2013-03-26

猫を飼う

本をつくっている。貧乏人の落伍者の身にありあまる贅沢、性交しか趣味のない人間の道楽などと言われていた。ベランダでタバコを吸っていると、星が見えた。文字通り意味の見いだせない人生にも星はつねに光っていた。そして星座はつねに道を示している。物書きの知り合いは、たいていうつ病などの疾患に苦しんでいるらしい。自分はそういう病気とは無縁だった。したり顔で処方箋など出されたら医者の顔をぶん殴りかねないと思っていた。どこかで、鳩が夜なのに鳴いている。ベランダに鳩の糞が落ちて乾いている。ひとは一匹の糞虫にすぎないのに、こころというものはいつもやっかいだった。

ペットを飼うのは好きではなかったが、最初の妻はどうしても猫が飼いたいと言ってゆずらなかった。近所で猫の子どもが生まれたという話があって、妻はその家から猫をもらってきた。ある日、私が会社から帰ると、妻が子猫をあやしていた。小さな、毛だらけの獣を抱いている妻を見て、自分がどう思ったのかよく思い出せなかった。その次の日、猫が家から逃げ出した。息子が開けっ放しにしておいた扉の隙間から、外に出てしまったのだ。もちろんすぐに見つかったが、困った妻が里親に連絡していたのがまずかった。里親は、「あなたに猫を預けるのは不安だ」と言って、猫を回収していったそうだ。私が家に帰ってくると、妻はひとり居間で泣いていた。

どうせ死ぬ虫けらが、他の虫けらを可愛がる。なんという矛盾だろうかと思っていた。フィリピン人と国際電話で話しながら、妻のことを考えていた。自分が何を言うべきだったのか、よく理解できていなかった。私は適当に電話で相槌をうちながら、ペンで無意味な絵をメモに描いた。猫は可愛かったが、自分の気持ちの面倒もみられない人間が、ペットを飼うことなど許されるはずもないと思った。そもそも愛するということがいったいどういうことなのか、まったく理解できなかった。泣いている女の傍で、何もできない自分の姿が滑稽だった。フィリピン人へ伝えることは終わっていた。しかし電話を切った瞬間に涙が出てくるような気がした。猫が飼いたかったのよ、と妻は言った。

二番目の妻は眠っている。妻の友人は、私を評して「自分の家族を平気で捨てられる男」と私を批判したらしい。他人というものは、何も知らないからこそ、端的な事実をつかむことができる。よく知っていると思い上がっている人間だけが、自分に騙されるのだ。あたりは静かだった。この街には何もない。死にゆく老人、子供のいない夫婦しか住んでいない住宅地だった。夜になると、誰一人として外を歩くものはいない。窓に、自分の顔がうっすらと映っていた。新しい妻は、子供がほしいと言っていた。どこかで、猫が鳴いている。愛することが不可能であれば、そもそも結婚などしなければよい。猫が逃げ出したのは、誰のせいだったのか。答は明らかだった。他人の顔は、とてつもなく醜かった。