2013-03-25

シジフォスの街

駅前で労働者のように背を丸めてタバコを吸っている。ロータリーにはいじけた花々が咲き乱れ、泥で汚れた花びらが風に揺れている。どこかで街宣車がスピーカーをがならせている。国を愛するこころがあ、国を守るこころがあ、なによりも大切なのであるう。どこかで咲いているはずの桜の木々は見当たらなかった。空は鈍色に曇り、その反対側にある太陽を隠している。街は荒んでいた。日本のどの地方都市もそうであるように、老いて死にかけていた。子供たちの姿はどこにもなかった。老人と老婆だけが、何かの罰のようにのろのろと坂道をのぼっていた。

久しぶりに訪れた新宿の変わり様に驚いていた。山手線から見える通りは薄汚れた灰色に染まり、女の裸が貼りつけられたピンク色の看板が立ち並び、その下をドブネズミ色のスーツを来た男たちが歩いていた。男たちは皆一様にうつむき、その上に埃っぽい陽の光が降り注いでいた。建物は小さく醜くせせこましく、無計画な都市設計の末路か、道はぐねぐねと曲がりくねり、空を電線がいびつに引き裂いていた。ここに、私は住んでいたのだ、と思った。こんな街を故郷と思っていたのだ、と思った。失望しかなかった。そしてその失望には自分に対するものも含まれていた。ドブネズミが走りまわる街の悪臭が、身体にどこまでもまとわりつくような気がした。

机に座って、ネットを眺めている。原発事故の恐るべき痛みから回復しつつあるひとびとが、ネットの中でしか通用しない内輪のくだらない話題にまた夢中になっていた。そのようなくだらない話題に熱中し、我を忘れて意見を交わしたら楽しいだろうかと思う自分もどこかにいる反面、そうしたことにまったく興味を失い、苛立ちも怒りも何もない静かな無関心がこころの大部分を占めていることにも気づいていた。ネットの負の側面を批判することに、何の意味があるだろうと思わざるを得なかった。弱者を叩いているひとびとはさらなる弱者に過ぎなかった。かれらの叫びは、コップの中の大騒ぎにとどまり、そこから一歩も外に出られないだけではなく、システムや制度によって一瞬で微塵に粉砕されるだろう。

ネットにほんとうのことばあった時代は確かにあった。いまネットは現実の延長線上にある何かでしかない。美辞麗句と、偽善と、おためごかしと、猫画像しかないネットに、私たち居場所のないひとびとが、いったいどうやってふるさとを見出したらよいのだろう? 無関心な知人だらけの学校があり、慇懃無礼な同僚だらけの職場があった。誰もかれもが作り笑いをし、みんなで仲良く我慢して生きることが美徳とされる強迫的な社会で、ほんとうのことばの居場所などどこにもなかった。どんな掲示板も、どんなSNSも、もうふるさとなどではありえなかった。新しい<ふるさと>を作りたいと願う前に、私たちはネットを正しく埋葬すべきではないだろうか。そうしなければいつまでも死者が生者のような顔をして、その腐った身体から害毒を撒き散らし続けるだろう。

一日二回の性行為が一回になり、体力の衰えを感じていた。社会は、いつでもひとを道具にしたがっている。軍人の士気向上のために女を慰安婦としてあてがうかつての発想は、女をモノとして扱う社会としてかたちを変えて生き延びている。もちろん女がモノであれば男は消耗品に過ぎない。そんな社会で私たちは文字通りの歯車として生きることを強いられ、ひとの顔色をうかがわなければ一言もしゃべることができない息苦しい空間が、現実とネットを覆い尽くしている。ほとんどの場合、まっとうなことを考え、口にすることには覚悟が伴い、たいていの場合それは職や身分を失う危険と隣り合わせである。だからあらゆる人間が口を閉ざしている。だからすべての人間がきれいごとを言っている。だからいつでも日本人は礼儀正しく謙虚でうつくしい。

ネットでまともなことを書こうとしていたひとびとはみんな死んだ。それは書くということがある程度社会の敵ならざるを得ない行為だからだが、その覚悟を持ち得なかったことを責めるべきだろうか。かれらはいま何をしているか。あるものは砂糖で薄めた文章を書き、あるものはお茶をにごして日和り、あるものはひとを叩くだけの芸人になり、あるものはメイド喫茶を運営するようになった。かれらはみなこの茫漠とした現実の前に敗北し、<書くべきだったこと>を失った。生きながら死んだのだ。くたばったのだ。そうして多様性を失ったネットの末路が、いま2013年私たちが目撃しているこの画一的な空間に他ならなかった。

扉の外で、誰かが泣き叫んでいる。――この、ひとでなしがあ、なんでお前だけがのうのうと生きてるんだよ、なにしあわせに女と結婚して暮らしてんだよ、そのカネはどこから盗んだんだよ、この泥棒があ、かえせよ、カネをかえせよ、盗んだカネをかえせよ、このろくでなしの、人間の屑があ!