2017-07-22

耳を閉ざさず意見を聞き入れない

梅雨が明けて夏らしくなってきた。土曜日なので原稿や書類の整理をする。手紙やら書籍やらがいつも山積みになっていてひどいことになっていて、自分がどんなものを書いているか思い出すのも一苦労だ。しかしひとに読んでもらわないと形にすることはできないので送付前に仕方なく自分でも原稿を再読する。再読してうんざりする。それなりにおもしろいこと、それからまったく商業性というものを考慮していないことが二重に腹立たしい。一般的にいえば、私の書いているものはひとに読ませる気がまるでない原稿だと批判されても仕方がないが、そうした批判に耳を傾けながら、そうした意見を作品にいっさい反映させない、という姿勢が必要だ。完全に無視してしまえば一般社会との接点が失われてしまうし、逆に耳を傾けすぎれば先鋭的な部分がそこねられてしまう。よりブログ的な言い方をするならば「コメントをすべて読み、かついっさい応答しない」という二重の姿勢ということになる。やはり傷は必要なのだ。自分の書いているものが、なんの価値もないと社会に見なされていること、その事実を誰よりもまず自分が知ることなしに、いかなる先鋭的なものもうまれるはずがない。

と、書いたところで、地元の図書館に知己の新詩集がおいてあって驚いたと家人から連絡があった。地方の図書館に新刊を置いてもらえる、そういうことを目的にしてゆきたい。