2017-06-22

優しくないものたち

仕事の合間に買い物に出かけて夏物のスラックスを何本か仕入れて、職場に戻ってきて自民党の女性議員が暴言で辞職したというニュースをみている。テープも一部聴いてみて、あまりのひどさに正気を疑ったが、いったいふだん職場たる自民党ではどんなひどい目にあっているのだろうと思ってしまう。プライドや尊厳をあらゆる意味で踏みにじられる非人間的な職場に勤めていなければ、自分よりも弱いものをここまで執拗に攻撃しようとはしないだろう。人間、自分がやられたことしか、ひとにできないものだ。

こうした負の連鎖は止めることができないし、たとえば自分が誰かに寛容にしたとしても、それを相手が感謝するかというとほとんどそんなことはなく、むしろ舐めてかかってくることがほとんどで、さらにいえば「優しさ」に甘えてもたれかかってくることがほとんどではないだろうか。つまり人間、嫌なやつになって、自分のいいたいことだけをいって、相手のいうことはいっさい耳を貸さず、怒鳴り散らしてひとにいうことを聞かせる人生がいちばんお得……ということかもしれない。そう思って苦笑してしまう。

上記と矛盾するようだが、わたしは、どこかの作家が言っていたが、優しいひと、が最終的には勝つと思う。舐めているひと、思い上がっているひと、馬鹿にするひとを打ち負かすと思う。現実をみればそんなことはない、と読者はいうかもしれない。それはわかる。だがそれでも、わたしは優しさを守り抜けるひとこそが強いと思うし、人生の究極的な一面において、優しいひとこそが最終的に幸せに生きられるのだ、と思っている。ひとを傷つけることでしか自らの傷をいやすことができないひとたちは、端的にいってかわいそうなのだ。

2017-06-21

交差点の女

ひとが歩く速度と同じ速度で雲が南から北へとながれている。もちろんそれは錯覚にすぎない。遠くにあるためひとと同じ速度のようにみえるだけで実際にはもっと速く動いている。わたしは交差点で自転車に乗って信号が変わるのを待っている。信号はなかなか変わる気配がない。昼間に降った大雨はすでにながれて水たまりは強風に吹き飛ばされてなくなり、ちぎれた雲のあちら側に沈む夕日の光がもえあがるのが見える。道は濡れていてそこに枯葉が散らばってへばりついている。わたしの隣、路上では髪の毛を紫色に染めた若い女が車中で口紅を直している。後部座席には乳幼児が窮屈そうにシートに収まっている。運転席には疲れた表情の男がハンドルを握っている。女はわたしをちらりと見て目をそらした。子供のほうは生まれておそらく三ヶ月ぐらいだろうかよく眠っているようだ。待っている間に、午後五時になると鳴り響く時報が聞こえてくる。あたりはすでに夜のように暗い。闇に溶ける精悍な肌の色をしたアジア人たちが道の反対側を自転車で走ってゆく。どこかで老人が咳き込んでいる。信号が青に変わる直前、女がまたわたしを見た。そして真っ赤な唇をひらいて何かを言おうとした。どこかで会ったことがあったか、とわたしは思う。だがそれを思い出す前に信号が変わり、あちこちがへこんだ車に乗った女とその家族は、わたしを置き去りにして道の彼方へと消えていった。

夜がふたたび訪れる。ようやく待ち望んだものがやってくるのだ。

2017-06-20

虚栄の詰まったずだ袋、またはGoogle+を辞めた理由

ネットでは無限に嘘がつける。嘘の真偽を検証する方法はない。先日、わたしはとある恥ずかしい事件があってGoogle+というSNSを辞めたと書いたが、結局のところ、それ以降ネットの上でのすべてのやり取りを中止することになった。それから三年、コメントやコミュニケーション機能を意図的に排除したTumblr等でしかネットでは書いてこなかった。

どうでもいい話、つまりきわめてプライベートな話になるが、なぜ辞めたかというと、とある作家のことを読んでいないのに読んだと書いてしまったから、というシンプルなものだ。きわめて恥ずかしいことで、それ以上でもそれ以下でもないが、ひとつはっきりしているのは、ネットはそういう知的な不誠実さを実行するのにもっとも適した空間であるということだ。

一方、読者はこう言うかもしれない。現実においても知的な不誠実さが横行しているではないか。たとえば、野心で眼を輝かせた若者に「きみはXを読んだか」と聞いたら、「読みました」と精一杯の嘘がかえってくるではないか、というかもしれない。そのとおりだ。若者や未熟者が知らないものを知っていると強がるのはいい。だが、その若者は次に会うときまでにそれを読んでおく必要が生じるだろう。嘘をついてしまったら嘘を守る必要があるからだ。

ネットではそうではない。いつでも嘘がつける。いつでも嘘をごまかせる。いつでも嘘を塗り重ねることができる。次から次へと嘘を糊塗することができる。誰もそれを検証などしないしできない。ここまで読んで、読者の脳裏に浮かんでいるAからZの人気ブロガーや「知識人」たちの顔をわたしも共有しているといわねばならない。だがわたしは彼らを批判する気にならない。ネットにとどまればそうなってしまう。虚栄の詰まったずだ袋になってしまう。それは避けられない。

その時、わたしはSNSから完全に去ることにした。それはGoogle+で巡り合った貴重な友人たちとも永遠に別れることを意味した。それはつらい選択だったが、他に選択肢はなかった。不可避的に生じる嘘への衝迫、衝動、欲求、これらから誰もが自由ではないことはたとえばツイッターをみれば明らかで、ひとにとって自然なこうした欲求を受け入れてネットという現代を楽しむ、という姿勢はありうる。だがわたしはそうした道は選べそうにない。

自分の言いたいことを書いて市場の流通に乗せること、商業的な価値がないかもしれないものをつくってゆくこと、現実社会に無視されるかもしれないものをつくってゆくこと、これをネットとネット以外の貌をもった現実の相反するふたつの場で行うこと、それがわたしのすべきことであり、していることであり、今後もしてゆくことだ。

だがさみしさはある。Google+はいいSNSで、巡り合ったひとびととの絆は貴重なものだった。わたしが自らの愚かなふるまいでそれをうしなったことを後悔している。それをここに書いておきたかった。

2017-06-19

真剣な病気

書くのは楽だが校正はつらい。夜になって、ふたたび机に向かっている。それしかできないので、家事以外の時間は机に向かうしかない。印刷し、再読し、間違いがあるかどうか確認する……のだが、読み返す気にならない。もっとはっきりいうと読み返したくない。

だが仕事なので仕方なく読み返す。携帯端末で読める文章を書くのもいいが、手に取れる物理的媒体としての紙の雑誌や本もやはり必要だ。過去十年、わたしは紙媒体にする努力をどちらかというとさぼってきた。そのつけをいま支払っているということになる。

努力、というものは、正しい方向でやらなければ、ただ時間が浪費されてしまう、と頭の表層では思うが、「無駄」とか「浪費」といった単語に過度に反応してしまうことこそが避けなければならないことで、むしろ無駄なものこそがおもしろいといわなければならないのだろう。

机で原稿を読み返していると、外を十代の少年たちがなにやら奇声をあげながら走ってゆくのが聞こえる。おそらく楽しくて仕方ないのだろう。だが外からみればそれは病気にすぎない。真剣に無駄なことをする、それもやはり病気というほかない。

2017-06-18

兼業主夫の日曜日

だんだん暑さが増している。キッチン用に布巾を何枚か買った。コンロ用、床用、テーブル用ととりあえず三種類に分ける。そしてコンロから掃除する。コンロは油汚れが付着しており、泡立てた洗剤を使って溶かすと非常によく落ちる。以前は専用の洗剤を使っていたがちゃんと泡立てれば「キュキュット」で十分だ。終わってから一度手を洗浄し、消毒してからミルクを作りはじめる。

ミルクは沸騰したお湯でなければならず、哺乳瓶は薬液に漬けて殺菌しておいたものを使わねばならない。作り置きは雑菌が発生するのでできないため、毎回新しく作ることになる。ミルク専用の薬缶を買ったのでお湯を沸かす間、テーブルと床をそれぞれ別々の布巾で拭く。

そこまでやって子供が泣き始めたので、おむつを確認し、変える必要があるようなのでこちらを優先して交換を行う。脱がし、かぶれがないかどうか目視して、おむつを専用の容器に捨て、新しいおむつを履かせ、手をふたたび洗浄、消毒し、沸騰したお湯でミルクを作る。飲ませる。飲ませるのにも20分ぐらい。さらにげっぷをさせないと吐いてしまうことがあるので背中を優しくたたいて胃の中に入った空気を出させる。

げっぷするとだいたい眠りにつくことが多いが今日は眠らなかったので、背もたれがあるソファに上半身を起こして座らせて一緒にホラー映画を見る。もっとも見ていたのはわたしだけで子供はすぐに眠っており、テレビの前でひとりでクライブ・バーカー最高などとつぶやきながら「ミッドナイト・ミートトレイン」を途中まで見て飽きる。

外は暑く、日差しが強い。わたしはそっと立ち上がり、音を立てないように夕食の準備を始める。トマトをざっくり切ったものをボウルに入れ、これにケチャップと酢と砂糖を混ぜて適当なソースを作り、これをチキンサラダにかけて食べようと思う。そしてまな板の前で、そういえばブログを書いているのだったと思う。

そういえば他にも意味のないものをたくさん書いている。だが意味のあることがあるだろうか。掃除や料理に意味があるだろうか。子育てに意味があるだろうか。意味などないというほかない日曜日がこうして過ぎてゆく。

2017-06-17

勝嶋啓太の詩を紹介します

薄曇りの道を予約したケーキをぶらさげて帰ると、郵便ポストに、某クラブで知り合った詩人・勝嶋啓太氏より朗読会の招待状が届いていた。わたしは氏の作品が好きで、ゼロ年代に青春を過ごした、あるいは現在進行形で青春をおくっているひとびとのこころに鋭く刺さるのではないかと思う。招待状には詩がひとつ、新作と思われるものが同封されていた。

ぼくたちは もうずいぶん長いこと 歩いてきたのだ
だけど
いまだにどこにたどりつくのか
さっぱりわからない
わからないまま

ぼくたちは もうずいぶん長いこと 歩いてきたのだ

(///)

ずいぶん前に 誰かが
そろそろ もどった方がいい と言ったが
ぼくたちは それは間違ってる と思っていたので
無視して 前に進んできた
でも

今は もう もどりたい とぼくたちは思っていた

(///)

もう みんな 前に進むことに うんざりしていたのだ
しかし もどろうと 後ろをふりかえったら
そこには なにも なかった

ぼくたちは もう もどれなくなっていたのだ

勝嶋啓太 「ぼくたちは もうずいぶん長いこと 歩いてきたのだ」


「前」はどこか。それにむかって進むことはわたしたちを幸せにしたのか。前にたどりついたわたしたちは幸せになったのか。そして前にすすむために犠牲にしたものたちはどうなったのか。よそ見をしないでまっすぐ進んできたときえらばなかった脇道にはどんなうつくしいものがあったのか。この詩はそういう問いをわたしたちになげかける。氏の作品にはどれも、「いま・ここ・わたし」についての同時代性が色濃く出ていて、読んでいてつらく、直接こころに届く平易な(意図的に選択された)文体は、幅広い共感を得られるのではないかと思う。

詩を音読して、「そうだ、なにもなかったな」とつぶやく。そう、そこにはなにもなかった。そしてもどることもできない。そのつらさは、現代に生きる(そしてひょっとしたら他の先進国に生きる)数多くのわたしたちの人生に共通するものではないかと思う。いきることは失うこと。そして失ったことそのものを失うことなのだ。

2017-06-16

雨の中の花

仕事をふたつこなし、子供が生まれて100日が経過したのでお祝いのために買い物に行った。スーパーのレジに並んでいたとき、ガラスの外の雲行きが怪しくなり、後ろに並んでいた主婦たちが「ゲリラ豪雨ですって」と誰かと携帯で電話をしている。ゲリラも豪雨もいずれもかなり乱暴な印象をうける単語だが、東南アジアでは一般的にこうした突発的な雨はスコールと呼ばれ、驟雨や夕立といった単語よりもわたしはそちらのほうが好きだ。そもそもこうした突発的な豪雨が増えたのは温暖化と呼ばれている気象変動のせいだと理解しているのだが、わたしたちの国も少しずつ熱帯化していくのだろうか。南極や氷河の氷がとけてあちこちが亜熱帯化して生態系が変わってゆく悪くない未来なのかもしれないが、あちらの動植物は毒が強いものが多いので、そういう意味ではかなり過ごしにくくはなるように思う。ただ雪で毎年亡くなるひとを報道でみると、雪も同じぐらい危険なのではないだろうか。いずれにせよ思ったとおりにいかないものだ。そういうことを思いながら、レジを出て、真っ黒な雲をガラスの内側から見上げる。レジ近くの花屋でとても無愛想な店員から小さな花を買った。家内は花と子供の写真を撮って友人に自慢するそうだ。ガラスが風で揺れている。わたしは花を折ることなく、家にかえることができるだろうか。頼まれたこと、委ねられたことをやりとげることができるのだろうか。

2017-06-15

意味のない千の夜

今日もずっと机に向かう通常通りの一日だった。暑くもなければ寒くもない。わたしもすべてのひとと同じように仕事はしているがそれ以外にはなにもあたらしいことはなく、なにも古いものもなく、ただ時間が浪費されている、ような気がする。もちろん時間というのは浪費できるものではない。そんなことをいえば人生そのものが浪費にすぎず、ただ生Aから死Yへ向かう動きの影にすぎないはずだが、いつでも意味を求めたがるものだ。

赤ん坊をみているとこの子はどこから来たのだろうと思うしどこか敬虔な気持ちになるが、しょせん死んだら土になるだけでありそれは道で死んでいる猫や犬となにが違うのかと自問するとなにも違わないという答が自分のこころからかえってくる。冷蔵庫の中には獣を殺してさばいた肉がたくさん冷蔵保存されていて夕食には豚肉を食べた。殺して食べる。食べなければ死ぬ。食べても死ぬ。赤ん坊はミルクを飲まねば死ぬが飲んでも病気で死ぬ。

ニュースでは、幼稚園で二人の子供が感染症で死んだ、と伝えている。自分が親だったらどうするか。いや、自分は果たして親なのだろうか。そんな資格があるのか。戸籍上は親だがいつから親のような顔をしはじめたのか。あなたにそんな資格があるの、このひとでなしとわたしを責める声がきこえる。

窓を閉める。なんの意味もなくとも、仕事をしなければならない。

2017-06-14

枠組の外

豚肉を味噌につけたものを強火で炙った一皿をつくった。とても美味だったのでまた仕込んでおこうと思うが、フライパンによって仕上がりが結構異なるので、これだけ情報が氾濫しているのだから、調理器具の素材別特性について書いてくれたウェブサイトはないかなと思うが、いまのところ見つけてはいない。料理に関する本はすこしずつ集めているのだが、これといった決め手にかけている。最近、お湯の味、というものをはじめて意識する機会があった。子供が特定の薬罐でつくったミルクだけ飲まない、ということがあったのだ。それで実験して味を比較してみたら一方は鉄くさく、もう一方は無臭だった。意識するとすぐにわかる。ふだんは「別に違わない」と思っているから違いがあるけど見えないのだ。つまり、みようとしなければ、そもそも違いなどは存在しない。違いというのはファクトではあるはずだが、それは意識にのぼらなければ存在しないのと同じなのだ。

けっきょく気付きというのは、自分の知らない、外の意外なところからしかやってこないのだと思う。作品もそうだが、さまざまなひとに読ませてみてはじめて理解しうるものもある。ネットではまったく無視されていたものが評価されることもあるし、一方、その逆もある。ある瞬間に壁をこえる経験はおおくの成長をする書き手が経験することでもあるしわたしも経験があるが、そうしたブレイクスルーは、同じことをやっていることだけではけして得られないものであったりもする。もちろん、同じことを続けることも必要だ。だがいつもと違う道を歩いてみる必要もある。わたしが思うのは、いつもと同じことを維持しつつ、新しいことをやる、つまり両方やらねばならないのではないか、ということだ。現在のわたしにとってブログというのは、いつもと違う道でもあり、いつもと同じ道でもある。外部はどこにあるか。それは特定の雑誌やグループ、またはネットのなかにないことだけは確かだ。外へゆきたい。

2017-06-13

ある冬の夜とM・Sさんの思い出

――なんであんたは男なんだよ、と彼女はわたしにいった。あんたが女だったらよかったのに。ともだちになれたのに。

その夜は冷え込んでいた。外を冷たい風が吹きつける音がする。カーテンは閉じられていて、窓はがたがたゆれていた。わたしは仕事を終えて、ヒーターの前でかじかんだ指をあたためている。小さな電気ヒーターは、仕事部屋全体をあたためることはできない。キーをたたきすぎて爪が割れ、指先は麻痺している。作業に集中していると、寒さも痛みもなにも感じないまま数時間が経過していることがある。それらは終わった時、まとめてやってくる。わたしはその夜、部屋が冷え込んでいることにようやく気付き、ぶるぶると震えながら、マウスを操作して、ブラウザで古いメールを開いた。それはちょうど数年前のその日、彼女に送ったメールだ。

ーーあなたがいなくなって、さみしく思っています。

彼女とは、Google+というSNSに参加していた頃に知りあった。わたしと彼女はそれなりに親しくしていた。わたしは彼女の本当の名前や、職業は教えてもらっていなかったが、わたしはなぜか彼女のことを友人だと思っていて、彼女からも無形の好意のようなものを感じていた。ゼロ年代からネットにいるような読者なら経験があると思うが、ネットでは、ひとはふと誰かとめぐりあって、相手の気持ちをなぜか理解してしまったりすることがある。そして名前も知らないまま、いつのまにかほんとうの友達になってしまったりすることもある。彼女とはそういう関係になれるような気がしていた。もちろん気がしていただけで、わたしが間違っていたのだ。

彼女はある日、だれにもなにも説明せず、とつぜんネットからもSNSからも姿を消した。わたし本人も、その後とある恥ずかしい事件があってからGoogle+からは完全に撤退することになるのだが(そのうち書く機会もあるだろう)、当時、彼女がいなくなったことをとても寂しく思った。そして同じように感じているひとが他にもいたことを知って、しばらくしてから彼女にメールを送ったことがあるが、もちろん返事はなかった。これから会うこともないだろう。ひとが付き合いをやめる理由はさまざまなものがある。それを詮索するのは、たぶんやってはならないことなのだ。出会いもあれば別れもある。だが……彼女との別れは、どこか気になって、こころのどこかにひっかかっていた。

ある時、わたしが契約している動画サービスで、趣味のホラー映画鑑賞をしていた時(わたしは居間でこうした動画を見るのが好きだ)、あるアニメ作品を見かけた。それは「僕は友達が少ない」という作品で、その時わたしは、彼女がまだSNSをやっていた頃、何度もこの作品をわたしに見てほしい、ぜひ感想を聞かせてほしい、と繰返しいっていたことを思い出した。ついでにいうと「原作の小説を読むように」と彼女はなんどもくりかえしていて、このひとはなぜこんなに強烈にこの作品を推すのだろう、と不思議に思っていた。結論から言うと、わたしはそれを観なかった。他にさまざまな問題を抱えていた当時のわたしは、それをさして重要なものだとは思わなかったのだ。

わたしはその作品を夜中までぐらいまでかけて観た。それは「友達が少ない」高校生同士が友達をつくるための部活をつくる、という内容のコメディ作品だった。とくに興味を引いたのは、かつては幼なじみだった男女二人の物語だったが、幼い頃、女は自分の性別を隠して男として相手と付き合っていた。つまりその頃二人は「友達」だった。だが、高校生になり、女は女にならざるを得なかった。よって、友達に戻ることはできず、過去の友情も取り戻せず、そこには新たな男女の関係を模索するほかないくるしい現実が待っている、という筋立てで、その喪失感には奇妙な手応えがあった。表向きはコメディを装っているが、これは男女間の友情についての物語なのだ、ということを思った。

わたしは消えたテレビの前に座っている。朝はまだ遠い。もうすこしはやくこの作品をみていれば、彼女は突然消えたりしなかったのではないか、という直感めいた思いがあった。もちろんそれは仮定の話にすぎないが、ひとつだけ間違いないことは、当時わたしはこれを観るべきだった、そして彼女にその感想を伝えるべきだった、ということだった。本を友人に送るということは、その本の記憶を共有したいということ、あるいはそこに書かれた物語についてともに考えるということにほかならないはずだった。それはかけがえのない機会であり、絶対に逃してはならないものだったのだ。

男女の間に友情など成立するはずがない。だがそれを求める気持ちがあって当然ではないか。わたしも当時それを求めていた。わたしが欲しかったのは不特定多数の夜の相手ではなくひとりだけでよい友達だったのだ。そのことをいまある痛みとともに思い出す。性差をこえた理解や共感がなければ、いくら夜の相手がいたとしても、わたしたちは死ぬまでひとりぼっちなのだ。そしていつも、「すべきだったこと」をその時知ることはできない。かならず後になってわかるのだ。自分は、ほんとうはこうすべきだったのだ、と。

窓は曇っている。夜は、いつ明けるのだろう。

2017-06-12

雑記

一日なにも起こらなかった。いつも通りの通常の業務だ。仕事をしていると、外の風景は自分となんの関係もなく進んでいて、自分だけがそこから取り残されているように思える。そして自分とその周辺だけが存在しているのではないかと思えることがある。

何本か知らない電話番号から着信があって出てみると、どこからか漏えいした個人情報に基づいたセールスのものだった。うんざりして電話を切って、書類の整理等をしていると夕方になったので、一度食材の買い出しにいって、夕食に取りかかる。

茹でたインゲンの胡麻和えと、煮干し出汁が大量に常備してあるのでそれを使ったうどん鍋。具材は余っていたエリンギ、ちくわぶ、豚肉、大根。適当に作った割には美味で満足。インゲンは余ったので明日の朝食に使うことにし、残った出汁を取っておいて雑炊を作る予定でいる。こうして明日以降の食事の下準備をして兼業主夫の業務を終える。

洗い物をしながら、本日のエントリになにを書くのか考える。だがなにも思いつかない。ほんとうは書きたい大事なことがあったのだが、指が動かない。主題とモチーフが決まっている「千のアイネ」や「千日詩行」とは違って、書くことができない日はある。

外で猫が鳴いている。少なくとも、猫はまだこの世界に存在しているらしい。

2017-06-11

投げられた瓶

午後。仕上げた原稿をI・M氏に送付し、つかれて休んでいる。書くこと、書いたものをお金にすること、書いたものに対する適切な評価を社会から受けるための努力をすることは日課の一部だが、もちろん毎日うまくいくわけでもない。だが一時的に見返りがなくとも(あるいは長期的にもなくとも)続けなければいけないことはある。自分で決めたことはつづける。他人に自分の人生を決めさせない。あるいは自分が価値と思うものの判断を第三者(あるいはネット的にいえばPV)にはゆだねない。《個》として生きることが結局のところ社会に貢献することにもなる、と信じる。

昨晩は詩友のひとりで『現代詩の新鋭』同期であるS・K氏と電話した。いろいろな話題があったが「オン・ユア・オウンであること」=自分自身の個別な力のみを頼りとすること、ということについて話した。おもしろいものを書くために誰かに頼ることはできない。おもしろいものを作るために組織に頼ることはできない。独立したひとつの個として、書いたものをそれに無関心な社会に投擲するしかないのである。瓶のうちに手紙を隠して、それが届くどうかはわからないにしても、それを波に投じることだ。

だが、じつは何も届かないのだ。瓶は投げられているが、なかに入っている手紙は文字化けしており、解読のためのコードはうしなわれている。それが2017年だ。不可能なこと、それ自体について書かねばならない、ということを思う。だが、おそらく希望はなく、わたしもまた必ず敗北するだろう。投げられない瓶について考える。だれも、手紙を出せないのだ。

2017-06-10

包丁を磨ぐ(またはそのふりをする)

土曜日なので近くのショッピングセンターまで買い物に出かけた。いつも使っている包丁のメーカーがセールで出店していて、手持ちの包丁を磨いでくれるというハガキが来たのでそれも持参する。毎日毎回使っているので刃こぼれなどがあるが、店の人間に見てもらったところ、さほど鈍っていないとのことだった。以前このメーカーの同じ担当者にまな板は木製でないと刃こぼれしやすいというアドバイスを受けて、それ以来気をつけるようにしておいたのが良かったのだろう。

包丁ももちろんそうだが、道具はきちんと使わないとその力を発揮できない。保管、保存といったメンテナンスもそうだ。わたしも年をすこしずつ取って、自分の肉体を一個の機械としてみなすようになり、どうせ必ず壊れるのだから、これはケアしながら、壊さないように使わねばならないと思うことが増えた。ひとの身体は機械にすぎないというのは祖父がいっていたことだということを憶えているが、ほんとうにその通りだと思う。

壊れたものはもとには戻らないし、下手な使い方をすれば壊れる速度は早まる。包丁が磨がれて手元に戻ってきて、そういうことを思う。道具や機械は、明確な形で、つまり科学的に、だれがやっても同じ条件で、「上手」や「下手」な使い方というものを区別することができる。一方、人生はどうだろうか。人生の上手な下手な使い方を区別することができるだろうか。なにが下手な人生で、なにが上手な人生なのだろうか。そういうことを、磨ぎ上がった包丁の表面をみながら思う。

できれば上手に生きてゆきたい。だが、わたしたちは、きっとみな馬鹿なのだろう。

2017-06-09

予防接種の帰り道

子供の予防接種を受けに出かけた。ロタウィルスというワクチンは自費だが他はすべて無料でありがたい。今回ははじめて小児科に出かけたのだが、予防接種は痛いだろうからかわいそうという話をしたら「子供が病気になったらもっとかわいそうだ」と医者が本気で怒っていたのがおもしろかった。信頼できる印象を受けた。きちんと怒りを表明できるひとは信頼できる。嘘とごまかしとおためごかしばかりの「礼儀正しい」職業人にはうんざりだ。

予防接種を無事終えて、子供はさほど泣くこともなく、アレルギー反応もなくすぐに眠り、わたしはベビーカーを押して午後の路上を歩いている。ひとはほんとうに思っていることを言うことなしに誰かとめぐりあうことはできない、と思う。なぜ嘘をついてしまうのだろう。なぜ思ったことをいわないのだろう。なぜ思っていることを隠さねばならないのだろう。なぜ「誠実に対応」や「真摯に努力」や「適切に対応」といったレトリックが延々とありとあらゆる場所で繰り返されるのだろう。

日本語に自由は存在するのか、と自問する。ある、とわたしは思う。だがそれはきわめて貴重なものだ。自由は勝ち取らねばならない。この世のすべての価値あるものと同じように、自由もまた、与えられるものではなくたたかって勝ち取らねばならないものなのだ。

夕方が近づき、影が長くなる。ベビーカーで子供は眠っているのか。中はよく見えなかった。

2017-06-08

よごれている手でよごれたものを洗うこと

台所の管理は兼業主夫の必修項目だ。今日は油まみれのファンカバー網を掃除した。本来掃除するつもりはなかったのだが家人が突然掃除をはじめたので書類を放置して仕方なく代わりに掃除をした。台所周りの作業では以前主婦友達に教えてもらった「マイペット」が活躍しているが、ファンカバーの油よごれには何がいちばんよいのか。

シンクの中でいろいろな洗剤を試して、イケアで購入した樹脂製のブラシで磨いてみる。まったく落ちない。というよりむしろ油よごれが広がっているように思える。しばらく試行錯誤をした結果、ふつうの洗剤を、別途準備したスポンジでよく泡立て、それで表面をこすることによって油が分解され、埃と分離し、水できれいに洗い落とせるようになった。

ブラシの様子をみてみると、埃と油の混合物が分解されずに付着している。泡が立ちにくいので油がそのまま残っている。よごれた器具でよごれたものを洗おうとしていたのだ。よごれたものを洗い落とすためには、よごれていないものを使わねばならない。しかし手がよごれている場合は、手がふれるものはすべてよごれてしまう。それ以上よごれを広めないために、自殺という選択肢の意義があるのではないかと思って子供の顔を見る。しばらくそうして子供の顔をみて過ごした。

2017-06-07

梅雨の訪れ

関東も梅雨入りしたという話をきいた。久々に外国語で自分の考えをかなり長めに書く機会があり、なんとか二ページほどの文章を書き上げ、やや疲れて窓の側の椅子に座っている。わたしたちは母国語を使うとき、自分が「わかっている」と思い込んでそれを使っている。実際にくわしく見てみると、実はわかっていないことも多い。意味のわからないことばをそのまま使ったり、適当に配置したり、なんとなく正しいと思う用法を採用したりしている。そこには「正しさ」というものはじつはなく、教科書的な限られた条件下でのみ正解や間違いが区別できるようになる事例があるだけだ。外国語を使ってなにかを書こうとするとそのことがよくわかる。外国語をつかうと母国語がはじめて理解できるようになる。いや、母国語のわけのわからなさ、つまり母国語すら実はわからないことがはじめてわかる。ことばというのはほんとうによくわからないものだ。こんな不確かなものを使っているのにどうしてひとは相手のことを理解できると信じられるのだろうか、と思う。いや、誰も信じていないのかもしれない。そして理解できないことを薄々知っているからこそ、理解したいと思うのかもしれない。梅雨の訪れはすぐそこである。

2017-06-06

アマチュアの餃子

たった一ページの資料をつくるのに半日をかけてしまった。夜が近づいてきたので夕食の支度をはじめる。時間の管理は得意ではないが一日の間にやるべきことだけは決めている(もちろん入院したら出来なくなるので体調には気を使っているーー昨年はインフルエンザで欠席がゆるされない重要な会合をキャンセルするはめになったのだ)。

最近は日々のやることにブログが追加されたが、基本的には原稿に向かうことそれから原稿を書くために必要な仕事(=ライスワーク)をすることが日々の業務だ。それに加えて、料理はわたしの担当になっている。家事はほぼこなせるが苦手なものはある。洗濯(とくに干すことと畳むこと)それから洗った食器を拭くことは家内の領域だ。こうしたルールはいつの間にか決まっていたものもあり、話し合って決めたものもある。子供が生まれる前は料理は家内に任せることが多かったが最近はすべてわたしがつくっている。

今晩の夕食は餃子だがあらかじめ買っておいたものを混ぜて包むだけの簡単な仕事だ。キャベツと豚肉をベースにした種に、ニンニクとショウガを大量に刻んでいれる。他は余った野菜があればいれる。あと干し海老があれば砕いていれる。東南アジアでは生の海老を使ったり、煮こごりを使って小籠包的な触感にして食べることが多かったことを記憶している。そういえばシンポガールのチャイナタウンにある「京華小吃」の小籠包と餃子は非常に美味だった。

美味いものを食べに旅行にでかけることも重要だが、毎回海外にゆけば大変なことになるので、すこし高額だが輸入食材を購入しておいて、自分でつくれるようになっておくと家計には優しい。もちろん専門家がつくる店の味にかなうわけがないが、七割ぐらいの味が実現できれば上出来ではないだろうか。アマチュアにはアマチュアの楽しみ方というものがある。それを馬鹿にする連中のことを相手にする必要はまったくないと思う。

とはいっても、一定以上の技術がある人間がアマチュアに甘えているのは端的にいって卑怯だ。そういう人間は、それにふさわしい場に移動し、その水準について厳しい批判の声を浴びたらいいと思う。そういうことを思いながら、アマチュアの餃子をつくる。形はふぞろいで、いびつで、美しくもない。だが餃子をつくるのは楽しいのである。

2017-06-05

コールスローの夕食

新潟に本店があるという刃物店から買ったステンレス包丁二点を愛用している。ただ磨ぎは自分では出来ないので年に二回お願いしている。もっともわたしのように毎日使う人間は毎週ぐらいに磨いだほうがいいそうだ。店の人間のアドバイスに従ってまな板を全部木製にしたら刃こぼれはほぼなくなったが、そのうち自分でやるための磨ぎ石も買わねばならなくなるのかもしれないと思っている。

さて今日は仕事が終わってコールスローを作っている。よく切れる包丁でできるだけ細く切ったキャベツとニンジンの千切りを使う。砂糖と塩をふって水を抜いた後、マヨネーズや調味料で味付けし、昆布締めした鶏の胸肉を蒸したものを冷やしたコールドチキンをスライスしたものに合わせて、さらにトマトを薄くきったものを用意し、これを全部パンに挟んで食べる。パンは焼いたほうがうまいのだがそのまま何もせずに挟んでしばらく冷蔵庫でなじませても美味い。

コールスローは「うそっ」というほど大量に挟んだほうが美味いのだがとにかく食べにくく手が汚れる。ハンバーガー店のパラフィン紙が家にあればいいといつも思うのだがまだ店で真剣に探していない。料理はやればやるほど楽しく、欲しい調味料、器具、機材がどんどん増える。書くということもこれと同じではないだろうか。やればやるほど必要なものが増える、楽しい。ただそれだけのことなのではないだろうか。

2017-06-04

歩行者

子供が生まれる前に自転車を買った。食材やおむつや消耗品等買うものが一人分増えて徒歩で運べなくなるだろうと思ったからだ。とはいっても実は増えた分は通販で買えることがわかったので、予想したようには役にたたなかった。子供が多少大きくなると、そのうち自動車も必要になるだろうがいまのところ月一程度のタクシーで事足りている。

自転車を買って、ひとつ大きく変わったのは、移動の速度が変わったことだ。自転車で路上をゆくと、歩いているときよりも何倍もの速度で、風をつよく感じる。歩いているときに眼に入っていた路上の虫たちの生活はみえなくなり、世界は多少ぶれた姿で眼に映るようになる。一定の加速度で道を走り抜けてゆくと、街とその上に広がる雲の隙間からななめに落ちる光と同じ速度ですすめるような気がする。もちろん気がするだけだが。

速度があがればみえるものも変わる(ドップラー効果というのだったか。光はたしか赤方偏移といって、その効果を題名にしたSF小説を高校生の頃に読んだ記憶がある)。速度をあげてゆけば、自分のまわりの細かいことがみえなくなり、景色がかわり、車輪が踏みつぶしたものにも気がつかない。あるいは加速を続ければうしろにあったものはぼやけてみえなくなってゆく。はやく走れば、終末はより早く到来する。

自転車を駐輪場に止めて、ふと空を見あげる。なにかを殺さずに歩くことができるのか。無理だ、と空に凍り付いた鳥がこたえる。夕暮れが近く、空は赤くもえていた。

2017-06-03

料理の記憶

土日がないように見える職業も、世の中の祝祭日に合わせて動きは鈍くなる。わたしのところのツイッターやブログへのアクセスも激減しているところをみると、おそらく皆どこかへ遊びにいっているのだろう。今日は妻が一日外出していたので、わたしが子供の面倒をみて過ごした。子供を着替えさせて、ミルクをやって、寝かしてから、ベランダの掃除をする。わりと涼しく、空には雨の気配がある。子供が寝ながらくしゃみをしたので窓を閉める。子供の姿がみえなくなる。

ベランダの鉢植えにテントウムシが来ている。もちろん違う個体だろうが、毎年この時期になるとベランダにやってくる。そしてアブラムシを食べてどこかへ消えてゆく。この虫は見た目こそかわいらしいが、よくみると幼虫も肉食で、他の虫をつかまえて頭から生きたままばりばり食べている。しかも食欲も旺盛だ。その栄養をつかってあの奇麗な外殻を育てているのだろう。何かをつくるためには、食べねばならない。

夕食になにをつくるか考えている。最近は大葉という食材が気に入ってしまってよく料理に使っている。先日は明太子を使ったパスタに刻んで入れたが美味だった。豚肉の中に巻いてフライパンで強火で焼いて、出た油に醤油とみりんを加えてタレをつくってからめても美味い。料理もまじめに手がけるようになってもう五年がすぎた。もっと早く料理をやっておけばよかった、という後悔の念が強いのは、満足度がきわめて高いからだ。というより、これより楽しい実益をかねた趣味というものが見当たらない。

料理をする時、かつて自分に美味いものを食べさせてくれた故人のことを思い出す。そしてもう何十年も昔つくってもらっていた食事のほとんどが、出来合いのインスタント食品と化学調味料の組み合わせでしかなかったことを、いまのわたしは知っているが、それでもなお、記憶にある食事の光景はかけがえのないものだと思う。死んだ人間はたしかにかえってはこないが、レシピは再現することができるのだ。その一皿が蘇るとき、故人もまた蘇るのである。

ベランダに風が吹く。雨が、降るのだろうか。

2017-06-02

近所にあった郵便ポストのためのエントリ

近所にある小さなショッピングセンター、というより、小規模小売店が数店舗集まった空間が閉鎖され、ごみ置き場と化してしばらく経過した。噂では閉鎖に関して店舗側と地主はかなり揉めたらしく、おそらく地主が強行手段に出たのだろう、店舗は突然閉店し、現在はその駐車場跡地にごみが散乱し、殴り書きで「立ち入り禁止」と書かれたブリキ板が道の入口に放置されている。地主はなにかしらの病気なのかもしれない。

わたしがたまに利用していたイタリア料理店、床屋、八百屋、パン屋も、立ち退きを余儀なくされたようだ。地方のよくある一シーンでもある。コンビニチェーンと大規模店舗(またはアマゾン)のみが生き残ってゆく光景だ。これで今後地主が更地にする努力をしなければ(そしてごみの放置を見るとなにもされない可能性は高いが)、立派なシャッター商店街のできあがりというわけだ。

コンビニと大規模ショッピングモールとアマゾンしかない社会は便利で悪くないといえば確かにその通りで、わたしも便利に使っているわけだが、地元の個人事業主がやっている店で見知った顔と交流できる昭和的な空間が現実から次々に消失してゆくことに一抹のさみしさも感じる。だがもちろん、フェイスブックやツイッターがあれば、実のところ雑談相手には困らないのかもしれない。おそらく探せばいまは行方不明の店舗のひともネット経由で見つかるだろう。

だが閉鎖によって一番困ったことは、つい先日気がついたのだが、ショッピングセンターの敷地内にあった郵便ポストが撤去されたことだ。S誌やY誌に原稿を送るとき、「こんな経済的には価値のない作品を、載せてもらったしてなんの意味があるのだ」と、いつも思っていた。自分にとっては価値がある作品が、社会に投擲したとき、それは無価値なものとして扱われてしまうからだ。

現代詩に限らずシリアスな書き手は、社会の「おまえは無価値だ」という声とたたかわなければならない。わたしがとくにこの数年、そのたたかいの中で何千枚もの原稿を書き上げることができたのは、このポストが偶然近所に設置されていたからだ、といえる。雨の日も、晴れの日も、雪の日も、常にそこでわたしの原稿を待っていてくれた。さようなら、郵便ポスト。さようなら、たたかいの日々。

2017-06-01

偽物の鐘

昼休み。学校から正午を知らせるらしき鐘の音が聞こえる。といっても、実際に鐘をみたことはない。デジタル化された鐘を模した時報でどこかに設置されたスピーカーから流されているだけのものだ。見たことはないが正午になるとその音が響いてくる。

すぐ近くに中学校があり、おそらく娘が通うことになるのだろうが、その校舎に設置されている気がする。娘のこれからの将来のことを考えると外国人とのハーフということでいろいろ心配事もあるが、それはまだ早すぎるのだろう。

両親からことばを学べば二カ国語を母語として生きることができるが、それが娘の将来にとっていいことなのかどうか悩んでいる。ふつう十年程度をかけてしか職務に活用できる水準に達しない外国語能力を生来身に付けているというのは強い優位性であることは間違いないが、《自分はどこにいるべき者なのか》という、本来必要のない疑惑を与えてしまうことにもなる。

ひとにはふるさとが必要なのだ。いや、くわしく言えば、ふるさとと信じられる場所、が必要なのだ。それは物理的に存在しえないものでもよい。自分が帰属すると《信じられる》場所がひとには必要であり、それがなければどこに住んでも異邦人としか感じられない根無し草になってしまう。母国語というのはふるさとの一種なのである。

鐘はもう聞こえない。娘のこれからとは無関係に、わたしもふるさとを探している。だがそれは見つからないだろう。こんにちは、世界。

2017-05-31

事象aのふたつの貌

しばしば男女問題においてよくあることだが、その関係性においてなにかしらの問題が発生し、あなたがじつは(不幸にも)その二人とそれぞれ友人であったとする。その関係性において、男女がお互いに相手のことを非難していた(「あいつが冷たいから」「あのひとが優しくないの」)と仮定しよう。よくある話だ。あなたは最初そのうちの片方に同情的な立場で、「相手が悪いのだろう」という結論を出し、その人物を慰めたとする。

だが、一歩踏み込んでみよう。この夫Xとその妻Yについて、片方だけではなく、個別に、両方に話をきいてみたとしたらどうか? なんということだろう、よくある家庭内不和は、まったく別の様相を帯び始める。夫Xが語ったとある事象aについて妻Yが語るとき、それはまったく別の物語としかあなたには思えない。だがいずれかが真実を語っているはずだとあなたは思うかもしれない。「どこかに真実があるはずだ」とあなたは思うかもしれない。だが、書かねばならない。そんなものはこの世のどこにも存在しない。

ネットにおけるすべての男女問題の語られ方はいつでも一方通行であり、そこには夫Xまたは妻Yの語る世界観しかない。いいかえればそこにはいつでも被害者しかいない。あるいは「浮気されたぼく」や「浮気されたわたし」の薄っぺらい悲しみしかない。だがそんなものを読んでもなにもわからないのではないか。むしろ読むべきなのは「浮気するわたし」や「浮気するぼく」を並列させた奇怪でグロテスクな語り口、いいかえれば、なぜそんなことをしたのかわからない、というほかない現実に自分を宙吊りにさせる語りの戦略ではないのか。なぜそれを誰もやらないのか。なぜだれもがわかりやすい被害者になりたがるのか。

今日も共感してほしがっている。今日も「いいね」してもらいたがっている。今日も、明日も、明後日も、自分のかなしみを誰かと共有したいと思っている。だが無理なのだ。だが不可能なのだ。なぜそんなことをしようと思うのか。なぜわかってもらおうという欲望から自由になれないのか。わたしたちのグロテスクなあり方をどうしてわかってもらえるなどと思うのか。なぜいつまでも理解をもとめているのか。

お金か。お金がほしいのか。共感してもらってあまつさえお金がほしいのか。わかる。よくわかる。お金がほしい。お金だけではなく共感もほしい。共感してもらうだけではなくわかってほしい。ああ、わかってさえもらえれば! ああ、この世のすべての苦痛が一瞬でも薄れるあのひとときさえあれば! それ以外はなにもいらないのに!

空は曇っている。
いつまでも曇りが続いており、雨は《この世》にはけして降らないのだ。

2017-05-30

みつからない私たち

なかなか梅雨入りしない。晴れの日が続いている。雨の日も好きだが、晴れているほうが掃除はしやすい。子供の排泄物の処理。仕事部屋の掃除、それから料理。机の前ではいくつかボランティアでやっている仕事に関するやり取り。お金がないのにボランティア? と質問したい読者の気持ちはわかるし、わたしもどうかと思うが、短期的には利益がなくとも、または自分には利益はなくとも、家族や共同体に長期的な利益の可能性が生じるとおもえばやることもある。はっきりしているのはすべて自分のためにやっているにすぎないということで、すべての社会活動は自分の利益のためになされるべきではないだろうか。

最近投稿を続けているツイッターは即時的でおもしろいが、どうしてもリアルタイムで読まれることばかりを意識してしまう傾向があり、書くべきことをかなり薄める必要があるという印象を受ける。作家がツイッターをつづけるのはかなりの精神的な割り切りが必要だと思うが、それができるひととできないひとはいるだろう。ブログはまだ原液をそのまま用いることができる強度があるように感じる。おそらくもっとも不要な機能はコミュニケーションで、ネットでは誰の意見もきく必要がないという姿勢をたもつことが必要なのだろう。ただ、きく必要はないが、きこえる場所にはいるべきだ、と思う。

思っていることを正直に書くことはむずかしい。ことばには化粧がほどこされており、一方、化粧をはぎ取ったじゅんすいなことばというものは存在しない。ネットで正直に語ることが難しいのと同様、現実においても正直に語るための相手をさがすことはほとんど不可能ともいえる。ひとは共通の趣味があってもお互いに理解できるわけではないし、悪意を通して正直さがあらわれる場合は、むしろ敵のほうをよりよく理解できたりすることもある。不可避的な虚飾にまみれた《わたし》をそのまま提示すること。それが2017年にネットで可能と思いこむ重大な錯誤を避けなければならないと思う。わたしたちは現実の諸要因によってがんじがらめに束縛されており、ネットに書くことはいっけん自由に見えたとしても、そして仮に匿名であったとしても、その諸要因の檻に閉じこめられているのだ。

日が暮れかけている。市役所が、行方不明の老人についての放送を流している。みつかるだろうか。わたしたちは《わたしたち》をみつけることができるだろうか?

2017-05-29

世界をよぎる鳥の影

外はいい天気だった。すこしずつ夏が近づいている。風が気持ちがいい。

わたしがいる郊外都市は空気がきれいで、自然も多く、かつては山だったらしい。野生の蛍がいるのがその名残だが、一方野生の動物や昆虫も多い。つい最近も道を散歩しているとスズメバチを見かけたが、どこかの梢に巣があるのだろう。わざわざ自分より何百倍も大きい動物を理由もなく襲う昆虫などいないとはいえ、あの高周波の羽音を近くで聴くとぞっとする。アブラゼミぐらい大きいし、子供が襲われたら重症、下手したらショック死ぐらいはしかねない。以前、郊外の山の中古家屋を見て回っていた時に、よさげな家がひとつあったのだが、近くにスズメバチの巣があるということで断念した記憶がある。自然のゆたかな環境で暮らすのはけして悪いことではないが、野生の生き物と共存する知恵やノウハウがなければ、安全に暮らすことはできない。温暖化でデング熱が流行するようになれば、蚊ですら危険な生き物に変わる。とはいっても、山の近くの井戸水はうまく、緑は目に優しく、ホトトギスが鳴く森の近くで暮らすことはそれなりに楽しいものだ。そしてそんな中で机にむかって青白いディスプレイにひたすら向かっている仕事というものはどうなのか、と思わないこともないが、そもそも人間は半自然的存在なのだ、とつぶやきながら、文字を入力する。

どこかで鳥が鳴いている。だがその姿はみえない。この世界をこうして鳥がよぎる。みえないものなど、存在していないのと同じなのだ。

2017-05-28

電車で見かけた子供

比較的暑い一日だった。東京都内で一般の会合があったので参加した。

東京へ向かう電車の中でスマートフォンを操作していると、隣に座って旧型の端末を使っていた子供が、ものすごくうらやましそうな顔をして、わたしの手元をじっと見ていた。はっきりその子の顔を見たわけではないが、その視線が突き刺さるようで、なんだかかわいそうになって、スマートフォンをポケットに戻した。すると今度は残念な気配が伝わってくる。子供を横目でみると、ふたたびさきほどの端末をいじり始めた。それでなにをしているのだろうと様子を伺ってみると、アドレス帳を開いたり、閉じたりする操作をしているだけだった。たぶん、親に持たされてはいるが、高額のパケット料金など払いたくないため、利用制限がかけられているのだろう。まずますかわいそうになった。

やがて、子供はどこかの駅でガラケーを握りしめておりていった。大人になったら、好きなものを自分で選んで買うことができる。だが、子供の頃《得られなかったもの》は二度と手に入らない。そう思って、窓の外をみる。子供の姿はとっくの昔にみえなくなっていた。

2017-05-27

おじさんブログのつくりかた

今日は晴れ。とくに特筆すべきことはなかった。明日は都内で会合があるためその準備で忙しくしている。これまでの作品をまとめたり、雑誌をひとに送ったり、紹介状を依頼したりとか、そういうことだ。結局この社会はコネと根回し(あるいは飲み会)がすべてで、つまりその両方がない人間は死ぬ仕組みになっている。なければつくるしかないし、あるいは、圧倒的なものをつくるほかない、ということでもある。

お金も社会的地位もなく、ひとがうらやむようなものをなにひとつもっていないわたしのような人間に書くべきことは特にない。せいぜい美味いものをつくって食べるぐらいだ。いつも常備しているのは煮干し出汁のみそ汁で、出汁は数日に一度大量につくって利用の際に火をいれる。衛生にはわりと注意しており、ほぼ毎日なにかしら作っているが、食あたりの経験はない。台所と調理器具の清掃もまめに行う。これは兼業主夫としては自慢できるポイントかもしれない。

ブログのアクセスログを見ていると、カリフォルニアに在住の米国人主婦らしきひとのブログがあった。Bloggerシステム上では横にリンクする仕組みがあるようでたまに奇妙な国からアクセスがある。そのブログには生活の様子がつづられていて、あらためてインターネット、いやブログはいいものだな、と思わされた。ある程度まとまった分量の日記的文体、写真によって描かれる普段の生活の一シーンは、それぞれのエントリに俳句的なおもむきを与える。それはフェイスブックにもツイッターにもないものだ。

そう思いながら冷蔵庫の前で今晩の献立を考える。餃子を皮からつくるのは満足度の高い趣味だが、粉が大量に飛び散るため育児中にはおすすめできない。冷蔵庫には安物の出来合いの餃子がはいっている。片栗粉をすこし溶いた水をいれて蒸し焼きにして最後強火にすると皮付き餃子ができる。この餃子はどこで作られたのだろうかと思う。日本ではないかもしれない。まさか米国ではないだろうが。そういえば主婦のブログにはプロフィール写真が貼られていて、いい笑顔だった。みな、さみしいのだろうか、と思う。ネットではみながつながりを求めている。だがそれを得ることはけしてできないのだ。


参考記事:
おじさんになりきってLINEをする『おじさんLINEごっこ』が大流行」(Naverまとめ)
おじさんLINEごっこが女子に流行中。そのキモい特徴とは」(女子SPA!)

2017-05-26

いま夜がはじまる

昼間は雨がふった。すっかりトレードマークと化した白い髪を維持するために美容院にゆき、帰り道に暇そうな顔をした老人がたくさんいるマートでいろいろな食材を買込んで家に戻ると、妻と娘は眠っていた。ベランダには透明な雨が溜まり、そこに夕暮れの光が落ちている。

しずかに机の前に戻って、海外からのメールに対応し、ニュースを眺める。前文部科学事務次官がいわゆる「出会い系バー」なるものに通っていたという報道をよむ。歌舞伎町にそんなバーあったっけ……と思ったが、おそらく登録料と引替えに入ることができる会員制クラブのようなものだろう。男ならだれでも同意すると思うが、服を着た女も、服を脱いだ女もこの世でもっとも尊いものであり、新しい出会いをもとめるのは自然なことだ。だが普通は妻を(大事に思っている場合は)傷つけたくないから我慢する。前に書いたように、むしろ傷つけたい場合は、家庭外にそれをもとめるということになるだろう。

社会的地位がある人物による下半身事案は枚挙にいとまがなく、二十四時間ありとあらゆる場所で社会的規範から犯罪とみなされる行為が繰り返されている。だれしもが下半身に支配されており、下半身の衝動を抑えることができない。できると誤解している人間もたくさんいるが、「できない」と理解した上でそれとあらがうこと/あらがいつづけることも重要だ。ひとの意思の力は弱く、衝動は我慢できず、誘惑にたやすくやられてしまう。そういう前提にたった上で、「できないこと」への無限に遠い距離を縮める努力も必要だ。わたしはその不可能な歩みにこそ人間らしさがあらわれると思う。

下半身が衰えた老人にはそのような衝動はない。だがそれは人間らしさをかくとくしたのではない。ただ性器が弱って衰えたから暴力性を愉しむことができなくなっただけだ。人間らしさとは、下半身起因の衝動とあらがい、これとたたかうことを決めた者にのみひらかれた《契機》なのだ。

だれの上にもいま夜がはじまる。孤立と分断の時代を、人間らしく生きてゆこう。

2017-05-25

被害者にならないこと

注意深く《被害者》を避けなければならない。
この世界が自分をふみつけているからといって、けして被害者になってはならない。この世界が自分を必要としないからといって、けして被害者になってはならない。この世界が自分を馬鹿にしているからといって、けして被害者になってはならない。この世界が自分を拒絶しているからといって、けして被害者になってはならない。この世界が自分に暴力をふるうからといって、けして被害者になってはならない。

注意深く《被害者》になることを避けなければならない。
なぜならひとをふみつけてしまえばこの世界に負けてしまうからであり、なぜならひとを選別するようになればこの世界に負けてしまうからであり、なぜならひとを馬鹿にするようになればこの世界に負けてしまうからであり、なぜならひとを拒絶するようになればこの世界に負けてしまうからであり、なぜならひとに暴力をふるうようになればこの世界に負けてしまうからである。

注意深く《被害者》になることだけは避けなければならない。
なぜならひとをふみつけることは快楽であり、なぜならひとを選別することは快楽であり、なぜならひとを馬鹿にすることは快楽であり、なぜならひとを拒絶することは快楽であり、なぜならひとに暴力をふるうことは快楽であるからである。

《被害者》にならないために《この世界》への怒りをおもいだせ!

2017-05-24

誇りのない仕事

悩んでいる時は考えこむよりも、ブログに向かったほうが答がでることが多い。もっとも、誰かから反応があるわけではなく、エントリフォームに向かうことは壁に向かってひとりごとを話しているのと大して変わらないが、おそらく書くことに意味があるのだろう。なぜなら他の誰でもなくまず自分がそれを読んでいるからである。

大分暑くなってきて、今日はとうとうクーラーをつけた。わたしは夏は大好きだがクーラーも同じぐらい好きだ。といってもまだ梅雨前なので夏の話は気が早い。まだまだじめじめとした季節がつづくはずだ。それはともあれ暑いのは気持ちがいい。生きる活力が湧いてくる。全力で遊ばなければならないという気になってくる。そういうことを考えながら地味に机に向かって作業をする。きわめて静的な運動だが、書いているときにこそいちばん遠くへとゆける気がする。

とはいっても雑務は多い。営業もしなければ食べてはいけない。誰でもしていることをわたしもしている。もっともかつての同級生たちはみな立派な職業についているが、残念ながら社会的地位や経済的裕福さはわたしとはついぞ縁のないものだ。ただ誇りはある。それは確かで、いつ死ぬかわからない人生の中でも、いま自分がやっていること、やってきたことに誇りをもって生きることができていることは、よろこぶべきことなのだろう。もっとも日本語で「誇り」というと、あまり一般には通用しない単語のように思う。横文字の概念が生煮えのまま転がっている印象があるが、他に適当なことばが見当たらない。

誇り、ということで思い出したが、以前、小田原市の生活保護の担当者らが「保護なめんな」などとプリントしたジャンパーを着て受給者の自宅訪問などをしていたニュースがあった。その時のことは日記にも書いたが、後日それについて朝日新聞の特集記事を読んだ。担当者たちには「自分たちが一生懸命やっていることを認めてほしい」という欲求があり、「人間としての本質的な欲求が満たされない中で《私たちは正義のために戦っているのだ》という態度を示さざるを得なかった」というくだりが胸につよく残った。

小田原市の担当者らは「誇り」と呼ばれるなにかを欲していたのだ、といえる。だがそれは第三者にあたえられるものではない。社会からあたえられるものではない。会社からあたえられるものでもない。伴侶からあたえられるものでもない。うつくしい国からあたえられるものでもない。だれからもあたえられるものでもない。

そう思いながら、窓の外をみる。外は暗く、なにも見えなかった。

2017-05-23

とりもどすことができないもの

iMacのハードディスクが壊れた話は以前日記で書いたが、その交換した元ディスクはどうしたかというと、京都産の噌屋の空箱にしまいこんで、そのまま放置して数ヶ月が経過していた。物事はなんでもこのように放置されるものだ。本日は多少時間があったのでその壊れたディスクからデータを可能な限り回収する作業にあたった。といっても大したことはしていない。別のマシンに接続し、データ修復プログラムを走らせるだけの簡単な仕事だ。幸いまだ動いたので、データはほぼ回収することができた。なかにはさまざまな音声データ等もあり、ブログを書籍化しようとしていた時の文字データなども大量に出てきた。なにもかもが懐かしい。

日記のほうでは過去に何度か書いてきたことだが、現在手元には三本の完成した長編詩があり、これをどうしたらよいか頭を悩ませている。知っているひとは知っているとおり、ほとんどすべての現代詩集は自費出版で、これは「私家版」とも呼ばれる。なぜ企画出版がほぼ見当たらないかというと、商業的に成立しないからだ。こうした本を出すためにはそれなりに資金が必要となるが、わたしはそれについてはすでに準備し、作品をもって複数の出版社に持ち込もうと思っていたのだが……そこで考えがとまっている。どうしたらよいのかわからない、というより……これらの作品ははたして現代詩なのだろうか、という疑いを持っている。

さまざまな第三者に作品を評価してもらったのはうれしかったが、これは卑下ではなく、わたしはしょせんブロガーなのではないだろうか、と思う。それ以上のものになるべきではないのではないだろうか。そういうことを考える。そしてデータ修復プログラムが実行されている液晶ディスプレイの画面をみる。修復できないデータが、「×」印で表示されている。ひょっとしたら修復できないものだけが、あるいはとりもどすことができないものだけが、人生において重要なのかもしれなかった。

2017-05-22

梅雨前の昼下がり

梅雨の前なのに真夏日が続いている。夏は好きだ。何かがはじまる予感を感じさせる桜の春よりも、ひたすら熱に浮かされたような夜がつづく夏のほうが好きだ。夜の中でだけはじまるものがある。

もっとも、暑いことは、子育て中の親にとっていいことは何もない。汗をかくので頻繁に服はかえなければならないし、汗疹は心配で、顔が赤かったりすると虫にでも刺されたのではないかと心配になってしまう。そういう心配そのものが無意味であるということを自分に言い聞かせるがそれでも心配になる。まあ人間なんていうのはそんなもので、正しい、とわかっていても、守れなかったりすることもある。あるいは、間違っていることが楽しかったりするということもある。ままならない。なにも片付かない。なにもうまくゆかない。だが偶然うまくゆくこともある。

娘の下半身から排泄物を洗い落として戻り、仕事のメールを出し、ゆるい風が吹く部屋にすわっている。

壁にはりつけた「仮象の塔」の原稿が揺れている。
社会に必要とされていないものを書く。だがそれは、どこかに読者がいるというわたしの確信とまったく矛盾しない。

2017-05-21

窓の内の怪物

晴れの日がつづいている。どさほど遠くない土地では通り魔が老人をバットで攻撃して負傷させ、わたしはいつもと同じように机に向かっている。穏やかな晴れの日がつづいていることをよろこびたく思う反面、さほど年が離れていない男を暴力にかりたてた怒りの正体について想像をめぐらせてしまう。それは端的にいえば、「レールを外れた者をこの社会は人間扱いしない」ということでもあり、あるいは「組織の中にいてもひとは道具としてみなされる」ことでもある。人間扱いされない、というのは、コミュニケーションが成り立たないということでもある。気持ちを打ち明けこれを通わせる契機が奪われている。この国を覆っているなんとも形容し難い息苦しさは、ネットに「本音」があふれているように見える反面、それを語る場が公にはいっさい存在をゆるされないことに起因しているだろう。政治について語る場はなく、恋愛について語る場はなく、生きることについて語る場はなく、ひたすら軋轢をさけるためだけの「お世話になっております」レトリックが蔓延している。洗練された礼儀作法による秩序は外国人(特にアジア人)からみればある意味うらやましいものかもしれないが、その中にいる者はそれを実現するためにどれだけのものが抑圧されているか知っている。ひとを型にはめるシステムは秩序ある社会を作るかもしれないが、そこに入らないものはハサミでひっそりと切り落とされていることを忘れてはならない。いや、わたしがそんなことを書くまでもなく、だれでもそのことに気がついている。この国に《人間》がいないことにだれでも気がついている。だがどうやってそれを取り戻せるか。どうやったら《人間》になれるのか。だれもできない。だれも《人間》にはなれない。そして暴力は断罪されすべてが忘れられる。

おぼえておこう。ひとを怪物にするものは、いまここの安寧を守るためにだけ無視され、排除されてきたかなしみや怒りの声だということを。わたしたちはそれをこれからも目撃してゆくだろう。何度も何度もくりかえされるだろう。しかし、自分たちがつくってしまったこの怪物がこの社会に牙を剝くとき、わたしたちは怪物になることなく、これとあらがうことができるだろうか?

窓の外は暗い。日本人にうまれながらもっとも難しいこと。わたしは《人間》になりたいと思う。

2017-05-20

ファースト・ショッピングと戦争の午後

よく晴れている。平日は毎日早朝より作業に入る。土日祝日は一応休みという設定にしてあるため相対的にのんびりと過ごす。

本日は赤ん坊と買い物に行くためにベビーカーを出した。生まれてからまだ一度しか使っていない。定期検診以外で二人で出かけるのは初めてだ。日差しは強く、多少心配だったが、サンシェードが意外と機能的だったこともあり、起伏の少ない歩道にでると、すぐに娘は眠った。その顔をシェード越しに眺めながらいろいろなことを考える。そして黙って路上をあるく。

老人たちはにこにこしながら赤ん坊をみる。小学生や中学生はものめずらしそうにちらちら見る。そしてわたしと同世代の人間たちは目をそらすか、うつむいてなにも見ずに歩いてゆく――ひょっとしたら舌打ちしながら。それぞれの反応をみると、さまざまな思いが胸をよぎる。そして「戦争」とはなにか、と思う。戦争とは、「この人生」をリセットできる、あるいは価値観が逆立し、社会にまったく認められない自分が、死という献身を通してはじめて社会より認められるかもしれない救済の可能性のことだ。

英雄的な死によって、あるいは「金持ち」や「成功者」に平等にふりそそぐ死によって、ひょっとしたらこのどうしようもない自分も救われるかもしれない、というこころの動きがある。そう考えるわたしを前に、娘はわらっている。わたしは戦争を求めてはいない。だが、もとめる気持ちは理解できる。さらにいえば、ロスジェネ世代は戦争をもとめている。それをこの世のいかなるものもとめられない。

2017-05-19

冷えたサンドイッチ

赤ん坊の世話をしていると、ひととは糞を生産する機械にすぎないのではないかと思うことがよくある。人生に意味を求めるのは問いのたてかたが間違っているので、単なる糞製造機が自分をなにか別のものと勘違いしてしまうことにすべての人間的な問題があるのだろう。一方、自分の子供はおそろしく可愛く、これに負けそうになる。SNSで子供の写真を貼り付けているひとびとの気持ちがわかる。「世界でいちばんかわいい」と思っているのだろう。自慢、は根源的な欲求のひとつだということが、最近よく理解できるようになった。わたしも上記のように思うし、さらにいえば写真も貼りたいが、我慢しなければならない。子供は親の持ち物ではなく、愛玩物でもない。そのうち親のことを捨てて出ていく一時的な関係にすぎない。しょせん他人であり、所有することも支配することもできない。できると思っている親がいるだけだ。子は親を選べないが、親もまた子を選べない。また親が望むような性格に子を変えることもできない。ただ健康だけは親が守ることができる。というわけでわたしは今日も子供を風呂にいれ、ミルクを妻と交替で作り、哺乳瓶を消毒し、最後に妻と自分のために、氷のように冷たいコールドチキンを使ったサンドイッチをつくった。冷えたサンドイッチはうまい。

2017-05-18

雨音のバラード

とつぜんの雨が近づいている。仕事をしながら片目で窓の外をみる。強い風が吹き始めている。嵐は好きだ。と、いっても、わたしが育った熱帯の島国には台風は来ない。かわりに熱帯にはスコールが降る。葡萄の大きさの雨粒が、弾丸のようにふりそそぐ。屋根のあるバス停の下、バスを待っていると、雨音が薄っぺらい屋根をたたき、まるでバラードのように聞こえる。アスファルトには巨大な川ができ、幾億の波紋ができては消え、できては消える。雨がふりしきる中、銀色の雨の壁にくぎられたそのバス停で、誰かをよく待っていた。だが、それはもう遠い記憶であり思い出すことができない。思い出せないことを思い出せるのはさいわいなことだ。なぜならいちばん大事なものであっても、忘れたことさえ忘れてしまえば、この世界に存在しなかったことと同じことだからだ。だがそれを書きのこしてもなにもとりもどせない。それでいいのだ、と思う。

そして結局雨はふることなく、わたしは仕事に戻った。

2017-05-17

深夜の飛行機

地元住民との協定により、近くにある空港から、深夜に飛行機は飛ぶことがない。

だいたい毎日夕方頃が交通のピークで、空には複数の飛行機がキラキラと光りながら滑空しているのがみえる。午後に天気がよい日は、仕事部屋の窓を開けて、ぼんやりと空を眺めることが多い。飛行機雲がいくつか横に刷毛で描いたように伸びている。目の前のベランダの日差しはあたたかい。どこかで猫が遊んでいるらしき声が聞こえる。生まれて二ヶ月になる娘は居間のソファで眠っているようだ。小さなベッドも生まれる前に購入したのだが、結局ソファが気に入ってしまったらしく、ソファでないと長いこと眠ってくれない。子供をあやしていると、自分がいつのまにか笑顔になっていることに気がつく。それはほとんど使ったことのない筋肉をいつのまにか使ってしまっている一種不気味な感覚で、自分の顔にはこれだけ生きてきても、まだ一度も使ったことがない機能があったのだ、ということを思う。そしてそのことをもっとはやく知る方法はなかったのか、ということを思う。

夜になり、空を飛行機が明滅しながら、並走してどこかへ飛んでゆく。人は死んだら土になり、魂の存在は虚構であり、そこにはなにも残らない。自分は死に、子供もいつかは死に、人生はひとしく無意味だ。その後に「だが」も「しかし」もつなげることなく、机に向かう。あなたたちは、なにを犠牲にして《仕事》をつづけるのか。あなたたちはどんな代償をはらっていきるのか。だれも、答をもっていないのだ。

2017-05-16

わたしとあなたのインターネット

がっかりしており、失望しており、希望をうしなっており、目的をなくしており、夢の残り火はきえている、わたしとあなたのインターネット。
うつくしい雨がふりしきる空っぽの公園で、電磁的なみぶりで宛先のない手紙を書いて、蒼いあのひとにたどりつかない、わたしとあなたのインターネット。
いずれの約束もいつわりで、さめきった情熱はくずれきえさり、信じたものには裏切られる、わたしとあなたのインターネット。
わたしとあなたの二人称的、わたしとあなたの現実の、わたしとあなたのインターネット。

(2017年5月16日)

2017-05-15

なぜひとは浮気するのか

いつでも浮気したがっている。男はみな浮気している。人妻はみな浮気している。隣人のあのひとは浮気している。午前七時にかならず掃除機をかける豹柄のパンツを穿いた下階のAさんは浮気している。政治家も浮気している。芸能人も浮気している。野良犬は浮気していない。人工知能も浮気している。ひととひとが作ったこの世、そのなにもかもが浮気している。貞操は存在しない。不倫だけが現実である。

さて外は雨が降っている(ような気がする)。机の前で自分の読者層というものを考える。閉ざされた世界の外にむけて開かれたことばとはどのようなものでありうるか。閉ざされたことばとはもちろんこの国のあちこちに存在している蛸壺的村社会にむけてのみ語られることばだ(「玉稿拝読しました」「いつも某会合でお世話になっております」「XX賞を受賞されたあの作品は感動いたしました」)。わたしはひとまず解説や説明を排除し、真偽不明のアレゴリカルな《意見》をこのブログにおいてゆきたい。それはきわめてありふれたものであり、日本社会に携帯端末の数だけ存在しているに違いない。

ひさしぶりなので、自分の読者層というものがよくわからなくなってしまった。読者はどのような人生を送ってきたのか。どのような教育を受けてきたのか。なぜわざわざブログなどを読もうとおもったのか。もちろんわたしにはわからない。なにもわかるはずがなく、あなたの人生についてなにひとつわかることなく、またわかることをかたく禁じながら、ひとつのイメージを頭に描く。それは夜中、小さな携帯やスマートフォンの淡く輝く画面をみながら、寝具の中で眠るまでの時間をこのブログとともに過ごすひとの姿だ。同居人、親、親類等に知られることのない、同僚にも妨害されることのないプライベートな空間。ひそかに、誰かに知られずに読まれるような状況を想定している。そのようなつもりで書いてみたい。

誰でも浮気している。男は誰でも浮気したがっているだけではなく実際に浮気している。つい最近も自民党の議員が、わざわざ妻が出産間際で不在のところを狙って、よその女を家に連れ込んで浮気していたというニュースがあった。「またか」とおもったひとも多いだろう。女性は「男なんてそんなもの」とおもっただろう。「育休をとっても、家事しない、育児しない、でも浮気はする」と思った女性も多いだろう。権力者はお金などをもっているので浮気が比較的に容易だ。もちろんお金がなくても浮気は毎日、毎時間、毎秒、いついかなる場でも可能であり、実際にしているひとが山ほどおり、「証拠」や「エビデンス」を出す必要などない。

だがしかし、さらに踏み込まねばならない。肉のよろこびが必要だろうか。肉の快楽が必要だろうか。これらは生きるために必要なものだろうか。いやちがう。そんなものはどうでもいい。このようなものは大したものではない。しょせん歯磨きをする快楽にすぎない生理的欲求によってひとは根源的に動かされたりしない。ひとを動かすのはもっと巨大なものであり、とりかえのきかない欲望であり、それは《傷》である。あるいは傷という空洞をうめるための肉でもある。空洞を埋めるためならひとはどんなことでもする。穴を埋めるためならひとはどんなことでもする。この《苦痛》を癒すためならひとはどんなことでもする。女をとっかえひっかえしなければ生きられないのは痛みがあるからだ。

一般的には、男は性欲があるからと言い訳して浮気をしている。そういうことになっている。だがそうすることによって妻を傷つけることはあきらかではないだろうか。なぜそんなことをするのか。答はあまりにも明快であり浮気は手段であってほんらいは相手を傷つけたいということそのものが欲望なのである。相手を傷つけたいからこそひとを裏切るのである。相手が自分のことをまったく理解しない愚か者で裏切り者でゆるせないとおもっているからこそそれを理解してほしくて相手を傷つけるもっとも手っ取り早い方法として浮気があるのである。

どこを見ても世の中は清潔でありどこを見ても世の中はきれいでありどこを見てもおためごかしと「お世話になっております」的レトリックしかない。いつまでこのくだらない空気はつづくのか。だれしもがおもうことをわたしもおもっている。まともにものをかんがえてまともに生きようとする者たちとわたしは同じ怒りを共有している。いつまできれいごとにまみれたくだらない説教がつづくのか、きわめて腹をたてている。わかってほしいから浮気をしている。悪をなすことで見てほしいから浮気をしている。なぜわかってほしいという欲望を馬鹿にするのか。それはきわめてまっとうで真剣な悩みでありこれを馬鹿にする自分のことを頭がいいとおもっているひとびとの醜悪なしたり顔こそ唾を吐きつけるべきだということをなぜ誰もいわないのか。

誰もいわないのでわたしがいわねばならない。誰もいわないのでわたしが書かねばならない。なんという損失! なんという無駄! いや、違う。いや、違った。いや、なにかが違う。そもそもわたしは《現代詩》を書いていると第三者に評価されているのではなかったか。いや、わたしは《ブログ》を書いていると第三者に評価されていたのではなかったか。いや、違うのだ。違うのだ。わたしがしたいことはこんなことではないのだ。わたしがしたいことはどこか別にあるのだ。だがそれはどこにあるのか、なにもわからないのだ。なにもわからないことだけがわかっているのだ。えらそうなことをいって《文化人》ぶっていたいわけではないのだ。えらそうなことをいってもなにもいやされないのだ。ああ、あの窓の向こうへゆきたいのだ。なにもない、あの窓のあちら側へ!

仮象の雨がふっている。あのひとのことを思い出している。肉のよろこびだけが、わたしをすくってくれる。

(2017年5月15日)

2017-04-11

ほんとうの保守のためのノート

「この国にほんとうの保守はいない」と、ある小説家はいった

ほんとうの保守とはなにか
そもそも、わたしたちが守るべきものはなにか

それは憲法か
それは平和か
それは子供らか
それは誇りか
それはプライドか
それは世界一の技術か
それは安倍晋三か
それは自民党か
それは沖縄の米軍基地か
それは先進国か
それはG7の地位か
それはうつくしい国か
それは東芝の原子力事業か
それは台湾企業に買収されたシャープか
それは教育勅語を暗唱させる幼稚園か
それは共謀罪か
それは言論の自由か
それは性交の自由か
それは性行為をインターネットにアップロードする自由か
それは君が代か
それは天皇陛下か
それは男の男による男のための国か
それは女のものではない女によるところのない女のためでもない国か
それは自涜する自由か
それはツイッターで自涜する自由か
それはフェイスブックで自涜する自由か
それはありとあらゆるSNSで自涜する自由か
それはいつでも自涜ができる《わたしたち》の自由か

守るべきものがずれている
守るべきものがいつでもずれている
守るべきものがいつでもずれてしまっている
守るべきものをふみつけている
守るべきものをうらぎっている
守るべきものをいつの間にかきずつけている
守るべきものをいつの間にかよごしてしまっている
守るべきものがないている
守るべきものをなぐってしまった
守るべきものをころしてしまった
守るべきものをうしなってしまった

さまざまなひとが、それぞれ守るべきものをさけんでいる
(ツイッターであばれている)
さまざまなひとが、それぞれたたかうべきものをさけんでいる
(フェイスブックで慇懃なめくばせをしている)
毎日さけんでいる。毎日糞をなげつけあっている。毎日つぶやいている
(だれもかれもが血走った眼!)

そのどこにも《わたしたち》が守りたかったものはない
そのどこにも《わたしたち》がほんとうに守りたかったものはない
そのどこにも《わたしたち》がほんとうに守りたかったはずのものはない

くりかえされている
なんどもくりかえされている

なんども問うことをくりかえしている
なんども問うことをくりかえしてそのたびに答をうしなっている

ほんとうの保守とはなにかという問いをたてている
ほんとうに守るべきものはなんなのか問いをたてている

ほんとうの保守とはなにか
そもそも、わたしたちが守るべきものはなにか

いや、嘘を書いてはならない
いや、嘘をいってはならない
いや、ブログといえども、嘘を書いてはならない
いや、ブログといえども、《現代詩》といえども、嘘を書いてはならない

だがしかし、ほんとうのことは苦痛で
(そのすべてがいつわりで)
だがしかし、ほんとうのことはくるしく
(そのすべてがうそっぱちで)
だがしかし、ほんとうのことは血を吐くようなことばで
(そのすべてがご立派な表現で)
だがしかし、ほんとうのことがなければ……ほんとうのことがなければ!
(そのすべてが自己満足で)

なかった
そもそもなかった

そもそもこの国に守るべきものなどなにもなかった
そもそもこの国に守るべきものなどどこにもなにもなかった

そもそも《わたしたち》のこの国に守るべきものなどなにひとつ残されていなかったのだということ
そもそも《わたしたち》のこの国のいまここに守るべきものや愛すべきものなどなにひとつ残されていなかったのだということ

保ち守るべき美徳はすべて幻影だったのだということ
保ち守るべき美学はすべて幻想だったのだということ
保ち守るべき《あのひと》はすでに彼岸へ旅立ってしまったのだということ

よってほんとうの保守はついに不可能で
よってほんとうの保守はついにふかぎゃくで
よってほんとうの保守はついにかなうことなく
よってほんとうの保守はついにきえさり
よってほんとうの保守はついに実現することなく
よってほんとうの保守はすでに滅んでおり
よってほんとうの保守は二度滅ぶことはできない

愛する方法を知らなかったので
愛する方法をまちがえたので
愛する方法を知りえなかったので

ほんとうの保守よ、おまえは夢見た庭へとかえり
ほんとうの保守よ、おまえは安らかに星いだいて眠れ

(2017年4月10日)

2017-04-07

ブログ名称の変更を行いました

本日付けで、ブログの名称の変更を行いました。

新名称:仮象の帝国
旧名称:Marginal Soldier

よろしくお願いします。著作リスト等はTumblrを参照してください。

2017-03-31

「jpgの魔女ベアトリス」、またはロスジェネの不可能な紐帯

現実はおそろしい速度で変容してゆくが、わたしたちの人生はなにも変わらずすぎてゆく。この取り残されている気持ち(レフト・アローン)を克服するために、ひとりぼっちのネット右翼(ライト・アローン)が連帯せぬまま台頭する、と冗談を書いてみたくなる。だが、冗談をいって冷笑していられる幸福な時代はすでに終わった。わたしたちは眼前に広がる、左右、男女、上下階級が毎日いがみあうまずしい空間、すなわち自らが作りだした業と向きあわなければならない。

『詩と思想』2017年4月号にて、「現代詩の新鋭」なるものに選出されると連絡があったので、知己の詩人・井上瑞貴さんに解説を書いてもらった。わたし本人といえばそもそも詩と現代詩の違いがわからず、さらにいえば文芸とそれ以外の違い(あるいはブログとそれ以外の違い)もわからない人間なのだが、第三者より評価してもらえるのはめずらしい機会なので、ありがたく思っている。快諾してくれた井上さんに深く感謝を。編集部のみなさんもありがとうございました。

詩作品は、ストリップ劇場を舞台とした「jpgの魔女ベアトリス」を寄稿した。魔女とは男を狂わせる裸体であり、かつ男を救う(かもしれない)貌のない裸体でもある。このブログでも何度も書いているとおり、女だけが男をすくってくれる(可能性がある)ーーただし、それは実在する女である必要はない。それを「jpg」(ジェイペグ)と名付けた。男には女が痛切に必要だ。そしてそれは、肉のよろこびとはなんの関係もない。

この二〇年で、さまざまなものがわたしたちの人生から奪われていった。
だが奪われたものはとりもどせない。無限に遠い、たどりつけない<魔女>へのいのりを経由してとどくかもしれないことばについて書いてゆく。

(2017年4月1日)

* * *

作品以外には、「喪失の時代」という小文を寄せた。以下全文掲載する。

喪失の時代
 数年前、渋谷のストリップ劇場に足を運んだ。鮮明に思いだすのはきらびやかな舞台の最前列、よれよれの汚れたシャツを着た中高年たち、かろやかに踊る女たちの前に跪き、手を合わせる男たちの姿だ。かれらの表情には、神仏を拝む真摯さ、切実さがあり、それは胸が痛くなるような光景だった。
 前妻と暮らしていた頃、地元の駅前にアジア人の娼婦が働く店があった。営業日には小さなネオンが点灯し、秘かに客を呼び込んでいた。妻子が待つ家に帰宅する際、その前をよく通った。残業続きでバスが終わり、歩いて帰ったある雨の夜、道に小さな銀色の川ができて、私と店を隔てていた。川を越えた時に、喪失とは何か知った。
 成長や希望といった幻影を信じていられた八〇年代、アジアの小国で十代を過ごした。あちこちでパーティが開かれ、邦人の集まるホテルで食事を取ると、いつも歓声や笑い声が響いていた。家には阿媽(あま)がいて、学校に行くときは起こしてもらっていた。一番おぼえているのは彼女が洗濯をしている姿で、熱帯の白熱する空に洗濯物が揺れていた。だがいまは二〇一七年であり、揺れてぼやけているのは記憶だけだ。
 jpgは現在(プレゼンス)を保存する。陽炎のあちら側にいる裸体の女たちを。そして喪失の空虚さに耐えられず、弱さを暴力に変換し、告白によって赦しを求める男たちを。だが劣化は避けられない。複製を試みたとしても、記録されたものは不可逆的にこわれてゆく。
 書くことはその不可能を可能にすること。衣類をはぎ取られた肉体、いいかえれば虚構の前に跪き、ほんとうのことを現前させることだった。ひとは老い、夢はこわれ、共同体はばらばらになり、孤立と断絶だけが蔓延してゆく。この喪失の時代をいきる。

2017-03-02

若さの埋葬

現代詩と呼ばれるものを毎日書いてほぼ三年が過ぎた。さまざまなことが起こった。だれの人生とも同じような退屈な毎日のくりかえしだった。一方社会は大きく動いているように感じられた。だが社会が食べ物を恵んでくれるわけではなく、税金を払っていても事故や天災から守ってくれるわけでもない。社会が変わろうが(あるいは大統領という大家が変わろうが)飯の種を稼ぐ行為は変わるはずもなく、水は今日も高いところから低いところへと流れ続ける。

一方、書くことはおもしろい。一円の対価も(ほぼ)なくともおもしろい作品はおもしろい。このおもしろさをわたしから奪おうとする人間こそがわたしの敵であり、それはかたちのない「世間」という形をしている。創作に携わる者すべてがたたかっているものとわたしもたたかっている。しかしもちろんかれらを応援することなく、仲間も必要としていない。そんな連帯になんの意味もない。この考え方をある詩人は「旗を振りません」と表現した。

昨日、SS新人賞の選考委員R・K氏の新人賞授賞式でのことばを某誌で読んだ。知己のH氏が紹介していたが、「とくに男性詩人は、自分の一番弱い部分を隠さずに言葉にしていってもらいたい」というものだった。わたしはしばらく雑誌の頁を開いたまま考え込んだ。というのも、「自分の一番弱い部分」をことばにして、はたしてそれがおもしろいかどうか、わたしは常々疑問に思っているからだ。ネットにあふれる「告白」や「反省」や「体験談」のつまらなさ、退屈さ(あるいは、告白を装った卑劣な身振り)を見れば、読者諸氏にもわたしの疑問が伝わるのではないかと思う。

ただおそらく、書いておくべきことはあるのだろう。わたしが何度も核心的なモチーフにしている「洋子」=「Y」は、産まれることが許されなかった子の仮の名前だ。ほんとうに女の子であったかどうかは永遠にわからないが、手術のあった日の夜に夢を見た。夢の中では女の子が舟に乗ってながれていた。その時ふしぎと、ああ、女の子だったのかもしれない、と思った。

わたしはつい最近まで、自分には経済的な理由で産むことができなかった最初の子供がいた、ということを忘れていた。子供をころして自分は生きている。あるいは、ひとを不幸にしてなお自分はいきながらえている。そのことから眼を背けたかったのかもしれなかった。去年の春ごろのことだったと思うが、毎日詩作をしてゆく中で、夢の中で見たその子のことをはっきりと思い出した。そしてあの子をころしたわたしに生きる資格があるのか、と日々問うようになった。

答は出ていない。

わたしはもうひとつの問いをたてた。それは自分にもし経済的な力があったら、あの子を生かすことができただろうかと。その問いにはすぐに答が出た。おそらくむりだっただろうと。なぜなら出産とは相手がいなければ成立しないものであり、相手が「あなたのことが信頼できないから産みたくない」と言ったら、男はどうにもできない。ひとの気持ちを理解することが多種多様な失敗を経てはじめて可能になるのであれば、その遅延する理解の過程で命がうしなわれてしまうこともある。

答はないが、問いはあった。ひとは弱さや愚かさから、ひとを殺してしまうことがある。あるいは修復不可能なまでに傷つけてしまうことがある。いくら後悔してもとりかえしはつかない。ばらばらになったものはとりもどせない。ひとは、いや、わたしは、どのような理由によって、これから生きていくことがゆるされるのだろう。どのような理由によって、自分をゆるすことができるのだろう。

問いはある。そしておそらくR・K氏がいっていたのは、その不可能な問いに、<答えようとせよ>ということだとわたしは受け止めた。それがいかに滑稽で、みっともなく、恥ずかしいことであっても。

わたしはあの子を埋葬したいと思っている。

それは自分のおろかな若さを埋葬することでもあり、あるいは弱さにかたちを与えることであり、なにひとつ告白せずに<ほんとうにあったこと>を作為を経由して語りつづけることなのだろう。きっと、埋葬は不可能なのだ。あの子を生かしてやりたかった。

(2017年3月2日)