2012-04-24

五十人の女たち(7)

女が送ってきた動画を見ていた。服を脱いだ女は、服を着ている女と同じぐらいありふれていた。そもそも世界の半分は女のものだった。女も裸もどこにでもあるものだった。画面では女がいつまでも微笑んでいた。その表情もまたどこかで見たことがあるものだった。かけがえのないものとは何か問わなければならなかった。誰とでもいつでもどこでもセックスができる私たちにとって、取り返しのつかないものとは何か、いまいちど問わねばならなかった。

日本は不思議な国だった。東京という都市にすべてが集中していて、偶然という名前の何かに満ち溢れていた。しばしば古い知り合いと、ふとここでめぐり合った。女は海外の高校の頃のクラスメイトだった。地球を半周するぐらい離れた渋谷のスーパーマーケットの一角で、私たちは再会していた。私はケーキを注文していた。後ろから、別のケーキを注文する声がした。振り返るとそこには女がいた。目があって、一瞬でお互いを理解した。言葉をなくして、そして、どちらともなく笑った。

私はラブホテルの帰りで、妻と子供の機嫌を取るためにケーキを買っていた。女のケーキはふたり分だった。誰のために買ったのかは聞かなかった。駅前はとても混雑していた。近くにある喫茶店に入って、珈琲を二人で飲んだ。窓の外を高校生が歩いていくのが見えた。かつては私も女もああいう若者だった。そして女の疲れた横顔に欲情を覚えた。女は、自分の手の甲をじっと見ていた。指輪はついていなかったが、その予定だろう、と直感的に思った。

女のマンションは山手線の駅前、高級住宅地の一角だった。おそらく誰かが援助しているのだろうと思った。もう一人の誰かの気配が、家具や箪笥から放たれていた。あの頃は楽しかったね、と女は言った。そうだな、と私は答えた。すぐ外で、山手線が走っていく音が、ゆっくりと聞こえた。決められたレールの上しか走れない電車にも自由はあった。抗えない何かの中で生きる女にも自由があるのかもしれないと思った。女の太ももの内側には、いつか見た黒子がそのまま残っていた。

結婚するの、としばらくしてメールがあった。妻がハンバーグを作っていた。私は新聞を机の上に広げて、携帯のメールを眺めていた。もう昔みたいにはいかないね、と女は書いていた。何かが、腹立たしかった。椅子に座ったまま、天井を眺めた。そこには蜘蛛が干からびて死んでいた。女はいつまでも過去に囚われている。どうせ死ぬのに、と思う。どうせ死ぬのに、楽しまないでどうするのだ、と思った。つらくないの、と誰かが言っている。目をあげると、妻が私を見ていた。妻はハンバーグが乗った皿を、私の前においた。つまらない感傷ばかりだった。女には返事は書かなかった。