2017-06-27

当たり前のことたち

忙しくしていたら深夜になっていた。今日の夕食は鳥のささみを使った炊き込み飯で、時間がなかったので仕上げには失敗したが、それなりの味。それからセールで見つけて買ったその日に味噌につけておいた豚ヒレ肉をグリルで焼いたもの。それから大根の味噌汁。

料理には、冷蔵庫の中身を把握すること、いまある食材を使う予定を立てること、コスト管理をすること、調理すること、生ゴミの処理方法を考えておくこと、等の様々な要素があり、人生にとって必要な気づきを与えてくれる、わたしにとって貴重な作業だ。

最近の気づきは、台所や調理器具は常に清潔にしておくことが大事とよく言われるが、その実践は大変だということ。それには常日頃の努力が必要なのだが、それは「当たり前のこと」として毎日やるもので、矛盾するようだが、努力が必要と思ってはならないこと、必ず、毎日、息を吸うようにやらなければ続けられないのだ、ということだった。

大事なことは毎日やらなければならないし、努力などということばを意識から徹底的に排除したうえで、当たり前にやらなければならない。というより、そうしなければ疲労してしまって続けられない。「がんばり」や「努力」はひとを疲労させる。当たり前にやるしかない。毎日、当たり前のことを当たり前にやるしかないのだ。わたしは以前それは才能だと書いたことがあるが、一方、これは後天的にかくとくできる技術だと思う。

どこかで野菜が腐っている。ひとは、努力によって変わることができるだろうか?