2017-06-30

夏きたる前の雑記または楽観主義者

金曜日。あまり一般の世間とは関係がない生活だが、土日にむけて仕事の密度は減る。
週末というものはいいものだ。

最近のネットの読者の印象として、薄く広く眺めてみると、短時間で読めるものしか読んでおらず、特定の作家名を帯びず、散逸した状態でも読めるもの(=匿名に類するもの)が好まれる傾向があると思う。読み手知らずの短歌や俳句、あるいは短い漫画はネットに最適な作品ということは言えるだろう。短歌がとくに盛り上がっているという話は某出版社のひとに聞いたが、そうだろうと思う。時系列に読む必要もないし、それぞれ自立している。

わたしのブログ、Tumblr、ツイッターはそれぞれ別々の目的と主題をもって製作しているが、基本的に読者からの反応というものはない。ごく一部の古い読者や一部の読み手に拾われ、それがかろうじて広まったりわずかに読まれたりする以外に、フィードバックというものはない。わたしは短時間で読めるものとは正反対のものを書いており、時代=フォルムに適合していない。と、いうより、適合できないことそのものを書いている、と言い換えたほうがいいかもしれない。

一方、わたしのネットにおける目的というのはシンプルで、ぼんやりとした言い方になるが、「読者共同体」、別の言い方なら読者ベースと呼ばれるものになるだろうか、それを創出していくのが、ブログ、Tumblr、ツイッターでのわたしの仕事ということになる。わたしの尊敬する作家は、長い作品を書いていたので、わたしもそれにならって、長いものを書こうと思っているし、いま書いているし、それを形にするための努力をしている。長い作品が読まれ(う)るためには、読者共同体が存在していなければならない。

また、ここはブログなので正直に書いておくと、わたしは「現代詩の新鋭」という呼称はあるが、自分が詩人とは思っていないし、現代詩を書いているとも思っていない。ただわたしの名前が記された作品群を書いているだけだ。それを第三者が後付けで分類する。それはそれでかまわない。ただネット的なことをついでに書いておけば、わたしは自分のことを作家とはまだ名乗りたくない。特定の雑誌に多少原稿が載ったからといって、その人物は作家だろうか。違う。第三者に書いているものが評価され《続ける》ことだけが作家の条件である。

ブログでも、Tumblrでも、ツイッターでも、雑誌でも、本でも、ありとあらゆる場所で、器用に文体を使い分けることいっさいなく、同じひとつの名前のもとに書いてゆきたいと思っている。ブログやTumblrやツイッターで「読みやすい」文章を求める読者に応えられないのは申し訳なく思っているが、これがわたしの考える読者に対する誠実さだとご理解いただければ幸いだ。

わたしは読者は存在していると思うし、ネットになにか書くことが無意味だという意見には賛成しない。まったくフィードバックがないから、まったく反応がないから、まったくアクセスがないから、だから《無意味》だと言う意見にはまったく賛成しない。書くこと、伝えようとすること、考えること、理解しようとすること、そのどれもが困難であり、そのどれもが貴重な人生の一部であって、書くという一連の姿勢と行為には、わたしたちがいきるこの世界がいったいいかなる場所なのかそれを知るための重要な契機をもたらす可能性があると考える。その程度にはわたしは楽観主義者だといえる。

2017-06-29

マイノリティのわたし

今日もスパムメールが届いている。メールには"I need to be loved"と書かれている。だれもかれもが愛されたがっている。だれもかれもが認めてもらいたがっている。だれもかれもが褒めてもらいたがっている。だれもかれもが意味を求めている。だがそれはけして得られない。だがそれはけして手に入らない。
この社会はマイノリティに冷たい。いやこう言い換えよう。マジョリティに同化しないでとどまっているマイノリティに冷たい。さらにこう言い換えることができる。マジョリティに同化する「ふり」をするみんなのルールを守らないまたは理解しないマイノリティに冷たい。マジョリティはこういっている。なぜ同化しないのか。なぜみんなと同じ顔をしないのか。なぜみんなと同じことをしないのか。なぜみんなと同じ《ふるまい》をしないのか。マジョリティはいつもそういってマイノリティを攻撃している。あるいは攻撃的な抑圧を企図する。なぜそうか。

いや、なぜそうかと問うことには意味はない。そんなものになんの意味もない。ツイッターの《学者》や 《知識人》にまかせておこう。そういったむずかしい話題はツイッターのひとびとにまかせておこう。わたしたちが問わなければいけないのはシンプルなことであり、ごく普通の語彙で表現することができる。それはなぜ愛されたいのかということ。それはなぜ認められたいのかということ。それはなぜ褒められたいのかということだ。それこそを問わねばならずそれは小難しい理論をいっさい必要とせずツイッターで手に入る《学問》や《知識》をいっさい必要としない。なぜならわたしたちは自らのこころに問うだけでなぜという疑問に対する答を手に入れることができる。鏡をみてそこに映るものを見つめるだけでこの世界のすべての答を手に入れることができる。

マイノリティなので今日もつまはじきにあっている。マイノリティなので今日もどこにも居場所がない。マイノリティなので今日も電車で隅に座っている。マイノリティなのでお金がない。マイノリティなので思ったことを書くことができない。マイノリティなので匿名で活動している。マイノリティなのでツイッターでも本音がいえない。マイノリティなので日陰にかくれている。マイノリティなので実家に住んでいる。マイノリティなので黙っている。マイノリティなのでいつも怒っている。マイノリティなので共産党と民進党に投票している。マイノリティなので不具合がある。マイノリティなので人生がいきづらい。マイノリティなので憎んでいる。マイノリティなのでくやしがっている。マイノリティなのでのろっている。マイノリティなのでブログを書いている。

だがしかし敵はどこにいるのか。だがしかしにくむ相手はどこなのか。にくい相手はどこなのか。愛されるためになにが必要なのか。認められるためになにが必要なのか。褒めてもらうためになにが必要なのか。いまここにいる自分のためになにが必要なのか。なにもわからないのでただ生きている。なにもわからないのでツイッターをやっている。なにもわからないのでスパムメールを読んでいる。なにもわからないのでスパムメールに返事をしている。なにもわからないのでloveがわからない。なにもわからないので受動態がわからない。なにもわからないので能動態がわからない。なにもわからないので区別がつかない。なにもわからないので匿名と顕名の違いがわからない。なにもわからないので、なにもわからないので、なにもわからないので、鏡をみている。鏡にはなにも映ってはいない。

2017-06-28

ネットで知りあったひとと会ってはいけない

今日も平等に夜がおとずれる。あるいは不平等な夜がおとずれる。めぐまれているものはめぐまれていることを知らず、まずしいものはまずしさそのものを強いられている。愛されているものは愛されていることを知らず、愛されたことがないものは愛されたことがないというその欠乏自体を知りえない。
なぜネットで知りあったひとと会おうとするのか。なぜひとはネットで出会ってしまうのか。なぜひとはネットで出会ったひととあろうことか性交してしまうのか。なぜひとはネットで尊敬できるひとが現実でも尊敬できると思うのか。なぜひとはネットで知識人のひとが現実でも知識人だと思うのか。なぜひとはネットでインテリのひとが現実でもインテリだと思うのか。なぜひとはネットで頭がいいひとが現実でも頭がいいと思うのか。なぜひとはネットで美人のひとが現実でも美人だと思うのか。なぜひとはネットでイクメンのひとが現実でも子育てをしていると思うのか。なぜひとはネットで料理の写真がきれいなひとの台所が現実でもきれいだと思うのか。なぜひとはネットで高収入を自慢しているひとが現実でも高収入だと思うのか。なぜひとはネットで性器の大きさを自慢する男が現実でも性器が大きいと思うのか。なぜひとはネットと現実に共通項を求めてしまうのか。なぜひとはネットで《理解》を求めてしまうのか。

それはさみしいから。それはかなしいから。それはひとりぼっちだから。それは現実に居場所がないから。それは世界が不公正だから。それは世界がアンフェアだから。それは繋がりがうしなわれているから。それは連帯が損ねられているから。それは《世界一の国》が夢まぼろしだから。それは《うつくしい国》が存在しなかったから。それは共同体がこわれているから。それはコンビニのおにぎりが値上げされたから。それは人口減少で地元のバス停の運行が削減されたから。それはつい先日までたのしくみていたビデオ配信サービスが日本企業に買収されてしまったから。それはネットでしか威張ることができないから。それはネットでしか知識人のふりができないから。それはネットでしか格好いいことがいえないから。それはネットでしか自慢ができないから。それはネットでしか楽しさが見いだせないから。それは現実になにひとつ楽しいことを見つけられないから。それはなによりも現実から逃避したくてたまらなくて逃避先ですこしでもいいからくるしみから逃れる麻薬がほしいから。それはネットにだけ麻薬があってネットにだけ人工甘味料があってネットにだけ孤独をいやしてくれるなにかがあるように思えるから。

ネットで知りあったひとと会ってはいけない。ネットで知りあったひとと会おうとしてはならない。ネットで知りあったひととつきあってはいけない。ネットで知りあったひとと性交してはいけない。ネットで知りあったひとと結婚してはならない。ネットで知りあったひとと交流してはならない。無理なのです不可能なのです。なにもかもが嘘でごまかしなのです。なにひとつ楽しくないのですなにひとつうれしいことなどないのです。なにひとつすくいなどないしなにひとつゆるしなどもないのです。なにもないからつい会いたくなるのはわかります。なにもないからついネットで出会ったひとに理解を期待してしまいます。だがだめなのです無理なのです。あなたの願いはけしてかなうことはないのです。あなたはえいえんにひとりぼっちなのです。あなたはそこでかわいてゆくしかないのです。あなたはそこでひとりでいきてゆくしかないのです。この世界でネットですべての人間とつながっていながらだれにも理解されずひとりぼっちの場でいきていくしかないのです。なぜならなにもかもが嘘だらけでそれを避けることができないからですそれを拒むことができないからですなぜならなぜならなぜなら《わたし》こそが嘘を求めているからなのです。

だからネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとを信用してはいけません。ネットで知りあったひとを愛してはいけません。ネットで知りあったひとをゆるしてはいけません。ネットで知りあったひとを尊敬してはいけません。ネットで知りあったひとを知ろうとしてはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ネットで知りあったひとと会ってはいけません。ああ、インターネット、おまえの孤独はだれにもいやせない。

2017-06-27

当たり前のことたち

忙しくしていたら深夜になっていた。今日の夕食は鳥のささみを使った炊き込み飯で、時間がなかったので仕上げには失敗したが、それなりの味。それからセールで見つけて買ったその日に味噌につけておいた豚ヒレ肉をグリルで焼いたもの。それから大根の味噌汁。

料理には、冷蔵庫の中身を把握すること、いまある食材を使う予定を立てること、コスト管理をすること、調理すること、生ゴミの処理方法を考えておくこと、等の様々な要素があり、人生にとって必要な気づきを与えてくれる、わたしにとって貴重な作業だ。

最近の気づきは、台所や調理器具は常に清潔にしておくことが大事とよく言われるが、その実践は大変だということ。それには常日頃の努力が必要なのだが、それは「当たり前のこと」として毎日やるもので、矛盾するようだが、努力が必要と思ってはならないこと、必ず、毎日、息を吸うようにやらなければ続けられないのだ、ということだった。

大事なことは毎日やらなければならないし、努力などということばを意識から徹底的に排除したうえで、当たり前にやらなければならない。というより、そうしなければ疲労してしまって続けられない。「がんばり」や「努力」はひとを疲労させる。当たり前にやるしかない。毎日、当たり前のことを当たり前にやるしかないのだ。わたしは以前それは才能だと書いたことがあるが、一方、これは後天的にかくとくできる技術だと思う。

どこかで野菜が腐っている。ひとは、努力によって変わることができるだろうか?

2017-06-26

光のつよさ、夏のつよさ

暑さがましてきている。窓から斜めに差し込む光の強度があがっている。光のつよさは夏のつよさで、夏にきりとられた部屋ではさまざまなことが起こる。

昔、四季のない熱帯の島国にいた頃は建物はすべてコンクリート製で木造家屋などは見たことがなかった。自然が過酷なので、木造では長いこと家屋が持たないからだ。熱帯では地震もなく台風も赤道直下のため来ない。このため石造りの建物は英国の植民地だった頃から多くが残されていて、当時の雰囲気をそのまま伝えていた。

コンクリートの建物は昼間のうちに日光をあびて熱を蓄え、夜中になっても熱を放射し、寝室も居間もとにかく壁が暑く、海からの風が吹いてこない夜などは、何もしていなくてもだらだらと汗がながれた。

当時の知己のひとりXは寝るときにはいつも下着をつけないで裸で寝ているの、と言っていたことを憶えているが、おそらくからかわれていたのだろう。なにしろXは近くのマンションに住んでいて、わたしのいた棟から彼女の部屋はさほど遠くなかったはずだったからだ。

住んでいた部屋のベランダに出ると眼下には遠く水平線が見え、未開発の野原が広がる側に、彼女が住むマンションがぽつんと建っていた。ある日、何かの用があって、居間の電話からXの家に電話をした。窓の外には焼けつくような日が落ちていた。

しばらくコール音がして、やがてXに似た声の女が電話に出た。「Xはいないわよ」と女はいった。わたしはいっしゅん戸惑い、Xの住むマンションの方角をみる。陽炎のあちら側のどこにXの部屋があるのか、当然わかるはずもなかった。「Xはもうどこにもいないの」と、女は続ける。なにもかもが、あなたのせいなのよ。

2017-06-25

事後の場所

週末にショッピングモールに出かけた。郊外のショッピングモールはここで何度か書いたように愉快な人々であふれているが、もちろん自分もその一員であるほかなく、所与の条件から自由であるかのようにふるまうことはおろかだというほかない。別の言い方をすれば日本にいながら日本人であることから自由であるかのようにふるまうことは滑稽だということになる。安全な場所などない。

さて本日は三ヶ月になった子供をともなっての外出だった。ベビーカーではなくベビーキャリアを使った。よく外にゆくとリュックサックを背負って子供を前に抱いてさらに両手に買い物袋をぶら下げた母親を見かけるが、あれがどれぐらい大変かということはやってみなければわからない。ベビーキャリアで六キロちかくある物体を持ったまま買い物をする、ということがどれぐらい大変か、今日はそれを学んだ。そして夏は暑さ対策が大変だということも。汗まみれになってとてもかわいそうだった。

へとへとになって帰ってきてすこし休んだが、あまりに疲れたので子供の身体を洗ってミルクをやってから気絶するようにすこし眠った。ソファで家内にあやされる子供の顔をみていて感じるのは、きっと時がたてば、この時の大変さはいい思い出になるのだろう、というぼんやりとした予感だ。子育てに関与できないとくに男親は、子供を愛する契機の多くを奪われているということを思う。大変なことを苦労しながらすることは、けして悪いことではないのだ。子育てから逃げて仕事に逃避していたかつてのわたしは、恥ずかしい人間だったということを思う。だがひとは、「ほんとうはこうすべきだった」と、《事後》に気付くのだ。なぜなら理解とは苦い喪失を経ないとあらわれないものだからだ。

いつでも事後の場所にいる。痛みや愚かさから自由な安全な場所などない。

2017-06-24

月の影

土曜日になった。外はよく晴れている。今日は都心で会合があるのでその準備をしている。原稿を印刷したり本を準備したりといったことだ。けっきょくどんな分野の仕事も会社員の身振りでビジネスライクにやらざるを得ないが、情熱がある分野というものはある。とはいってもいくら情熱があっても読者がまったく付いてこない作風というものもあり、それはそれでわたしの努力の範疇を越えた宿命というか、より一般的な言い方をすれば「仕方がない」ことであって、それに関して文句をいうのは既存の読者に失礼だというようにも思っている。わたしは人間としてどうしようもなく駄目な存在で、正直なところはやくこの世界からいなくなりたいとしか思っていないのだが、文章だけはそれなりにまともなものを書いているので、これで社会に(間接的に)恩返ししてゆくのが筋なのだろうと思う。もっとも「読者」というのは届かない他者のことであって、湖面に映った月の影のようなもので、触れることはできないし、触れたしゅんかんに崩れてしまうものなのである。話せない、語れない、わかりあえない。読者のみなさん、こんにちは、根本正午です。

2017-06-23

偽の生活

梅雨の湿気が街を覆っている。外国で買ったコートをクリーニングに出そうとしている。タグが外国語で読めないので引き受けられない、と受付の老人はいっている。日本語か英語じゃないとね、といわれている。そうですよね と回答し、服を持ち帰ることにする。

コートは真冬になると壁のような吹雪に襲われる街の市場の一角で買った。野外市場には凍りついた土にじかに座り込んだ老婆や子供がおり寒さに震えながらものを売っていた。店にある蒸し器からは真っ白な蒸気が吹き出して視界を遮っていて、道のあちこちに屠殺された獣の血が凍ってへばりついていた。

このあたりの霧が多い郊外にあるスーパーにも外国人がたくさん働いている。最初は台湾の人かと思ったがベトナム出身のようだった。だがかれらにいっさい話しかけることなくレジに並ぶ。同じ列には子供たちが並び、わたしの髪の毛の色をみて話しかけたいような顔をしている。結局、クリーニングに出すはずだったコートを家にもってかえる。日本語でものを書くのは、日本語が満足に理解できないからなのだ。

2017-06-22

優しくないものたち

仕事の合間に買い物に出かけて夏物のスラックスを何本か仕入れて、職場に戻ってきて自民党の女性議員が暴言で辞職したというニュースをみている。テープも一部聴いてみて、あまりのひどさに正気を疑ったが、いったいふだん職場たる自民党ではどんなひどい目にあっているのだろうと思ってしまう。プライドや尊厳をあらゆる意味で踏みにじられる非人間的な職場に勤めていなければ、自分よりも弱いものをここまで執拗に攻撃しようとはしないだろう。人間、自分がやられたことしか、ひとにできないものだ。

こうした負の連鎖は止めることができないし、たとえば自分が誰かに寛容にしたとしても、それを相手が感謝するかというとほとんどそんなことはなく、むしろ舐めてかかってくることがほとんどで、さらにいえば「優しさ」に甘えてもたれかかってくることがほとんどではないだろうか。つまり人間、嫌なやつになって、自分のいいたいことだけをいって、相手のいうことはいっさい耳を貸さず、怒鳴り散らしてひとにいうことを聞かせる人生がいちばんお得……ということかもしれない。そう思って苦笑してしまう。

上記と矛盾するようだが、わたしは、どこかの作家が言っていたが、優しいひと、が最終的には勝つと思う。舐めているひと、思い上がっているひと、馬鹿にするひとを打ち負かすと思う。現実をみればそんなことはない、と読者はいうかもしれない。それはわかる。だがそれでも、わたしは優しさを守り抜けるひとこそが強いと思うし、人生の究極的な一面において、優しいひとこそが最終的に幸せに生きられるのだ、と思っている。ひとを傷つけることでしか自らの傷をいやすことができないひとたちは、端的にいってかわいそうなのだ。

2017-06-21

交差点の女

ひとが歩く速度と同じ速度で雲が南から北へとながれている。もちろんそれは錯覚にすぎない。遠くにあるためひとと同じ速度のようにみえるだけで実際にはもっと速く動いている。わたしは交差点で自転車に乗って信号が変わるのを待っている。信号はなかなか変わる気配がない。昼間に降った大雨はすでにながれて水たまりは強風に吹き飛ばされてなくなり、ちぎれた雲のあちら側に沈む夕日の光がもえあがるのが見える。道は濡れていてそこに枯葉が散らばってへばりついている。わたしの隣、路上では髪の毛を紫色に染めた若い女が車中で口紅を直している。後部座席には乳幼児が窮屈そうにシートに収まっている。運転席には疲れた表情の男がハンドルを握っている。女はわたしをちらりと見て目をそらした。子供のほうは生まれておそらく三ヶ月ぐらいだろうかよく眠っているようだ。待っている間に、午後五時になると鳴り響く時報が聞こえてくる。あたりはすでに夜のように暗い。闇に溶ける精悍な肌の色をしたアジア人たちが道の反対側を自転車で走ってゆく。どこかで老人が咳き込んでいる。信号が青に変わる直前、女がまたわたしを見た。そして真っ赤な唇をひらいて何かを言おうとした。どこかで会ったことがあったか、とわたしは思う。だがそれを思い出す前に信号が変わり、あちこちがへこんだ車に乗った女とその家族は、わたしを置き去りにして道の彼方へと消えていった。

夜がふたたび訪れる。ようやく待ち望んだものがやってくるのだ。

2017-06-20

虚栄の詰まったずだ袋、またはGoogle+を辞めた理由

ネットでは無限に嘘がつける。嘘の真偽を検証する方法はない。先日、わたしはとある恥ずかしい事件があってGoogle+というSNSを辞めたと書いたが、結局のところ、それ以降ネットの上でのすべてのやり取りを中止することになった。それから三年、コメントやコミュニケーション機能を意図的に排除したTumblr等でしかネットでは書いてこなかった。

どうでもいい話、つまりきわめてプライベートな話になるが、なぜ辞めたかというと、とある作家のことを読んでいないのに読んだと書いてしまったから、というシンプルなものだ。きわめて恥ずかしいことで、それ以上でもそれ以下でもないが、ひとつはっきりしているのは、ネットはそういう知的な不誠実さを実行するのにもっとも適した空間であるということだ。

一方、読者はこう言うかもしれない。現実においても知的な不誠実さが横行しているではないか。たとえば、野心で眼を輝かせた若者に「きみはXを読んだか」と聞いたら、「読みました」と精一杯の嘘がかえってくるではないか、というかもしれない。そのとおりだ。若者や未熟者が知らないものを知っていると強がるのはいい。だが、その若者は次に会うときまでにそれを読んでおく必要が生じるだろう。嘘をついてしまったら嘘を守る必要があるからだ。

ネットではそうではない。いつでも嘘がつける。いつでも嘘をごまかせる。いつでも嘘を塗り重ねることができる。次から次へと嘘を糊塗することができる。誰もそれを検証などしないしできない。ここまで読んで、読者の脳裏に浮かんでいるAからZの人気ブロガーや「知識人」たちの顔をわたしも共有しているといわねばならない。だがわたしは彼らを批判する気にならない。ネットにとどまればそうなってしまう。虚栄の詰まったずだ袋になってしまう。それは避けられない。

その時、わたしはSNSから完全に去ることにした。それはGoogle+で巡り合った貴重な友人たちとも永遠に別れることを意味した。それはつらい選択だったが、他に選択肢はなかった。不可避的に生じる嘘への衝迫、衝動、欲求、これらから誰もが自由ではないことはたとえばツイッターをみれば明らかで、ひとにとって自然なこうした欲求を受け入れてネットという現代を楽しむ、という姿勢はありうる。だがわたしはそうした道は選べそうにない。

自分の言いたいことを書いて市場の流通に乗せること、商業的な価値がないかもしれないものをつくってゆくこと、現実社会に無視されるかもしれないものをつくってゆくこと、これをネットとネット以外の貌をもった現実の相反するふたつの場で行うこと、それがわたしのすべきことであり、していることであり、今後もしてゆくことだ。

だがさみしさはある。Google+はいいSNSで、巡り合ったひとびととの絆は貴重なものだった。わたしが自らの愚かなふるまいでそれをうしなったことを後悔している。それをここに書いておきたかった。

2017-06-19

真剣な病気

書くのは楽だが校正はつらい。夜になって、ふたたび机に向かっている。それしかできないので、家事以外の時間は机に向かうしかない。印刷し、再読し、間違いがあるかどうか確認する……のだが、読み返す気にならない。もっとはっきりいうと読み返したくない。

だが仕事なので仕方なく読み返す。携帯端末で読める文章を書くのもいいが、手に取れる物理的媒体としての紙の雑誌や本もやはり必要だ。過去十年、わたしは紙媒体にする努力をどちらかというとさぼってきた。そのつけをいま支払っているということになる。

努力、というものは、正しい方向でやらなければ、ただ時間が浪費されてしまう、と頭の表層では思うが、「無駄」とか「浪費」といった単語に過度に反応してしまうことこそが避けなければならないことで、むしろ無駄なものこそがおもしろいといわなければならないのだろう。

机で原稿を読み返していると、外を十代の少年たちがなにやら奇声をあげながら走ってゆくのが聞こえる。おそらく楽しくて仕方ないのだろう。だが外からみればそれは病気にすぎない。真剣に無駄なことをする、それもやはり病気というほかない。

2017-06-18

兼業主夫の日曜日

だんだん暑さが増している。キッチン用に布巾を何枚か買った。コンロ用、床用、テーブル用ととりあえず三種類に分ける。そしてコンロから掃除する。コンロは油汚れが付着しており、泡立てた洗剤を使って溶かすと非常によく落ちる。以前は専用の洗剤を使っていたがちゃんと泡立てれば「キュキュット」で十分だ。終わってから一度手を洗浄し、消毒してからミルクを作りはじめる。

ミルクは沸騰したお湯でなければならず、哺乳瓶は薬液に漬けて殺菌しておいたものを使わねばならない。作り置きは雑菌が発生するのでできないため、毎回新しく作ることになる。ミルク専用の薬缶を買ったのでお湯を沸かす間、テーブルと床をそれぞれ別々の布巾で拭く。

そこまでやって子供が泣き始めたので、おむつを確認し、変える必要があるようなのでこちらを優先して交換を行う。脱がし、かぶれがないかどうか目視して、おむつを専用の容器に捨て、新しいおむつを履かせ、手をふたたび洗浄、消毒し、沸騰したお湯でミルクを作る。飲ませる。飲ませるのにも20分ぐらい。さらにげっぷをさせないと吐いてしまうことがあるので背中を優しくたたいて胃の中に入った空気を出させる。

げっぷするとだいたい眠りにつくことが多いが今日は眠らなかったので、背もたれがあるソファに上半身を起こして座らせて一緒にホラー映画を見る。もっとも見ていたのはわたしだけで子供はすぐに眠っており、テレビの前でひとりでクライブ・バーカー最高などとつぶやきながら「ミッドナイト・ミートトレイン」を途中まで見て飽きる。

外は暑く、日差しが強い。わたしはそっと立ち上がり、音を立てないように夕食の準備を始める。トマトをざっくり切ったものをボウルに入れ、これにケチャップと酢と砂糖を混ぜて適当なソースを作り、これをチキンサラダにかけて食べようと思う。そしてまな板の前で、そういえばブログを書いているのだったと思う。

そういえば他にも意味のないものをたくさん書いている。だが意味のあることがあるだろうか。掃除や料理に意味があるだろうか。子育てに意味があるだろうか。意味などないというほかない日曜日がこうして過ぎてゆく。

2017-06-17

勝嶋啓太の詩を紹介します

薄曇りの道を予約したケーキをぶらさげて帰ると、郵便ポストに、某クラブで知り合った詩人・勝嶋啓太氏より朗読会の招待状が届いていた。わたしは氏の作品が好きで、ゼロ年代に青春を過ごした、あるいは現在進行形で青春をおくっているひとびとのこころに鋭く刺さるのではないかと思う。招待状には詩がひとつ、新作と思われるものが同封されていた。

ぼくたちは もうずいぶん長いこと 歩いてきたのだ
だけど
いまだにどこにたどりつくのか
さっぱりわからない
わからないまま

ぼくたちは もうずいぶん長いこと 歩いてきたのだ

(///)

ずいぶん前に 誰かが
そろそろ もどった方がいい と言ったが
ぼくたちは それは間違ってる と思っていたので
無視して 前に進んできた
でも

今は もう もどりたい とぼくたちは思っていた

(///)

もう みんな 前に進むことに うんざりしていたのだ
しかし もどろうと 後ろをふりかえったら
そこには なにも なかった

ぼくたちは もう もどれなくなっていたのだ

勝嶋啓太 「ぼくたちは もうずいぶん長いこと 歩いてきたのだ」


「前」はどこか。それにむかって進むことはわたしたちを幸せにしたのか。前にたどりついたわたしたちは幸せになったのか。そして前にすすむために犠牲にしたものたちはどうなったのか。よそ見をしないでまっすぐ進んできたときえらばなかった脇道にはどんなうつくしいものがあったのか。この詩はそういう問いをわたしたちになげかける。氏の作品にはどれも、「いま・ここ・わたし」についての同時代性が色濃く出ていて、読んでいてつらく、直接こころに届く平易な(意図的に選択された)文体は、幅広い共感を得られるのではないかと思う。

詩を音読して、「そうだ、なにもなかったな」とつぶやく。そう、そこにはなにもなかった。そしてもどることもできない。そのつらさは、現代に生きる(そしてひょっとしたら他の先進国に生きる)数多くのわたしたちの人生に共通するものではないかと思う。いきることは失うこと。そして失ったことそのものを失うことなのだ。

2017-06-16

雨の中の花

仕事をふたつこなし、子供が生まれて100日が経過したのでお祝いのために買い物に行った。スーパーのレジに並んでいたとき、ガラスの外の雲行きが怪しくなり、後ろに並んでいた主婦たちが「ゲリラ豪雨ですって」と誰かと携帯で電話をしている。ゲリラも豪雨もいずれもかなり乱暴な印象をうける単語だが、東南アジアでは一般的にこうした突発的な雨はスコールと呼ばれ、驟雨や夕立といった単語よりもわたしはそちらのほうが好きだ。そもそもこうした突発的な豪雨が増えたのは温暖化と呼ばれている気象変動のせいだと理解しているのだが、わたしたちの国も少しずつ熱帯化していくのだろうか。南極や氷河の氷がとけてあちこちが亜熱帯化して生態系が変わってゆく悪くない未来なのかもしれないが、あちらの動植物は毒が強いものが多いので、そういう意味ではかなり過ごしにくくはなるように思う。ただ雪で毎年亡くなるひとを報道でみると、雪も同じぐらい危険なのではないだろうか。いずれにせよ思ったとおりにいかないものだ。そういうことを思いながら、レジを出て、真っ黒な雲をガラスの内側から見上げる。レジ近くの花屋でとても無愛想な店員から小さな花を買った。家内は花と子供の写真を撮って友人に自慢するそうだ。ガラスが風で揺れている。わたしは花を折ることなく、家にかえることができるだろうか。頼まれたこと、委ねられたことをやりとげることができるのだろうか。

2017-06-15

意味のない千の夜

今日もずっと机に向かう通常通りの一日だった。暑くもなければ寒くもない。わたしもすべてのひとと同じように仕事はしているがそれ以外にはなにもあたらしいことはなく、なにも古いものもなく、ただ時間が浪費されている、ような気がする。もちろん時間というのは浪費できるものではない。そんなことをいえば人生そのものが浪費にすぎず、ただ生Aから死Yへ向かう動きの影にすぎないはずだが、いつでも意味を求めたがるものだ。

赤ん坊をみているとこの子はどこから来たのだろうと思うしどこか敬虔な気持ちになるが、しょせん死んだら土になるだけでありそれは道で死んでいる猫や犬となにが違うのかと自問するとなにも違わないという答が自分のこころからかえってくる。冷蔵庫の中には獣を殺してさばいた肉がたくさん冷蔵保存されていて夕食には豚肉を食べた。殺して食べる。食べなければ死ぬ。食べても死ぬ。赤ん坊はミルクを飲まねば死ぬが飲んでも病気で死ぬ。

ニュースでは、幼稚園で二人の子供が感染症で死んだ、と伝えている。自分が親だったらどうするか。いや、自分は果たして親なのだろうか。そんな資格があるのか。戸籍上は親だがいつから親のような顔をしはじめたのか。あなたにそんな資格があるの、このひとでなしとわたしを責める声がきこえる。

窓を閉める。なんの意味もなくとも、仕事をしなければならない。

2017-06-14

枠組の外

豚肉を味噌につけたものを強火で炙った一皿をつくった。とても美味だったのでまた仕込んでおこうと思うが、フライパンによって仕上がりが結構異なるので、これだけ情報が氾濫しているのだから、調理器具の素材別特性について書いてくれたウェブサイトはないかなと思うが、いまのところ見つけてはいない。料理に関する本はすこしずつ集めているのだが、これといった決め手にかけている。最近、お湯の味、というものをはじめて意識する機会があった。子供が特定の薬罐でつくったミルクだけ飲まない、ということがあったのだ。それで実験して味を比較してみたら一方は鉄くさく、もう一方は無臭だった。意識するとすぐにわかる。ふだんは「別に違わない」と思っているから違いがあるけど見えないのだ。つまり、みようとしなければ、そもそも違いなどは存在しない。違いというのはファクトではあるはずだが、それは意識にのぼらなければ存在しないのと同じなのだ。

けっきょく気付きというのは、自分の知らない、外の意外なところからしかやってこないのだと思う。作品もそうだが、さまざまなひとに読ませてみてはじめて理解しうるものもある。ネットではまったく無視されていたものが評価されることもあるし、一方、その逆もある。ある瞬間に壁をこえる経験はおおくの成長をする書き手が経験することでもあるしわたしも経験があるが、そうしたブレイクスルーは、同じことをやっていることだけではけして得られないものであったりもする。もちろん、同じことを続けることも必要だ。だがいつもと違う道を歩いてみる必要もある。わたしが思うのは、いつもと同じことを維持しつつ、新しいことをやる、つまり両方やらねばならないのではないか、ということだ。現在のわたしにとってブログというのは、いつもと違う道でもあり、いつもと同じ道でもある。外部はどこにあるか。それは特定の雑誌やグループ、またはネットのなかにないことだけは確かだ。外へゆきたい。

2017-06-13

ある冬の夜とM・Sさんの思い出

――なんであんたは男なんだよ、と彼女はわたしにいった。あんたが女だったらよかったのに。ともだちになれたのに。

その夜は冷え込んでいた。外を冷たい風が吹きつける音がする。カーテンは閉じられていて、窓はがたがたゆれていた。わたしは仕事を終えて、ヒーターの前でかじかんだ指をあたためている。小さな電気ヒーターは、仕事部屋全体をあたためることはできない。キーをたたきすぎて爪が割れ、指先は麻痺している。作業に集中していると、寒さも痛みもなにも感じないまま数時間が経過していることがある。それらは終わった時、まとめてやってくる。わたしはその夜、部屋が冷え込んでいることにようやく気付き、ぶるぶると震えながら、マウスを操作して、ブラウザで古いメールを開いた。それはちょうど数年前のその日、彼女に送ったメールだ。

ーーあなたがいなくなって、さみしく思っています。

彼女とは、Google+というSNSに参加していた頃に知りあった。わたしと彼女はそれなりに親しくしていた。わたしは彼女の本当の名前や、職業は教えてもらっていなかったが、わたしはなぜか彼女のことを友人だと思っていて、彼女からも無形の好意のようなものを感じていた。ゼロ年代からネットにいるような読者なら経験があると思うが、ネットでは、ひとはふと誰かとめぐりあって、相手の気持ちをなぜか理解してしまったりすることがある。そして名前も知らないまま、いつのまにかほんとうの友達になってしまったりすることもある。彼女とはそういう関係になれるような気がしていた。もちろん気がしていただけで、わたしが間違っていたのだ。

彼女はある日、だれにもなにも説明せず、とつぜんネットからもSNSからも姿を消した。わたし本人も、その後とある恥ずかしい事件があってからGoogle+からは完全に撤退することになるのだが(そのうち書く機会もあるだろう)、当時、彼女がいなくなったことをとても寂しく思った。そして同じように感じているひとが他にもいたことを知って、しばらくしてから彼女にメールを送ったことがあるが、もちろん返事はなかった。これから会うこともないだろう。ひとが付き合いをやめる理由はさまざまなものがある。それを詮索するのは、たぶんやってはならないことなのだ。出会いもあれば別れもある。だが……彼女との別れは、どこか気になって、こころのどこかにひっかかっていた。

ある時、わたしが契約している動画サービスで、趣味のホラー映画鑑賞をしていた時(わたしは居間でこうした動画を見るのが好きだ)、あるアニメ作品を見かけた。それは「僕は友達が少ない」という作品で、その時わたしは、彼女がまだSNSをやっていた頃、何度もこの作品をわたしに見てほしい、ぜひ感想を聞かせてほしい、と繰返しいっていたことを思い出した。ついでにいうと「原作の小説を読むように」と彼女はなんどもくりかえしていて、このひとはなぜこんなに強烈にこの作品を推すのだろう、と不思議に思っていた。結論から言うと、わたしはそれを観なかった。他にさまざまな問題を抱えていた当時のわたしは、それをさして重要なものだとは思わなかったのだ。

わたしはその作品を夜中までぐらいまでかけて観た。それは「友達が少ない」高校生同士が友達をつくるための部活をつくる、という内容のコメディ作品だった。とくに興味を引いたのは、かつては幼なじみだった男女二人の物語だったが、幼い頃、女は自分の性別を隠して男として相手と付き合っていた。つまりその頃二人は「友達」だった。だが、高校生になり、女は女にならざるを得なかった。よって、友達に戻ることはできず、過去の友情も取り戻せず、そこには新たな男女の関係を模索するほかないくるしい現実が待っている、という筋立てで、その喪失感には奇妙な手応えがあった。表向きはコメディを装っているが、これは男女間の友情についての物語なのだ、ということを思った。

わたしは消えたテレビの前に座っている。朝はまだ遠い。もうすこしはやくこの作品をみていれば、彼女は突然消えたりしなかったのではないか、という直感めいた思いがあった。もちろんそれは仮定の話にすぎないが、ひとつだけ間違いないことは、当時わたしはこれを観るべきだった、そして彼女にその感想を伝えるべきだった、ということだった。本を友人に送るということは、その本の記憶を共有したいということ、あるいはそこに書かれた物語についてともに考えるということにほかならないはずだった。それはかけがえのない機会であり、絶対に逃してはならないものだったのだ。

男女の間に友情など成立するはずがない。だがそれを求める気持ちがあって当然ではないか。わたしも当時それを求めていた。わたしが欲しかったのは不特定多数の夜の相手ではなくひとりだけでよい友達だったのだ。そのことをいまある痛みとともに思い出す。性差をこえた理解や共感がなければ、いくら夜の相手がいたとしても、わたしたちは死ぬまでひとりぼっちなのだ。そしていつも、「すべきだったこと」をその時知ることはできない。かならず後になってわかるのだ。自分は、ほんとうはこうすべきだったのだ、と。

窓は曇っている。夜は、いつ明けるのだろう。

2017-06-12

雑記

一日なにも起こらなかった。いつも通りの通常の業務だ。仕事をしていると、外の風景は自分となんの関係もなく進んでいて、自分だけがそこから取り残されているように思える。そして自分とその周辺だけが存在しているのではないかと思えることがある。

何本か知らない電話番号から着信があって出てみると、どこからか漏えいした個人情報に基づいたセールスのものだった。うんざりして電話を切って、書類の整理等をしていると夕方になったので、一度食材の買い出しにいって、夕食に取りかかる。

茹でたインゲンの胡麻和えと、煮干し出汁が大量に常備してあるのでそれを使ったうどん鍋。具材は余っていたエリンギ、ちくわぶ、豚肉、大根。適当に作った割には美味で満足。インゲンは余ったので明日の朝食に使うことにし、残った出汁を取っておいて雑炊を作る予定でいる。こうして明日以降の食事の下準備をして兼業主夫の業務を終える。

洗い物をしながら、本日のエントリになにを書くのか考える。だがなにも思いつかない。ほんとうは書きたい大事なことがあったのだが、指が動かない。主題とモチーフが決まっている「千のアイネ」や「千日詩行」とは違って、書くことができない日はある。

外で猫が鳴いている。少なくとも、猫はまだこの世界に存在しているらしい。

2017-06-11

投げられた瓶

午後。仕上げた原稿をI・M氏に送付し、つかれて休んでいる。書くこと、書いたものをお金にすること、書いたものに対する適切な評価を社会から受けるための努力をすることは日課の一部だが、もちろん毎日うまくいくわけでもない。だが一時的に見返りがなくとも(あるいは長期的にもなくとも)続けなければいけないことはある。自分で決めたことはつづける。他人に自分の人生を決めさせない。あるいは自分が価値と思うものの判断を第三者(あるいはネット的にいえばPV)にはゆだねない。《個》として生きることが結局のところ社会に貢献することにもなる、と信じる。

昨晩は詩友のひとりで『現代詩の新鋭』同期であるS・K氏と電話した。いろいろな話題があったが「オン・ユア・オウンであること」=自分自身の個別な力のみを頼りとすること、ということについて話した。おもしろいものを書くために誰かに頼ることはできない。おもしろいものを作るために組織に頼ることはできない。独立したひとつの個として、書いたものをそれに無関心な社会に投擲するしかないのである。瓶のうちに手紙を隠して、それが届くどうかはわからないにしても、それを波に投じることだ。

だが、じつは何も届かないのだ。瓶は投げられているが、なかに入っている手紙は文字化けしており、解読のためのコードはうしなわれている。それが2017年だ。不可能なこと、それ自体について書かねばならない、ということを思う。だが、おそらく希望はなく、わたしもまた必ず敗北するだろう。投げられない瓶について考える。だれも、手紙を出せないのだ。

2017-06-10

包丁を磨ぐ(またはそのふりをする)

土曜日なので近くのショッピングセンターまで買い物に出かけた。いつも使っている包丁のメーカーがセールで出店していて、手持ちの包丁を磨いでくれるというハガキが来たのでそれも持参する。毎日毎回使っているので刃こぼれなどがあるが、店の人間に見てもらったところ、さほど鈍っていないとのことだった。以前このメーカーの同じ担当者にまな板は木製でないと刃こぼれしやすいというアドバイスを受けて、それ以来気をつけるようにしておいたのが良かったのだろう。

包丁ももちろんそうだが、道具はきちんと使わないとその力を発揮できない。保管、保存といったメンテナンスもそうだ。わたしも年をすこしずつ取って、自分の肉体を一個の機械としてみなすようになり、どうせ必ず壊れるのだから、これはケアしながら、壊さないように使わねばならないと思うことが増えた。ひとの身体は機械にすぎないというのは祖父がいっていたことだということを憶えているが、ほんとうにその通りだと思う。

壊れたものはもとには戻らないし、下手な使い方をすれば壊れる速度は早まる。包丁が磨がれて手元に戻ってきて、そういうことを思う。道具や機械は、明確な形で、つまり科学的に、だれがやっても同じ条件で、「上手」や「下手」な使い方というものを区別することができる。一方、人生はどうだろうか。人生の上手な下手な使い方を区別することができるだろうか。なにが下手な人生で、なにが上手な人生なのだろうか。そういうことを、磨ぎ上がった包丁の表面をみながら思う。

できれば上手に生きてゆきたい。だが、わたしたちは、きっとみな馬鹿なのだろう。

2017-06-09

予防接種の帰り道

子供の予防接種を受けに出かけた。ロタウィルスというワクチンは自費だが他はすべて無料でありがたい。今回ははじめて小児科に出かけたのだが、予防接種は痛いだろうからかわいそうという話をしたら「子供が病気になったらもっとかわいそうだ」と医者が本気で怒っていたのがおもしろかった。信頼できる印象を受けた。きちんと怒りを表明できるひとは信頼できる。嘘とごまかしとおためごかしばかりの「礼儀正しい」職業人にはうんざりだ。

予防接種を無事終えて、子供はさほど泣くこともなく、アレルギー反応もなくすぐに眠り、わたしはベビーカーを押して午後の路上を歩いている。ひとはほんとうに思っていることを言うことなしに誰かとめぐりあうことはできない、と思う。なぜ嘘をついてしまうのだろう。なぜ思ったことをいわないのだろう。なぜ思っていることを隠さねばならないのだろう。なぜ「誠実に対応」や「真摯に努力」や「適切に対応」といったレトリックが延々とありとあらゆる場所で繰り返されるのだろう。

日本語に自由は存在するのか、と自問する。ある、とわたしは思う。だがそれはきわめて貴重なものだ。自由は勝ち取らねばならない。この世のすべての価値あるものと同じように、自由もまた、与えられるものではなくたたかって勝ち取らねばならないものなのだ。

夕方が近づき、影が長くなる。ベビーカーで子供は眠っているのか。中はよく見えなかった。

2017-06-08

よごれている手でよごれたものを洗うこと

台所の管理は兼業主夫の必修項目だ。今日は油まみれのファンカバー網を掃除した。本来掃除するつもりはなかったのだが家人が突然掃除をはじめたので書類を放置して仕方なく代わりに掃除をした。台所周りの作業では以前主婦友達に教えてもらった「マイペット」が活躍しているが、ファンカバーの油よごれには何がいちばんよいのか。

シンクの中でいろいろな洗剤を試して、イケアで購入した樹脂製のブラシで磨いてみる。まったく落ちない。というよりむしろ油よごれが広がっているように思える。しばらく試行錯誤をした結果、ふつうの洗剤を、別途準備したスポンジでよく泡立て、それで表面をこすることによって油が分解され、埃と分離し、水できれいに洗い落とせるようになった。

ブラシの様子をみてみると、埃と油の混合物が分解されずに付着している。泡が立ちにくいので油がそのまま残っている。よごれた器具でよごれたものを洗おうとしていたのだ。よごれたものを洗い落とすためには、よごれていないものを使わねばならない。しかし手がよごれている場合は、手がふれるものはすべてよごれてしまう。それ以上よごれを広めないために、自殺という選択肢の意義があるのではないかと思って子供の顔を見る。しばらくそうして子供の顔をみて過ごした。

2017-06-07

梅雨の訪れ

関東も梅雨入りしたという話をきいた。久々に外国語で自分の考えをかなり長めに書く機会があり、なんとか二ページほどの文章を書き上げ、やや疲れて窓の側の椅子に座っている。わたしたちは母国語を使うとき、自分が「わかっている」と思い込んでそれを使っている。実際にくわしく見てみると、実はわかっていないことも多い。意味のわからないことばをそのまま使ったり、適当に配置したり、なんとなく正しいと思う用法を採用したりしている。そこには「正しさ」というものはじつはなく、教科書的な限られた条件下でのみ正解や間違いが区別できるようになる事例があるだけだ。外国語を使ってなにかを書こうとするとそのことがよくわかる。外国語をつかうと母国語がはじめて理解できるようになる。いや、母国語のわけのわからなさ、つまり母国語すら実はわからないことがはじめてわかる。ことばというのはほんとうによくわからないものだ。こんな不確かなものを使っているのにどうしてひとは相手のことを理解できると信じられるのだろうか、と思う。いや、誰も信じていないのかもしれない。そして理解できないことを薄々知っているからこそ、理解したいと思うのかもしれない。梅雨の訪れはすぐそこである。

2017-06-06

アマチュアの餃子

たった一ページの資料をつくるのに半日をかけてしまった。夜が近づいてきたので夕食の支度をはじめる。時間の管理は得意ではないが一日の間にやるべきことだけは決めている(もちろん入院したら出来なくなるので体調には気を使っているーー昨年はインフルエンザで欠席がゆるされない重要な会合をキャンセルするはめになったのだ)。

最近は日々のやることにブログが追加されたが、基本的には原稿に向かうことそれから原稿を書くために必要な仕事(=ライスワーク)をすることが日々の業務だ。それに加えて、料理はわたしの担当になっている。家事はほぼこなせるが苦手なものはある。洗濯(とくに干すことと畳むこと)それから洗った食器を拭くことは家内の領域だ。こうしたルールはいつの間にか決まっていたものもあり、話し合って決めたものもある。子供が生まれる前は料理は家内に任せることが多かったが最近はすべてわたしがつくっている。

今晩の夕食は餃子だがあらかじめ買っておいたものを混ぜて包むだけの簡単な仕事だ。キャベツと豚肉をベースにした種に、ニンニクとショウガを大量に刻んでいれる。他は余った野菜があればいれる。あと干し海老があれば砕いていれる。東南アジアでは生の海老を使ったり、煮こごりを使って小籠包的な触感にして食べることが多かったことを記憶している。そういえばシンポガールのチャイナタウンにある「京華小吃」の小籠包と餃子は非常に美味だった。

美味いものを食べに旅行にでかけることも重要だが、毎回海外にゆけば大変なことになるので、すこし高額だが輸入食材を購入しておいて、自分でつくれるようになっておくと家計には優しい。もちろん専門家がつくる店の味にかなうわけがないが、七割ぐらいの味が実現できれば上出来ではないだろうか。アマチュアにはアマチュアの楽しみ方というものがある。それを馬鹿にする連中のことを相手にする必要はまったくないと思う。

とはいっても、一定以上の技術がある人間がアマチュアに甘えているのは端的にいって卑怯だ。そういう人間は、それにふさわしい場に移動し、その水準について厳しい批判の声を浴びたらいいと思う。そういうことを思いながら、アマチュアの餃子をつくる。形はふぞろいで、いびつで、美しくもない。だが餃子をつくるのは楽しいのである。

2017-06-05

コールスローの夕食

新潟に本店があるという刃物店から買ったステンレス包丁二点を愛用している。ただ磨ぎは自分では出来ないので年に二回お願いしている。もっともわたしのように毎日使う人間は毎週ぐらいに磨いだほうがいいそうだ。店の人間のアドバイスに従ってまな板を全部木製にしたら刃こぼれはほぼなくなったが、そのうち自分でやるための磨ぎ石も買わねばならなくなるのかもしれないと思っている。

さて今日は仕事が終わってコールスローを作っている。よく切れる包丁でできるだけ細く切ったキャベツとニンジンの千切りを使う。砂糖と塩をふって水を抜いた後、マヨネーズや調味料で味付けし、昆布締めした鶏の胸肉を蒸したものを冷やしたコールドチキンをスライスしたものに合わせて、さらにトマトを薄くきったものを用意し、これを全部パンに挟んで食べる。パンは焼いたほうがうまいのだがそのまま何もせずに挟んでしばらく冷蔵庫でなじませても美味い。

コールスローは「うそっ」というほど大量に挟んだほうが美味いのだがとにかく食べにくく手が汚れる。ハンバーガー店のパラフィン紙が家にあればいいといつも思うのだがまだ店で真剣に探していない。料理はやればやるほど楽しく、欲しい調味料、器具、機材がどんどん増える。書くということもこれと同じではないだろうか。やればやるほど必要なものが増える、楽しい。ただそれだけのことなのではないだろうか。

2017-06-04

歩行者

子供が生まれる前に自転車を買った。食材やおむつや消耗品等買うものが一人分増えて徒歩で運べなくなるだろうと思ったからだ。とはいっても実は増えた分は通販で買えることがわかったので、予想したようには役にたたなかった。子供が多少大きくなると、そのうち自動車も必要になるだろうがいまのところ月一程度のタクシーで事足りている。

自転車を買って、ひとつ大きく変わったのは、移動の速度が変わったことだ。自転車で路上をゆくと、歩いているときよりも何倍もの速度で、風をつよく感じる。歩いているときに眼に入っていた路上の虫たちの生活はみえなくなり、世界は多少ぶれた姿で眼に映るようになる。一定の加速度で道を走り抜けてゆくと、街とその上に広がる雲の隙間からななめに落ちる光と同じ速度ですすめるような気がする。もちろん気がするだけだが。

速度があがればみえるものも変わる(ドップラー効果というのだったか。光はたしか赤方偏移といって、その効果を題名にしたSF小説を高校生の頃に読んだ記憶がある)。速度をあげてゆけば、自分のまわりの細かいことがみえなくなり、景色がかわり、車輪が踏みつぶしたものにも気がつかない。あるいは加速を続ければうしろにあったものはぼやけてみえなくなってゆく。はやく走れば、終末はより早く到来する。

自転車を駐輪場に止めて、ふと空を見あげる。なにかを殺さずに歩くことができるのか。無理だ、と空に凍り付いた鳥がこたえる。夕暮れが近く、空は赤くもえていた。

2017-06-03

料理の記憶

土日がないように見える職業も、世の中の祝祭日に合わせて動きは鈍くなる。わたしのところのツイッターやブログへのアクセスも激減しているところをみると、おそらく皆どこかへ遊びにいっているのだろう。今日は妻が一日外出していたので、わたしが子供の面倒をみて過ごした。子供を着替えさせて、ミルクをやって、寝かしてから、ベランダの掃除をする。わりと涼しく、空には雨の気配がある。子供が寝ながらくしゃみをしたので窓を閉める。子供の姿がみえなくなる。

ベランダの鉢植えにテントウムシが来ている。もちろん違う個体だろうが、毎年この時期になるとベランダにやってくる。そしてアブラムシを食べてどこかへ消えてゆく。この虫は見た目こそかわいらしいが、よくみると幼虫も肉食で、他の虫をつかまえて頭から生きたままばりばり食べている。しかも食欲も旺盛だ。その栄養をつかってあの奇麗な外殻を育てているのだろう。何かをつくるためには、食べねばならない。

夕食になにをつくるか考えている。最近は大葉という食材が気に入ってしまってよく料理に使っている。先日は明太子を使ったパスタに刻んで入れたが美味だった。豚肉の中に巻いてフライパンで強火で焼いて、出た油に醤油とみりんを加えてタレをつくってからめても美味い。料理もまじめに手がけるようになってもう五年がすぎた。もっと早く料理をやっておけばよかった、という後悔の念が強いのは、満足度がきわめて高いからだ。というより、これより楽しい実益をかねた趣味というものが見当たらない。

料理をする時、かつて自分に美味いものを食べさせてくれた故人のことを思い出す。そしてもう何十年も昔つくってもらっていた食事のほとんどが、出来合いのインスタント食品と化学調味料の組み合わせでしかなかったことを、いまのわたしは知っているが、それでもなお、記憶にある食事の光景はかけがえのないものだと思う。死んだ人間はたしかにかえってはこないが、レシピは再現することができるのだ。その一皿が蘇るとき、故人もまた蘇るのである。

ベランダに風が吹く。雨が、降るのだろうか。

2017-06-02

近所にあった郵便ポストのためのエントリ

近所にある小さなショッピングセンター、というより、小規模小売店が数店舗集まった空間が閉鎖され、ごみ置き場と化してしばらく経過した。噂では閉鎖に関して店舗側と地主はかなり揉めたらしく、おそらく地主が強行手段に出たのだろう、店舗は突然閉店し、現在はその駐車場跡地にごみが散乱し、殴り書きで「立ち入り禁止」と書かれたブリキ板が道の入口に放置されている。地主はなにかしらの病気なのかもしれない。

わたしがたまに利用していたイタリア料理店、床屋、八百屋、パン屋も、立ち退きを余儀なくされたようだ。地方のよくある一シーンでもある。コンビニチェーンと大規模店舗(またはアマゾン)のみが生き残ってゆく光景だ。これで今後地主が更地にする努力をしなければ(そしてごみの放置を見るとなにもされない可能性は高いが)、立派なシャッター商店街のできあがりというわけだ。

コンビニと大規模ショッピングモールとアマゾンしかない社会は便利で悪くないといえば確かにその通りで、わたしも便利に使っているわけだが、地元の個人事業主がやっている店で見知った顔と交流できる昭和的な空間が現実から次々に消失してゆくことに一抹のさみしさも感じる。だがもちろん、フェイスブックやツイッターがあれば、実のところ雑談相手には困らないのかもしれない。おそらく探せばいまは行方不明の店舗のひともネット経由で見つかるだろう。

だが閉鎖によって一番困ったことは、つい先日気がついたのだが、ショッピングセンターの敷地内にあった郵便ポストが撤去されたことだ。S誌やY誌に原稿を送るとき、「こんな経済的には価値のない作品を、載せてもらったしてなんの意味があるのだ」と、いつも思っていた。自分にとっては価値がある作品が、社会に投擲したとき、それは無価値なものとして扱われてしまうからだ。

現代詩に限らずシリアスな書き手は、社会の「おまえは無価値だ」という声とたたかわなければならない。わたしがとくにこの数年、そのたたかいの中で何千枚もの原稿を書き上げることができたのは、このポストが偶然近所に設置されていたからだ、といえる。雨の日も、晴れの日も、雪の日も、常にそこでわたしの原稿を待っていてくれた。さようなら、郵便ポスト。さようなら、たたかいの日々。

2017-06-01

偽物の鐘

昼休み。学校から正午を知らせるらしき鐘の音が聞こえる。といっても、実際に鐘をみたことはない。デジタル化された鐘を模した時報でどこかに設置されたスピーカーから流されているだけのものだ。見たことはないが正午になるとその音が響いてくる。

すぐ近くに中学校があり、おそらく娘が通うことになるのだろうが、その校舎に設置されている気がする。娘のこれからの将来のことを考えると外国人とのハーフということでいろいろ心配事もあるが、それはまだ早すぎるのだろう。

両親からことばを学べば二カ国語を母語として生きることができるが、それが娘の将来にとっていいことなのかどうか悩んでいる。ふつう十年程度をかけてしか職務に活用できる水準に達しない外国語能力を生来身に付けているというのは強い優位性であることは間違いないが、《自分はどこにいるべき者なのか》という、本来必要のない疑惑を与えてしまうことにもなる。

ひとにはふるさとが必要なのだ。いや、くわしく言えば、ふるさとと信じられる場所、が必要なのだ。それは物理的に存在しえないものでもよい。自分が帰属すると《信じられる》場所がひとには必要であり、それがなければどこに住んでも異邦人としか感じられない根無し草になってしまう。母国語というのはふるさとの一種なのである。

鐘はもう聞こえない。娘のこれからとは無関係に、わたしもふるさとを探している。だがそれは見つからないだろう。こんにちは、世界。