2012-04-12

五十人の女たち(3)

セックスしかないのに綺麗事ばかり。セックスしかないのにおためごかしばかり。まったくつまらない世の中だった。下半身しかないのに理想を語るその口臭が耐えられなかった。テレクラの狭苦しいブースで、あんたの話はつまらないから別の男に替わってくれる、と女に言われていた。あんたの小さな性器はあんたのご高説そのものだよ。電話ごしに、女が笑う声がした。受話器を置いて、壁を眺める。そこにはめこまれたディスプレイに、冷たく笑う自分の顔が映っていた。その次に電話をかけてきた女と、新宿南口で待ち合わせをする約束を取り付けたのだった。

女は、かなり美人の部類だった。とてもテレクラにかけてくるような女には見えなかった。相手も同じようなことを思ったようだった。出会いからバーに行くまではまるで見合いのように話が進んだ。ご趣味は、と女は言った。読書です、と私は答えた。まったく茶番だった。そして茶番であることをふたりとも知っていた。女は某銀行に勤めていると私に言った。ほんとうかどうかはどうでもよかった。私は某外資系企業に勤めていました、と言った。そして偽名を伝えた。根本正午です、はじめまして、お前の名前を教えろ。

そのあたりで一番いいホテルに、女を連れ込んだ。カネの話は最初にしておくべきだった。財布を取り出すと、女は首を振って、服を脱ぎ始めた。みると、乳房が片方なかった。そこには大きな手術痕があった。それは花のような形をしていた。胸に花が咲いているように見えた。いつもはメールしてくる妻が、その晩に限って黙っていた。息子が風邪を引いているからだ、ということを私は思い出した。思い出しながら、女の傷を撫でた。女がため息をついて、私を見た。激しく欲情した。

女の中に入っている間に、電話が鳴った。女の唇に指を当てて、電話に出る。もちろん妻からだった。熱がでてるみたいなの、病院に連れていかなきゃいけないの、あなたはいまどこにいるの、どこで何をしているの、と妻は言っていた。その声はすべて下にいる女に筒抜けだった。私は女のひとつしかない乳房を握りしめて、妻にこう答えた。後ですぐに行ってやる、いま新宿で仕事をしている、大事な仕事だ、子供のことはお前に任せてある、俺に面倒をかけるな。そして電話を切ると、女が私をじっと見ていた。

奥さんとはうまく行ってないの、と終わった後女は言った。ああ、と私は答えて、ジャケットを羽織って、ネクタイを締める。仕事をしていたことになっていた。いつでも仕事だった。家を出ればいつでも公的な格好をしていた。そしてそれを疎ましく思っていた。ねえ、また連絡していい、と女は言った。ああ、と私は答えた。そして嘘のメールアドレスを教えた。新宿駅改札で女と別れた。やっと仕事が終わった、と私は妻にメールを書いている。いつも迷惑をかけてすまない、お前のおかげでいつも助かっている、ありがとう。