2017-06-14

枠組の外

豚肉を味噌につけたものを強火で炙った一皿をつくった。とても美味だったのでまた仕込んでおこうと思うが、フライパンによって仕上がりが結構異なるので、これだけ情報が氾濫しているのだから、調理器具の素材別特性について書いてくれたウェブサイトはないかなと思うが、いまのところ見つけてはいない。料理に関する本はすこしずつ集めているのだが、これといった決め手にかけている。最近、お湯の味、というものをはじめて意識する機会があった。子供が特定の薬罐でつくったミルクだけ飲まない、ということがあったのだ。それで実験して味を比較してみたら一方は鉄くさく、もう一方は無臭だった。意識するとすぐにわかる。ふだんは「別に違わない」と思っているから違いがあるけど見えないのだ。つまり、みようとしなければ、そもそも違いなどは存在しない。違いというのはファクトではあるはずだが、それは意識にのぼらなければ存在しないのと同じなのだ。

けっきょく気付きというのは、自分の知らない、外の意外なところからしかやってこないのだと思う。作品もそうだが、さまざまなひとに読ませてみてはじめて理解しうるものもある。ネットではまったく無視されていたものが評価されることもあるし、一方、その逆もある。ある瞬間に壁をこえる経験はおおくの成長をする書き手が経験することでもあるしわたしも経験があるが、そうしたブレイクスルーは、同じことをやっていることだけではけして得られないものであったりもする。もちろん、同じことを続けることも必要だ。だがいつもと違う道を歩いてみる必要もある。わたしが思うのは、いつもと同じことを維持しつつ、新しいことをやる、つまり両方やらねばならないのではないか、ということだ。現在のわたしにとってブログというのは、いつもと違う道でもあり、いつもと同じ道でもある。外部はどこにあるか。それは特定の雑誌やグループ、またはネットのなかにないことだけは確かだ。外へゆきたい。