2013-06-12

刊行によせて/読者への手紙

先日、「マージナル・ソルジャー」の発売を行いました。
皆様ご購入ありがとうございます。長大な作物ですから、寄稿している他の作家の方々の文章(そしてあのすばらしい扉絵も!)を含めて、末永く手元においてお楽しみください。

私の読者の中には、かつて公開していたブログをすべて保存し、繰り返し読んでいるようなひとがかなりの数いることは、以前から知っていました。こういうひとびとにとっては、本を買うということは、そのまま作者へのエールだと受け止めています。一年間もお待たせしてしまいました。

「一粒の米も、一本の釘も作れない」人間の責任とは、つまるところ、作品を作ることによって世間様に恩返しをしていくしかないということです。私の次回作は来年以降になりますが、引き続きご愛顧くださいませ。

2013年、ことばの暴力が激しさを増しています。弱者を弱者が叩き続けています。かれらは誰か。それは誇りと、プライドと、カネのすべてをこの20年間失い続けてきた、日本人の姿にほかなりませんでした。

私たちは、まっとうな日本人として、そしてこの世代に青春を過ごした人間として、この醜悪きわまりないネットを、社会を、真正面から直視しなければいけないと感じています。そうしなければ、この失われた20年が、ほんとうの意味で無駄になってしまいます。

私たちは、自らがなした失敗を、生きなければならない。

しかし状況は日々悪化するようで、改善するきざしすら見せません。私たちから、人間らしさを奪うインターネットが、私たちをさらに愚かに、貧しく、みじめにしていく。これを止めることは誰にもできないのかもしれません。

この状況とたたかうためには、ことばが必要になります。それはツイッターにはありませんし、SNSにもありませんし、ネットの有名人が提供できるものではありません。

大喜利と、おふざけと、揚げ足取りと、猫画像しか存在しないこの貧しいネットの中に閉じ込められた私たちの生活の恐るべきうすら寒い光景。この悲惨な光景を見て、こころが痛まないまともな人間はいません。

しかし、これを変えようと思ってはならない。それはまた別の愚かさにとらわれるだけです。むしろ何もしないことが求められていると言ってよい。必要なのはただひとつ、考えること、内省すること、そしてできうるならばこの貧しさを宿命として受け入れることです。

あなたの隣人のくちやかましい「社会活動」や「大義」にあなたがかかわる必要などない。もっと大切なものがいくらでもある。あなたの手元には生活がありそれ自体が偉大で尊いものにほかなりません。

それを侮蔑する、声の大きい頭のおかしい下品な連中を無視するのもよい。しかしもしあなたがこれに知性と静かな暴力をもって立ち向かうならば、もしこれと徹底的に個としてたたかうならば、あなたは私の、けして会うことのない同志であります。

読むべき作家を探すことは、運命の相手を探すことにも似ています。
あなたは、あなただけの作家を探さねばなりません。

たった一冊の本、たった一人の作家によって、すべての価値観が転倒する出会いがあります。人生にはそのような出会いがある。私がそう信じるように、あなたも、きっとそう信じてくださいませ。

差別的で、閉塞的で、ひとの誇りを踏みにじる嫌な時代がどこまでも続いていきます。

人間らしく、生きていきましょう。

2013年6月12日
SN