2017-07-23

名をうしなう雲

二十代の頃は小説家になりたいと思っていて、複数の編集部に持ち込みをしては断られていた。ふりかえって考えるとあまりおもしろいものを書いてはいなかった。わたしにとっての転機、は、2006年前後に起こった不可逆的な出来事で、それ以降わたしの書くものは変わってしまった。わたしは「なりたい」と思わなくなった。いまこころのなかにあるのはただ灼けるような義務感、自分が見たもの体験したものを書き残さねばとても死ぬことなどできない、という激しい怒りに似た気持ちだけである。某編集部に仕上げた作品の原稿を送り、好意的な返事をもらって、その手紙を読みながらその当時のことを思い出し、そして不思議となんのよろこびもない自分の気持ちをみつめながら、机の前に座っている。自分は、なにになりたいのだろう。と思う。なににもなりたくない、という声がする。なににもなりたくない、が、自分が見たものを書き残しておきたい。ただそれだけが、正直な自分の気持ちのようだった。そういうきわめて私的な動機に基づいたプライベート・ストーリーズを、現代詩の様式にて書き記す。それはおもしろくないだろう。それは第三者に評価されないだろう。だがそれは仕方ないことだということも思う。選んだものは選んだものであって、船が沈むときはわたしも一緒に海に沈むほかなく、それはそんなに悪くないのではないかという気もしている。そういうことを日記的に書き記しながら、窓の外を見る。空は名を失ったまま曇っている。だが名をうしなっても人生はつづいていく。