2017-05-19

冷えたサンドイッチ

赤ん坊の世話をしていると、ひととは糞を生産する機械にすぎないのではないかと思うことがよくある。人生に意味を求めるのは問いのたてかたが間違っているので、単なる糞製造機が自分をなにか別のものと勘違いしてしまうことにすべての人間的な問題があるのだろう。一方、自分の子供はおそろしく可愛く、これに負けそうになる。SNSで子供の写真を貼り付けているひとびとの気持ちがわかる。「世界でいちばんかわいい」と思っているのだろう。自慢、は根源的な欲求のひとつだということが、最近よく理解できるようになった。わたしも上記のように思うし、さらにいえば写真も貼りたいが、我慢しなければならない。子供は親の持ち物ではなく、愛玩物でもない。そのうち親のことを捨てて出ていく一時的な関係にすぎない。しょせん他人であり、所有することも支配することもできない。できると思っている親がいるだけだ。子は親を選べないが、親もまた子を選べない。また親が望むような性格に子を変えることもできない。ただ健康だけは親が守ることができる。というわけでわたしは今日も子供を風呂にいれ、ミルクを妻と交替で作り、哺乳瓶を消毒し、最後に妻と自分のために、氷のように冷たいコールドチキンを使ったサンドイッチをつくった。冷えたサンドイッチはうまい。