2013-04-09

これから女になるあなたたちへ

これから女になるあなたたちへ、よく言っておかなければならなかった。これから男に抱かれるあなたたちへ、よく伝えておかなければならなかった。男がどのような生き物か。どうしてかれらが<人間>になることができないのか。どうしてかれらのごくごく一部だけしか女を理解しえないのか。理解しようとすらしないのか。

苦しいのだろうか。女が怖いのだろうか。しかり怖いのである。なによりも怖いのである。男はいつでもつまらないプライドにすがっている。親のカネでせこせこ勉強して得た学歴に、ママに買ってもらった金ピカの時計、日本という共同体がばらまく世界一という妄想。あるいは、女をモノとして戦利品としてしか見ない貧困な精神。それを、女に見抜かれてしまうのが、骨の髄まで震えるほどおそろしいのである。

いつでもセックスをしたがっている。女を泣かせるのが、隷属させるのが、足で踏みつけるのがなによりも快楽だ。なぜ、そんなことを言わねばならぬか。なぜ、そんな当然で自明の事実をこの私がいまさら語らねばならないか。妻がいる身で、愛人を何人も作り、繰り返し繰り返し買春をし、ことばの暴力で弱者を傷つけ、子供を捨て、借りたカネも返さず、裁判所の出頭命令は無視し、サツの皆様におかれましてはご迷惑をおかけし、親類一同の恥さらし、落伍者の貧乏人の根本正午が、なぜいまだに言い続けなければならぬのか。いつも不思議だった。いつもおかしいと思ってきた。

男にとって女はモノでありかつ自慰の道具だった。人間未満の男にも、女を騙すぐらいの直感は備わっていた。母親におべっかを使うことで学んできたまるで人間のような高度な教養がそこにはあった。女のカラダはいつでも自慰の道具だった。なぜ男は女の写真を撮りたがるか。なぜ男は動画を撮りたがるか。答は自明だった。自慰のためであり、土人のように戦利品としてスマートフォンで見せびらかし自慢するためである。おべっかと甘言を弄すれば、女がそれを許してしまうからである。元彼女が、元妻が、元愛人が、今日もハードディスクで精液にまみれている。あなたたち女はそれをよくよく想像しなければならない。

男の、男のための、男による日本社会。今日も女を道具にしようと、男たちが小さな脳味噌を絞って考えている。会社では命令権を持つ上司が圧力と空気を使って部下を愛人にし、大学では教授室で弟子に性器をしゃぶらせている。男のための制度を使って、女をいつでもモノ扱いする。インポテンツの老人のための政治ばかりが繰り広げられる社会で、女は軽んじられ、踏みつけられ、妊婦と母親と老人がまるで邪魔者扱いされる。何もかもが性欲をめぐっているのに、女の味方をするフリだけはうまい男たちがきれいごとを吐き、その口の悪臭はもはや耐え難かった。

あなたたち女はなぜそれでも男を信じようとしてしまうのか。私は自分の手がやったことについて語らねばならない。私が信じるに足る人間なのか、あなたたちが自分の目で確かめねばならない。セックスが、セックスしか、セックスだけの人生だった。女を裸にし、剃毛し、縛り、浣腸し、処女を奪って、何度も何度も性交をして、別の男との性行為をひとつひとつ聞き出し、女の別の男との性行為動画を、写真を、すべて見て、確かめて、まだ足りなかった、まだ全然足りなかった、女はきたなくそしてあまりにうつくしく、この世のすべてのカネが、栄光が、誇りが、神が、ちっぽけで、つまらなくなった。女のおまんこにはその力があった。燃え上がる嫉妬の炎の中で女の姿を真正面から見つめている間だけ、私は<人間>になることが許されるような気がした。

SNSで女子中学生です友達ほしいですと書くだけでメッセージが百通届く世界。金額が、ゴムの有無が、十万円ホテル別という条件が、金ピカのスーツを来た連中がうなるようにもっている札束で、女が買われ、女が踏みにじられ、そして、そして、同じぐらい、男もまた損ねられ虫けらになっていた。わからなかった。どうしてもわからなかった。どうしたら女を愛することができるのか。カネだけはあった。カネなら手に入った。なぜ女を愛せないのか。なぜ眼の前で泣いている女を自分は何もできないで黙ってみているしかできないのか無力でしかたなく、苦しくて苦しくて死にたくなり、自殺できず、それでも何もできず、暴力をふるい、女を追い出し、女を捨てて、そうして生きてきただけのゴミのような人生がここにあった。

あなたたち女はそんな男たちをどうするのか。自慰の道具でしかないのにさらに写真を取らせ動画を取らせ性欲処理の道具に甘んじるのか、あなたたちの誇りはどこにいったのか、私たちはあのナザレの男のように汚れた女を許すことなどできぬ、ちっぽけな、汚い、嫉妬心と、猜疑心と、悪意と、傷ついたこころを持たされて、それをひとに転嫁しないわけにはいかない、自分よりも弱者を叩くしかない、そんなちっぽけな虫けら以下の存在なのに、あなたたち女は男たちの道具になることを選ぶのか、あなたたち女は、どうしてそう愚かなのか。あなたたちのめぐまれたカラダをなぜ自慰の道具に貶めようとするのか。どうしていつまでもつまらない夫をもってしまったと愚痴ばかり言っている老いた母親の言いなりになっているのか。女として生まれた、そんなしあわせなことを、どうしてあなたたちは軽視するのか。

男のようになりたいのか。精液を出すためだけに生きるみじめな虫けらになりたいのか。女の知人はすべて性欲対象であり、親友の妻だろうが、妻の高校の後輩だろうが、上司の娘だろうが、恩師の孫だろうが、ありとあらゆるすべての女に、性欲を持たされてしまう、男みたいな生き物になりたいのか。カネがあれば好きなだけ買春をし、隙あらば生でしたがり、プライドばかりが肥大化して、女に馬鹿にされてしまうことが、自分のほんとうの姿を見抜かれてしまうことが、恐ろしくて、恐ろしくて、日々恐怖におびえながら生きている、なさけなくて、つまらなくて、まずしくて、哀れすぎる男のような生き物になりたいのか。母の子宮の中で選び取った女という性を、あなたたちはなぜ大切にしないのか。

ああ、このようなことを言いたいのではなかった。このようなことを書きたかったのではなかった。女の裸の足指が、膝が、太ももが、陰毛が、肛門の皺が、臀部の丸みが、背中の稜線が、柔らかい二の腕が、草原のような腹部が、きらきらと光る星のような目が、かぐわしい髪の毛が、この世のどんなものよりも、いとおしくうつくしくにくらしい。女どもが、女どもがいなければ、男はこんなに苦しまなかった。女たちがいなければ、男はこんなにしあわせには生きられなかった。一匹の虫けらなのに、生きる価値の何一つない、精液を吐き出すだけの糞袋なのに、生きていて、よかったと思ってしまった、女に、負けてしまった、女があまりにも、あまりにも。

今日も夜空だけがあった。泥まみれの汚らしい私に、やはり、星が何かを示していた。弱者を踏みつけ、ルールを押し付け、カネだけがいつも正義で、薄ら寒いきれいごとばかりをテレビが、新聞が、ラジオが、雑誌が、Twitterが、Togetterが、そこに群がる言論人どもが、いつでも、どこでも垂れ流していた。女たちはどこにいるのか。女たちはどこにいったのか。いつでも女の姿を求めていた。いつでも女を探していた。女が光であったならよかった。願わくば私の両目を焼きつくしてくれ、私のこころを焼き尽くしてくれ、これ以上女たちに嫉妬せずともよいように、私がこの糞のような人生から、ほんのいっときの平穏を得られるように、女よ、女たちよ、これから女になるあなたたち、きっと自らを愛せよ、そして私を、憎んでくれ。