2017-06-29

マイノリティのわたし

今日もスパムメールが届いている。メールには"I need to be loved"と書かれている。だれもかれもが愛されたがっている。だれもかれもが認めてもらいたがっている。だれもかれもが褒めてもらいたがっている。だれもかれもが意味を求めている。だがそれはけして得られない。だがそれはけして手に入らない。
この社会はマイノリティに冷たい。いやこう言い換えよう。マジョリティに同化しないでとどまっているマイノリティに冷たい。さらにこう言い換えることができる。マジョリティに同化する「ふり」をするみんなのルールを守らないまたは理解しないマイノリティに冷たい。マジョリティはこういっている。なぜ同化しないのか。なぜみんなと同じ顔をしないのか。なぜみんなと同じことをしないのか。なぜみんなと同じ《ふるまい》をしないのか。マジョリティはいつもそういってマイノリティを攻撃している。あるいは攻撃的な抑圧を企図する。なぜそうか。

いや、なぜそうかと問うことには意味はない。そんなものになんの意味もない。ツイッターの《学者》や 《知識人》にまかせておこう。そういったむずかしい話題はツイッターのひとびとにまかせておこう。わたしたちが問わなければいけないのはシンプルなことであり、ごく普通の語彙で表現することができる。それはなぜ愛されたいのかということ。それはなぜ認められたいのかということ。それはなぜ褒められたいのかということだ。それこそを問わねばならずそれは小難しい理論をいっさい必要とせずツイッターで手に入る《学問》や《知識》をいっさい必要としない。なぜならわたしたちは自らのこころに問うだけでなぜという疑問に対する答を手に入れることができる。鏡をみてそこに映るものを見つめるだけでこの世界のすべての答を手に入れることができる。

マイノリティなので今日もつまはじきにあっている。マイノリティなので今日もどこにも居場所がない。マイノリティなので今日も電車で隅に座っている。マイノリティなのでお金がない。マイノリティなので思ったことを書くことができない。マイノリティなので匿名で活動している。マイノリティなのでツイッターでも本音がいえない。マイノリティなので日陰にかくれている。マイノリティなので実家に住んでいる。マイノリティなので黙っている。マイノリティなのでいつも怒っている。マイノリティなので共産党と民進党に投票している。マイノリティなので不具合がある。マイノリティなので人生がいきづらい。マイノリティなので憎んでいる。マイノリティなのでくやしがっている。マイノリティなのでのろっている。マイノリティなのでブログを書いている。

だがしかし敵はどこにいるのか。だがしかしにくむ相手はどこなのか。にくい相手はどこなのか。愛されるためになにが必要なのか。認められるためになにが必要なのか。褒めてもらうためになにが必要なのか。いまここにいる自分のためになにが必要なのか。なにもわからないのでただ生きている。なにもわからないのでツイッターをやっている。なにもわからないのでスパムメールを読んでいる。なにもわからないのでスパムメールに返事をしている。なにもわからないのでloveがわからない。なにもわからないので受動態がわからない。なにもわからないので能動態がわからない。なにもわからないので区別がつかない。なにもわからないので匿名と顕名の違いがわからない。なにもわからないので、なにもわからないので、なにもわからないので、鏡をみている。鏡にはなにも映ってはいない。