2016-02-20

黙っていること、責任について

本日は雪が降った。テレビのニュースは毎日昼に見ている。ネットでニュースも見る。そのどちらもきわめて偏向している、と感じる。そしてそこには何か重要なものが抜け落ちている、と感じる。それが具体的に何なのか。形にすることは難しいが、前者から抜けているのは本音、いいかえればほんらいは報道すべきであるが、さまざまな配慮の結果抜け落ちてしまうことであり、後者から抜けているのは建前であり、ほんらいは報道すべきではないことを、「言論の自由」を重んじるあまり垂れ流してしまう、と仮に置いてみることができるだろう。

法務省要請によりニコニコ動画の差別動画が削除された事件があったが、その運営母体である会社の手のひら返し具合や、同じ動画を放置しつづけているYouTubeの運営母体である会社をきちんと批判することは重要だ。だが私はむしろ、たとえば前者から本を出していたり、あるいは、ニコニコ動画で動画を制作していて、そこから収入を得ている作家が、その問題に対して口をつぐむ、黙っている、傍観している、という現状のほうがまずいし、恥ずかしいことだ、というように感じた。そしてもちろん恥ずかしく感じるだけではなく、他人事ではないと思える。

つい最近も大きな文学賞を出している出版社が出しているゴシップ誌が、芸能人の不倫問題のスクープを出して世論を騒がしていた。もちろんゴシップ誌は必要だし、それをおもしろく思う自分もいるのだが、さすがにまゆをひそめて「芸能人も芸能人であるまえに人間であり、いくらなんでもひどすぎないか」と言いたくなる。だが、その文学賞を欲しいと思っている作家は、それに対して「ノー」と言えるだろうか。批判できるだろうか。お金をいただいておきながら、そのお金を出している母体を批判することができるだろうか?

懐のさみしい作家が、つまり生殺与奪権を組織に握られている作家が、会社員化する。はっきりとことわっておくと、会社員という存在が悪いのではない。家族や生活のために我慢することは立派な行為である。それをばかにする人は、野良犬にでも食われて死ね、と言っておけばよい。問題は、会社に所属していないはずの作家が、あたかも会社員のようにふるまってしまうこと、あるいは、金銭的に不利益があることにおびえて、作家にしか言えないことを言わなければならない公益性が必要とされる局面において、なんの発言もしないで重要な事柄を黙殺することだ。

私は他人事のようにこれを批判できる立場にはない。そもそも私は公益性が必要とされる過去数年間の局面において何か責任を果たしてきたのか。いや、現実で敗北しており、ほとんど何も果たせなかった。そしてその反省の上でこの文章を書いている。さらに仮定の話をすれば、私が現在深く付き合っている出版社が、上記のようなことを始めたらどうするか。自分の文章を載せてくれている雑誌がそのようなことを始めたらどうするか。そういう事例がすぐに想定される。ネットでは好き勝手に放言するだけの「無敵の人」の立場というものがある。それは端的に言ってばかげており、なんの覚悟もなく、なんの公益性もない。

すべての人が囚われている経済的条件、社会的条件のうちに私もいる。そこから自由な立場などない。つまり公の人間として、発言は不自由であり、私が何か書くこと、言うことで経済的不利益、社会的不利益がもたらされ、原稿は棄却され、賞は獲れず、友人を失う、かもしれない。しかし、2016年現在、ネットがつくりだす空気に支配される社会を見ていて、言うべきことを言う人間がもっと必要だ、というシンプルな結論を出さざるを得なかった。もちろんそれはネットの中だけにとどまる話ではない。だがまずは端緒としてブログがここにある。白いエントリフォームが、責任を果たせと言っている。黙っていることは悪であり、言葉を持っている人間が黙っているのは、不作為を超えた裏切り行為だ。

雪は止んでいる。
状況は最悪でありネットは狂っている、と以前書いた。私たちのうちに内在する弱さが、私たちを醜さやあさましさに駆り立てる。そのことを受け入れるほかない、と思っている。

(2016年2月15日)

2016-02-19

道を外れて

地方都市の旧公団住宅の五階。窓から暗いままの街の通りを眺めている。世の中というものは、私たちが何もしなくても、何もできなくても、どんどん前へ進んでゆく。ただしその「前」とはどこなのか。それはいまよりもよい場所なのか。それには答えることはできない。ただ変化だけが永遠である。変化だけが真実であり、変わっていないように見えるものも、その中身はいつのまにか入れ替わっている。善人は守銭奴になり、道徳をとくものが裏切り者になり、健全さをもとめて病人になり、故郷は「うつくしい国」になる。それを止めることはだれにもできない。

机の上には、年明けに行われた某誌の新年会の写真がある。社主から送っていただいたもので、私と一緒に映っているのは、G誌で活躍しているAさん、それからSS誌第23回新人賞を受賞したHさんなどだ。私はめずらしくスーツを着ている。私も候補の一人で、実際の受賞者であるA・Yさんに敬意を払う意味でその服装で行ったのだ。その日はとても寒く、私はなぜかA・Yさんとホテルのロビーで偶然会い、ふたりで並んで会場へと向かったことを覚えている。新年会では緊張してタバコをひっきりなしに吸っていた。料理のためにやめたタバコは、こうした会合のときだけ解禁している。

詩を書いて発表するようになって、そしてさまざまな会合に足を運ぶようになって、色々なことが変わったように見える。私はネットに文章を書くことをきわめて恥ずかしいことだと思うようになり、その時間を使って原稿に向かうべきであって、頼まれているもの、賞のための作品に集中すべきではないか、と思うようになった。そしてそれは実はネットに文章を書きたくてたまらない自分に対する言い訳だった。結局、私にとって詩は「ほんとうに書くべきこと」からの逃避に過ぎないということだった。

同じ新人賞の候補に、Y浜詩人会賞を受賞されたK・Rさんがいた。研究会にて知りあった彼女の作品は、障害を持つ子供と真正面から向き合ったうえに成り立つもので、私のような失敗した父とは対極にある人生だと思った。子供が熱を出して新年会を欠席したK・Rさんの話を聞くと、そういうものをすべて放棄した自分の弱さ、醜さ、駄目さかげんというものがよく理解できる。そうした認識を得るために私はこの人に巡りあったのだろう、と思って、自分より大きな、偉大な何かに感謝する気になっている。

本日は春らしい陽気で、いまも外はつよい風が吹いている。ひさしぶりにブログの白いエントリフォームに向かいながら、ほんとうに書くべきこととは何だろうか、と自問してみる。そもそも何を書きたかったのか。なんのために書きたかったのか。尊敬する作家に近づきたいと思って書き始めたのは間違いなかった。だが自分が歩んできた道は、もう最初の目的とはどうしようもないほど違っていて、2016年に作家として生きるということはどういうことなのか、なんの答も見つからなかった。名誉だろうか。お金だろうか。たぶん違った。そもそも、私が最近巡りあった才気ある作家たちは、そんなくだらないことのために書いていない。

最後に子供と会った数年前、息子と駅構内を歩いた。足にやや障害があり、息子が転ばないよう、私はその手を握った。それは私がもっとはやくからすべきだったことであり、さらに、ほんらいいますべきことのはずだった。自分という人間にできなかったこと、その与えられた人生の枠内において、能力が足りずにさまざまなものを捨てなければ生き延びられなかった事実があった。弱く、情けなく、どうしようもない人間の姿があった。おそらく作家の仕事とは、けして赦されることのない、そのどうしようもなさをそのまま形にすることなのだ。ほんとうに書くべきことは最初からそこにあった。

(2016年2月14日)