2016-03-14

Fallout4についての走り書き

この作品をゲームというより一冊のSF小説として読んだ。ゲーム性について適切に語ることができるひとが他にたくさんいるだろうと思うのでそれについては省略(また、カジュアルなプレイヤーに過ぎない私にその資格があるとも思えない)。本作はゲームなので基本的に「操作」しながら読み進めることになるが、これをマウスやキーパッドがいわば「進む」キーとして機能する長大な電子書籍として捉え、このFallout4をかなりおもしろく読んだ。とても楽しんだので以下その感想という名前の走り書きとなる。

本作は、(1)核戦争後の旧ボストン「コモンウェルズ」を舞台にし、(2)核戦争勃発前の200年前にコールド・スリープ装置で冷凍された主人公が、(3)一緒に装置で眠っていたはずの子供を誰かに誘拐され、(4)200年後の様変わりした世界に旅立ち、(5)町の復興に携わりながら、子供を取り戻すためにさまざまな勢力と協力または敵対してゆく、という筋書きになっている。いくつかの選択肢がありかつてのゲームブックのように、選んだ結果によっておおきく結末が変更される。複数の結末が準備され、いずれかのタイミングでこれを選ぶことができる。

核戦争後の世界は、いくつかの勢力が激しくぶつかりあう無法地帯になっている。荒れ地は放射能汚染がつよく残り、日本の古い特撮映画のような設定として、放射線による生物のミュータント化が進んでいる。要するに外は追い剥ぎや化け物がうようよしており、共同体はほとんど崩壊していて、わずかな集落が汚染された都市の残骸にあちこち散らばっている。

以下、おもな勢力を紹介する。

(1)BOS/ブラザーフッドオブスティール
パワーアーマーという強化外骨格が特徴的な、おもに米軍の生き残りによって構成された武闘派集団。戦前のテクノロジーを集約し、これを管理することを重要課題と考えており、「間違った手」に技術が落ちることを極度に嫌い、武力によって敵対勢力を破壊し、収奪することをいとわない人々。重火器を始めとする高い技術を所持しており、空飛ぶ巨大な飛行船「プリドゥエン」を旗艦とし、コモンウェルズで活動する。コモンウェルズでのかれらの目的は、高いテクノロジーを要すると思われる技術者集団「インスティチュート」の殲滅である。

(2)ミニットマン
主人公が一番始めに巡り合う勢力であるコモンウェルズの自警団。もっとも、カリスマを有するリーダー没後は分断されほぼ崩壊している。基本的に自警団であるため、農民などといった市民のボランティアで構成されており、火力組織ともに脆弱。レーザーマスケットという特徴的な外観の武器をよく所持している。主人公が協力することによって組織をある程度復活させることができ、以降「キャッスル」という拠点より、コモンウェルズ全域にわたってラジオを放送、市民の安全な生活を支援するようになる。それぞれの居住地を防衛するのもかれらの仕事。

(3)レールロード
無法地帯にあるまじき、高邁な理念を掲げた人権活動集団。コモンウェルズに徘徊する人間そっくりな人造人間「シンス」に人権を与えようとする、ラディカルな思想に基づいた活動を行う。人権という概念がそもそも崩壊した世界で見上げた根性をみせる地下秘密組織。シンスを制作し、これを「奴隷化」しているインスティチュートと敵対関係にある。リーダーはデズデモーナという美人で、高度な専門性を兼ね備えたエージェントたちを取りまとめ、コモンウェルズのあちこちでゲリラ的な諜報活動と工作を行っている。最終的な目標は不明だが自意識をもったシンスを回収し、ひとりの人間として「解放」する運動を続けている。

(4)インスティチュート
シンスを制作する謎の組織。その実態は、かつてコモンウェルズにあった大学の研究員たちによる生き残りによって作られた科学者集団。BOSに比肩する強力なテクノロジーを有し、人間そっくりのシンスを制作、これをコモンウェルズじゅうにばらまいて情報収集および工作活動を行っている。町の人間を誘拐し、その代わりに外見見分けがつかないほどそっくりなシンスを送り込んでいることで知られ、その目的もわからないため、コモンウェルズ住民の畏怖の対象。人造のシンスにも自意識があることを承知しており、シンスが裏切った場合、回収・人格のリセット作業をひそかに行っている。ひとつBOSも知らない超テクノロジーを隠し持ち、運用している。

(他)レイダー、ガンナー
レイダーはいわゆる「追い剥ぎ」や「野盗」。ガンナーは武装し訓練をつんだ「武装レイダー」とでもいうべき存在。どちらも基本的に略奪することしか考えていない。

物語は、荒れ地と化したコモンウェルズに出て右も左もわからない主人公が、ミニットマンの生き残りと遭遇するところから始まり、ミニットマンと協力し、荒れ地のあちこちに残された居住地を建て直し、ミニットマンを復活させ、居住地の防衛に従事させながら、ばらばらになったコモンウェルズをまとめてゆく、といったものになる。もちろん、行方不明の息子も探さなければならない。息子を探して、一番大きな町にゆき、上記の勢力と協力したり敵対したりしながら、手がかりを探してゆくことになる。

以降ネタバレだが、この物語の特徴をよく表しているサブシナリオを紹介する。ある町で、ひとがしばしば行方不明になると評判になっている。その町を訪れた主人公は、さらわれた女性のひとりがどうなったのか探すことになるのだが……最終的には、さらわれた人々は、人間のうちに紛れ込んだシンスを特定する実験のために犠牲になっていることが明らかになる。首謀者はシンスに家族を殺された科学者で、人間そっくりなシンスを特定の質問とそれに対する応答によって見つけ出すことができる心理テストを開発(「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」のフォークト=カンプフテストみたいなもの)していた。テストは心理的・肉体的な苦痛を与えることによってその応答を確実にする残酷なものだ。

さらわれていた女性も檻の中にいた。さて、主人公にはふたつの選択肢がある。ひとつは、科学者に協力すること。もう一つは実験をやめさせることだ。結論から言うと、さらわれていた女性は文字通りシンスだった。つまり、科学者のやっていた残酷な実験は、実在する危険のためのテストだったということになる。最終的に、女性を助けるか、科学者の味方につくか、どちらかを選ぶことになる。どちらを選んでも、後味は悪い。科学者は手法こそ残酷だが、実際に人間になりすまし、紛れ込んでいるシンスという脅威が存在していることになるからだ。基本的に、Fallout4の物語は、この「選択しにくく、どちらにも一定の正義があり、何が正しいのかわからない」という対立するふたつの人間や思想についての選択を通じて語られてゆく。

私は「インスティチュート」ルートを読み進めた。つまり、シンスを制作し、コモンウェルズの人々を恐怖に陥れている技術者集団に協力したことになる。なぜインスティチュートに協力したのか……それはここで書かないほうが面白いと思うが、息子は誰に誘拐されて、いまどこで何をしているのか。そうした疑問について明らかになる、つらい真実の瞬間が待ち受けており、それを知った私はインスティチュートに全面的に協力することを選んだ、とだけ書いておく。インスティチュートに味方することは、他の集団と手を切ることであり、私の場合はBOSとレールロードと敵対することになり、物語の過程で何度か協力関係を結んだこともあるかれらを滅ぼすことになった(ちなみに、逆の場合はインスティチュートを滅ぼすことになるそうだ)。これは文字通り、読み進めるこころが折れそうになる展開だった。BOSもレールロードも、それぞれの理念と守りたいものを持っている人々だったからだ。

何もかもが終わった後、あとには膨大な死人と、かつて仲間だった人々の墓が残された。そして私の分身としての主人公を待ち受ける喪失感はとてつもないものだった。インスティチュートを中心とした物語のテーマは、ひとことでいえば、「たった一人の人間の幸せのために、他の人間を犠牲にしても許されるのか」というものである。たったひとりのため、その人生を満足させるためだけに、多くの血を流し、かつての仲間を裏切ることを強いられるこの物語を読み終えて、なぜフィクションでここまでつらい思いをしなければならないのか、と思った。そして、こういうものを読みたかった、という感想を持った。そしてどこか、この作品を作った人々への敬意の気持ちをもって、この走り書きを記している。

なお本作は、私の目から見ても翻訳の品質はよくないが、日本語版の声優たちの頑張りは驚くべきもので称賛してよいのではないかと思う。間違いは確かに多いが日本語版もお勧めしたい。

2016-03-11

衰退のつらさ、私たちの責任について

「鎮魂せよ、いや無理である思いださねば
 鎮魂せよ、いや不可である呼び戻さねば
 鎮魂せよ、死んだものを死んだものとして
 鎮魂せよ、新しき呪いの成就のために」

私は日本の古い街で生まれ、アジアの小国で育った。現地は先の対戦で日本軍によって一時的に占領されていた島で、街の中心部には虐殺された人々の魂を鎮めるための巨大な慰霊碑が立ち、日本人墓地にはからゆきさん(日本より売られた売春婦)の墓が並び、塹壕など戦争の遺構があちこちに残されていた。もっとも、当時の私は、外国語を覚えるのにせいいっぱいで、その歴史を何か遠いものとして眺めるほかなかった。日本に戻り、大人になってから、詳しくあの戦争について、調べたり読んだりした時、自分が住んでいた島で何が行われたのか知った。そのときの衝撃はちょっとことばにはできない。

ネットでは、そしてネットの生み出す空気に支配される現実では、総体としてのいわゆる行動する保守と、これを支持する人々の草の根的なブログとSNS活動が幅を利かせている。ここはブログであり私は正直に書かなければならないが、私はかれらと心情的な共通点を持っている。これをより具体的に腑分けすると、(1)衰退する日本に対する強い苛立ち、(2)アジア唯一の先進国だった地位が消失しつつある/したことについての不安・恐怖、(3)これらのどうにもならない現実に対する無力感と感情的反発、の三つにおおきく分けられると思う。私もこれら三つの感情を確実に持っている。

端的にいうと、これは「自分の国が弱っていくのを見るのはつらい」という感情だ。やっかいなのは、このつらさは、本人にとって受け入れがたいことであり、それを指摘することがさらなる怒りと反発を招くからだ。私もこれを書きながら、こうしたことを告白することのきつさを噛みしめている。私たちはやはり、自らが所属する土地や共同体や国が、ある程度は強くあってくれないと、あるいは、「将来はよくなる」という希望がそこに感じられないと、誇りと呼ばれる何かを持ち難くなるものらしい。だが、まずはここからはじめよう。自分が生まれた国が弱っていくのをみるのは、つらい。

少し世代を選ぶ話になるが、私が子供の頃、日本製品は文字通り世界を席巻していた。アジアのショッピングモールに行けば、そこに陳列された家電製品はほぼすべて日本産だった、といえば、ある程度は当時の空気が伝わるだろうか。こうした現実の中で、アジア人たちから羨望のまなざしを浴びながら生活をしていた。いまはどうだろうか。実はそれなりに羨望される底力のある国(と、信じるぐらいには私も愛国者だ)だが、ここ二十年ばかりの凋落に関しては、正直、それをまともに考えてみると、こころのどこかが損ねられるような、そんな気がする。そしてこの感情は、いまこの国に生きる多くの中高年(と、おそらく一部の若者)が共有しているものであると感じる。

そうしたどうにもならぬ喪失感、無力感に付け加えて、前回も書いた擬似共同体としての会社、イエのゆるやかな崩壊があり、そこに所属できないものが共同体より放擲されて、不安定な雇用という経済的条件に加え、正社員とそれ以外の間に格差と断絶をもたらし、後者はイエから疎外されて、つよい孤独感を深めている現状があるだろう。さらにつけくわえるならば、男女間の断絶はもっとひどくなり、男も女もお互いにあちこちで石を投げつけあい、会ったこともない相手への憎しみをつのらせている。しかし、ほんらい、共同体に所属できない人間が、ゆいいつ救われる可能性が高いのは、伴侶や家族を持つことなのだ。それもなければ、もうどうしようもないではないか。

個人的な話をすれば、2011年の原発事故は、ここ20年ばかり感じていた喪失感の最終幕だったように思う。いま思いだしても、原発にヘリで水をかける様子をテレビで見たときのどうしようもない絶望感は強烈に焼き付いて離れない。あの時、多くのひとのこころのうちで、誇りのひとつであった「技術大国」が死んだ。そしてそれはいまも回復していないし、今後も、技術大国の驕慢が作り出した小さな燃える地獄を今後何十年かに渡って見続けることになることは確かだ。だが私は誰か第三者に責任を押し付けてそれを批判したりしたいわけではない。それは政治家と政治屋の仕事であり、さらにいえば、そもそも原発を推進してきたのは私たちが選挙で選んだ(または、無為によって当選させてしまった)自民党であり、さらに、その電力を使って豊かな生活を享受してきたのもまた私たちであることは、疑いようのない事実だからだ。

私はむしろ、私たちの責任とは何か、という問いをここで立ててみたい。それは前の戦争についてもそうだ。いわゆる総体としてのリベラルが主張する謝罪や反省ではなく、私たちひとりひとりの取るべき道義的な責任とは何か、という問いを立ててみたい。なぜなら政治家が謝罪しても、あるいは国家が謝罪しても、死んだ人間は帰ってこず、奪われた人生はかえってこず、とりかえしの付かない現実はかわらない。必要なのはこれらを弔うことばであり、そのことばを作りだすこころであり、それは目に見えない倫理的な姿勢によってしか生み出されない。一般的には、裁判であれば謝罪にはあまり意味がない(なぜなら、誰でも口先で謝罪できるからである)ので、金銭による賠償が行われる。それはあくまで司法上の「反省」であって、責任を取る、ということは、それとは違うはずだ。

私たちの責任とは、私たちがやったことを直視すること。ことばにすると陳腐きわまりないがその一言に尽きると思う。そしてさらに、現状を直視すること、であると思う。私たちが政治に興味を持たず(そして、政治関与についての忌避感情には歴史的な経緯があることを承知しつつ)長い間自民党政権を野放しにしたことによって、国のあちこちに過剰な数の原発が作られ、そのうちのひとつが事故を起こし国土が失われたが、これを一方的に責める資格を有するわけでもなく、電力を享受して生活を送ってきたという本質的な矛盾を直視すること。そして衰退する国のなかで、そのつらさ、くるしさから眼をそむけ、いわゆる「うつくしい国」に代表されるような、自画自賛・夜郎自大な言い訳によって自らの閉塞感を欺いてきたこと、少しも幸せではないのに、「日本はいい国」とうそぶいて、みずからの涙を隠してきたこと。

この国に参画する/してきた一人の市民として自分は何をしてきたのか。あるいは、過ちをおかした二世代前の者たちのやってきたことの上に自分たちの安寧な生活が成り立っていることをどう受け止めるのか。そして衰退する国のうちにいて、そのつらさとどう向き合ったらよいのか。こうしたことに自分なりのことばを与えることが現在における私たちの根本的な責任として考えられる。責任とは、きつく、つらいものだ。そして私が思うのは、そうした思索はプライベートで内的な問答によるほかなく、そこに自らがかくとくした納得がなければ、そこより出でるどんなことばも空虚に響くであろうということである。

(2016年3月11日)

*引用は『詩と思想』2015年10月号所収「骨の海」より

2016-03-09

イエのない社会

考えてみよう。私たちが「日本を取り戻し」た世界。私たちの国が「うつくしく」なった世界。私たちはいまよりも幸せだろうか。私たちはいまよりも恵まれているだろうか。私たちはいまよりも許されているだろうか。いや、違う。私たちは、私たちの孤独をどうにもできないのだ。

また、雪が降っている。ここしばらく、東京と地方を往復する生活が続いている。電車に乗っているスーツを着た人々の顔を見て、昔、会社勤めをしていたころのことを思いだす。私には正社員勤務の経験はないが、一年単位で契約更新される専門職として、外注される業務を請け負う形で、とある大手企業に十年ほどいた。それは都心部にある大きなガラス張りのビルで、東京に行くと、その時のことが車窓のむこうによみがえる。

その会社は、仮にI社としておくが、悪い会社ではなかった。同じ部署にいる同僚たちは親切だったし、基本的に善意をもって人に接していた。それはいま考えれば、最近しばしば話題になるブラック企業とは対照的な、財務的に健全で、世界的にも高い評価を受けている自らの事業に対する自信の裏返しでもあったのだろう。人間は、困窮すればするほど、負の感情を制御することが難しくなる。かれらは、外部業者である私に対しても敬意をもって接してくれていたと思う。

だが、つねに疎外感は感じていた。それは会社員同士であれば敬称なしで名字で呼びあう慣習、「入社同期」の社員たちの間にある強い絆、家族ぐるみのつきあいがごく普通である社風などにあった。この空気を外国の人間、あるいは会社勤めしていない人間に説明することは難しい。見えない絆、といったらよいか。それはほとんど家族のそれであり、ブラザーフッドだった。正社員によって構成される日本の会社は、疑似的なイエなのだ、ということを、私はその時考えた。そこに入れないものは「さん」づけで呼ばれるよそ者に過ぎないわけだ。

私の祖父はよく「会社勤めをしろ」と言っていたが、それはつまり、自らが所属するイエを持て、ブラザーフッドに参加せよ、という意味だったといま思う。なぜならそうしなければ、この社会では永遠に所属するべき場所を持たないよそ者であり、部外者でありつづけることになる。「正社員」とは、単に福利厚生や身分の安定性だけを提供している立場ではない。それは小さな共同体へ参加するためのパスであり、だからこそ、入社試験はあれほど厳しく、入った後は軽々しく首にはできない仕組みが保たれなければならないのだ。なぜなら家族の一員となったものを、簡単に切り捨てるようなイエは、イエとしての体面や尊厳を保てないからだ。

そう考えた時、私たちの多くが抱える「孤独」が増大した/している理由が少し見えてくる。それはバブル崩壊後、企業を守るために非正規雇用を増やしていった国の政策と一致し、社会的情勢によってイエに参加できなかった若者と、その中で歳をとった中高年者が、どこにも所属意識を持てないまま、みずからの寄る辺をもとめてネットをさまよう現実が見えてくる。そして所属するイエをもてないこと、部外者であることは、じつは、人間にとって、とてもつらいことなのだ。なければ、死を選んだほうがましだと思うほどに。

私は幸運にも、職人としての道を選び、ほぼ一人で生活している。上記のような共同体には参加こそしていないが、職人集団の末端として、職務に誇りを持っている。だが、それでも、所属がないということはつらいものだ。つい先日、とある会合で団塊世代の元会社員と話す機会があったが、いまの若い世代の苦しさについて、何もわからないという印象を受けた(そして、とてもいい人だった)。そして、それは普通のことだ。イエに所属しているものには、それが提供しているアイデンティティのありがたさがけしてわからないのだから。

この社会を眺め渡してみて、この孤独をなんとか解決しようとする同年代の試みがすでになされているように感じる。それはたとえばお金がないまま田舎に移住する若者たちだったり、ゆるいつながりを毎日確かめあう家族の代替品としてのSNSであったり、こうした孤独を忘れるための祭りとしての即売会だったり、あるいは「いつでも祭り」のニコニコ動画だったりするのだろう。だが残念なことに、会社というイエが高度成長期に提供していた代替品にはなりえないようだ。

私は以前、景気が回復しても、私たちのつらさは消えてなくならない、と書いた。政権与党の人々は政治家であり、ひとの心については鈍感きわまりない。と、いうよりも、鈍感でなければ政治などという過酷な職業は続けられないのだろう。だからかれらが「取り戻す」日本は、なにが悪いのかわからず、何がつらいのかわからず、何がひとびとにとって良いことなのかわからず、よって経済の物差しでしかものを考えられない人々が思いついた日本ということになり、さらにいえば、かれらが目指す「うつくしい国」は、上っ面だけを取り繕ったまがい物、という結論が導き出される。

正直、どうしたらよいかはわからない。自分がどうしたら幸せになれるのか。それはわかる。だがほかの人々がどうすべきなのか。この社会をどうしたらよいのか。それは私の手にあまる課題のように感じられる(ので、私は政権与党の人間にも一定の敬意を払う)。だから、私にできることをしようと思う。私にとってそのひとつは、こうしたブログで、私たち世代の人間、現代に顕著なつらさやくるしみにかたちをあたえ、その原因について考えることだと思える。

イエがないことはつらいことだ。家族として見なされないまま会社に勤めるのもつらいことだ。そしてそのつらさは経験したことのないひとにはわからないものなのだ。そうした何百万、何千万もの孤独が、この社会に充満している。私たちは解決できない問題と向き合っている。どうしたらよいか。わからない。わからないが、私はこの国の目に見えない良識と底力、つまりネットには可視化されることのない善意や知性の存在を信じて、こうしたことを記してゆこうと思う。

(2016年2月25日)