2017-06-21

交差点の女

ひとが歩く速度と同じ速度で雲が南から北へとながれている。もちろんそれは錯覚にすぎない。遠くにあるためひとと同じ速度のようにみえるだけで実際にはもっと速く動いている。わたしは交差点で自転車に乗って信号が変わるのを待っている。信号はなかなか変わる気配がない。昼間に降った大雨はすでにながれて水たまりは強風に吹き飛ばされてなくなり、ちぎれた雲のあちら側に沈む夕日の光がもえあがるのが見える。道は濡れていてそこに枯葉が散らばってへばりついている。わたしの隣、路上では髪の毛を紫色に染めた若い女が車中で口紅を直している。後部座席には乳幼児が窮屈そうにシートに収まっている。運転席には疲れた表情の男がハンドルを握っている。女はわたしをちらりと見て目をそらした。子供のほうは生まれておそらく三ヶ月ぐらいだろうかよく眠っているようだ。待っている間に、午後五時になると鳴り響く時報が聞こえてくる。あたりはすでに夜のように暗い。闇に溶ける精悍な肌の色をしたアジア人たちが道の反対側を自転車で走ってゆく。どこかで老人が咳き込んでいる。信号が青に変わる直前、女がまたわたしを見た。そして真っ赤な唇をひらいて何かを言おうとした。どこかで会ったことがあったか、とわたしは思う。だがそれを思い出す前に信号が変わり、あちこちがへこんだ車に乗った女とその家族は、わたしを置き去りにして道の彼方へと消えていった。

夜がふたたび訪れる。ようやく待ち望んだものがやってくるのだ。