2012-03-31

ストームブリンガー

PCの前に貼りついて、女の過去の性交渉を聞き出していた。誰と寝たか。どう寝たか。達したか。気持ちよかったか。箱のような形をしたディスプレイに、女が、閉じ込められている気がした。いや、違った。閉じ込められているのは、自分だった。四角く切り取られた、白く発光する窓。そのあちら側に、女の過去があるように感じられた。しかしそれは経験によって形作られた物語だった。ほんとうのことはどこにもなく、そこにあるのは、事後的に見出された、後付の理由であり、都合のよい物語でしかなかった。

気持ち、はつねに移り変わる。私たちはそれを書き出し、発話することで、あたかもそれが存在するかのように思い込む。しかしそれはかなわなかった。窓のあちら側で、強い風が吹いていた。窓枠が揺れ、地平線のほうに、風に引き裂かれる雲が見えた。隙間に、精液のような色をした、濁った空がのぞいていた。セックスがなければ、私たちはもっと幸せだろうか。相手を信じれば、いつかまた必ず裏切られるのだった。身体のつながりによって、それを超えることはできなかった。こころのつながりによって、それを超えることもできなかった。

窓から薄汚い街を眺める。狭い街に、貧しいひとびとが住んでおり、貧しい自分が住んでいた。毎日のようにいがみあい、罵り合い、お互いに憎しみ合って、自分の小さな領土を守るためにせせこましく生きていた。私たちは、ひとりぼっちだった。いくらつながっていても、ひとりぼっちだった。電話が、ネットが、SNSが、Twitterが、G+が、ありとあらゆる技術革新が、私たちの距離を縮めそしてまた遠ざけていた。ビデオチャットで相手の性器を見たところで女はわからなかった。携帯で性行為を撮影して再生しても何も取り戻せなかった。

電話が鳴る。偽物の家族は、どこまでいっても偽物だった。ネットは偽りの感情であふれていた。こころが動かされるものはどこにもなかった。そこにあるのは、ただの道具だった。ひとを罵倒してストレスを発散し、ひとの悪口と罵倒をまとめて笑いものにし、それによって何がしかの利益を得るシステム屋たちが、「誰とでもつながれるネットによる新しい時代」と汚い口で喧伝していた。まったくお話にならなかった。偽りの感情を延々と繰り返すことだけが容易になっていた。損ねられ、失われ、毀損されたものは、おそらく信じるということそのものだった。

ディスプレイに閉じ込められた私たちは全世界に遍在していた。そしてどこにも居場所などないのだった。なぜならすでにディスプレイは世界そのものだった。自由が、セックスが、欲望が、かけがえのない気持ちが、ネットのあらゆる場所で、商品になっていた。ひとの恋愛談は、どこにいても聞くことができた。ひとの不倫の話を、どこにいても聞くことができた。ひとのセックスの話を、どこにいても聞くことができた。そしてそのすべてが嘘だらけで、虚しかった。なぜならほんとうのことは語ることができないのに、誰もそう思わないからだった。

そして嵐はついに来ない。無限に開かれた、この閉じられた箱の外に出よ、それが、けしてなしえないとしても。