2014-05-19

霧の中

深夜から朝にかけて突然街が深い霧に覆われることがある。五十メートル先が見えないような濃霧だ。もともとこのあたりは山だったらしいのでその名残だとは思うが、窓を開けるとあたりの風景すべてが白いもやに覆われているのを見るとぎょっとする。数時間前には何もなかったのだ。地獄がもしあるならばこういう眺めではないかと思う。ほとんど先が見えないような場所で永遠に出口を求めてさまよい続けるのだ。前も後ろもわからなくなり、霧の中で座り込んで、来るのかどうかすらわからない助けをずっと待ち続けるのである。

私は地方に住んでいるが、車は持たない主義だ。買い物はすべて徒歩で行っている。一番遠い卸は往復六キロ離れておりたまに肉をキロ単位で買いに行く。荷物が多すぎる時にはタクシーを呼ぶが基本的には徒歩だ。そのための足に合った靴、荷物を運ぶためのリュックサック、日除けグッズなどが必須である。徒歩で行くのが好きな理由のひとつは、道の途中で立ち止まることが容易だからだ。整備されていない竹林に野花が咲き乱れる空き地、ぼろぼろのシャッター商店街、十年以上前に潰れたまま放置され荒れ果てた店舗。これからこの国がどうなるのか、地方にいるとなんとなくわかるような気がする。そしてこの社会を覆っている霧のような空気が見えるような気がする。

統計やデータに回収されないのはつねに世の中の空気だ。学者でも評論家でもない市井の人間は空気についてのみ誠実に語ることができる。私の周りにいる人間はなぜか一定以上の教養がありかつ経済的に恵まれている人々ばかりなので、こうした地方に住む若い人々(最近は、マイルドヤンキーというらしい)のことを嘲笑するような発言にたまに苛立つことがある。ひとを教養や貧富の差で馬鹿にしてよいのか、と思うが、もちろん馬鹿にして良いのが日本社会であることは皆さんご存知の通りである。いまだにそんな差別的なレトリックがまかり通り大量生産されるツイッターを見ていれば誰でもわかることではある。だがあまり愉快ではない。自分がその一部であることを考えるとさらに苛立つものである。そしてこの苛立ちには出口がない。ひとは自らの出生を裏切ることはできないからだ。

地方にはイオンのショッピングモールと、コンビニと、アマゾンと、そして衰退する個人商店しかない。だが思い出してみて、かつてこの社会にはそもそもモノもお金もインフラもなかった時代があり、それを誰よりも切望して、寄生虫だらけの野菜を改善し、飲料水の品質を上げ、戦争の苦い経験から原油に頼らない電力インフラをつくってきたのが私たちの父母の世代だったことは動かすことのできない事実だろうと思われる。それ自体はアジアの他の国でも見られる後進国の切実な願いであって(それがどれほど切実かは隣国を見ればよくわかる)、いまもそれを実現したいと足掻いている国々がアジア全域にあることを私たちは知っている。しかし日本がなぜこうなってしまったのか、という不満を持っている世代(私のことだ)もあるし、そして達成された利便性の高い社会しか知らずそれに心の底から満足して「日本に生まれてよかった」と無邪気に言っている世代がいることも知っている。

霧の中では、人は見たいものを見る。想像の中の日本。想像の中の祖国。想像の中の自分。何も見えないのだから、好きにファンタジーを膨らませればよいということになる。ショッピングモールで一日時間を使って買い物ができる日本はよい国なのだ。二十四時間コンビニで買い物ができる日本はすばらしい国なのだ。そのとおりである。だがおそらく、私たちが本当に目指したかったものは、利便性だけがあふれる社会ではなく、豊かであることにより、結果的に自分が救われる社会、誰かを踏みつけにしたり、第三者を土足で踏みつけることなく、自分もまたしあわせになれる社会であったのだろうと思えてならない。そしてその実現には残念ながら失敗したのかもしれない。社会が階層化してラベリングされお互いが石を投げつけ合い、同情や共感が不在のまま各個人の断絶がますます進んでいく。私たちを取り巻く霧はますます濃くなっていき、何もかもを可視化するネットが、私たちをますます盲目にするだろう。

暴走族が今日も路地を走っている。かれらに届くことばを生きねばならない。

(2014年5月19日)