2017-08-31

だまし絵の現実

もうなにも書くことがない、と絶望したとき、もう死ぬしかない、と希望をうしなったとき、それまで見えなかった道がとつぜんあらわれることがある。

2017-08-30

よごれた海に雨はふる

現在がつらいと過去がなつかしくなる。
いつでも過去がよかったといっている。だがそれはほんとうだろうか。
《あのころ》はいまよりも楽しかっただろうか。
それが自分についている嘘だとしたら?

2017-08-29

日本語はわかりますか

すっかり秋めいた天気。早朝に某国からミサイルが発射されたらしいが、それについて声高にかたりたいというだれしもが体験する誘惑にさからって、黙々と机にむかって作業をしている。ひとは犯し、殺し、略奪する。だがどこかで略奪が起こっていても飯は食べねばならないし、家族を守らなければならない。インターネットに目を向けると、《この世界》に関与せよ、または《この社会》に関与せよ、と高圧的に主張する声たちにあふれている。むしろこのような世の中では、傍観せよ、ということ、身の程を知って手の届く範囲の小さなものに目を向けよ、ということが必要なのかもしれない。

日本語がわかりますか、と問われている。いや、わたしにはまったくわからない。わかると思ったことはなく、今後もわかることはけしてないだろうということだけはわかる、そう答えるほかないように思っている。

2017-08-28

まなびが増えるとかなしみも増える

ツクツクホーシが鳴いている。すっかり秋の雰囲気である。携帯版だけが対象だが、デザインを秋向けのものに変更。いつの間にか、というかわたしの認識が古かったのだが、読者の75%はすでに携帯端末からブログを閲覧するようになっている。というわけでこのブログもあたらしい器にしたがった文体をかくとくしなければならないということを思う。昔のものを懐かしむことをいっさいやめて、いま・ここに合わせたものを書いてゆこう。

2017-08-27

たのしい掃除

やさしいことばでかたらねばならない。
だがやさしいことばで複雑なことをかたれるだろうか。
にくしみがたやすくうらがえる現実についてかたることができるだろうか。

2017-08-26

週一育休

土曜日の更新はお休みとなります。

2017-08-25

未完成なるもの

八月下旬、外は摂氏三七度。終わったはずの夏がよみがえっている。終わりというものはそういうものだ。終わったはずなのにしつこく戻ってくる。これをただしく埋葬せねばならない。そういうことを思いながら煮干しのガラをフライパンで炒っている。出汁をとった後の煮干しのガラは、しょうゆ、砂糖、みりん、ゴマなどで炒めると、ちょうどよい酒のつまみ……といってもわたしはあまり飲まないのでもっぱらビールを水代わりに飲む国のひと用だが……になる。噛めば噛むほど味が広がって美味い。

2017-08-24

もう来ない夏休みに夫婦で効果的に語り合うあたり前の方法

子供ができたら親は人間ではなくなるのか
子供ができたら親は人間から自由になるのか
子供ができたら親は人間以外のなにものかになれるのか

2017-08-23

身体をいくら鍛えてもこころは鍛えられない

身体をきたえる方法をさがしていて
身体をきたえる方法をいつもさがしていて
身体をきたえる方法をいつもさがしているのだけど
身体をきたえる方法をいつでもさがしているのだけど
こころをきたえるほうほうがないので
こころをきたえるほうほうがわからないので
こころをきたえるほうほうだけはだれもしらないので
こころをきたえるほうほうをだれもおしえてはくれないので
こころはよわくてなさけないまま
ちっぽけな窓だらけの部屋でふるえている

2017-08-22

紙とブログの境界線

夏の暑さが一時的に戻ってきた。夏が大好きなわたしにとっては元気が出る。とはいっても今日もいつもとなにも変わらない生活で、ごくふつうの一生活者として諸事をこなすほかない。

2017-08-21

自意識ストリップ現代詩(またはFへ)

いつでも脱ぎたがっている
いつでも裸をみせたがっている
いつでもほんとうの自分を知ってもらいたがっている
いつでも《理解》してもらいたがっている

2017-08-20

夏祭の後

地元の夏祭があったので家族三人で観てきた。といってもベビーカーで近くを往復しただけで、それ以上のことはあまりできなかった。涼しくなってくるとあたりには蚊が結構いて、子供が喋れない状態で噛まれたらどこが噛まれたのかわからないので心配していたが、それは杞憂ですんだ。祭りにはたくさんの人が集まり、これまで一度も見かけたことのないような数の若者たちが集まって奇声をあげている。

若者というものは奇怪な格好をして奇怪な叫び声をあげながら走り回るものであり、わたしもかつてはああした猿のような形をした生き物だったことを想起する。だが、ひとはどれだけ成長してもやはり猿にすぎないのではないか。猿の解剖は人間の解剖に役立つ、という哲学者のことを思いだしながらベビーカーの中をみる。子供はあたりの物音が嫌らしく、ずっと不機嫌そうに眠っている。かわいくない。

郊外の夜は暗く、祭りの往来を離れれば人通りは少ない。ベビーカーを押しながら歩いてゆくと、少し前を背中を曲げた老人が杖をつき、煙草を吸いながらゆっくり歩いている。わたしは元ヘビースモーカーで一日最低二箱吸っていたので、暗い道で煙草を吸う老人の気持ちがわかる反面、子供に煙がかかるのは嫌だという気持ちにとらわれて、足が止まる。家内がわたしをみる。あたりの音がさらに小さくなる。

それは何十年かして家族をうしなって老人になったわたしだった。老人がいる施設は禁煙で、外にしか煙草を吸う場所はなく、喫煙所は毎年削減され、あるいは移設して歩いて何分もかかる場所に移動されている。通りがかった世間の仮面をかぶった若者が、上気した頬で説教をはじめるーーここは煙草を吸うところじゃないんだよ、じいさん、あんたの居場所はここじゃないんだよ、あんたのいるべきところは、もうこの国の、どこにもないんだよーー。

2017-08-19

週一育休

土曜日は更新はお休みとなります。

2017-08-18

身体で覚える

オクラが安売りしていたので大量に買ってきて、茹でる前にまな板で板ずりをしていたら、トゲが指に刺さって血が出てきて驚いた。トゲがある野菜はたくさんあるがオクラにもあったとは知らなかった。注意深く抜いて、二次被害を避けるためにトゲを包んで捨てる。二分ほど沸騰したお湯でゆがくとトゲは柔らかくなった。注意しないと怪我をする処理、というものがある。無知はケガの元だ。

2017-08-17

近況あれこれ

年に一度開かれる某誌のコンテストに参加するための作品を書いている。第三者の客観的なまなざしに作品を投じるコンペはわりと好きだ。もちろん結果も出さねばならないが、一次や二次審査を通るという事実は最終的な勝利が得られなくとも書き手に自信をもたらすだろう。基本的に経済的対価の生じえないものを書いている以上、第三者に評価を受けるしか価値を生じせしめる方法がない、ともいえるが。

2017-08-16

今日も手をあらう

今日も手をあらっている。落ちないよごれをあらっている。だがいくら洗っても手はきれいにはならない。毎日あらっても手はきれいにはならない。なぜそうなのか。

2017-08-15

八月の終わり

ようやく大きな企画が決まって一安心している。ネットと違って動きだしても数ヶ月、場合によっては半年から一年以上かかる世界だ。このブログで情報を公開できるのは当分先になるだろうが、うれしい知らせには違いない。

2017-08-14

裏切りの道

お盆休みなので掃除に忙しい。本が大量にあると埃もたまりやすい。本棚にたまる埃がたいへんなことになっている、ということでマスクをし、頭に手ぬぐいを巻いて、窓をすべて開け、子供を別の部屋に避難させて、部屋の大掃除を行う。

2017-08-13

(Don't) Be Open

なぜほんとうのことをいおうとするのか
なぜほんとうの気持ちをいおうとするのか
なぜほんとうにあったことをかたろうとするのか

2017-08-12

定例育児

題名によって土曜日はお休みとなります。

2017-08-11

火鍋シミュラクル

ようやく週末。これから夏休みというひとも多いのではないか。もちろんネットなどはいっさい読むことなく、現実世界に遊びに出かけるのがよいだろう。わたしはいつも通り、机に向かうだけの人生だが、これを書くのももう何度目だろうか。さてみなさんは熱中症等には気を付けましょう。

2017-08-10

だるい夜のひろがる

夏なので青唐辛子の酢漬け(グリーンチリ)をつくる。東南アジアでは広く食べられるものだが日本ではあまりみない。というか以前都内のシンガポール料理店Kにいったらこれを置いていなくて驚愕したことがあり、まあおそらく店員がたまたま知らないアルバイトだったのだろうと思うが、あちらの料理には空気のように当り前に付け合わせとして出てくる。ないと始まらない。

2017-08-09

何もいわず励ましあわない

夏本番。あまりの暑さに蝉の声すら聞こえなくなった。わたしは南国育ちなのでむしろ元気だが、読者諸氏におかれましては熱中症等に気を付けて業務と生活を行っていただきたい。ブログなどを昼間から読んでいると健康に悪いのでやめましょう。

2017-08-08

日本ファースト現代詩

蝉がうるさいので日本ファーストといっている。
エアコンが壊れているので日本ファーストといっている。
机がよごれているので日本ファーストといっている。
寝癖で髪の毛がからまっているので日本ファーストといっている。

原稿の整理がままならないので日本ファーストといっている。
子供がいうことをきかないので日本ファーストといっている。
郊外のスーパーにいったら店員に鼻でわらわれたので日本ファーストといっている。
コンビニにいったら客に白い目でみられたので日本ファーストといっている。

ネットに書き込みしたら「(笑)」しか反応がないので日本ファーストといっている。
ひとの悪口を書いたらほめられてしまって日本ファーストといっている。
ひとをつるし上げたらよろこばれて日本ファーストといっている。
徒党を組んでひとを叩いたらたのしくて日本ファーストといっている。

戦争反対と書いたら友達Aができて日本ファーストといっている
戦争賛成と書いたら友達Bができて日本ファーストといっている。
いま戦争ははじまると書いたら友達Cができて日本ファーストといっている。
すでに戦争ははじまっているのでひとりで日本ファーストといっている。

原発事故が収束しないので日本ファーストといっている。
被災者の生活をテレビでみて日本ファーストといっている。
台風で家がながされているのをみて日本ファーストといっている。
NHKのアナウンサーのひきつった笑顔をみて日本ファーストといっている。

忖度のまね事をする幼稚園児をみながら日本ファーストといっている。
産経新聞を購読しながら日本ファーストといっている。
朝日新聞の詩人欄をみながら日本ファーストといっている。
優生学的に選別されながら日本ファーストといっている。

きもちわるいと若い女性にいわれながら日本ファーストといっている
ブロックしますと若い女性にいわれながら日本ファーストといっている。
かわいそうなひとと若い女性にいわれながら日本ファーストといっている。
あなたはひとを愛せないのよと元妻にいわれながら日本ファーストといっている。

毎日torrentでダウンロードして日本ファーストといっている。
毎日Onion Browserでダウンロードして日本ファーストといっている。
毎日匿名掲示板にさみしいと書き込んで日本ファーストといっている。
毎日ツイッターにフォロワー募集と書き込んで日本ファーストといっている。

毎日SNSで政治的な発言をして日本ファーストといっている。
意識の高いひとびとにまざって日本ファーストといっている。
自分を外国人のようにおもって日本ファーストだといっている。
国籍で階級をつくって日本ファーストだといっている。

自分をえらいひとだとおもって日本ファーストだといっている。
かわいそうなわたしをポエムにして日本ファーストだといっている。
かっこいいおれをポエムにして日本ファーストだといっている。
毎日お金にならないものを書いて日本ファーストといっている。

ひとりぼっちなので日本ファーストといっている。

日本がどんどん衰退していくから日本ファーストといっている。
日本がよわくてなさけなくて卑劣だから日本ファーストといっている。
日本がこんなになさけない国だとおもわなかったので日本ファーストといっている。
日本にいきていると毎日つらいので日本ファーストといっている。

とりもどしたいとおもっているので日本ファーストといっている。
だがとりもどせないので日本ファーストといっている。
あなたの願いはかなわないわ、と女がいっている。
あなたのとりもどしたいものは滅んだのよ、と女が、いっている。

(2017年8月8日)

2017-08-07

台風、コンビニ、スーパー

台風が近づいている。台風が来るとベランダが掃除しやすくなる。なにをいっているかというと、水をまいてブラシでコンクリートを磨いて掃除すると下の階の高齢者世帯に迷惑がかかるかもしれないので、台風や大雨の時は大掛かりな掃除をするチャンスなのである。そもそも社会に迷惑をかけるようなものしか書いていないので、あまり目立ちたくない。ということで台風を楽しみにしている。はやくこないかなとかいいながら窓から外をみている。

夜中に徒歩十分の距離にあるコンビニに行くと、帰り道に近所に住んでいるらしい奥さんとすれ違う。ものすごくきちんと化粧をして、服装も新宿伊勢丹の一階にいる主婦のような感じ。会釈をしてすれ違う。近くで車が迎えにくるのだろうと思う。郊外の住宅といってもとにかく多種多様な家族が住んでいる。子供も少しいるがほとんどは高齢者だ。さきほどの奥さんについていえば昼間ジャージを着て小学生らしき子供を学校に送ってゆくところを以前目撃したことがある。旦那はなにをしているのかはわからない。

スーパーにいくと、いつもたくさんの外国の人々が小規模のグループで特売品を買いに来ている。わたしはアジアの言語ならわりと聞けばどこ出身ぐらいかは想像がつくのだが、ちょっと聞いたこともないような雰囲気のことばで会話していて、どこから来ているのか検討もつかない。かれらは近くの工場で日本語の研修をうけながら働いているようだ。なぜ知っているかというと、以前研修生という名札がついた工場のバッジをつけて買い物をしていたから。機会をみつけて話しかけてみようかと思っている。

ここしばらく大きな企画を動かしていて、その行く末が心配であまり新しいことを考えている余裕がない。というところでしばらくは現状のまま、ごくごくふつうのことを書いてゆきたいと思っている。

2017-08-06

海をわたる瓶

日曜日なので午後から酒を飲んで書いていたらどうしようもない文章にしかならなかったので削除して、冷房の効いた室内から光ふる郊外の埃にまみれた風景をみながらこの文章を書き直している。すっかり酒が好きになってしまって、都内で開催されるさまざまな会合の飲み会に参加できないのはたいへんつまらないというかさみしいのである。だが子供がもう少し大きくなるまでは自粛ということになるだろう。

2017-08-05

土曜日は育児のためお休みです

一日じゅう子供の面倒をみて先ほど机に戻ってきた。もう夜中になっているが毎日のノルマは一行も進んでいない。ようやく机に座れるようになったので、疲労困憊したまま少し酒を身体に入れて、チェックしていなかった仕事のメールの返事から始める。

2017-08-04

日々の記録

某誌のI編集長から詩集の書評依頼が来たのでやりますと書いて返送。今年度の書評委員としての役目は今回分で最後ということになりそうだ。小さな枠とはいえ一年間書評を続けたのは初めての経験だったのでたいへんおもしろく、率直に勉強になった。ただ書評はどちらかというとネット媒体向きだと思う。読んだあと購入に繋がりやすいし、感想を共有することにも適している。なるべく属人的な政治コミュニケーションを排して(「お世話になっております」「詩集拝読いたしました」「たいへん興味深く拝読させていただきました」etc)、来年度に向けて自分でもこのブログで書いてゆきたいと思っている。詩集はもっと読まれるべきおもしろいジャンルだ、ということをあらためて書いてゆきたい。

2017-08-03

人づくり革命担当現代詩

ことばがひとをつくっている。きれいできたないことばがひとをつくる。きたなくてきれいなことばがひとをつくる。
ひとはことばによってつくられている。自民党もまたことばでできている。自民党はいつでもことばでできている。自由なことばでできている。民が主ということばでできている。ことばでできているので自由なはずで、ことばでできているので民が主なはずで、ことばできている自由民主党がひとをつくるというのなら、ことばでできている自由民主党がかくめいするというのなら、ひとをつくってかくめいするというのなら、ことばでできているじゆうみんしゅとうが実行するといっているのだから、それはとてもたしかなはずで、ことばでできているかくめいにわたしたちもまた参加しないとならないのだ。

ひとはことばによってできており現代詩もまたことばでできている。

つるつるとしたガラスの板をこすってことばを放出するのはがまんがならないからでがまんがならないからいつも不満をかかえていてがまんがならないからいつも下半身がむきだしになっていてがまんがならないからいつも不倫していてがまんがならないからいつもカネをもらっていてがまんがならないからいつも威張っていてがまんがならないからいつもひとを馬鹿にしていてがまんがならないからいつも語尾に(笑)をつけていてがまんがならないからいつもごまかしていてがまんがならないからいつも自由をもとめていてけして手に入ることのない自由をもとめているのだ。

ひとはことばによってできておりわが国もまたことばでできている。

だれしもがことばを軽視していてだれしもがことばを軽んじていてだれしもがその力をあなどっていてそれでもなおだれしもがことばをもとめていてことばで救ってもらいたがっていてことばで褒めてほしがっていてことばでゆるしてほしがっていてことばで認めてもらいたがっていてことばで愛してもらいたがっていてだれしもがことばを自由にあつかうことができなくてだれしもがことばで縛られていてだれしもがことばで慰めていてだれしもがことばを喪失していて喪失したことそのものがうしなわれている。

ひとは矛盾することばによってできている。

自由がないのに自由があって永遠におきることのないかくめいが起きると夢みていてひとは疲れていてひとは消耗品でひとはすり減っていてひとは分断されていてひとは孤独でひとは孤立していてひとはひとりぼっちでひとは最低賃金ではたらかされていてひとはお金をもらっていてもなおしあわせではなくひとはいつでも「w」をつけて会話をしていてひとはいつでも分断されていてひとはいつでも異性をもとめても得られなくてひとはいつでもさみしくてひとはいつでも自らを慰める方法をしらなくてひとはいつでもなくしていてひとはいつでもこわれていてひとはいつでもくるしんでいてひとはいつでもしあわせになる道をさがしている。

ひとをつくりたいですかくめいをおこしたいです現代詩を書きたいですでもああすべてがふかのうででもこの国のすべてが自由民主党ですべてが古びていてすべてが男根主義ですべてがわずかにずれた二重性をめぐっていてわたしたちはこの卑劣さからにげることができないのでわたしたちはこの不能さの外にでることができないのでせめて夢みるのですことばによってつくられる不可能な国ことばによってつくられる不可能なふるさとわたしたちがほんとうに帰るべきだけれどもたどり着くことのけしてできない故郷、ひとづくりの、かくめいの、たんとうの、わたくし。

(2017年8月3日)

2017-08-02

詩を書いてもあなたは不幸

特筆することがなにもないやや涼しい一日。つまり通常業務。毎日書くのは当り前だと思っていて、忙しくても必ずノルマ分は書くことを何年も続けている。気が向いた時にだけ書くというのもひとつの手法でありそうした同業者の姿勢に反対する気はないが、どうも毎日書いているというと引かれることが多いのであまり公言していない。ただわたしが仮想敵として考えているひとびとは基本的に多作(もちろん、そうはいわないで隠しているひともいる)なので、そういう属人的な配慮はやめて、毎日書いていることを隠すこともやめる。大量に書くし、毎日書くし、そこに隠すべきことはない。隠すべきことがあるとしたらそれはそこにはないといいかえてもいい。参考までにわたしは毎月完成原稿が三十枚、プラスアルファ五枚ぐらいが限度だ(書評やブログ、それからデッサンは除くが)。

2017-08-01

慰霊の八月

本日より八月。窓より夏のつよい光が射し込んでいる。
八月は戦争責任月間でもある。しずかな追想のための季節がまた今年もやってきた。