2017-06-09

予防接種の帰り道

子供の予防接種を受けに出かけた。ロタウィルスというワクチンは自費だが他はすべて無料でありがたい。今回ははじめて小児科に出かけたのだが、予防接種は痛いだろうからかわいそうという話をしたら「子供が病気になったらもっとかわいそうだ」と医者が本気で怒っていたのがおもしろかった。信頼できる印象を受けた。きちんと怒りを表明できるひとは信頼できる。嘘とごまかしとおためごかしばかりの「礼儀正しい」職業人にはうんざりだ。

予防接種を無事終えて、子供はさほど泣くこともなく、アレルギー反応もなくすぐに眠り、わたしはベビーカーを押して午後の路上を歩いている。ひとはほんとうに思っていることを言うことなしに誰かとめぐりあうことはできない、と思う。なぜ嘘をついてしまうのだろう。なぜ思ったことをいわないのだろう。なぜ思っていることを隠さねばならないのだろう。なぜ「誠実に対応」や「真摯に努力」や「適切に対応」といったレトリックが延々とありとあらゆる場所で繰り返されるのだろう。

日本語に自由は存在するのか、と自問する。ある、とわたしは思う。だがそれはきわめて貴重なものだ。自由は勝ち取らねばならない。この世のすべての価値あるものと同じように、自由もまた、与えられるものではなくたたかって勝ち取らねばならないものなのだ。

夕方が近づき、影が長くなる。ベビーカーで子供は眠っているのか。中はよく見えなかった。