2012-04-07

捨てられた模型・再

旦那の趣味の件で、悲痛な結末に…至急お願いします (OKWaveより抜粋)

旦那の趣味はガンプラです。小学校から28歳までずっとやっていて、結構プロ的な器具も揃っていますし、サークルにも参加しています。
私はガンダムやロボット系が元々大嫌いで、いい気はしなかったのですが、交際を深める内にどんどん嫌になってきました。
(中略)
私は「私がいやがってもしたいって言い張るんでしょ?離婚したいってくらい嫌でもやり続けるんでしょ?」と言ったりもしました。結局彼は「もうしたいって言わないよ」と言いました。ですが私が風呂中に、彼が部屋でガタガタしてるので、もしやと思い、上ったあと彼の部屋を見てみると、がらりとしていました。
大きな箱数箱に、めちゃめちゃに器具やプラモが入っていて、プラモは壊れていました。パソコンや一眼レフカメラやプリンターまで入っていて、衝撃を受けました。ただ、しいていえば、綺麗な塗料なんかは、まだ引き出しに入ったままでした。

いつも同じ光景を見ていた。いつも変わらぬ、夫婦の断絶だった。
同じ風景を私たちはかつて目撃した。いや、同じ場所に生き続けていた。

趣味、とは、男と女の間に広がる奈落の別名だった。

男は、いつも趣味に生きている。言い換えれば架空の<子供>のためにしか生きられない。なぜなら、男には子供を産むことができないからである。

妻は勝手に孕み、それが自分の子であるかどうか判別する手段はない。それを、こころでも身体でも知っているのは妻だけである。科学技術の発達は、その確認を可能にしている。しかり、それは事実である。しかし夫の不安は消えてなくならない。これからも消えることはない。男は、自分の子に対する本質的な実感を得ることなどできぬ。

男にとって、趣味と仕事だけが自分の子供であり、それを通してのみ自分が生きる実感を得ることができる。それがスポーツであれ、コレクションであれ、女遊びであれ、同じことである。自分の子を産むことができる能力を奪われ、自分の肉から新しい人間を作りだすこともできず、ひとりぼっちで射精し、ひとりぼっちで趣味にいそしむ。これが男である。

そのような男にとって、自分が熱中できる何かは、何よりもかけがえのないものである。女は、それを永遠に理解できない。女は、いつでも男を軽蔑している。自分が持っている力の大きさに気がつかない女たちは、男がそもそも強いられた欠損を理解しないし、できない。だから、その間には、常に巨大な奈落が広がっている。それは、相手の個性を理解することでは超えられない。わかることでは超えられない。わからないこと、そのことによってのみ、困難な理解のはじまりが得られるのみである。

男はいつでも恐れている。男はいつでも怖がっている。獣と暴力をもたらす下半身に駆動され、子を産める女たちを恐れている。プラモデルが、同人誌が、アニメが、ライトノベルが、漫画が、Twitterが、Togetterが、2chが、まとめサイトが、G+が、Facebookが、なぜとくに男にとって必須なのか。なぜ女にはそれが必要ないのか。それを考えたことがある男は、慄然としてそこに立ちすくむしかない。その恐ろしさを知っているのは男だけだ。

夫は、趣味を否定されたから捨てたのではない。夫は、妻に対するあてつけで捨てたのではない。夫は、妻の傲慢さにうんざりしたのである。理解できる、そう思う妻の思い上がりにうんざりしたのである。そしてこれが特定の夫婦の話だろうか。誰でも知っている。誰でも経験している。そのような困難の中に、私たちは居住させられている。なぜか。なぜこのような物語が繰り返されるか。答はいつもあまりにも自明である。