間にしてくれる何かである。

2012-03-31

ストームブリンガー

PCの前に貼りついて、女の過去の性交渉を聞き出していた。誰と寝たか。どう寝たか。達したか。気持ちよかったか。箱のような形をしたディスプレイに、女が、閉じ込められている気がした。いや、違った。閉じ込められているのは、自分だった。四角く切り取られた、白く発光する窓。そのあちら側に、女の過去があるように感じられた。しかしそれは経験によって形作られた物語だった。ほんとうのことはどこにもなく、そこにあるのは、事後的に見出された、後付の理由であり、都合のよい物語でしかなかった。

気持ち、はつねに移り変わる。私たちはそれを書き出し、発話することで、あたかもそれが存在するかのように思い込む。しかしそれはかなわなかった。窓のあちら側で、強い風が吹いていた。窓枠が揺れ、地平線のほうに、風に引き裂かれる雲が見えた。隙間に、精液のような色をした、濁った空がのぞいていた。セックスがなければ、私たちはもっと幸せだろうか。相手を信じれば、いつかまた必ず裏切られるのだった。身体のつながりによって、それを超えることはできなかった。こころのつながりによって、それを超えることもできなかった。

窓から薄汚い街を眺める。狭い街に、貧しいひとびとが住んでおり、貧しい自分が住んでいた。毎日のようにいがみあい、罵り合い、お互いに憎しみ合って、自分の小さな領土を守るためにせせこましく生きていた。私たちは、ひとりぼっちだった。いくらつながっていても、ひとりぼっちだった。電話が、ネットが、SNSが、Twitterが、G+が、ありとあらゆる技術革新が、私たちの距離を縮めそしてまた遠ざけていた。ビデオチャットで相手の性器を見たところで女はわからなかった。携帯で性行為を撮影して再生しても何も取り戻せなかった。

電話が鳴る。偽物の家族は、どこまでいっても偽物だった。ネットは偽りの感情であふれていた。こころが動かされるものはどこにもなかった。そこにあるのは、ただの道具だった。ひとを罵倒してストレスを発散し、ひとの悪口と罵倒をまとめて笑いものにし、それによって何がしかの利益を得るシステム屋たちが、「誰とでもつながれるネットによる新しい時代」と汚い口で喧伝していた。まったくお話にならなかった。偽りの感情を延々と繰り返すことだけが容易になっていた。損ねられ、失われ、毀損されたものは、おそらく信じるということそのものだった。

ディスプレイに閉じ込められた私たちは全世界に遍在していた。そしてどこにも居場所などないのだった。なぜならすでにディスプレイは世界そのものだった。自由が、セックスが、欲望が、かけがえのない気持ちが、ネットのあらゆる場所で、商品になっていた。ひとの恋愛談は、どこにいても聞くことができた。ひとの不倫の話を、どこにいても聞くことができた。ひとのセックスの話を、どこにいても聞くことができた。そしてそのすべてが嘘だらけで、虚しかった。なぜならほんとうのことは語ることができないのに、誰もそう思わないからだった。

そして嵐はついに来ない。無限に開かれた、この閉じられた箱の外に出よ、それが、けしてなしえないとしても。

2012-02-13

浄土

いかなる自力のはからいも捨てよ、とその男は言った。

平日夜、ホテルの人工温泉。私は、湯船の縁に腰を下ろしている。扉が開いて、二人の中年男が入ってくる。私は、ぼんやりとそれを見ている。兄弟だろうか、顔が似ている。がらんとした浴場には、私と兄弟しかいない。時間はすでに午前零時を過ぎている。

女のこと、子供のこと、金のこと、本のことが頭をよぎる。様々なことが、湯の中に溶けて消えていく。ふと見ると、そこに立つ兄弟は奇妙なことをやり始めている。兄が弟の尻に片手を突っ込み、洗い始めたのだ。肛門から性器に何度も指を滑らせ、そして湯で洗い流す。

洗われている弟は、立ち尽くしたまま虚空を見つめている。弟の表情には、見覚えがあった。子供を連れていった病院で、よく見かけたものだった。知的障害者なのだ。ひとがほとんどいない時間帯に、その兄弟がやってきた理由がよくわかった。

三度目のデートの時だったか、やがて妻になる女が、弟が障害児なの、と私に言った。私は曖昧に頷いた。私の親族には外道や悪党はいたが、障害をもった人間はいなかった。そして障害者に対する私のイメージは乏しかった。

小学校の頃、同級生だった障害児が、いじめられ排除されていた。田舎で、全裸で奇声を上げながら町を走り回る男がいた。そういう曖昧なイメージしかなかった。女と私の間には、テーブルがあった。アイスコーヒーが並んでいた。言葉を探した。しかし見つからなかった。この光景を、なぜかいまでも覚えている。

兄は弟の身体をまさぐっている。弟の陰部は、やせ細った身体に不釣り合いなほど巨大だった。兄が無表情に全身を洗ってやる間、その睾丸がずっと揺れていた。精力が強いのかもしれない、と思う。自慰はどうしているのだろう、と思う。

一生、結婚なんて出来ないんだろ、と私は妻に言っている。弟が、私を見た。両手をだらりと倒し、私をじっと見る。男の口が、少し開いて、とうさん、という声が聞こえたような気がする。兄は、弟の背中を流し始める。湯の温度が、少し下がったような気がする。

ことばも覚えられないんだ、と私は言った。まともな仕事だってできやしない、と私は言った。胸が苦しい。怒りで身体が焼けるように熱い。妻が泣いている。その脇で、子供はクレヨンで絵を床に描いている。湯船に、蛍光灯の静かな光が反射している。私は男を見る。

役立たずの巨大な性器が、その股間にぶらさがっている。何度も何度もセックスをし、何度も何度も女を買い、何度も何度も愛人を替えた、そして不能になった性器のことを思う。兄は、弟の身体を洗い終わると、湯船へと弟を促した。私は湯船の縁で、身体を凍り付かせている。動悸が、ふいに激しくなった。

弟が、湯船の中で性器をいじり始めた。兄は、背を向けていてそれに気がつかない。弟は、小さく口を開いている。あ、の形に開かれた口と二つの眼が、私を射貫いている。性器はみるみるうちに膨張し、湯の中で凶悪でいびつな形をとった。それを、弟が両手でしごき始める。

わかっているのだ。それが悪いことだと。わかっているのだ。それがいけないことだと。弟の顔には、笑みすら浮かんでいる。むき出された歯が、黄色く染まっている。自力とは何か。それは愛することだ。愛することを捨てねば、この世は生きることすらままならぬ。兄は、疲れた顔で眼を閉じている。

やめてよ、やめてよ、と妻がいっている。私は、振り上げた手を見ている。私は、割れたガラスを見つめている。弟の手の動きが、さらに激しくなる。兄が、ゆっくりと弟を振り返る。すみません、ごめんなさい、この子のせいじゃないんです、この子は、仕方なく、やってしまうんです、こうしてしまうんです。やめろ、やめてくれ。

兄は、私に頭を下げると、弟を連れて外へと出て行った。放出されたらしき精液は、湯に溶けてすぐに見えなくなった。静かだった。喉が、凍り付いていた。声を無理矢理絞り出すと、自分の声とは思えなかった。浴場に声が反響する。それはまるで、死にゆく獣の声のようだった。捨てよ、と声が言った。それ以外のことばは、見つからなかった。

2012-02-07

女はうつくしく女はいとおしく女は嘘でできている

私がそのことを考え始めたのは、小さなテレクラボックスの中だった。
狭く、臭く、窓のない部屋、そこに置かれた、脂ぎった小型の専用電話。

ベニヤ板でつくれた机の上に置かれた、フケと埃だらけのキーボード。

唾液とも精液ともつかぬ飛沫にまみれた、PCのディスプレイ。

利用料金一時間数千円のテレフォンクラブ。

テレクラとは、そのような閉ざされた部屋に、カネを払ってこもる遊びである。


テレクラは、何かに似ていた、たとえば私たちの目の前にある、Microsoft社謹製のWindows PCである。
未払いの請求書が、家庭裁判所からの内容証明が、別れた妻から自分をなじる手紙が散乱する部屋に住まう私たち。
現実とは、大なり小なり、そのようななまなましいうっとうしさをもって、私たちを取り囲んでいる。
PCのディスプレイの向こうには、何か、自由があるような気がする。
この「窓」のあちら側に、自分たちが求めてやまない何かがあるような気がする。
そう思ってしまう、自分たちはどこにも行けないのに、そう考えることを強いられてしまう。

どこにでも行ける、と思う、部屋の扉を開けさえすれば、外がそこにある、と思っている。

だがはたしてそれは本当だろうか。

テレクラは端的に言えば買春斡旋ツールであり、それはいまもかわっていない。
電話をかけてくる女は、小遣いが欲しいガキと、性欲をもてあました人妻、仕事にあぶれた売春婦たちである。
女らを駆動するのは資本主義であり、ブランド品であり、時間つぶしであり、孤独を癒すための何かである。
テレクラの受話器の前には、さもしくさみしい男たちが座って、アダルトビデオで自慰をしながら、電話をひたすら待っている。
自慰の対象は、実際の名前も、生活も、考えていることも、何一つわからない匿名の女たちである。
マリ、ヨーコ、ユリ、チハル……どれもが嘘の名前であり、ほんとうのことなどなにひとつない。
いやしかしだからこそ男たちはそれに欲情する。
なぜなら男たちが求めているものは<女>などではないからである。

Twitterで、G+で、ありとあらゆるSNSで、匿名の貌を被った<女>たちがこころの裸体をさらしている。
男たちを挑発し、男たちをからかい、男たちをもてあそんでいる。
それに群がるハエのような男たちの姿はあさましくさもしく、女たちはそんな男を軽蔑しきっている。
男と女の距離はいまだかつてないほどに広がり、それぞれが小さな部屋にこもって自慰をするだけの人生を送っている。
窓のない部屋、PCだけが置かれた小さく狭い閉鎖空間。
私たちが自らを閉じこめたところの部屋の窓には、うつくしい光景が常に映し出されている。
そこにはいやしが、やさしさが、いつくしみが、ゆるしが、私たちが望んだなにもかもがあるような気さえする。

つらく、くるしく、せつない現実において、不能性をイヤというほど味わった私たち。
いくらセックスを繰り返しても、誰とつきあっても、どんな快楽を追求しても、どこまでも癒やしようがない傷をかかえた私たち。
誰しもがそうなのであり、誰しもがそれを強いられている現代において、紛い物の人工甘味料で乾きを癒すことは喫緊の課題だった。
それに応えるために、全世界のIT屋はサービスを展開し、その中で「クリエィテビティ」なるものを競っている。
それはすでに仮面であることをやめ、肉と一体化した<貌>のようなものである。
誰しもが仮面を被っている世界において、それを剥がすことは愚かな行為であるばかりか自殺行為である。

だがしかし、私たちはこれを続けられるのだろうか。いつまで続けられるのだろうか。

なぜなら、女はうつくしい、女はいとおしい。
たとえ、女が、男性器のない自分自身の投影にすぎないとしても、やはりそれでも女ほど必要なものなどこの世にあるはずもない。
女の身体は嘘と虚飾とごまかしでできている、そんなことはわかりきったことである。
女のこころは嫉妬と強欲と愛欲でできている、そんなことはわかりきったことである。
だがそれでも女が好きなのである。

嘘をつかれても、騙されても、踏みにじられても、浮気されても、傷つけられても、それでも、女がいちばんいいのである。

2012-01-21

我慢する日本人

みんなが我慢している。
みんなが耐えている。
声を上げられない、上げたくても黙っている。


日本人は礼儀正しいよね、とアメリカ人がよく言う。
日本人は列にきちんと並ぶね、と中国人がよく言う。
日本人は怒らないよね、と韓国人がよく言う。

どういうことだろうか。
どのような意味だろうか。

先の震災の時、誰もパニックを起こさなかった。
これを賞賛する声があった。

これは美徳だろうか。
これは誇るべきことだろうか。

思い出そう、思い起こしてみよう。

どこかにいる第三者の目が怖くてたまらないのである。
だから自己保身のためだけに列にならぶのである。
自分の身が可愛いから礼節を学ぶのである。


「民度が高い証拠だ」とそのへんの学者が言っている。
「マナーをよく守る国民だ」とそのへんの作家が言っている。
「勤勉でよく仕事をする」とそのへんのスーツが言っている。

これは事実だろうか。
これは正しいだろうか。

なぜ黙って働くのか。
なぜ黙って生きるのか。
なぜ自分の上に石を置かなければ、生きていくことができないのか。

怖くてたまらないからである。
ひとと違うことをするのが恐ろしいのである。
目立ってしまうと排除されるからである。

たかだか千年たらずの歴史しかないのに思い上がった結果がこれである。
たかだか数十年先進国の貌をして威張りちらしていた結果がこれである。
たかだか生きることしかできないのにひたすら屈従を強いた結果がこれである。

堪えがたきを堪えることは欺瞞である。
忍びがたきを忍ぶことは自己満足である。

戦争が、震災が、不幸があるとき、すまし顔で列に並んでどうする。
私たちを縛り上げているものの恐ろしさをみよ。

美徳がどこにあるか、あるはずもなくここにあるのは奴隷のこころだ。
礼節がどこにあるか、あるはずもなくここにあるのは妥協のこころだ。

いつまでも我慢をして、いつまでも我慢をする。
どうしようもなく、どうしようもない。

そして声をあげている連中のにやけ面をみるがいい。
そして声をあげている連中の懐の膨らみ具合をみるがいい。

自分のためだけに生きることの気楽さと醜さをみるがいい。
自分たちだけは我慢しなくていいと思う連中の傲慢さをみるがいい。

むしろ何もしないほうがましではないか。
むしろ何も言わないほうがましではないか。

そう思うひとびとすなわち私たちが我慢してきたのである。
そう思うひとびとすなわち私たちが堪え忍んできたのである。

我慢を美徳とすりかえて生きてきた歴史に縛られているからである。
嘘と欺瞞と保身のことしか考えられなくなっているからである。

日本人は人間なのか、こう問うことがむしろ誠実なのではないか。
日本人は人間なのか、こう聞くことがむしろ適切なのではないか。


どうすればよいのか。
どうすれば日本人は人間になれるのか。

強いられた美徳を踏みにじり、礼節という首輪を捨てればよいのか。
奴隷であることを認めればよいのか、奴隷として生きるべきなのか。

そこには近づけば近づくほど無限に遠ざかる明日のような答があるのみである。

2012-01-09

やがて大人になるお前たち

本日は成人の日らしく、朝日新聞社説(ウェブ版)を読んで微笑みながら過ごした。

社説は、尾崎豊という歌手の「社会への反発」の姿勢をうつくしいもの、若者の共感を呼んだスターであると褒め称え、しかる後に「でもね」と説教するといういつものパターンだ。

それはいつも通りの、インポテンツになった老人たちが、若者へ説教する際のテンプレートであり、とりたてて驚くことではない。

そもそも新聞の論説に何か期待するほうが間違っているのであり、何一つ有意味なことを人生に見いださなかった連中が、安楽椅子にふんぞりかえって、今日もまたくだらない記事を書き散らしている、と思えば良いだけの話である。

懇親会で、パーティで、名刺交換会で、異業種交流会で、ありとあらゆる場で、このような微笑ましい醜悪さを目にすることができる。

それはむしろ笑うところである。

しかし、世の中のひとびとは違うようだ。

思ったよりも多くのひとびとが、この記事について怒っていることを目にした。私はむしろそれを腹立たしく思った。
論説委員さんが心配しなくても、今年の新成人が日本の言論を担う頃には、紙の新聞も記者クラブも再販制度もクロスオーナーシップも原発擁護メディアもなくなってるだろうから、おせっかいなこと言わないで、朝日新聞は自分のところを心配したほうがいい。via Tumblr
どういうことだろうか。何を心配しているのだろうか。何をおせっかいしているのだろうか。
噴飯モノ。毎年恒例の成人の日の社説。「社会への反発、不信、抵抗」を駄々っ子のように言いふらし、「恵まれていないわけじゃないのに、ここではない、どこか」を賛美し、あげくは母校の窓ガラスを割るような行為を煽ったのは、「尾崎豊」ではなく、朝日新聞さん。via G+
何を怒っているのだろうか。何に腹を立てているのだろうか。まったくわからない。わからないことだらけだ。頭痛がひどくなる。

怒るべきはそこではない。引き裂くべきはそこではない。叩きつぶしたいのはそこではない。

成人の日に、きれいごとを書き、説教をする。何が悪いのか。成人の日に、カネがたんまり入った財布をもって銀座に飲みにいき、酔いが残った頭で原稿を書く。何が悪いのか。愛人へメールして、妻には今日も遅いよ愛してるとメールを書いて、また愛人にメールして、娘からのメールにパパ遅くなるよご飯はママと食べてねと返事をして、また愛人にメールして、ラブホテルを選んで、セブンイレブンのATMでカネを下ろして、鼻歌を歌いながらタクシーに乗って、何が悪いのか。

何が悪いのか。

そもそもくだらない連中、つまり私たちが、きれいごとを書いて何が悪いのか。

公器に何を期待するのか。そもそも新聞は公器なのか。あんなものが公器なのか。そもそも読むに値しないものに何を期待しているのか。学校に、政府に、市役所に、警察に、組織である以上、しがらみと、権益と、対面と、世間体と、カネと、権力欲にどろどろに縛られ、何一つ人間的なことができなくなっている連中に、つまり私たちに、何を期待するのか。

きれいごとでいいのである。きれいごとしかないのである。ちっぽけでくだらないからしょうもない新聞が必要なのである。しみったれていて狭苦しい現実しかないから新聞が読みたいのである。横っ面をはたかれているのに頭を下げている負け犬の人生だから新聞をとるのである。マスメディアと戦わなければならないのである。古いものと戦わなければならないのである。若者の味方をしなければならないのである。

いくらでも説教をすればよい。いくらでも上から目線で叩けばよい。いくらでも誰かのせいにすればよい。何をしたところで自らの現実のまずしさを糊塗することなどできぬ。そればかりかむしろどんどん露呈するだけである。薄ら寒くなるだけである。鏡に映る自分の姿に気がつかぬだけである。やがて大人になるお前たち、すでに大人になってしまったお前たち、そして大人になるすべすら失ったお前たちへ告ぐ、私が。

2012-01-07

ラブレター(3)

プールに淀んだ水が溜まっている。島のあちこちにあった旧イギリス植民地の大邸宅には、庭に必ずといっていいほど個人用のプールが備え付けられていた。かつてそこでは日夜パーティが開かれたことが、荒れ果てた芝生にうち捨てられたテーブルが示している。冬のプールは、滅びさった植民地を思わせる。フェンスの前に立って、寒さに凍えながら濁った水面を眺める。そこに午後の太陽の光がきらきらと反射している。

子供らが夜の駅前に集まって煙草を吸っている。太ももを剥き出しにした少女は草食獣のような顔をしている。金髪の少年は犬のような顔をして笑っている。その中に知った顔を探してみる。脇を通り過ぎながら、携帯を開いた。女の姿はSNSに無く、メールは一通も届いていない。煙草はいつものように切れている。どこにいても獣だらけだった。そして下半身は常に抑圧されている。いつもの売春婦はどこにも見つからない。

女はプールサイドで私を待っていた。広大な敷地内には複数のマンションが建ち並び、その中央には居住者専用のプールがあった。女は座って生ぬるい水に両足を浸し、静かに揺れる水面を眺めている。私はその後ろ、タイルの上に立ちつくし、女の背中を見つめている。ことばを探した。プールにはほかに誰もいない。プールを囲むマンションの窓が、私たちを見下ろしている。頭上には四角く切り取られた空がある。閉じこめられている、と思う。

箱に閉じこめられているものは、壁を殴ることによって自分が閉じこめられたことを知る。空を見上げると、そこには速度を上げて流れる雲があった。駅前商店街で、女へ送るプレゼントを探した。何を贈るべきか、と私は店の老婆に相談してみる。なんでもいいんですよ、と老婆が答える。何を贈っても、どうせ渡すことなどできないのですから。プールの水が撥ねる。空の底で、女を探す。壁はどこにもないのに、どこにも行けない。子供たちが、私を見てわらっている。ユーアーモンスター、トゥルー、モンスター。

2012-01-06

ラブレター(2)

外資系企業に勤める私の仕事は、朝から晩までアジア人を罵倒することで、より具体的に言うと海外提携先のシステム担当者に障害のレポートを書かせたり、復旧作業の指示をしたり、障害の影響範囲を調査させるなどといった仕事だった。開発とは名ばかりの、単なる障害対応である。たいていの場合はのらりくらり生きているアジア人どもに業を煮やし、「なんでこいつらは仕事しねえんだよ」と日々罵ることが日課となっていた。繊細な神経をもったニホンジンとしてアジア人と子供時代を過ごした私は、まさにそういう仕事が適役と見なされていたのだった。

マニラの道路はあちこちに亀裂が入り、水たまりには犬の死体が転がっていた。支店長は上機嫌だ。五年間止まっていたプロジェクトがうまくいったのは、あんたのおかげやわ、と、どこかしら偽物くさい関西弁で私の肩を叩いた。そして連れられていったのは女が裸で踊っているバーである。客はほとんどが白人だ。ドルを持っているところを見るとアメリカ人だろう。支店長は私を連れて、店の奥へと私を案内する。ステージでは、足を開いた女の下で、男が跪いてそれを見上げている。カーテンのあちら側には小さな部屋があり、店の主人らしい老婆が座っている。部屋の奥には、別の女たちがずらりと並んでいる。服はまだ脱いでいない。妻に似た女を選んだ。

歳はひょっとしたらまだ十代だろうか。家にいる娘の顔が頭をよぎる。血の繋がっていない女たちと暮らしているんだよね、と言うと、女は、ふふふ、手を出しちゃだめよ、と答えながら、服を脱ぎはじめる。ホテルの窓の向こうに、泥と廃棄ガスにまみれた森が見える。自分が何をしているのかわからなくなってきて、ベッドに腰を下ろす。娘からメールが届いている。お前のことを、たぶん誰もわかってやれない、でも俺はわかる、それでいいか、と返事を書く。送信ボタンを押す。女がチャックを下ろし始める。肩胛骨のあたりに小さな花の入れ墨がある。それが上下に動くのを見ながら天井を見上げる。扇風機がゆっくりと廻っている。熱帯の匂いがする。ま、一晩、たのしんでくださいよ、うちもちですから、サービスですから。いい加減な関西弁だ、と思う。プロジェクト予算は三千万、カットオーバーは来年四月。

妻に駅前でケーキを買った。ついでに花も買った。家に帰ると玄関の扉が開いている。靴が無くなっていた。床には埃が積もっている。しばらく誰もこの家に足を運ばなかったかのようだ。マニラには一週間滞在した。あちこちのサーバールームを見て廻った。寸法を測った。ケーブルの長さを確認した。担当者と飯を食った。このフィリピンコロスケが、と私は言った。どういう意味だよこのジャップが、と口げんかになった。アメリカ人をぶっ殺そう、と意気投合した。妻の姿はない。子供の姿もない。来年入学式だった。小学校一年生だった。どこに行ってしまったのだろうか。キッチンテーブルが無くなっている。私は床に座りこんだ。ケーキの箱を床に置いて、それを開く。ハッピーバースデー、誕生日おめでとう、とつぶやいて蝋燭に火をつけようとする。しかしライターがなかった。禁煙をしているのだ。三年前から禁煙をしているのだ。どこに行ったのか。私はどこにいるのか。幸せな夫婦の姿があった。カネは全部妻に渡していた。お父さん、と子供が言った。床に何かが死んでいる。猫だった。猫が死んでいた。こんにちは、はじめまして。マイ・ネーム・イズ。

2012-01-05

ラブレター(1)

なぜこの子は何年たっても、ことばひとつ覚えられないのか、きみの教育がなってないせいじゃないか。ぼくは仕事で手一杯だし、疲れてるんだ。ぜんぶ、子育てはきみに任せている。
ああ、なんなんだろうねえ、なんで好きになっちゃったんだろうねえ。
男と女ってよくわかんねえよなあ。
そもそもさあ、きみ、なんで俺が好きなの?

どうみても挫折者、どうみても敗北者だろ。
社会の底辺、ドブの底に沈んだ腐った野菜だろ。
たまたま水面に星が映っているからって、腐ってることには何ら変わりがないんだよ。


もの書きに幻想抱きすぎじゃないのかとおもうわけ。
作家なんて、だいたいろくでもないこくつぶしばっかじゃないか。
口ばっかり達者で何もしない連中ばっかりだろ。
親の資産や遺産で食ってる怠け者ばっかりじゃん、それは知ってるだろ。

まあ、それでもってんなら、言うけどさ。

だいたい子供が知的障害者とか、再婚相手として最悪じゃないの。
どうすんの、また息子がそうなったら。
どうすんの、また娘がそうなったら。
もう、この子は五歳だ。どうして、この子はダメなんだ。どうして、この子は普通じゃないんだ。きみならわかるだろう、母親なんだから。どうしてこの子はこうなった?
たいへんなんだよ、神様とかいたら全身やつざきにしてやりたくなるよ。
子供をぶっころして自分も死ぬとか言いたくなるんだよ。
実際にやりたくなるよ、そういうもんなんだよ。

まあ、それでもってんなら、さらに言うけどさ。

だいたいきみ、俺がどういう人間かよく知らないんじゃないの。
弱いものに暴力を振るえるやつなんだよ、男ってのはそうなんだよ。
カネがあって権力があったら暴力を振るうことが楽しくなるんだよ。

「自分は女性に暴力をふるわない」なんてスカしたこと言ってる男のにやけ面を見ろよ。
笑いを噛み殺したスーツ野郎どもの顔を見ろよ、影で女を殴るのが好きなんだよ。
強姦しながらげらげら笑えるんだよ、男ってのはそういう生き物なんだよ。
俺だってそういう生き物なんだよ。

前科だってあるし、サツにだって呼び出しされてるんだよ。
カミさんと子供には手をあげなかったけど、暴力ってのは何も殴るだけじゃないんだよ。
態度で、ことばで、生活で、ありとあらゆるところで暴力をふるえるもんなんだよ。

反省しているように見えたって、そんなもんポーズに過ぎないんだよ。
同じことをやってるんだよ、これからも同じことしかできないんだよ。
ぼくは、家に帰ってきて、夜はこの子と喋って、遊んだりしたかったんだ。一緒に勉強したりしたかったんだ。どうして、どうしてなんだ、きみが悪いんだ、お前が悪いんだ!

2012-01-04

情景(3)

ああ、みっともない、見てらんないよな。
専門家のセンセイ方のことだよ。
ネットで煽られてみっともない醜態をさらしている連中のことだよ。
なんであんなにみっともないのかね。

別に特定の誰かのことを言ってるんじゃないんだよ。
AセンセイとかBセンセイとかCセンセイのことを言ってるんじゃないよ。

女房と子供に軽蔑されながら教壇で希望を説いているセンセイの話じゃないんだよ。
教え子とセックスして免職になりかけて土下座したセンセイの話じゃないんだよ。
飲み会で編集者の胸もんで訴えられかけたセンセイの話じゃないんだよ。


あちこちで散見される分断と断絶の話をしてるんだよ。
いったいどうなっちゃってるのかね。

あの気持ちのわるい理系とか文系とかいう決まり文句はなんなのかね。
お互い糞を投げつけあってるだけじゃないか。

たたかってるフリは楽しいんだよ、ベッドでじゃれあってる男女と一緒だよ。

そういうのをいい年したおっさんやおばちゃんがやるのは醜悪でみっともないんだよ。
うちにかえれば良妻賢母のおばちゃんが携帯で必死に「氏ね」とかレスしてるんだよ。
会社の休み時間に自称やり手の会社員がこそこそスレに書き込んでるんだよ。
時間だけはある学生が親のカネで買ったiPadで「www」とか書いてるんだよ。

みっともないだろ?
単純な話じゃないか。

どうなっちゃったのかね、敬意はどこにいったんだろうね。
専門家ってのはそれしかやらねえ人間のことじゃねえか。

経済学者は経済だけ考えてたらいいんだよ。
評論家は文芸の話だけしてたらいいんだよ。
作家は書くことの話だけしてたらいいんだよ。
監督は映画だけ撮ってたらいいんだよ。

どんだけ無駄なんだ、どんだけの損失なんだよ。

専門家のお前らはネットで素人いじめて勝者気取りになってるんじゃねえよ。

あたりまえだろ、相手は中学生や高校生なんだぜ?

「きょうのご飯はオムライスじゃない」って親に言われてマジギレしてるような連中なんだぜ?
そんな連中をマジで相手してどうするの、何が変わるの。
それこそ時間の無駄じゃねえか、そう思わない?

素人連中なんてそもそも書くことも読むこともまじめにやったことがない連中なんだよ。
幸せな連中なんだよ、貧しい連中なんだよ、そしてそれでいいんだよ。

そんなことをまじめに考えないでどうすんの。
そいつらが集団でウヨウヨ群れたがるのは当然だっての、何もないんだから。

自信がなく、カネもなく、立場もなく、地位もなく、誰かの居候の分際で正義とか悪と語っちゃってんの、もう見てらんないじゃん、なんでそんな連中の相手すんの。

スルーしろって言ってるんじゃないんだよ、もっと矜持をもてっていってんの。

なにひとつ知らない、何もわからない、無責任きわまりない連中の罵声に、耳を傾ける必要なんてはじめからないっていってんの。なんでわかんないの?

インテリを気取るのは楽しいんだよ、ひとの揚げ足とるのも楽しいんだよ。

「あなたは間違っている」っていいたい年頃ってのがあるんだよ。

なにひとつ成し遂げていない、なにも手に入らない、だから前線に立っているように見える連中をバカにして、ひきこもって、いじいじと自分の醜さを相手に投影するんだよ。

そりゃ、こういう連中はくだらないよ、そりゃそうだよ。


だけどこういう連中っていまたくさんいるんだよ、どこにも行けないんだよ。どこにも帰れないんだよ。機会も与えられず、口が達者でカネをもった先行世代にいじめられて、自分は苦しい、何も出来ない、憎い、くるしい、俺を助けてくれ、って言ってるんだよ。そういうことをみてやらないでどうするの。

若いってのは年じゃないんだよ。年とったって若い連中ってのはいるんだよ。

未成熟ってのはそういうことだよ。そういう連中はかわいそうなんだよ。

ついでにいうとそれは日本だけの話じゃないと思うんだよ。先進国はみなそういう傾向があると思うんだよ。大人になれないまま大人にさせられちゃったんだよ。

差別がないから。障害がないから。カネがあったから。親が面倒みてくれたから。平和だから。戦争がないから。誰かを殺したことがないから。悪をなしたことがないから。不倫も浮気もしたことがないから。愛人を作ったことがないから。子供を堕ろさせたことがないから。誰かを殴ったことがないから。

痛みをしらないからだよ。

どうしようもねえんだよ、機会が奪われてるんだから。たたかいがないんだよ。だからみんなこうなんだよ。それはみんなそうなんだよ。どこか高いところからこういう連中をバカにしちゃいけないんだよ。同じなんだよ、同じ欠陥を抱えて、同じ社会で生きてるんだよ、この分断をなんとかしないといけないんだよ。

2012-01-03

情景(2)

なあ、なんでみんな黙ってるんだよ。
どうして伏せ字にするんだよ、どうして隠すんだよ。
この世にはセックスか孤独しかないのに、どうしてそれをなかったことにするんだよ。

ニュースサイトを見てたんだよ。

男同士が半裸で抱き合っている漫画の広告があちこちにあるんだよ。
「お前の顔、そそるね……」とか頬を染めながら言ってるんだよ。

いったいなんなんだよこれ、どこまでいびつなんだよ。


なんで男同士が尻を掘り合う漫画が流行るんだよ。
どこまで女を孤独にしたら気が済むんだよ。
お前ら男のことを言ってるんだよ。

しかもこれぜんぶ電子書籍じゃねえかよ。こっそり読んでるんだよ。
誰にも言えない趣味でひとりで愉しんでいるだけなんだよ。
いったいどうなってるんだよ。まるで女が男になったみたいじゃねえか。

あのまるで想像力のないアダルトビデオを見ろよ。突っ込んだら喜ぶと思っているバカなカメラまわしを見ろよ。ああいうので女を侮辱してきたんだよ。それが男のやってきたことなんだよ。女の全裸写真が街に、雑誌に、ネットにあふれていた時代を思い出せよ。男は孤独とかうそぶいていた頃を思い出せよ。いま同じことを女が強いられてるんだよ。

どうなってるんだよ、いったいどうしろっていうんだよ。

草食系とか言わせてて、お前らはずかしくないのかよ。

女もちょっと考えてくれよ、男ってのは狡猾な生き物なんだよ。
だいたい何が草食系だよ、そんなもんポーズに決まってるだろうが。
女たちが席を外してる間に、「草食系」の連中は下品な笑いを浮かべて手持ちのコンドーム交換してるんだよ。なんでそんなことすらわからないんだよ。

女が狡くて嘘吐きだってことはみんな知ってるんだよ。男ならそんなことはわかってるんだよ。それと同じぐらい男が汚い生き物だってこともわかってるんだよ。ホテルでピンサロでヘルスでテレクラでソープでありとあらゆる女にカネを貢いでセックスして何も得られない人生を味わって、それでも女に期待してるんだよ、さみしいんだよ。

男同士のセックスがいやだって言ってるんじゃねえんだよ。漫画がいやだっていってるんじゃねえんだよ。そんなことはやってみればわかるんだよ。読んでみればわかるんだよ。

毎日、山のようにスパムメールが人妻から届くんだよ。
あなたの精液が欲しいですとかどこまでクリエティブなんだよ。
もうげらげら笑いながら読んでるよ、それでむなしくなるんだよ。

不倫をやめろっていってるんじゃねえんだよ。そんなことは部外者のたわごとなんだよ。
スパムがいやなんじゃねえんだよ、そんなものは酒席のネタにでもすればいいんだよ。

なんでネットはセックスだらけなんだよ、そういうことを聞いてるんだよ。
なんでセックスがしたい男と女ばかりなのに、それができなくなったんだって聞いてるんだよ。どうなってるんだよ、なんで男と女はこんなばらばらなんだよ。

どこまでセックスなんだよ、99%セックスじゃねえかよ。
ほかにすることないのかよ。セックスの話しかないのかよ。


ないんだよ。ほんとはないんだよ。世の中セックスと孤独しかないんだよ。


それを隠して立派な議論したって、誰もお前らのことを信用しないんだよ。
誰も私のことに耳なんか傾けないんだよ。当たり前のことだろうが。

高級糸電話をいくら使って浮気相手探してSNSに入り浸ってカネの計算をしてホテル代込みで数万円ゴムなし挿入ありとか必死に交渉して汗水垂らしてそのカネ稼いだってむなしいだけなんだよ、そんなことしたって何も手に入らないんだよ、毎日電子書籍をこっそり買いあさってマイドキュメントフォルダに「tesuto」とか拡張子なしのファイルで保存して自分だけ開けるようにパスワードかけて、ひとりぼっちで毎晩毎晩自慰してたって、そんなものは、ばらばらの現実から逃避する手段以上のものにはならないんだよ。そういうことを言ってるんだよ。

もうダメなんだよ、黙っていてもダメなんだよ。

お前が欲しいっていうことからはじめないといけないんだよ、高級糸電話はぶちこわして、携帯はドブに捨てて、薄っぺらい夢と希望だらけのネットを踏みにじって、この汚らしい現実の中でセックスしないとダメなんだよ。したいことをしたいというほかもう道はないんだよ。

2012-01-02

情景(1)

ああ、いやだ、いやなものだ。
だれもかれもが原発の話ばかりをしていて、身の回りのことが忘れ去られている。

万引きする子供、子供を家に置いて不倫する女房、年老いた老父母の尿漏れ、勃起しない下半身、財布に入ったままになったラブホテルの領収書、そんな現実はどこへいったんだよ。

身近で、つらくて、悲惨で、もう一秒だって見ることが苦痛な、それでも、かけがえのない、自分たちの狭苦しい現実はどこへ消えたんだよ。

小さく、しみったれていて、みじめで、陰惨で、誰にも助けてもらえない、自分たちの、私たちの、この生活はどこへいったんだよ。

都合のよい相手とたたかえば、それは消えてなくなるのかよ。
なくなったように思えるだろうさ。

在日が、原子力保安院が、与党が、マスコミが、東電が、北朝鮮が、オールドメディア・カッコワライが、どこかの、誰かが、悪いことにしてしまえば、自分たちがいる、住まざるを得ない、この日常のどうしようもなさが、一瞬だけ癒やされてしまうのだろ。

ああ、いやだ、いやでたまらない。

どこまでも孤独なのに、いつまでも、ひとりぼっちなのに、戦うことに酔いしれる、同世代のひとびとがいやだ。若者たちの姿がいやだ。

そんなひとびとと知人であり友人であり仕事仲間であることがいやだ。

公の場で、かれらが口にする「希望」や「復興」、その口が臭すぎて耐えられない。
立派な方々が、笑顔で、スーツで、フェイスブックで、ネクタイで口にする「日本の復活」がいやだ。

もうやめてくれ、自己保身のためだけのきれいごとは。
もうやめてくれ、どうして目を背けるんだよ。

たんまりカネをもらっていいホテルで夜景を眺めながらいいセックスして、そしたら「希望」はさぞかし語りやすいだろうよ。

その間、子供は家でひとりで飯を食って学校ではいじめにあって、部屋に引きこもってPCに向かっているんだよ。ツイッターで「こいつ死ねwww」とか書き込んでるんだよ。ニコニコ動画で東方とアイマス見てゲラゲラ笑ってるんだよ。複数アカウント作って裏の顔と表の顔を使い分けてるんだよ。お前らの真似してるんだよ。表では日本がんばりましょうとか言ってるんだよ。なんでわからないんだよ。裏ではあーはやく処女捨ててーとか、一晩七万からでおk、とか書いてるんだよ。なんでわからないんだよ。

嘘だらけだからだよ。嘘ときれいごとと建前しかないからだよ。

大文字の「不幸」ばかりじゃねえんだよ。小さくてどうしようもない不幸だらけなんだよ。嘘ばかり建前ばかり言ってるからどんどんダメになるんだよ。

ああ、もう、いやでたまらない。
もうセックスぐらいしか娯楽はないのかよ。もうほんとうんざりだよ。

いいよもう、変わらないんなら、もう徹底的にたたかうしかないじゃないかよ。
どうすんだよ、こんな国。いつからこんなひどくなったんだよ。

同人誌とアニメと漫画しか誇るものがないHENTAI大国とか言われて恥ずかしくないのかよ。生きていけないよ。首吊りたくなるよ。ショックでインポテンツになっちゃうよ。

いまここに現実があるんだよ。カネの有無におびえて、子供に嫌われるからしつけを逃げて、女からのメールを無視して、元上司からのオファーを「いま親族の面倒みてるから」とか言い訳して断って、汚らしい部屋で、ああ、セックスしたい、とか言いながら、別に原発なんて俺たちの人生に何にも関係ないし、とかうそぶいて、まとめサイト見て、ひとの不幸をげらげら笑って、あー、こいつの人生終わってやがるよ、ざまあみろ、とか嘲笑して、ふと我に返って、ああ、俺って、なんて、つまらない、みじめで、孤独で、さみしい人生を送っているんだろう、ああ、なんで、俺、何にもなれていないんだろう、親に、親類に、恥をかかせて、子供に、何一つ親らしいことしないで、愛人に捨てられて、裏切られて、友人を失って、プライドも、誇りも、カネで買えるあらゆるものを失って、ひとりぼっちで汚らしい部屋に座っている、そういう現実があるはずなんだよ。原発とか震災とかなんの関係もないんだよ。

どうしてそんなことがわかんねーんだよ。見ることしかないんだよ。考えるしかないんだよ。醜いものをそのまま受け止めるしかねえんだよ。

ああ、いやだ、いやで、いやでたまらない。

2012-01-01

オライオン

痛いのが怖くて自殺ができないの、と女は言った。刃物を持つ手がぶるぶる震えている。窓の向こうに月があった。影が伸びていた。

あたらしい年のあたらしい日が昇っていた。まずしいと、こころが貧しくなる。それは事実だろうか。床の上に、生ゴミが散乱している。支払われない請求書が、床の上に封筒ごと散乱している。どこからか、泣き声が聞こえるような気がする。隣の部屋に住む年金暮らしの老夫婦が咳をする声が、かすかに響いてくる。太陽の光が、斜めに射し込んで、そこを埃が舞っている。あたたかさがあった。

弱者が、ひとにカネをたかる。家出娘を一月ほど匿っていた家族が、後になって請求してきた迷惑料は三十万円だった。支払うのはいい、と私は言った。しかし、領収書はもらう、そこには「食費など」と書いてくれ、と私は言った。あなたたちの親切にこころから感謝したいが、その感謝の気持ちをこめて「など」と追記してほしい、と私は言った。笑顔をつくるのは実に容易だった。彼らはカネで、ブランドもののバッグを買ったそうだ。

天井に、星形のシールが貼り付けられている。埃に汚れ、端が剥がれかけ、蜘蛛の糸にまみれている。蛍光塗料が表面にまぶされたシールは、灯りが付いている間、光を吸収し、電気を消すと光る仕組みらしかった。そのとき、気がついたこともあった。それは星座の形に貼り付けられている。いびつなオリオン座のように見えた。誰かが、いつか、ここに眠る誰かのために、夜空を想いながら、それを貼り付けたのだ。

ひとを殴るだけが暴力ではない。ことばで、態度で、姿勢で、生き方で、ひとは自分よりも弱いものを攻撃している。それは、顧みられない自らを癒やすための呪いであり、あるいは、ひとりぼっちの自分を見てもらうための叫びである。どこにもゆけず、どこにも帰れず、この場所で誰かを呪い続けるほか、生きることができない数多くのものたち。自死してすらひとりぼっちのあなたたちへ、私が、ここが、いまだ。