2012-08-27

五十人の女たち(11)

公園の敷地には白砂が敷き詰められ、その端にあるベンチのそばに立って眺めると、それはまるで海のようにも見えた。潮騒は聞こえなかった。かわりに、狂ったように鳴きわめく蝉の声が、夜の湿った空気を震わせていた。団地のどこかで、性交しているらしき女の声がかすかに聞こえた。そして赤子の声が聞こえていた。私はタバコに火をつけていた。誰もが、性交を望んでいるようだった。

渋谷駅前は閑散としていた。日曜日の午後だった。風は冷たく、まわりのビルの壁には、クリスマスの飾りがまだ残されていた。毎年この時期の東京には、ほとんどひとがいなかった。そしてひとのほとんどいない都内を歩きまわるのが、年に一度の趣味でもあった。女は、約束の時間を10分ほど過ぎてやってきた。

女は韓国語の通訳だった。韓国のどこかの地方都市に三年ほど留学し、日本で字幕の仕事をしていた。某放送局の録音ブースで、女とは初めてあった。英語ってかっこいいですよね、と女は言った。最先端って感じ。私は曖昧に笑ってごまかし、女を食事に誘う口実を考えた。一番簡単だったのは仕事を一緒にしようという、いつもの誘い方だった。

女には父親はおらず、母親と二人で暮らしていた。写真を一度だけ見せてもらった。ラブホテルのピンク色の照明の下で見せてもらったその写真の母娘は、どことなく馬鹿げて見えた。お父さん、お母さんを裏切ったんだ、と女は言った。そうか、と私は言った。男はいつだって女を裏切るものだ、と言いかけて口をつぐんだ。閉ざされた窓の外から、酔っ払いが怒鳴り声を上げる声が聞こえてきていた。

バレンタインに、女から郵送でチョコをもらった。一行だけメッセージが書かれた紙が入っていて、私はそれを読まずに捨て、当時共同で事務所を借りていたひとびとにチョコの中身を分配した。誰からもらったの、と聞かれたので、妻が送ってくれました、と答えた。女とは三回寝たが、そのどれもがそのチョコのようにまずかった。

後になって、女が字幕を作っている韓流ドラマを見た。浮気をした男が、女からなじられていた。あんたはいつだって自分のことばかり、ぜんぜんあたしのことを見てくれない、あんたみたいな男はずっとひとりぼっちで生きていればいい、奥さんに捨てられて、子供も失って、死ぬまでひとりで苦しめばいいんだ。テレビを消すと、妻が私を見ていた。どうした? と私がいうと、なんでもない、と妻は言って、寝室へと消えていった。息子が私を見ていた。