2012-05-13

五十人の女たち(9)

男だけが汚れから自由だった。女だけがいつも汚れていた。女だけが過去の性行為を責められていた。女だけが過去に寝た男の数を問われていた。それは男が小さいからだろうか。それは男がおろかだからだろうか。「私は違う」という主張でその考えを超えることができるだろうか。どれも否だった。何もかも否だった。そのどうしようもない場所から始めるほかなかった。そのみじめな場から歩き出すしかなかった。

女が留守にしている間に、手洗いを借りていた。浴場の扉が開いており、そのなかには下着が山と積まれていた。およそ考えうる限り、ありとあらゆる下着が、浴場の青いタイルの上に積み重なっていた。黒ずんだ下着は月経か黒カビだった。膝ほどの高さまで積み上げられていた。何もかもが汚れきっていて、そして強烈な悪臭を放っていた。私は扉を閉め、見なかったことにして用を済ませた。部屋は、小奇麗にされていた。男に見られたくない何か、は、その浴場に似ているのかもしれなかった。

女とは大学の知己だった。偶然手にとった写真誌のヌード写真の一枚に、女の写真が掲載されていた。股を開き、頬を赤く染めた女が、写真には写っていた。入学式のすぐ後に開かれたオリエンテーションキャンプで、女とははじめて話した。長野から出てきたという女は、はにかみながら、自分の名前と出身地を私に語った。授業が始まって、女は突然変わった。何があったのか、それは本人しか知らなかった。しばらく休んだ後、突然派手な服装をし始めていた。あいつとやったという噂を、あちこちで聞くことができた。

当時私が所属していた大学のとある会で、女と再会した。女は西東京の小さなアパートに住んでいた。大きな森のそば、小さな二階建てのアパートだった。夜になると、梟の鳴く声が聞こえた。女は、はじめて見たときと同じように、白く、雪のようになめらかな肌をしていた。写真の話は聞かなかった。誰とでも寝る女と、寝てみたかっただけだった。机の脇に、写真立てがあった。母親と二人で写っている写真だった。女を抱きながら、その写真を眺めた。女はつまらなそうに目を閉じていて、私は壁にできたシミを数えていた。

ベッドに座って、妻からのメールを眺めていた。女は、私に背を向けて横たわっていた。女の背中は、いつもどこかしら似ていた。どんな男も、女の背中に見える拒絶が恐ろしいのだった。部屋には、かすかな臭いがただよっていた。部屋に来たときには気付かなかったが、それは、浴場に貯めこまれた洗濯物の臭いに違いなかった。女は汚れているだろうか、と思った。それでは男はどうか。男は汚れていないのか、そう思った。壁には、女のピンク色の服がかかっていた。妻の服に、似た服が一枚あったような気がした。しかしよく思い出せなかった。窓の外を見たかった。しかし窓は曇っていて、外にあるはずの夜空は、まったく見えなかった。きっと何もかもが灰色にくすんでいるに違いなかった。