2017-06-03

料理の記憶

土日がないように見える職業も、世の中の祝祭日に合わせて動きは鈍くなる。わたしのところのツイッターやブログへのアクセスも激減しているところをみると、おそらく皆どこかへ遊びにいっているのだろう。今日は妻が一日外出していたので、わたしが子供の面倒をみて過ごした。子供を着替えさせて、ミルクをやって、寝かしてから、ベランダの掃除をする。わりと涼しく、空には雨の気配がある。子供が寝ながらくしゃみをしたので窓を閉める。子供の姿がみえなくなる。

ベランダの鉢植えにテントウムシが来ている。もちろん違う個体だろうが、毎年この時期になるとベランダにやってくる。そしてアブラムシを食べてどこかへ消えてゆく。この虫は見た目こそかわいらしいが、よくみると幼虫も肉食で、他の虫をつかまえて頭から生きたままばりばり食べている。しかも食欲も旺盛だ。その栄養をつかってあの奇麗な外殻を育てているのだろう。何かをつくるためには、食べねばならない。

夕食になにをつくるか考えている。最近は大葉という食材が気に入ってしまってよく料理に使っている。先日は明太子を使ったパスタに刻んで入れたが美味だった。豚肉の中に巻いてフライパンで強火で焼いて、出た油に醤油とみりんを加えてタレをつくってからめても美味い。料理もまじめに手がけるようになってもう五年がすぎた。もっと早く料理をやっておけばよかった、という後悔の念が強いのは、満足度がきわめて高いからだ。というより、これより楽しい実益をかねた趣味というものが見当たらない。

料理をする時、かつて自分に美味いものを食べさせてくれた故人のことを思い出す。そしてもう何十年も昔つくってもらっていた食事のほとんどが、出来合いのインスタント食品と化学調味料の組み合わせでしかなかったことを、いまのわたしは知っているが、それでもなお、記憶にある食事の光景はかけがえのないものだと思う。死んだ人間はたしかにかえってはこないが、レシピは再現することができるのだ。その一皿が蘇るとき、故人もまた蘇るのである。

ベランダに風が吹く。雨が、降るのだろうか。