2017-06-06

アマチュアの餃子

たった一ページの資料をつくるのに半日をかけてしまった。夜が近づいてきたので夕食の支度をはじめる。時間の管理は得意ではないが一日の間にやるべきことだけは決めている(もちろん入院したら出来なくなるので体調には気を使っているーー昨年はインフルエンザで欠席がゆるされない重要な会合をキャンセルするはめになったのだ)。

最近は日々のやることにブログが追加されたが、基本的には原稿に向かうことそれから原稿を書くために必要な仕事(=ライスワーク)をすることが日々の業務だ。それに加えて、料理はわたしの担当になっている。家事はほぼこなせるが苦手なものはある。洗濯(とくに干すことと畳むこと)それから洗った食器を拭くことは家内の領域だ。こうしたルールはいつの間にか決まっていたものもあり、話し合って決めたものもある。子供が生まれる前は料理は家内に任せることが多かったが最近はすべてわたしがつくっている。

今晩の夕食は餃子だがあらかじめ買っておいたものを混ぜて包むだけの簡単な仕事だ。キャベツと豚肉をベースにした種に、ニンニクとショウガを大量に刻んでいれる。他は余った野菜があればいれる。あと干し海老があれば砕いていれる。東南アジアでは生の海老を使ったり、煮こごりを使って小籠包的な触感にして食べることが多かったことを記憶している。そういえばシンポガールのチャイナタウンにある「京華小吃」の小籠包と餃子は非常に美味だった。

美味いものを食べに旅行にでかけることも重要だが、毎回海外にゆけば大変なことになるので、すこし高額だが輸入食材を購入しておいて、自分でつくれるようになっておくと家計には優しい。もちろん専門家がつくる店の味にかなうわけがないが、七割ぐらいの味が実現できれば上出来ではないだろうか。アマチュアにはアマチュアの楽しみ方というものがある。それを馬鹿にする連中のことを相手にする必要はまったくないと思う。

とはいっても、一定以上の技術がある人間がアマチュアに甘えているのは端的にいって卑怯だ。そういう人間は、それにふさわしい場に移動し、その水準について厳しい批判の声を浴びたらいいと思う。そういうことを思いながら、アマチュアの餃子をつくる。形はふぞろいで、いびつで、美しくもない。だが餃子をつくるのは楽しいのである。