2017-06-04

歩行者

子供が生まれる前に自転車を買った。食材やおむつや消耗品等買うものが一人分増えて徒歩で運べなくなるだろうと思ったからだ。とはいっても実は増えた分は通販で買えることがわかったので、予想したようには役にたたなかった。子供が多少大きくなると、そのうち自動車も必要になるだろうがいまのところ月一程度のタクシーで事足りている。

自転車を買って、ひとつ大きく変わったのは、移動の速度が変わったことだ。自転車で路上をゆくと、歩いているときよりも何倍もの速度で、風をつよく感じる。歩いているときに眼に入っていた路上の虫たちの生活はみえなくなり、世界は多少ぶれた姿で眼に映るようになる。一定の加速度で道を走り抜けてゆくと、街とその上に広がる雲の隙間からななめに落ちる光と同じ速度ですすめるような気がする。もちろん気がするだけだが。

速度があがればみえるものも変わる(ドップラー効果というのだったか。光はたしか赤方偏移といって、その効果を題名にしたSF小説を高校生の頃に読んだ記憶がある)。速度をあげてゆけば、自分のまわりの細かいことがみえなくなり、景色がかわり、車輪が踏みつぶしたものにも気がつかない。あるいは加速を続ければうしろにあったものはぼやけてみえなくなってゆく。はやく走れば、終末はより早く到来する。

自転車を駐輪場に止めて、ふと空を見あげる。なにかを殺さずに歩くことができるのか。無理だ、と空に凍り付いた鳥がこたえる。夕暮れが近く、空は赤くもえていた。