2012-04-06

はじまりの風景

巨大な、水槽の底のような売春宿の待合室。私が入ったとき、そこにはすでに男たちが座っていた。小さな椅子に並んで座る男たちは、みな異様な顔をしていた。それは、昆虫の顔だった。感情が抜け落ちた、飢えと、乾きと、衝動だけに突き動かされる、人間ではないなにかの顔をしていた。私は、その時のことをよく覚えている。その時のことを、たまに夢に見る。なぜなら、私は男だからだ。つまり、私は人間ではないからだ。昆虫のように、性器からの衝動によって駆り立てられる、足と脳みそがついた男性器に過ぎないからだ。

夜明けの空が輝いていた。女との長い電話を終え、私はコンビニに珈琲を買いに来ている。桜の蕾が、すでに開きはじめていた。缶コーヒーを飲みながら、煌々と輝くコンビニの前に立って、ぼんやりと空を眺める。その待合室は、ガラスで半分に区切られていた。男たちの反対側には、売春婦たちがスツールに座っていた。肌をあらわにした、化粧をし、うつくしい女たちが笑顔で男たちを見ていた。女たちは、確かに買われる側だった。女たちは、確かに弱者であるのかもしれなかった。しかし、違った。女たちは、男を哀れんでいた。人間ではない男を蔑んでいた。

飛行機のジェットエンジンの音が、遠くの空からかすかに響いてくる。私は携帯を弄びながら、女とのやりとりを読み返している。コンビニの光が、朝の光で霞んでいく。もう、新しい朝が来たのだ。もう、次の一日がやってきたのだ。お前の身体は、いつみても最高だ、と私は書いていた。お前の身体は、足の指から髪の毛までうつくしい、と私は書いていた。どこかに嘘があるはずだった。どこかに演出があるはずだった。しかしそれは真実とまったく見分けがつかなかった。ほんとうの気持ちとまったく見分けがつかなかった。男は人間だろうか。男は人間と見分けがつくだろうか。わからなかった。何一つわからなかった。

缶コーヒーをゴミ箱に捨て、私は歩き出す。県警のパトロールが、朝まで起きてコンビニまで買い物に来た私を睨みつけて去っていく。近くに市長の家があるらしかった。若いカップルが、腕を組んで笑いあいながら歩いていった。その笑顔が作り物にみえた。性交しながらお互いを喰い合うカマキリのようにみえた。どこかに、軽い吐き気があった。男のジーンズの股間が膨らんでいた。勃起した性器をどうすることもできないのだった。男は孤独だった。男はどこにもいけなかった。男はひとりぼっちだった。子供を産めない男はいつも欠陥品だった。まがいものの人間だった。男は、どうしたら人間になれるのだろう。朝の光が、私を刺し貫いている。