2012-09-04

ふつうのグロテスク

きわめてグロテスクな光景を<ふつう>とみなしていた。ネットは陰惨だった。弱い者いじめと、集団による暴行が横行していた。ネットを少し閲覧するだけで、そこには驚くべき光景が広がっていた。在日朝鮮人、精神・知的障害者、犯罪被害者などに対して、毎日のように投げつけられる言葉の暴力には戦慄するほかなかった。なによりも恐ろしいのは、この手のグロテスクさが、まさに一般人によって作られていることである。

匿名性だけが問題なのではなかった。そもそも暴力は快楽なのだった。たとえば馬鹿な女を叩くことはいつでも楽しかった。いい気になっているスーツを着た権力者に、普段けして行うことができないような罵声や中傷を投げつけることは悦楽に他ならなかった。自分さえよければ、見つからなければ、<暴力>はきわめて手軽なレジャーでありエンターテイメントだった。

この現実において、誰しもが無力感に囚われていた。そして誰しもが我慢しながら生きていた。それが2012年、日本のネットの姿に他ならなかった。かれら/私たちには、貧者のゆいいつの娯楽たる性交すらも許されなかった。経済力がなかったからではない。考えること、生きることそのものが損ねられていたからだった。性交がおそろくてたまらなかった。<つながり>こそ最大の恐怖だった。だから<誰か>になることに熱中しなければならなかった。

米国発のシステムたるFacebook、Google+、Twitterは、それぞれ実名化への圧力をもたらしていた。しかしそれに屈することはできなかった。日本に生きている限り、それは不可能だった。なぜか。公の場で自由な意見を言うことがけして許されなかったからだった。何が好きか、何が嫌いか、そのようなことすら、一呼吸も口にできなかった。言論の自由があるはずのこの国は、あの北朝鮮すら思わず賞賛してしまうような<自主規制>のエキスパートである。

<意見>こそがこの国の敵だった。<ほんとうのこと>こそ、この国でもっとも憎まれる相手だった。すべての場で、学校で、会社で、社会で、ありとあらゆる公の場で、個別の意見は常になかったことにされ、押し殺された。そこに残るのは<総意>だった。総意だけがうつくしく、その綺麗事だけが必要とされていた。だから、顔を出すわけにはいかなかった。いかになさけないハンドルネームを用いても、実名は出せなかった。匿名を選ぶほか、いかなる道も残されてはいなかった。

匿名でなければ、何も発言できなかった。匿名でなければ、何一つ語れなかった。怖かった。つまはじきにされ、<非国民>扱いされるのは恐怖だった。匿名でなければ、学校から追放され、職場を首になり、実名入りで写真が晒され、家族の勤務先まで暴かれた上、社会的に抹殺される恐れがあった。もっとも恐ろしいことは、この冗談のような光景がすでに現実のものであることである。この世界のどんな国も成し遂げなかった、洗練された相互監視社会。実にみごとな冗談が完成していた。

まったく、グロテスクだった。ネットはそういうもの、と思ってしまいたかった。ネットを離れれば、<日本人>はまともさ、そううそぶいて、後進国を嘲笑できる人生に戻りたかった。まったく残念なことに、それは、許されなかった。何もかも放置し、何もかも無視して、経済大国たる日本のネット社会を謳歌する、ああ、なんと魅力的な選択肢だろうか! ああ、なんという、潰えた夢だろうか! 

問わねばならなかった。いや、それはもう遅すぎた。すでに問いはとどかなかった。私たちにできること。それは記録することでしかなかった。かつて、このような国があった。このような困難があった。そしてそれに抗ったひとびとがいた。かれらは、何一つ成し遂げられずに滅んだ。海へと沈んだ。これこそ、私たちが得られる唯一の名誉にちがいない。意味のない、価値もない、<生産的>でもない解がここにあった。さあ、ヒューモアを探そう。明日の刑執行を待つ、死刑囚のように。