2016-02-19

道を外れて

地方都市の旧公団住宅の五階。窓から暗いままの街の通りを眺めている。世の中というものは、私たちが何もしなくても、何もできなくても、どんどん前へ進んでゆく。ただしその「前」とはどこなのか。それはいまよりもよい場所なのか。それには答えることはできない。ただ変化だけが永遠である。変化だけが真実であり、変わっていないように見えるものも、その中身はいつのまにか入れ替わっている。善人は守銭奴になり、道徳をとくものが裏切り者になり、健全さをもとめて病人になり、故郷は「うつくしい国」になる。それを止めることはだれにもできない。

机の上には、年明けに行われた某誌の新年会の写真がある。社主から送っていただいたもので、私と一緒に映っているのは、G誌で活躍しているAさん、それからSS誌第23回新人賞を受賞したHさんなどだ。私はめずらしくスーツを着ている。私も候補の一人で、実際の受賞者であるA・Yさんに敬意を払う意味でその服装で行ったのだ。その日はとても寒く、私はなぜかA・Yさんとホテルのロビーで偶然会い、ふたりで並んで会場へと向かったことを覚えている。新年会では緊張してタバコをひっきりなしに吸っていた。料理のためにやめたタバコは、こうした会合のときだけ解禁している。

詩を書いて発表するようになって、そしてさまざまな会合に足を運ぶようになって、色々なことが変わったように見える。私はネットに文章を書くことをきわめて恥ずかしいことだと思うようになり、その時間を使って原稿に向かうべきであって、頼まれているもの、賞のための作品に集中すべきではないか、と思うようになった。そしてそれは実はネットに文章を書きたくてたまらない自分に対する言い訳だった。結局、私にとって詩は「ほんとうに書くべきこと」からの逃避に過ぎないということだった。

同じ新人賞の候補に、Y浜詩人会賞を受賞されたK・Rさんがいた。研究会にて知りあった彼女の作品は、障害を持つ子供と真正面から向き合ったうえに成り立つもので、私のような失敗した父とは対極にある人生だと思った。子供が熱を出して新年会を欠席したK・Rさんの話を聞くと、そういうものをすべて放棄した自分の弱さ、醜さ、駄目さかげんというものがよく理解できる。そうした認識を得るために私はこの人に巡りあったのだろう、と思って、自分より大きな、偉大な何かに感謝する気になっている。

本日は春らしい陽気で、いまも外はつよい風が吹いている。ひさしぶりにブログの白いエントリフォームに向かいながら、ほんとうに書くべきこととは何だろうか、と自問してみる。そもそも何を書きたかったのか。なんのために書きたかったのか。尊敬する作家に近づきたいと思って書き始めたのは間違いなかった。だが自分が歩んできた道は、もう最初の目的とはどうしようもないほど違っていて、2016年に作家として生きるということはどういうことなのか、なんの答も見つからなかった。名誉だろうか。お金だろうか。たぶん違った。そもそも、私が最近巡りあった才気ある作家たちは、そんなくだらないことのために書いていない。

最後に子供と会った数年前、息子と駅構内を歩いた。足にやや障害があり、息子が転ばないよう、私はその手を握った。それは私がもっとはやくからすべきだったことであり、さらに、ほんらいいますべきことのはずだった。自分という人間にできなかったこと、その与えられた人生の枠内において、能力が足りずにさまざまなものを捨てなければ生き延びられなかった事実があった。弱く、情けなく、どうしようもない人間の姿があった。おそらく作家の仕事とは、けして赦されることのない、そのどうしようもなさをそのまま形にすることなのだ。ほんとうに書くべきことは最初からそこにあった。

(2016年2月14日)