2017-07-27

千日の夜をこえて

今朝ぴったり百枚の新作を仕上げて某編集部に送付した。おもしろいかどうかはわたしが判断することではないのでどうなるかはわからないが、できるだけはやく世の中に届けたいと思っている。Tumblrの「千日詩行」も本日付けでようやく千日に到達した。この三年間一日も休むことなく続けられた千回強にわたる投稿とその背後にかくれる詩作をふりかえってみると、ことばにならない数々の思い出がよみがえる。それは第三者にとってはなんの意味もないものであるが、わたしにとってはかけがえのない財産ということになるだろう。ただひたすら机の白紙に向かい続けたこの三年を支えてくれた家族と名前のない/ある友人たちに感謝したい。

毎日書くことは当り前になって、さらに千日でも、万日でも、いくらでも書けるだろう、という認識にたどりついている。もちろん、継続は単なる自己満足にすぎない。わたしのいる世界でもインターネットの世界でも、軸は異なるとはいえ評価されるのはおもしろいものを書いた人間だけである。つまらなければ徹底的に無視される残酷でフェアな世界だ。よって、おもしろいものを書かねばならない。これからもわたしは努力や頑張りとは無縁の力学に基づいた作品を流通に載せていく。もちろん流通とはネット以外の場所を意味している。だがわたしはネットから出てきた書き手でありアイデンティティはこの電磁的空間にあるので、引き続きネットにも書いてゆきたいと思っている。

保守的な世界ではネットに何か書くことは「お遊び」とみなされる。わたしはそうは思っていないが、お遊びやまがい物といわれないためには、真剣にブログを書く必要があるだろう。ネットだけに立脚し、第三者または精読者による真偽判定の機会がない文章の書き手たちの多くが不可避的に劣化していった過去の事例を想起する時、その精神的なスタンスのあり方の難しさについて考えざるを得ないが、大きなところだけ言えば、真剣さとはなにか、ということを、あらためて考え、それにかたちを与えていく必要があるのだと思っているーーもちろんかたちは、ことばだけではなく全身で表現するものだと考える。

(2017年7月27日)