2012-01-01

オライオン

痛いのが怖くて自殺ができないの、と女は言った。刃物を持つ手がぶるぶる震えている。窓の向こうに月があった。影が伸びていた。

あたらしい年のあたらしい日が昇っていた。まずしいと、こころが貧しくなる。それは事実だろうか。床の上に、生ゴミが散乱している。支払われない請求書が、床の上に封筒ごと散乱している。どこからか、泣き声が聞こえるような気がする。隣の部屋に住む年金暮らしの老夫婦が咳をする声が、かすかに響いてくる。太陽の光が、斜めに射し込んで、そこを埃が舞っている。あたたかさがあった。

弱者が、ひとにカネをたかる。家出娘を一月ほど匿っていた家族が、後になって請求してきた迷惑料は三十万円だった。支払うのはいい、と私は言った。しかし、領収書はもらう、そこには「食費など」と書いてくれ、と私は言った。あなたたちの親切にこころから感謝したいが、その感謝の気持ちをこめて「など」と追記してほしい、と私は言った。笑顔をつくるのは実に容易だった。彼らはカネで、ブランドもののバッグを買ったそうだ。

天井に、星形のシールが貼り付けられている。埃に汚れ、端が剥がれかけ、蜘蛛の糸にまみれている。蛍光塗料が表面にまぶされたシールは、灯りが付いている間、光を吸収し、電気を消すと光る仕組みらしかった。そのとき、気がついたこともあった。それは星座の形に貼り付けられている。いびつなオリオン座のように見えた。誰かが、いつか、ここに眠る誰かのために、夜空を想いながら、それを貼り付けたのだ。

ひとを殴るだけが暴力ではない。ことばで、態度で、姿勢で、生き方で、ひとは自分よりも弱いものを攻撃している。それは、顧みられない自らを癒やすための呪いであり、あるいは、ひとりぼっちの自分を見てもらうための叫びである。どこにもゆけず、どこにも帰れず、この場所で誰かを呪い続けるほか、生きることができない数多くのものたち。自死してすらひとりぼっちのあなたたちへ、私が、ここが、いまだ。