2012-05-14

五十人の女たち(10)

深夜に車を走らせている。道には白い霧がかかっていた。ヘッドライトが濃霧を切り裂こうとするが、視界は最悪だった。街はまるで白く濁った液体に浸されているようだった。助手席には誰も座っていなかったが、誰かがそこにいるような気がしていた。街には誰もいないように思えた。いや、実際にはそこにはたくさんのひとびとが住まい、それぞれの住居で食事をし、会話をし、性交をしているはずだった。しかし霧の中では何一つ見えないのだった。

女は妻の後輩だった。たまに家まで遊びに来ていた。妻の所持していたよくわからないゲーム機を使って、ふたりが居間の巨大なテレビの前に座って遊んでいるのを眺めていた。子供が、その後ろでミニカーを走らせていた。私はキッチンで煙草を吸っていた。時間はすでに深夜に近かった。女はどこかの大学に通っていた。夕食のときに彼氏の話などを聞いた。退屈な話でしかなかった。私は別の女へのメールを携帯で書きながら、妻と女の話に適当に相槌をうっていた。つまらなかった。

二階の書斎に戻ると、猫がやってきた。一階の居間から、妻と女が笑う声が聞こえてきていた。猫を膝の上に乗せながら、ぼんやりと外を眺めた。東京には珍しく、霧が出ていた。白濁した精液のような濃霧だった。窓のすぐ外にあるはずの公園も、そのあちら側にある住宅も、まったく見えなかった。そこにぼんやりと街灯の光が浮かび、まるで怪物の目のように光っていた。しばらく、そうしてうとうとしていただろうか。隣に、誰かがいる気配を感じて目を開いた。そこには妻のパジャマを借りた女が立って、私を見ていた。どんな部屋なのかと思って、と女は言った。起こしちゃいました、根本さん?

子供は苦手なんです、と女は言っていた。私もそうだ、と思いながら、珈琲をすすった。女とはたまに二人で会う仲になっていた。新宿の珈琲店を、いろいろ紹介していた。それはいつも女たちを連れ込む喫茶店だった。話しているうちに、女がまだ処女であることがわかった。それは妻と同じだった。それに気がついて、珈琲の表面を見た。そこにはもうすぐ三十歳になろうという、老い始めた中年の疲れた顔が映っていた。それがまるで自分のものとは思えず、女の横顔を見た。女は携帯ゲーム機の話をしていて、それは私には世界のあちら側の天候の話のように聞こえた。作り笑いをしようとして、それができない自分に気がついた。根本さん、だいじょうぶですか、と女は言った。なぜか、動悸が激しくなった。

女からメールがたまに来るのを、楽しみにしている自分に気がついたのは少したってからだった。ほかの女たちと、メールをあまりしなくなっていった。チャット、SNS、二つの携帯でのやりとり。女たちはどこにでもおり、いくらでも探すことができた。しかし一度作り笑いに気がついてしまえば、そこに残るのは単なる疲労だった。女は、彼氏とは別れたという話をそのうちに聞いた。そしてそんなことでどこかしら喜ぶ自分を、苦々しく思っていた。妻は、ようやく子供を受け入れてくれる幼稚園を見つけて、忙しくしていた。障害を持つ子供を、大人たちが協力しあって育てる、というきれいごとをうたう幼稚園だった。どうしても興味が持てなかった。近いうちに、女をきちんと誘おう、と思っていた。

霧が出た次の日の朝は、快晴だった。女は居間に布団をしいて眠っていた。珈琲を飲むためにキッチンまで行くと、女の白く、なめらかな肌があらわになっていた。床に、斜めに太陽が差し込み、女のむき出しになった腹にあたっていた。公園から、子供が遊ぶ声が聞こえてきていた。私は珈琲を持って二階に戻り、ベランダに出て、煙草に火をつけた。日の光が、あたたかかった。昨晩怪物のように見えた街灯が、錆びついたみじめな姿をさらしていた。煙を吐き出すと、足元に巨大な蜂が死んでいることに気がついた。スズメバチだった。近くにある森に住んでいる巨大な蜂だった。それをサンダルで蹴り飛ばすと、死体はからからに乾いていたのか、粉々に砕け散った。妻が、起きてきた気配がした。また、根本さん、と呼ばれたい、と思った。その日は妻にも笑顔で話しかけられそうな、そんな気がした。