2014-01-04

私信的なもの

先日、地元の中古ショップで通信機器を見つけて、相場より安かったので買ってきたのですね。家に帰ってきて、ファームウェアのアップデートをしようとしたら、エラーが出てうまくいかない。色々調べてみたんですが、最終的にはその理由がわかりました。要するに箱の中身が別の製品だったんですね。製品の裏側に小さく型番が書いてある。それが千番単位で古いものだった。つまり二年ぐらい前の製品を新しい製品の箱に入れた上で、それを隠して販売していたわけです。

最初は買い取った店側が騙されたのかなと思ったんですが、たぶん違うんですよね。店側は騙されたことを把握した上で、新しい客(私)が騙されて買うことを見越してわざわざ値段を安くして売っていたわけです。どうせわからないだろうと思っている。わざわざ型番をしらべてチェックするような客はいないと思っている。完全に馬鹿にしてるわけです。これ何かに似てると思ったんですが要するに最近起きたデパートなどの食品偽装もまったく同じ構造ですね。パッケージ(ブランド)でごまかして、中身は粗悪品を売りつける。

こうしたことはアジアではよくあることですが、日本でこんなことがあるとはと思って、私は正直かなりショックを受けました。一日ぐらい落ち込んだ。この国にあると思っていた職業倫理が文字通り失われつつあること。そしてそれはこの店だけの話じゃなくて、読者を完全にナメて馬鹿にしてる週刊誌や、視聴者をまったく侮蔑して「わかりやすい」番組をつくりつづけるメディアも同じなんですよね。それを具体的に目の当たりにしてショックが大きかった。

最近ちらほらブログは死んでないなどと希望的観測を述べるひとたちがいるのを横目にして、頑張っているなあと思うのですが、別に場が滅んだって書くことはいくらでもあるというか、たとえばこの国が滅んでも個人は生きていかざるを得ないのだから、もういいんじゃないか、と思うんですよね。場を作ったりしないほうがいい。大文字の「連帯」は忘れたほうがいい。なぜなら究極的にはひとりでやっていくしかないわけですから。そしてそういう仕事が結局残っていくと思う。実際いま私たちのことばは、そうした個別の仕事の蓄積によって作られている。

最後に時事ネタで紅白歌合戦の話を。美輪明宏の「ふるさとの空の下に」がよかった。あと泉谷しげるもよかった。会社に居づらくなったかつてのエリート社員みたいな顔をした大島優子もちょっとよかった。結局私たちには希望が必要なのかもしれないと思いました。そしてそれはどこにも見つからないので、自分でつくるしかない、またはそれを語るひとを応援するしかないと思いました。私はいまブログを書く愚か者を応援します。誰のためでもなく、自分のためだけに文章を書くと信じる誠実なひとを応援します。今年も頑張りましょう。塩と砂糖を間違えても。