2012-01-06

ラブレター(2)

外資系企業に勤める私の仕事は、朝から晩までアジア人を罵倒することで、より具体的に言うと海外提携先のシステム担当者に障害のレポートを書かせたり、復旧作業の指示をしたり、障害の影響範囲を調査させるなどといった仕事だった。開発とは名ばかりの、単なる障害対応である。たいていの場合はのらりくらり生きているアジア人どもに業を煮やし、「なんでこいつらは仕事しねえんだよ」と日々罵ることが日課となっていた。繊細な神経をもったニホンジンとしてアジア人と子供時代を過ごした私は、まさにそういう仕事が適役と見なされていたのだった。

マニラの道路はあちこちに亀裂が入り、水たまりには犬の死体が転がっていた。支店長は上機嫌だ。五年間止まっていたプロジェクトがうまくいったのは、あんたのおかげやわ、と、どこかしら偽物くさい関西弁で私の肩を叩いた。そして連れられていったのは女が裸で踊っているバーである。客はほとんどが白人だ。ドルを持っているところを見るとアメリカ人だろう。支店長は私を連れて、店の奥へと私を案内する。ステージでは、足を開いた女の下で、男が跪いてそれを見上げている。カーテンのあちら側には小さな部屋があり、店の主人らしい老婆が座っている。部屋の奥には、別の女たちがずらりと並んでいる。服はまだ脱いでいない。妻に似た女を選んだ。

歳はひょっとしたらまだ十代だろうか。家にいる娘の顔が頭をよぎる。血の繋がっていない女たちと暮らしているんだよね、と言うと、女は、ふふふ、手を出しちゃだめよ、と答えながら、服を脱ぎはじめる。ホテルの窓の向こうに、泥と廃棄ガスにまみれた森が見える。自分が何をしているのかわからなくなってきて、ベッドに腰を下ろす。娘からメールが届いている。お前のことを、たぶん誰もわかってやれない、でも俺はわかる、それでいいか、と返事を書く。送信ボタンを押す。女がチャックを下ろし始める。肩胛骨のあたりに小さな花の入れ墨がある。それが上下に動くのを見ながら天井を見上げる。扇風機がゆっくりと廻っている。熱帯の匂いがする。ま、一晩、たのしんでくださいよ、うちもちですから、サービスですから。いい加減な関西弁だ、と思う。プロジェクト予算は三千万、カットオーバーは来年四月。

妻に駅前でケーキを買った。ついでに花も買った。家に帰ると玄関の扉が開いている。靴が無くなっていた。床には埃が積もっている。しばらく誰もこの家に足を運ばなかったかのようだ。マニラには一週間滞在した。あちこちのサーバールームを見て廻った。寸法を測った。ケーブルの長さを確認した。担当者と飯を食った。このフィリピンコロスケが、と私は言った。どういう意味だよこのジャップが、と口げんかになった。アメリカ人をぶっ殺そう、と意気投合した。妻の姿はない。子供の姿もない。来年入学式だった。小学校一年生だった。どこに行ってしまったのだろうか。キッチンテーブルが無くなっている。私は床に座りこんだ。ケーキの箱を床に置いて、それを開く。ハッピーバースデー、誕生日おめでとう、とつぶやいて蝋燭に火をつけようとする。しかしライターがなかった。禁煙をしているのだ。三年前から禁煙をしているのだ。どこに行ったのか。私はどこにいるのか。幸せな夫婦の姿があった。カネは全部妻に渡していた。お父さん、と子供が言った。床に何かが死んでいる。猫だった。猫が死んでいた。こんにちは、はじめまして。マイ・ネーム・イズ。