2017-05-18

雨音のバラード

とつぜんの雨が近づいている。仕事をしながら片目で窓の外をみる。強い風が吹き始めている。嵐は好きだ。と、いっても、わたしが育った熱帯の島国には台風は来ない。かわりに熱帯にはスコールが降る。葡萄の大きさの雨粒が、弾丸のようにふりそそぐ。屋根のあるバス停の下、バスを待っていると、雨音が薄っぺらい屋根をたたき、まるでバラードのように聞こえる。アスファルトには巨大な川ができ、幾億の波紋ができては消え、できては消える。雨がふりしきる中、銀色の雨の壁にくぎられたそのバス停で、誰かをよく待っていた。だが、それはもう遠い記憶であり思い出すことができない。思い出せないことを思い出せるのはさいわいなことだ。なぜならいちばん大事なものであっても、忘れたことさえ忘れてしまえば、この世界に存在しなかったことと同じことだからだ。だがそれを書きのこしてもなにもとりもどせない。それでいいのだ、と思う。

そして結局雨はふることなく、わたしは仕事に戻った。