2017-07-09

朝食に鯖を焼く

朝からつよい光が斜めに部屋に差し込んでいる。子供にミルクをあげている家内を横目に朝食をつくる。といっても別に大したものではなく皿はそれぞれ鯖をフライパンで焼いたもの、大量に大根の入った味噌汁、大根の葉をまぜた納豆、それから昨晩しこんだ白菜の浅漬け。東南アジアの料理ならここでグリーンチリの酢漬けなどもつけたいところだが(つくるのはわりと簡単)、スーパーでその代用品として使える青唐辛子を売っているところを見ない。安く新鮮なものを使って料理をしていると当然のように和食中心になってゆく。塩分を多く摂りすぎないよう味噌や塩はふつうのレシピの半分ぐらいしか使わないようにしているのだが、料理をまじめにするようになってから家族の体調はよく、わたしについていえば健康診断ではすべての測定値がここ数年で大きく改善して医者に驚かれている。もっとも、すでに悪くなった臓器はもう治らない。それから悪くなった人生も治らないし、悪くなった人間関係も修復できないし、うしなった信頼はかえってこない。とはいえ、料理は好きだし、家族がふえればさらに料理がたのしくなるということはよいものだ。調理師免許はどうやって取るのか、昨日は美容室の待ち時間に真剣に調べてしまった。学校にいかない場合は二年間の店舗での実務経験、が必要だそうだ。二年間か……といっしゅんまじめに考えてしまう自分がいておもしろい。

どんな創作のジャンルにおいても経済的な対価がこれでじゅうぶん得られない場合は兼業するほかないが、ほんらいひとはふたつの理念をひとは同時にいきることはできない。いつかはいずれかをやめなければならない、ということを思う。だがそれはいまではない。そういうことを思いながら、朝の光のなかで鯖を焼いている。