2012-01-21

我慢する日本人

みんなが我慢している。
みんなが耐えている。
声を上げられない、上げたくても黙っている。


日本人は礼儀正しいよね、とアメリカ人がよく言う。
日本人は列にきちんと並ぶね、と中国人がよく言う。
日本人は怒らないよね、と韓国人がよく言う。

どういうことだろうか。
どのような意味だろうか。

先の震災の時、誰もパニックを起こさなかった。
これを賞賛する声があった。

これは美徳だろうか。
これは誇るべきことだろうか。

思い出そう、思い起こしてみよう。

どこかにいる第三者の目が怖くてたまらないのである。
だから自己保身のためだけに列にならぶのである。
自分の身が可愛いから礼節を学ぶのである。


「民度が高い証拠だ」とそのへんの学者が言っている。
「マナーをよく守る国民だ」とそのへんの作家が言っている。
「勤勉でよく仕事をする」とそのへんのスーツが言っている。

これは事実だろうか。
これは正しいだろうか。

なぜ黙って働くのか。
なぜ黙って生きるのか。
なぜ自分の上に石を置かなければ、生きていくことができないのか。

怖くてたまらないからである。
ひとと違うことをするのが恐ろしいのである。
目立ってしまうと排除されるからである。

たかだか千年たらずの歴史しかないのに思い上がった結果がこれである。
たかだか数十年先進国の貌をして威張りちらしていた結果がこれである。
たかだか生きることしかできないのにひたすら屈従を強いた結果がこれである。

堪えがたきを堪えることは欺瞞である。
忍びがたきを忍ぶことは自己満足である。

戦争が、震災が、不幸があるとき、すまし顔で列に並んでどうする。
私たちを縛り上げているものの恐ろしさをみよ。

美徳がどこにあるか、あるはずもなくここにあるのは奴隷のこころだ。
礼節がどこにあるか、あるはずもなくここにあるのは妥協のこころだ。

いつまでも我慢をして、いつまでも我慢をする。
どうしようもなく、どうしようもない。

そして声をあげている連中のにやけ面をみるがいい。
そして声をあげている連中の懐の膨らみ具合をみるがいい。

自分のためだけに生きることの気楽さと醜さをみるがいい。
自分たちだけは我慢しなくていいと思う連中の傲慢さをみるがいい。

むしろ何もしないほうがましではないか。
むしろ何も言わないほうがましではないか。

そう思うひとびとすなわち私たちが我慢してきたのである。
そう思うひとびとすなわち私たちが堪え忍んできたのである。

我慢を美徳とすりかえて生きてきた歴史に縛られているからである。
嘘と欺瞞と保身のことしか考えられなくなっているからである。

日本人は人間なのか、こう問うことがむしろ誠実なのではないか。
日本人は人間なのか、こう聞くことがむしろ適切なのではないか。


どうすればよいのか。
どうすれば日本人は人間になれるのか。

強いられた美徳を踏みにじり、礼節という首輪を捨てればよいのか。
奴隷であることを認めればよいのか、奴隷として生きるべきなのか。

そこには近づけば近づくほど無限に遠ざかる明日のような答があるのみである。

2012-01-09

やがて大人になるお前たち

本日は成人の日らしく、朝日新聞社説(ウェブ版)を読んで微笑みながら過ごした。

社説は、尾崎豊という歌手の「社会への反発」の姿勢をうつくしいもの、若者の共感を呼んだスターであると褒め称え、しかる後に「でもね」と説教するといういつものパターンだ。

それはいつも通りの、インポテンツになった老人たちが、若者へ説教する際のテンプレートであり、とりたてて驚くことではない。

そもそも新聞の論説に何か期待するほうが間違っているのであり、何一つ有意味なことを人生に見いださなかった連中が、安楽椅子にふんぞりかえって、今日もまたくだらない記事を書き散らしている、と思えば良いだけの話である。

懇親会で、パーティで、名刺交換会で、異業種交流会で、ありとあらゆる場で、このような微笑ましい醜悪さを目にすることができる。

それはむしろ笑うところである。

しかし、世の中のひとびとは違うようだ。

思ったよりも多くのひとびとが、この記事について怒っていることを目にした。私はむしろそれを腹立たしく思った。
論説委員さんが心配しなくても、今年の新成人が日本の言論を担う頃には、紙の新聞も記者クラブも再販制度もクロスオーナーシップも原発擁護メディアもなくなってるだろうから、おせっかいなこと言わないで、朝日新聞は自分のところを心配したほうがいい。via Tumblr
どういうことだろうか。何を心配しているのだろうか。何をおせっかいしているのだろうか。
噴飯モノ。毎年恒例の成人の日の社説。「社会への反発、不信、抵抗」を駄々っ子のように言いふらし、「恵まれていないわけじゃないのに、ここではない、どこか」を賛美し、あげくは母校の窓ガラスを割るような行為を煽ったのは、「尾崎豊」ではなく、朝日新聞さん。via G+
何を怒っているのだろうか。何に腹を立てているのだろうか。まったくわからない。わからないことだらけだ。頭痛がひどくなる。

怒るべきはそこではない。引き裂くべきはそこではない。叩きつぶしたいのはそこではない。

成人の日に、きれいごとを書き、説教をする。何が悪いのか。成人の日に、カネがたんまり入った財布をもって銀座に飲みにいき、酔いが残った頭で原稿を書く。何が悪いのか。愛人へメールして、妻には今日も遅いよ愛してるとメールを書いて、また愛人にメールして、娘からのメールにパパ遅くなるよご飯はママと食べてねと返事をして、また愛人にメールして、ラブホテルを選んで、セブンイレブンのATMでカネを下ろして、鼻歌を歌いながらタクシーに乗って、何が悪いのか。

何が悪いのか。

そもそもくだらない連中、つまり私たちが、きれいごとを書いて何が悪いのか。

公器に何を期待するのか。そもそも新聞は公器なのか。あんなものが公器なのか。そもそも読むに値しないものに何を期待しているのか。学校に、政府に、市役所に、警察に、組織である以上、しがらみと、権益と、対面と、世間体と、カネと、権力欲にどろどろに縛られ、何一つ人間的なことができなくなっている連中に、つまり私たちに、何を期待するのか。

きれいごとでいいのである。きれいごとしかないのである。ちっぽけでくだらないからしょうもない新聞が必要なのである。しみったれていて狭苦しい現実しかないから新聞が読みたいのである。横っ面をはたかれているのに頭を下げている負け犬の人生だから新聞をとるのである。マスメディアと戦わなければならないのである。古いものと戦わなければならないのである。若者の味方をしなければならないのである。

いくらでも説教をすればよい。いくらでも上から目線で叩けばよい。いくらでも誰かのせいにすればよい。何をしたところで自らの現実のまずしさを糊塗することなどできぬ。そればかりかむしろどんどん露呈するだけである。薄ら寒くなるだけである。鏡に映る自分の姿に気がつかぬだけである。やがて大人になるお前たち、すでに大人になってしまったお前たち、そして大人になるすべすら失ったお前たちへ告ぐ、私が。

2012-01-07

ラブレター(3)

プールに淀んだ水が溜まっている。島のあちこちにあった旧イギリス植民地の大邸宅には、庭に必ずといっていいほど個人用のプールが備え付けられていた。かつてそこでは日夜パーティが開かれたことが、荒れ果てた芝生にうち捨てられたテーブルが示している。冬のプールは、滅びさった植民地を思わせる。フェンスの前に立って、寒さに凍えながら濁った水面を眺める。そこに午後の太陽の光がきらきらと反射している。

子供らが夜の駅前に集まって煙草を吸っている。太ももを剥き出しにした少女は草食獣のような顔をしている。金髪の少年は犬のような顔をして笑っている。その中に知った顔を探してみる。脇を通り過ぎながら、携帯を開いた。女の姿はSNSに無く、メールは一通も届いていない。煙草はいつものように切れている。どこにいても獣だらけだった。そして下半身は常に抑圧されている。いつもの売春婦はどこにも見つからない。

女はプールサイドで私を待っていた。広大な敷地内には複数のマンションが建ち並び、その中央には居住者専用のプールがあった。女は座って生ぬるい水に両足を浸し、静かに揺れる水面を眺めている。私はその後ろ、タイルの上に立ちつくし、女の背中を見つめている。ことばを探した。プールにはほかに誰もいない。プールを囲むマンションの窓が、私たちを見下ろしている。頭上には四角く切り取られた空がある。閉じこめられている、と思う。

箱に閉じこめられているものは、壁を殴ることによって自分が閉じこめられたことを知る。空を見上げると、そこには速度を上げて流れる雲があった。駅前商店街で、女へ送るプレゼントを探した。何を贈るべきか、と私は店の老婆に相談してみる。なんでもいいんですよ、と老婆が答える。何を贈っても、どうせ渡すことなどできないのですから。プールの水が撥ねる。空の底で、女を探す。壁はどこにもないのに、どこにも行けない。子供たちが、私を見てわらっている。ユーアーモンスター、トゥルー、モンスター。

2012-01-06

ラブレター(2)

外資系企業に勤める私の仕事は、朝から晩までアジア人を罵倒することで、より具体的に言うと海外提携先のシステム担当者に障害のレポートを書かせたり、復旧作業の指示をしたり、障害の影響範囲を調査させるなどといった仕事だった。開発とは名ばかりの、単なる障害対応である。たいていの場合はのらりくらり生きているアジア人どもに業を煮やし、「なんでこいつらは仕事しねえんだよ」と日々罵ることが日課となっていた。繊細な神経をもったニホンジンとしてアジア人と子供時代を過ごした私は、まさにそういう仕事が適役と見なされていたのだった。

マニラの道路はあちこちに亀裂が入り、水たまりには犬の死体が転がっていた。支店長は上機嫌だ。五年間止まっていたプロジェクトがうまくいったのは、あんたのおかげやわ、と、どこかしら偽物くさい関西弁で私の肩を叩いた。そして連れられていったのは女が裸で踊っているバーである。客はほとんどが白人だ。ドルを持っているところを見るとアメリカ人だろう。支店長は私を連れて、店の奥へと私を案内する。ステージでは、足を開いた女の下で、男が跪いてそれを見上げている。カーテンのあちら側には小さな部屋があり、店の主人らしい老婆が座っている。部屋の奥には、別の女たちがずらりと並んでいる。服はまだ脱いでいない。妻に似た女を選んだ。

歳はひょっとしたらまだ十代だろうか。家にいる娘の顔が頭をよぎる。血の繋がっていない女たちと暮らしているんだよね、と言うと、女は、ふふふ、手を出しちゃだめよ、と答えながら、服を脱ぎはじめる。ホテルの窓の向こうに、泥と廃棄ガスにまみれた森が見える。自分が何をしているのかわからなくなってきて、ベッドに腰を下ろす。娘からメールが届いている。お前のことを、たぶん誰もわかってやれない、でも俺はわかる、それでいいか、と返事を書く。送信ボタンを押す。女がチャックを下ろし始める。肩胛骨のあたりに小さな花の入れ墨がある。それが上下に動くのを見ながら天井を見上げる。扇風機がゆっくりと廻っている。熱帯の匂いがする。ま、一晩、たのしんでくださいよ、うちもちですから、サービスですから。いい加減な関西弁だ、と思う。プロジェクト予算は三千万、カットオーバーは来年四月。

妻に駅前でケーキを買った。ついでに花も買った。家に帰ると玄関の扉が開いている。靴が無くなっていた。床には埃が積もっている。しばらく誰もこの家に足を運ばなかったかのようだ。マニラには一週間滞在した。あちこちのサーバールームを見て廻った。寸法を測った。ケーブルの長さを確認した。担当者と飯を食った。このフィリピンコロスケが、と私は言った。どういう意味だよこのジャップが、と口げんかになった。アメリカ人をぶっ殺そう、と意気投合した。妻の姿はない。子供の姿もない。来年入学式だった。小学校一年生だった。どこに行ってしまったのだろうか。キッチンテーブルが無くなっている。私は床に座りこんだ。ケーキの箱を床に置いて、それを開く。ハッピーバースデー、誕生日おめでとう、とつぶやいて蝋燭に火をつけようとする。しかしライターがなかった。禁煙をしているのだ。三年前から禁煙をしているのだ。どこに行ったのか。私はどこにいるのか。幸せな夫婦の姿があった。カネは全部妻に渡していた。お父さん、と子供が言った。床に何かが死んでいる。猫だった。猫が死んでいた。こんにちは、はじめまして。マイ・ネーム・イズ。

2012-01-05

ラブレター(1)

なぜこの子は何年たっても、ことばひとつ覚えられないのか、きみの教育がなってないせいじゃないか。ぼくは仕事で手一杯だし、疲れてるんだ。ぜんぶ、子育てはきみに任せている。
ああ、なんなんだろうねえ、なんで好きになっちゃったんだろうねえ。
男と女ってよくわかんねえよなあ。
そもそもさあ、きみ、なんで俺が好きなの?

どうみても挫折者、どうみても敗北者だろ。
社会の底辺、ドブの底に沈んだ腐った野菜だろ。
たまたま水面に星が映っているからって、腐ってることには何ら変わりがないんだよ。


もの書きに幻想抱きすぎじゃないのかとおもうわけ。
作家なんて、だいたいろくでもないこくつぶしばっかじゃないか。
口ばっかり達者で何もしない連中ばっかりだろ。
親の資産や遺産で食ってる怠け者ばっかりじゃん、それは知ってるだろ。

まあ、それでもってんなら、言うけどさ。

だいたい子供が知的障害者とか、再婚相手として最悪じゃないの。
どうすんの、また息子がそうなったら。
どうすんの、また娘がそうなったら。
もう、この子は五歳だ。どうして、この子はダメなんだ。どうして、この子は普通じゃないんだ。きみならわかるだろう、母親なんだから。どうしてこの子はこうなった?
たいへんなんだよ、神様とかいたら全身やつざきにしてやりたくなるよ。
子供をぶっころして自分も死ぬとか言いたくなるんだよ。
実際にやりたくなるよ、そういうもんなんだよ。

まあ、それでもってんなら、さらに言うけどさ。

だいたいきみ、俺がどういう人間かよく知らないんじゃないの。
弱いものに暴力を振るえるやつなんだよ、男ってのはそうなんだよ。
カネがあって権力があったら暴力を振るうことが楽しくなるんだよ。

「自分は女性に暴力をふるわない」なんてスカしたこと言ってる男のにやけ面を見ろよ。
笑いを噛み殺したスーツ野郎どもの顔を見ろよ、影で女を殴るのが好きなんだよ。
強姦しながらげらげら笑えるんだよ、男ってのはそういう生き物なんだよ。
俺だってそういう生き物なんだよ。

前科だってあるし、サツにだって呼び出しされてるんだよ。
カミさんと子供には手をあげなかったけど、暴力ってのは何も殴るだけじゃないんだよ。
態度で、ことばで、生活で、ありとあらゆるところで暴力をふるえるもんなんだよ。

反省しているように見えたって、そんなもんポーズに過ぎないんだよ。
同じことをやってるんだよ、これからも同じことしかできないんだよ。
ぼくは、家に帰ってきて、夜はこの子と喋って、遊んだりしたかったんだ。一緒に勉強したりしたかったんだ。どうして、どうしてなんだ、きみが悪いんだ、お前が悪いんだ!

2012-01-04

情景(3)

ああ、みっともない、見てらんないよな。
専門家のセンセイ方のことだよ。
ネットで煽られてみっともない醜態をさらしている連中のことだよ。
なんであんなにみっともないのかね。

別に特定の誰かのことを言ってるんじゃないんだよ。
AセンセイとかBセンセイとかCセンセイのことを言ってるんじゃないよ。

女房と子供に軽蔑されながら教壇で希望を説いているセンセイの話じゃないんだよ。
教え子とセックスして免職になりかけて土下座したセンセイの話じゃないんだよ。
飲み会で編集者の胸もんで訴えられかけたセンセイの話じゃないんだよ。


あちこちで散見される分断と断絶の話をしてるんだよ。
いったいどうなっちゃってるのかね。

あの気持ちのわるい理系とか文系とかいう決まり文句はなんなのかね。
お互い糞を投げつけあってるだけじゃないか。

たたかってるフリは楽しいんだよ、ベッドでじゃれあってる男女と一緒だよ。

そういうのをいい年したおっさんやおばちゃんがやるのは醜悪でみっともないんだよ。
うちにかえれば良妻賢母のおばちゃんが携帯で必死に「氏ね」とかレスしてるんだよ。
会社の休み時間に自称やり手の会社員がこそこそスレに書き込んでるんだよ。
時間だけはある学生が親のカネで買ったiPadで「www」とか書いてるんだよ。

みっともないだろ?
単純な話じゃないか。

どうなっちゃったのかね、敬意はどこにいったんだろうね。
専門家ってのはそれしかやらねえ人間のことじゃねえか。

経済学者は経済だけ考えてたらいいんだよ。
評論家は文芸の話だけしてたらいいんだよ。
作家は書くことの話だけしてたらいいんだよ。
監督は映画だけ撮ってたらいいんだよ。

どんだけ無駄なんだ、どんだけの損失なんだよ。

専門家のお前らはネットで素人いじめて勝者気取りになってるんじゃねえよ。

あたりまえだろ、相手は中学生や高校生なんだぜ?

「きょうのご飯はオムライスじゃない」って親に言われてマジギレしてるような連中なんだぜ?
そんな連中をマジで相手してどうするの、何が変わるの。
それこそ時間の無駄じゃねえか、そう思わない?

素人連中なんてそもそも書くことも読むこともまじめにやったことがない連中なんだよ。
幸せな連中なんだよ、貧しい連中なんだよ、そしてそれでいいんだよ。

そんなことをまじめに考えないでどうすんの。
そいつらが集団でウヨウヨ群れたがるのは当然だっての、何もないんだから。

自信がなく、カネもなく、立場もなく、地位もなく、誰かの居候の分際で正義とか悪と語っちゃってんの、もう見てらんないじゃん、なんでそんな連中の相手すんの。

スルーしろって言ってるんじゃないんだよ、もっと矜持をもてっていってんの。

なにひとつ知らない、何もわからない、無責任きわまりない連中の罵声に、耳を傾ける必要なんてはじめからないっていってんの。なんでわかんないの?

インテリを気取るのは楽しいんだよ、ひとの揚げ足とるのも楽しいんだよ。

「あなたは間違っている」っていいたい年頃ってのがあるんだよ。

なにひとつ成し遂げていない、なにも手に入らない、だから前線に立っているように見える連中をバカにして、ひきこもって、いじいじと自分の醜さを相手に投影するんだよ。

そりゃ、こういう連中はくだらないよ、そりゃそうだよ。


だけどこういう連中っていまたくさんいるんだよ、どこにも行けないんだよ。どこにも帰れないんだよ。機会も与えられず、口が達者でカネをもった先行世代にいじめられて、自分は苦しい、何も出来ない、憎い、くるしい、俺を助けてくれ、って言ってるんだよ。そういうことをみてやらないでどうするの。

若いってのは年じゃないんだよ。年とったって若い連中ってのはいるんだよ。

未成熟ってのはそういうことだよ。そういう連中はかわいそうなんだよ。

ついでにいうとそれは日本だけの話じゃないと思うんだよ。先進国はみなそういう傾向があると思うんだよ。大人になれないまま大人にさせられちゃったんだよ。

差別がないから。障害がないから。カネがあったから。親が面倒みてくれたから。平和だから。戦争がないから。誰かを殺したことがないから。悪をなしたことがないから。不倫も浮気もしたことがないから。愛人を作ったことがないから。子供を堕ろさせたことがないから。誰かを殴ったことがないから。

痛みをしらないからだよ。

どうしようもねえんだよ、機会が奪われてるんだから。たたかいがないんだよ。だからみんなこうなんだよ。それはみんなそうなんだよ。どこか高いところからこういう連中をバカにしちゃいけないんだよ。同じなんだよ、同じ欠陥を抱えて、同じ社会で生きてるんだよ、この分断をなんとかしないといけないんだよ。

2012-01-03

情景(2)

なあ、なんでみんな黙ってるんだよ。
どうして伏せ字にするんだよ、どうして隠すんだよ。
この世にはセックスか孤独しかないのに、どうしてそれをなかったことにするんだよ。

ニュースサイトを見てたんだよ。

男同士が半裸で抱き合っている漫画の広告があちこちにあるんだよ。
「お前の顔、そそるね……」とか頬を染めながら言ってるんだよ。

いったいなんなんだよこれ、どこまでいびつなんだよ。


なんで男同士が尻を掘り合う漫画が流行るんだよ。
どこまで女を孤独にしたら気が済むんだよ。
お前ら男のことを言ってるんだよ。

しかもこれぜんぶ電子書籍じゃねえかよ。こっそり読んでるんだよ。
誰にも言えない趣味でひとりで愉しんでいるだけなんだよ。
いったいどうなってるんだよ。まるで女が男になったみたいじゃねえか。

あのまるで想像力のないアダルトビデオを見ろよ。突っ込んだら喜ぶと思っているバカなカメラまわしを見ろよ。ああいうので女を侮辱してきたんだよ。それが男のやってきたことなんだよ。女の全裸写真が街に、雑誌に、ネットにあふれていた時代を思い出せよ。男は孤独とかうそぶいていた頃を思い出せよ。いま同じことを女が強いられてるんだよ。

どうなってるんだよ、いったいどうしろっていうんだよ。

草食系とか言わせてて、お前らはずかしくないのかよ。

女もちょっと考えてくれよ、男ってのは狡猾な生き物なんだよ。
だいたい何が草食系だよ、そんなもんポーズに決まってるだろうが。
女たちが席を外してる間に、「草食系」の連中は下品な笑いを浮かべて手持ちのコンドーム交換してるんだよ。なんでそんなことすらわからないんだよ。

女が狡くて嘘吐きだってことはみんな知ってるんだよ。男ならそんなことはわかってるんだよ。それと同じぐらい男が汚い生き物だってこともわかってるんだよ。ホテルでピンサロでヘルスでテレクラでソープでありとあらゆる女にカネを貢いでセックスして何も得られない人生を味わって、それでも女に期待してるんだよ、さみしいんだよ。

男同士のセックスがいやだって言ってるんじゃねえんだよ。漫画がいやだっていってるんじゃねえんだよ。そんなことはやってみればわかるんだよ。読んでみればわかるんだよ。

毎日、山のようにスパムメールが人妻から届くんだよ。
あなたの精液が欲しいですとかどこまでクリエティブなんだよ。
もうげらげら笑いながら読んでるよ、それでむなしくなるんだよ。

不倫をやめろっていってるんじゃねえんだよ。そんなことは部外者のたわごとなんだよ。
スパムがいやなんじゃねえんだよ、そんなものは酒席のネタにでもすればいいんだよ。

なんでネットはセックスだらけなんだよ、そういうことを聞いてるんだよ。
なんでセックスがしたい男と女ばかりなのに、それができなくなったんだって聞いてるんだよ。どうなってるんだよ、なんで男と女はこんなばらばらなんだよ。

どこまでセックスなんだよ、99%セックスじゃねえかよ。
ほかにすることないのかよ。セックスの話しかないのかよ。


ないんだよ。ほんとはないんだよ。世の中セックスと孤独しかないんだよ。


それを隠して立派な議論したって、誰もお前らのことを信用しないんだよ。
誰も私のことに耳なんか傾けないんだよ。当たり前のことだろうが。

高級糸電話をいくら使って浮気相手探してSNSに入り浸ってカネの計算をしてホテル代込みで数万円ゴムなし挿入ありとか必死に交渉して汗水垂らしてそのカネ稼いだってむなしいだけなんだよ、そんなことしたって何も手に入らないんだよ、毎日電子書籍をこっそり買いあさってマイドキュメントフォルダに「tesuto」とか拡張子なしのファイルで保存して自分だけ開けるようにパスワードかけて、ひとりぼっちで毎晩毎晩自慰してたって、そんなものは、ばらばらの現実から逃避する手段以上のものにはならないんだよ。そういうことを言ってるんだよ。

もうダメなんだよ、黙っていてもダメなんだよ。

お前が欲しいっていうことからはじめないといけないんだよ、高級糸電話はぶちこわして、携帯はドブに捨てて、薄っぺらい夢と希望だらけのネットを踏みにじって、この汚らしい現実の中でセックスしないとダメなんだよ。したいことをしたいというほかもう道はないんだよ。

2012-01-02

情景(1)

ああ、いやだ、いやなものだ。
だれもかれもが原発の話ばかりをしていて、身の回りのことが忘れ去られている。

万引きする子供、子供を家に置いて不倫する女房、年老いた老父母の尿漏れ、勃起しない下半身、財布に入ったままになったラブホテルの領収書、そんな現実はどこへいったんだよ。

身近で、つらくて、悲惨で、もう一秒だって見ることが苦痛な、それでも、かけがえのない、自分たちの狭苦しい現実はどこへ消えたんだよ。

小さく、しみったれていて、みじめで、陰惨で、誰にも助けてもらえない、自分たちの、私たちの、この生活はどこへいったんだよ。

都合のよい相手とたたかえば、それは消えてなくなるのかよ。
なくなったように思えるだろうさ。

在日が、原子力保安院が、与党が、マスコミが、東電が、北朝鮮が、オールドメディア・カッコワライが、どこかの、誰かが、悪いことにしてしまえば、自分たちがいる、住まざるを得ない、この日常のどうしようもなさが、一瞬だけ癒やされてしまうのだろ。

ああ、いやだ、いやでたまらない。

どこまでも孤独なのに、いつまでも、ひとりぼっちなのに、戦うことに酔いしれる、同世代のひとびとがいやだ。若者たちの姿がいやだ。

そんなひとびとと知人であり友人であり仕事仲間であることがいやだ。

公の場で、かれらが口にする「希望」や「復興」、その口が臭すぎて耐えられない。
立派な方々が、笑顔で、スーツで、フェイスブックで、ネクタイで口にする「日本の復活」がいやだ。

もうやめてくれ、自己保身のためだけのきれいごとは。
もうやめてくれ、どうして目を背けるんだよ。

たんまりカネをもらっていいホテルで夜景を眺めながらいいセックスして、そしたら「希望」はさぞかし語りやすいだろうよ。

その間、子供は家でひとりで飯を食って学校ではいじめにあって、部屋に引きこもってPCに向かっているんだよ。ツイッターで「こいつ死ねwww」とか書き込んでるんだよ。ニコニコ動画で東方とアイマス見てゲラゲラ笑ってるんだよ。複数アカウント作って裏の顔と表の顔を使い分けてるんだよ。お前らの真似してるんだよ。表では日本がんばりましょうとか言ってるんだよ。なんでわからないんだよ。裏ではあーはやく処女捨ててーとか、一晩七万からでおk、とか書いてるんだよ。なんでわからないんだよ。

嘘だらけだからだよ。嘘ときれいごとと建前しかないからだよ。

大文字の「不幸」ばかりじゃねえんだよ。小さくてどうしようもない不幸だらけなんだよ。嘘ばかり建前ばかり言ってるからどんどんダメになるんだよ。

ああ、もう、いやでたまらない。
もうセックスぐらいしか娯楽はないのかよ。もうほんとうんざりだよ。

いいよもう、変わらないんなら、もう徹底的にたたかうしかないじゃないかよ。
どうすんだよ、こんな国。いつからこんなひどくなったんだよ。

同人誌とアニメと漫画しか誇るものがないHENTAI大国とか言われて恥ずかしくないのかよ。生きていけないよ。首吊りたくなるよ。ショックでインポテンツになっちゃうよ。

いまここに現実があるんだよ。カネの有無におびえて、子供に嫌われるからしつけを逃げて、女からのメールを無視して、元上司からのオファーを「いま親族の面倒みてるから」とか言い訳して断って、汚らしい部屋で、ああ、セックスしたい、とか言いながら、別に原発なんて俺たちの人生に何にも関係ないし、とかうそぶいて、まとめサイト見て、ひとの不幸をげらげら笑って、あー、こいつの人生終わってやがるよ、ざまあみろ、とか嘲笑して、ふと我に返って、ああ、俺って、なんて、つまらない、みじめで、孤独で、さみしい人生を送っているんだろう、ああ、なんで、俺、何にもなれていないんだろう、親に、親類に、恥をかかせて、子供に、何一つ親らしいことしないで、愛人に捨てられて、裏切られて、友人を失って、プライドも、誇りも、カネで買えるあらゆるものを失って、ひとりぼっちで汚らしい部屋に座っている、そういう現実があるはずなんだよ。原発とか震災とかなんの関係もないんだよ。

どうしてそんなことがわかんねーんだよ。見ることしかないんだよ。考えるしかないんだよ。醜いものをそのまま受け止めるしかねえんだよ。

ああ、いやだ、いやで、いやでたまらない。

2012-01-01

オライオン

痛いのが怖くて自殺ができないの、と女は言った。刃物を持つ手がぶるぶる震えている。窓の向こうに月があった。影が伸びていた。

あたらしい年のあたらしい日が昇っていた。まずしいと、こころが貧しくなる。それは事実だろうか。床の上に、生ゴミが散乱している。支払われない請求書が、床の上に封筒ごと散乱している。どこからか、泣き声が聞こえるような気がする。隣の部屋に住む年金暮らしの老夫婦が咳をする声が、かすかに響いてくる。太陽の光が、斜めに射し込んで、そこを埃が舞っている。あたたかさがあった。

弱者が、ひとにカネをたかる。家出娘を一月ほど匿っていた家族が、後になって請求してきた迷惑料は三十万円だった。支払うのはいい、と私は言った。しかし、領収書はもらう、そこには「食費など」と書いてくれ、と私は言った。あなたたちの親切にこころから感謝したいが、その感謝の気持ちをこめて「など」と追記してほしい、と私は言った。笑顔をつくるのは実に容易だった。彼らはカネで、ブランドもののバッグを買ったそうだ。

天井に、星形のシールが貼り付けられている。埃に汚れ、端が剥がれかけ、蜘蛛の糸にまみれている。蛍光塗料が表面にまぶされたシールは、灯りが付いている間、光を吸収し、電気を消すと光る仕組みらしかった。そのとき、気がついたこともあった。それは星座の形に貼り付けられている。いびつなオリオン座のように見えた。誰かが、いつか、ここに眠る誰かのために、夜空を想いながら、それを貼り付けたのだ。

ひとを殴るだけが暴力ではない。ことばで、態度で、姿勢で、生き方で、ひとは自分よりも弱いものを攻撃している。それは、顧みられない自らを癒やすための呪いであり、あるいは、ひとりぼっちの自分を見てもらうための叫びである。どこにもゆけず、どこにも帰れず、この場所で誰かを呪い続けるほか、生きることができない数多くのものたち。自死してすらひとりぼっちのあなたたちへ、私が、ここが、いまだ。